労働基準2020年08月25日 「働き方」の在り方 ~職人や僧侶と労働法制~ 執筆者:政岡史郎
1. 「働き方改革」という言葉が使われるようになってから、一体どの位の期間が経過したのでしょうか。「働き方改革関連法」の成立が2018年ですから、実際にはそのだいぶ前から使われていたのかと思います。
従来の「働き方」に、その時代の多数の価値観と整合しない、もしくは先見的に改善すべき点があったための改革だと思いますが、弁護士として様々な職種の紛争に接していると、そもそも「働き方」と法制度のメニューに大きなギャップというか、整合しない点が多々ある気がしていました。
2. 例えば、料理人など「その道」を追求する職人さん。
彼ら彼女らは、「休憩一時間を挟さみつつ9時~18時の一日8時間、週休二日で週40時間労働」という、労働基準法が想定して規制の対象にしている工場労働者やオフィスワーカーとは異なる存在です。
理想を追求するために研鑽に励み、例えば仕入れのために深夜・明け方に市場に行き、朝から仕込みをし、ランチタイムにお店を開け、昼過ぎにいったん休憩時間を入れ、夕方から夜の部のための仕込みをして、ディナータイムにお店を開け、閉店後に翌日の仕込みをし、新たな料理の研究をしたりします。それも毎日。労務を提供して対価を得る、というより、生きがい・生き方そのものです。
オーナーに店を任された「雇われ料理長」がいるようなお店では、このような職人さんがお店を切り盛りしていて、雇う方も雇われる方も、労働基準法の規制(例えば休憩時間、所定労働時間、有給休暇、残業代や深夜手当等)の「枠外」にある業界慣習、しきたりで働いています。
このような職人さんは料理人だけではなく、様々な分野におられると思います。
我々のような弁護士も、事務所勤めのいわゆる「イソ弁」時代は、残業代を貰うことなんて想定せずに働いています(残業代を貰っているという弁護士を私は見聞きしたことがありません)。
3. では、お寺のお坊さんはどうなのでしょうか。
実は、この点に関して古い行政通達があり、昭和27年2月5日の労働省基発49号では、以下のようにされています。
① 宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けず奉仕する者等は労働基準法上の労働者でない
② 一般の企業の労働者と同様に、労働契約に基づき、労務を提供し、賃金を受ける者は、労働基準法上の労働者である。
③ 宗教上の奉仕あるいは修行であるという信念に基づいて一般の労働者と同様の勤務に服し報酬を受けている者については、具体的な勤務条件、特に、報酬の額、支給方法等を一般企業のそれと比較し、個々の事例について実情に即して判断する。
この通達からすると、無報酬はもとより、生活費という形で金銭を貰っているお坊さん(例えば住職の息子)は労働者ではないが、業務と対価的な関係を有している金銭を受領していて、時間的場所的な拘束、指揮命令関係があるなど一般の労働者と同じような事情があるのであれば「労働者」とみなされ、労働法制の保護を受けられる可能性があるということです。
多くのお寺は、代々、「家族経営」的な運営がなされていますが、大きなお寺では沢山のお坊さんが働いています。大規模な観光寺院のお寺はいかにも労働者・従業員的な感じもしますが、それでも、個々の一僧侶は、あくまで宗教行為、儀式、法事をするためにお勤めし、その過程で様々な修行をし、本堂でお経を唱え、お寺の維持管理の作業(清掃等)をされています。これは、労働法制が想定する「労働」なのでしょうか。お坊さんは「労働者」なのでしょうか。
労働者であるなら、お坊さんに「一日8時間、週40時間」を超えたお勤めをさせてはならず、残業時間の上限規制にも服さなければならなくなりますが、感覚的には、お坊さんは「役務を提供して対価を得る」労働者ではなく、宗教家であり、その生き方を「労働」という捉え方で終わらせてしまうのは、何となくおかしな気もします。
4. コロナの影響でテレワークが一定の定着をみせており、今後、働き方がますます変容し、多岐にわたっていくと思います。私自身もテレワーク主体となる時期があり、通勤電車から解放されて時間的・体力的にゆとりある生活を送る中で、これも悪くないなと思いました。
どのような働き方をしていくことがその人の生き方にとってプラスになるのか、我々のような職人はもちろん、企業勤めをしている人も含めて、それぞれが自己責任で考えていく時代なのだなと思います。
(2020年8月執筆)
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執筆者
政岡 史郎まさおか しろう
弁護士
略歴・経歴
H7 早稲田大学卒業、都内某不動産会社入社
H13 同社退社
H17 司法試験合格
H19 弁護士登録・虎ノ門総合法律事務所入所
H25 エータ法律事務所パートナー弁護士就任
「ある日、突然詐欺にあったら、どうする・どうなる」(明日香出版社 共著)
「内容証明の文例全集」(自由国民社 共著)
「労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる」(自由国民社 共著)
「自己破産・個人再生のことならこの一冊」(自由国民社 校閲協力)
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