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一般2024年05月23日 薬物依存からの回復を目指すということ 執筆者:冨田さとこ

5月初めに薬物依存回復施設で覚せい剤を使用した方たちが逮捕されたという報道がありました。いずれの報道機関も施設名を実名で報じ、中には、逮捕者も実名で報じているものもありました。私がSNSで繋がっているコミュニティでは、この報道に対して強い批判が上がっています。「回復施設を晒すことで、潰そうとしているのか」「どんな公益性があって、薬物依存からの回復に取り組む一般人を実名で報じるのか」。全く同感です。依存症からの回復は大変な道のりなので「失敗」もあります。違法薬物である以上、「失敗」が逮捕につながってしまうこと自体は仕方ないように思いますが、施設名や被疑者名を報道するのは誰のためでしょうか。

これらの報道を見た一般の方々は、「そんな施設は怖い」「近所に作らないでほしい」と思うかもしれません。でも、薬物依存から回復しようとしている人の多くは、孤独を抱え、やっと仲間を見つけて、一日一日を必死に生きている普通の人です。社会の隅っこで目立たないようにしているという意味では、むしろ地味な人と言えるかもしれません。私は、刑事事件はしばらく扱っていませんし、報道直後に自らその問題点を発信しているSNS上の「友人」たちの知識や熱量には遠く及びませんが、回復施設で必死に生きている人への応援演説のつもりで、これまでに出会った人や学んだことについて書いてみます。

まず、「覚せい剤使用」という響きと、著名人が逮捕された際の報道などから、実名報道されて当然と感じるかもしれません。でも、覚せい剤使用は、とても件数の多い事件ですし、著名人でない限りいちいち報道されないというのが、現場で刑事手続に携わる者の感覚だと思います(10年の刑事事件ブランクがあるので、この感覚がいまも通じることは仲間に確認しました!)。

報道の基準について印象に残っていることがあります。佐渡で業務をしていた頃、神社の賽銭盗など、都会であれば到底報道されることのない事件が、被疑者の実名と住所の小字(佐渡市○○)まで伴って報道されていたのです。当事者の犯した罪と、報道による社会的制裁の大きさとのギャップに、「こんな報道の仕方は人権侵害ではないか」と、ある新聞に私の意見として書いてもらいました。すると、別の報道機関の管理職が、新潟市内から抗議に見えました。その方と話し合ったあとも、私には、小さな事件で「犯罪者」のレッテルを貼り、更生を不可能にする有害な報道にしか思えませんでした(もちろん、そもそも実名発表する警察にも問題あり)。薬物事件を報道する際も、その具体的な内容と、当事者の今後の人生への影響を考える必要があります。「逮捕された」という事実を前に何も言えない相手だからこそ、その置かれた状況をよくよく酌んで考えなければいけません。

薬物依存で思い出すのは、アメリカの大学院の同級生です。彼女は、薬物依存から回復した人でした。それをクラス内で声高に話す訳ではありませんが、彼女のSNSには、毎年「〇 year sober anniversary(薬物を使わずにいた〇年目の記念日)」というポストが上がり、時折、薬物の影響で亡くなったと思われる仲間たちへの追悼と思われる投稿もありました。そして、彼女は、アルコールを伴う会合には一切出席しませんでした。

私が大学院で学んでいた当時は、1970年代から続く「War on Drugs」と呼ばれる違法薬物への厳罰化一辺倒の政策が、アメリカを世界一の刑事施設収容大国に導き、治安改善にも当事者の回復にも役立っていないということが検証され、政策が転換されようとしている時期でした。当時、アメリカでは、薬物事件で有罪になると、公営住宅への入居やフードスタンプの受給、連邦資金による奨学金受給など、様々な資格が制限されていました。このような数々の制裁は、社会からの「あなたは要らない人間だ」というレッテルを貼るに等しく、結果として、薬物依存からの回復をより困難にしているということが、社会学の調査で明らかにされていました。

実際にそのような制裁の対象となったあとに大学院に通うまでの道のりの困難さは、想像を超えます。彼女は、私と同じコースを修了したあと、ロースクールに入り直し、現在はパブリックディフェンダーとして、刑事裁判を扱い、薬物依存に苦しむ人を支援しています。その上で、今もなお「〇 year sober anniversary」と投稿しています。これは、どんなに回復しても、いつ「失敗」してもおかしくないという薬物依存の恐ろしさを世間に伝え、同じように苦しむ仲間たちを励まそうとしているのだと思います。

日本でも、著名人が薬物事件で逮捕されたあとに、「もう二度と手を出さないとは言えない。それが依存の怖さだ」と、依存の怖さを率直に語れる空気が醸成されつつあります。その背後には、回復施設や病院で、必死に毎日を生きている名もなき人が数多くいます。依存症に陥ってしまう人は、その背景に虐待やDVなど家庭環境の問題を抱え、孤独な人が多いと言われます。薬物依存からの回復には、セラピーよりも仲間を持つことが有効だという調査結果もあるようです。

沖縄にいる時に、薬物事件を受任するたびに連絡をしていた回復施設では、いつも私の依頼者を新しい仲間として温かく迎えてくれました。そこでは、地域のボランティア活動に励みながら、薬物だけでなく、アルコールなどのきっかけとなるものも「今日一日使わない」ことを目標に励まし合う男性たちが、質素な共同生活を営んでいました。東京に戻ってからは、薬物依存の経験がある女性たちの集まりにも参加したことがあります。地域の自治会に参加したのだっけと錯覚するくらい、どこにでもいる人の集まりでした。

さて、以上の状況での実名報道です。社会の隅っこで、普通の暮らしを手に入れようと静かに努力している人達の「失敗」を、実名をあげて声高に喧伝する報道。SNSで見ていると、警察が事前にリークしたという話も出ています。依存症を回復する施設がなくなった方がいいのでしょうか。刑事施設だけで依存症から回復させることなんてできないし、レッテルを貼って見せしめにしても、回復を遅らせるだけなのに。失敗した人を受け入れられない社会は「失敗できない」社会であり、結局、「普通に生きているつもり」の人までも息苦しさを感じる社会だと思います。報道を受けてショックを受けている回復中の方は、どうか気にせずに、いつも通りの「一日を生きる」生活を続けてください。それが、息をしやすい社会を作ることに繋がるはずです。

(2024年5月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

執筆者

冨田 さとことみた さとこ

弁護士

略歴・経歴

【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了

【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。

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