相続・遺言2024年11月05日 遺言が無効な場合の死因贈与の成否 執筆者:政岡史郎

ある年の暮れ、身寄りのない高齢者が隣人を連れ立って私の事務所を訪問し、「自分が死んだら世話になっている隣人に財産をあげたい」と相談に来られました。そこで、公正証書遺言の作成を補助することになりました。その方は、預金通帳やキャッシュカード、実印等を隣人に預け、日用品の購入などの必要に応じてお金を引き出して貰い、旅行に連れて行って貰ったり病院に付き添って貰うなど生活全般のサポートを隣人に委ね、その隣人にとても感謝していました。
ところが、ご相談に来られた一週間後にその高齢者が急逝され、結局、遺言書の作成には至らず業務中止となりました。しかし、高齢者の気持ちを知った身としては、何となく「このままでいいのか」というモヤモヤが心に残りました。
遺産を誰かに遺す方法として最初に頭に浮かぶのは遺言で、遺言を使って第三者に財産を贈与するのが遺贈です。
もう一つの方法としては死因贈与があります。生きているうちに他人に財産を与えることが通常の贈与(生前贈与)ですが、贈与者(被相続人)の死亡によって効力の生じる贈与が死因贈与です。遺贈に比べると一般的な認知度・使用頻度は少ないと言われています。
遺言は厳格な要式行為とされ、自筆証書遺言であれば基本的に全文直筆・署名押印等が必要であり、要式を欠くと無効になります。そして、適切に作成されていないために無効と判断される自筆証書遺言が世の中には多々あります。遺贈は遺言で行なう贈与であるため、遺言と同じ厳格な要件が必要です。自筆証書遺言による遺贈が無効と判断された場合、その遺贈はこの世に存在しないものとして扱われ、相続人が相続(相続人が居なければ国庫に帰属)することになります。
しかし、生前であれば遺言者(被相続人)が自らの意思で財産を自由に処分出来ていたにもかかわらず、その意思が全く尊重されない結果になるのが果たして妥当なのか、という疑問が生じます。
上記の通り、死因贈与は贈与の一つであり、単独行為である遺言と異なり契約行為です。そして、贈与契約は贈与者と受贈者の口頭合意があれば足り、書面の作成は必須ではありません。
そこで、遺贈が無効とされた場合でも、口頭での死因贈与契約があったとして遺贈の対象となった財産の譲り渡しをすることができないものでしょうか。
まず、死因贈与は民法554条で「その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する」と規定されています。しかし、遺贈に関する規定のうち、発生要件等(能力や方式等)に関する規定は準用されず効力に関する規定だけが準用されるとするのが通説です。
判例においても、相続人が余生の最後に身の回りの世話をしてくれた女性に対して「AとBの2人で半分ずつな」というメモを残していた事例で、このメモの遺言書としての効力は否定しつつも、作成の経緯や内容から死因贈与の意思が記された書面であると認定し、女性らの受贈の意思も認定した上で死因贈与契約の成立を肯定したものがあります(昭和56年8月3日東京地裁判決)。また、メモ等の書面が無い事案においても、預金通帳・実印・印鑑登録カード・貸金庫の鍵・年金手帳等の重要かつ多岐に渡る物品の受け渡し等の事情から当事者の意思を推認し、贈与者と受贈者間の死因贈与契約成立を認めたものがあります(平成27年8月13日東京地裁)。
贈与者の意思は詳細な事実経緯の認定から合理的に解釈・推認して判断がなされるため、当然、死因贈与契約の成立を否定する判例も多々ありますが(令和4年7月21日東京地裁、令和5年1月11日東京地裁など)、いずれにしても、書面が無い場合でも死因贈与契約が成立すること自体は否定されていません。
冒頭の事案でも、隣人に死因贈与契約の主張をしてみてはどうかとアドバイスしました。
あれがダメでもこれでどうか、と常日頃から考えるようにはしていますが、今回のケースも非常に勉強になった事案でした。
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
(2024年10月執筆)
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執筆者

政岡 史郎まさおか しろう
弁護士
略歴・経歴
H7 早稲田大学卒業、小田急不動産(株)入社
H13 同社退社
H17 司法試験合格
H19 弁護士登録・虎ノ門総合法律事務所入所
H25 エータ法律事務所パートナー弁護士就任
「ある日、突然詐欺にあったら、どうする・どうなる」(明日香出版社 共著)
「内容証明の文例全集」(自由国民社 共著)
「労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる」(自由国民社 共著)
「自己破産・個人再生のことならこの一冊」(自由国民社 校閲協力)
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