契約2023年08月23日 使用者責任(雇用契約)と注文主の責任(請負契約)の違いについて 執筆者:政岡史郎
誰かが他人に金銭を請求する場合には、基本的に、双方で何らかの約束(契約)がなされ、自発的に権利や義務を発生させることが必要になります。他方、契約以外で請求する場合の一つとして、交通事故のような不法行為に基づく損害賠償請求があります。
今回のコラムでご紹介したいのは、例えば一軒家の外壁防水工事を請け負った業者の下請業者(足場業者)が誤って鉄筋を隣家にぶつけて損傷させた場合に、隣人が誰に賠償請求できるのか、というような問題です。
まず、不手際を働いた下請業者と隣人の間には契約関係(請負契約)がありませんので、契約上の債務不履行などを根拠とした損害賠償請求は出来ません。
他方、下請業者の不手際(過失)で隣家の外壁が損傷しているのですから、不手際を起こした下請業者に不法行為(民法709条) の損害賠償請求をすることは可能です。
では、その下請業者が極めて零細で倒産してしまった場合などの際に、工事を注文した一軒家の住民や工事の元請業者には責任追及できないのでしょうか。
この点、請負工事で第三者に損害が発生した場合の責任は民法716条 本文に規定されており、「注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない 」とされています。
そして、一軒家の住民はもちろん、下請業者との関係では元請業者も「注文者」に当たると考えられており、つまり、被害を受けた隣人は、自宅の損害について下請業者にしか賠償請求できないことになっています。
似たような構図の問題として、従業員が第三者に損害を与えた場合に雇用主(使用者)が責任を負うという「使用者責任」(民法715条1項本文) があります。この場合には、個人・法人を問わず、使用者の立場にある者も賠償責任を負うことになるのですが、これは、「報償責任の法理」(他人を利用して利益を得ている者は、その他人が生じさせた損害賠償の責任を負うことが妥当)という考え方によるものです。
すると、請負の場合にも、他人(請負業者や下請業者)を利用して目的を実現している(利益を得ている)注文主に責任を負わせるべきではないか、という考え方も生じます。
この点、不法行為による損害賠償の問題を考える際の重要な指標として、『被害者の救済』と『損害の公平な分担』があります。この『損害の公平な分担』を考える際に、雇用契約という「指揮命令関係」(従業員をコントロールしている関係・出来る関係)があることに着目して、その使用者にも責任を負わせることにするのが『公平』ではないか、ということから使用者責任の条文(民法715条1項本文)で雇用主(使用者)にも責任を負わせています。
しかし、請負契約の場合には、請負人は専門家として注文者から独立した地位にあることが普通で、注文した工事や作業の実施方法については請負人に大きな裁量が与えられ、自己判断で作業をして貰うのが基本です。
つまり、雇用契約と同じような「指揮命令関係」はありません。
そのため、請負人をコントロールしていない・出来ない注文主に賠償の負担を負わせるのは、『被害者救済』に傾き過ぎて『公平』とは言えないということなのです。
上記のことから、雇用契約関係であれば使用者にも賠償責任が生じ、請負契約関係であれば注文主には賠償責任が生じない、ということになっています。
もっとも、『公平』の観点から認められるべき例外もちゃんと存在し、雇用契約の場合には、「従業員の選任・監督に相当の注意をした」使用者は落ち度が無いため賠償責任を負わないことになっていますし、請負契約の場合も、「注文や指図に過失があった」注文主には落ち度があるため賠償責任を負うことになっています。
上記の区別によって、問題が生じた場合に誰に責任追及できるかを考えるのですが、肝心なことは表面的な契約関係ではなく、実質的な指揮命令関係の有無とか注文主(元請業者含む)と下請業者の工事作業中のやり取り次第となります。事実関係を精査すれば、請負契約の体裁を取っているが実質的には雇用と同様の指揮命令関係が存在すると評価できる場合もありますので、事案に応じて事実関係をしっかりと把握し、適切な賠償請求をして『被害者の救済』を実現していく必要があります。
(2023年8月執筆)
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執筆者
政岡 史郎まさおか しろう
弁護士
略歴・経歴
H7 早稲田大学卒業、都内某不動産会社入社
H13 同社退社
H17 司法試験合格
H19 弁護士登録・虎ノ門総合法律事務所入所
H25 エータ法律事務所パートナー弁護士就任
「ある日、突然詐欺にあったら、どうする・どうなる」(明日香出版社 共著)
「内容証明の文例全集」(自由国民社 共著)
「労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる」(自由国民社 共著)
「自己破産・個人再生のことならこの一冊」(自由国民社 校閲協力)
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