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相続・遺言2024年05月17日 遺言書作成のトレンドと死亡危急時(ききゅうじ)遺言 執筆者:政岡史郎

 昨今、遺言書の作成方法に変化が生じており、注目が集まっています。そこで、直近のトレンドと特殊な遺言のうち「死亡危急時(ききゅうじ)遺言」について取り上げたいと思います。

 遺言書のスタンダードとも言えるのは「自筆(じひつ)証書遺言」ですが、この作り方は民法で厳密に定められており、以前は、遺言者本人による「全文直筆」・「日付(年月日)の記載」・「署名」・「押印」が必要とされていました。
 しかし、例えば遺言書の末尾に付ける遺産目録については、遺産が多くある場合には作成の労力もそれなりに大変でした。大抵の方は複数の銀行に預貯金口座を持っていますから、その支店や口座番号などを逐一記載していくことが好ましく、また、株式や投資信託といった金融資産、不動産を所有している場合には、それらを正確に記すには結構な文字数となります。間違えたら作り直しか訂正印対応が必要ですし、多くの場合、高齢になってから遺言書が作られるので、病気でペンが持てなかったり手書きで長文を書くのが難しくなったりしているケースでは自筆は諦め、費用を掛けて公証役場に作成をお願いする必要も生じていました。
 そこで、近年の民法改正で、「自筆証書遺言」の「遺産目録」については手書きで作成する必要が無くなり、ワープロ(パソコン)で一覧表を作成することが認められました。
 最近のニュースでは、更なる負担軽減を図るために、完全にデジタルな遺言書作成の検討が始まりました。要は、遺産目録だけでなく、本文も含めて全部ワープロ等で作成できるようにするという事です。紙への印刷も不要で電磁的方法での記録で足りる方向性の様です。偽造や捏造、遺族による強制的な作成などを防ぐために慎重な検討をするようですが、「認知症の父親に息子の一人が書かせた」というようなトラブルは昔からこと欠きませんので、いつの時代になっても100%の対策というのは難しいと思います。
 ただ、遺言書作成のハードルが下がり選択肢が増えることは、非常に良いことだと思います。

 さて、「自筆証書遺言」や「公正証書遺言」が主なものですが、レアなものとして、「死亡危急時遺言」(民976条1項)や「船舶遭難者の遺言」(民979条)などがあります。船舶遭難の話はレア中のレアな気がしますので前者の話に絞りますが、これは、遺言者ご本人が病気や怪我などで死亡の危機に直面した際に、自らペンを執ることなく、口頭で他人に遺言の内容を説明し、聴き取った人間が筆記して遺言書を作成するというものです。
 先ほど述べた通り、直筆で遺言書を作るのが通常のパターンであり、仮に遺言書を作成しても直筆でなかったり署名押印が無かったりすれば遺言としては無効なものとなります。しかし、危篤状態などに陥り、喋ることはできても身体を起こして紙に文字を書くのができない場合のことを考えて、他人が筆記した遺言でも例外的に有効なものと認めてくれるのです。
 この「死亡危急時遺言」も要件が厳密に定められており、①証人が3人以上立会うこと、②遺言者本人が証人の1人に遺言内容を口授(口頭説明)すること(危篤状態なので、細部に亘る説明ではなく趣旨の説明でOKです)、③説明を受けた証人が遺言書を筆記すること、④作成した遺言書を本人と他の証人に読み上げ(または閲覧させ)ること、⑤他の証人が遺言の内容に間違いが無いと認めてこれに署名押印すること、となります。
 また、遺言の日から20日以内に家庭裁判所へ「確認」審判の申立てをして、裁判所の審判を得る必要があり(民976条4項)、この「確認」審判が下りないと遺言として利用することは出来ません。審判手続の中で、調査官は、各証人に対して遺言書作成時の状況や遺言者の状態・口頭説明の内容を確認し、合わせて、医療機関に対する遺言者の状態確認(本当に危篤状態であったのか、口頭で遺言の趣旨を説明する能力は残っていたのか)も行ない、その調査結果を経て、裁判所が「本人の遺言であることを確認する」という審判を下します。
 ちなみに、あくまで緊急対応の遺言書なので、病気から回復して普通に遺言書作成ができるようになって6ヶ月間生存したらこの遺言書は無効になる、という縛り付きです(つまり元気になったら普通の方法で遺言書を作っておく必要があるということ)。
 私自身、17年の弁護士人生で2回だけですが、危篤になられた方の遺言書作成を依頼されて病室やご自宅のベッド脇で作成したことがあります。その際には、遺言者からの口授の状況を他の証人にビデオ録画してもらい、後日の「確認」審判時の資料にしました。調査官の調査がスムーズに進みますので録画や録音は是非なさった方が良いと思います。

 なお、現時点での遺言書は「紙」を用いて作成することが大前提になっていますが、今後、もしデジタル遺言が認められた場合には、「紙」にとらわれない様々な記録媒体に意思を遺しておくことになると思います。そうすると、文字でなく音声録音での遺言作成が認められるようになるかもしれません。
 デジタル技術の進展に伴なう法制度の変化は著しいものがありますので、今後、遺言の分野についても目が離せない状況です。

(2024年4月執筆)

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執筆者

政岡 史郎まさおか しろう

弁護士

略歴・経歴

  H7  早稲田大学卒業、都内某不動産会社入社
  H13 同社退社
  H17 司法試験合格
  H19 弁護士登録・虎ノ門総合法律事務所入所
  H25 エータ法律事務所パートナー弁護士就任

「ある日、突然詐欺にあったら、どうする・どうなる」(明日香出版社 共著)
「内容証明の文例全集」(自由国民社 共著)
「労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる」(自由国民社 共著)
「自己破産・個人再生のことならこの一冊」(自由国民社 校閲協力)

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