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企業法務2022年04月21日 人権は企業にとってリスクかチャレンジか 2030年、人権を実現できるビジネスをめざす ~ビジネスと人権に関する国連指導原則 そしてSDGsを追い風に~ 執筆者:渡辺俊三

 2011年に国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)が承認されて10年が経過した。国連は指導原則に基づいた「国別行動計画」(以下、行動計画)の策定を各国に要請している。日本でも2018年以来、行動計画の策定作業が行われ、2020年に行動計画が発表された。

 指導原則は、人権を保護する国家の義務、人権を尊重する企業の責任、被害者の効果的な救済の3つの柱からなる。行動計画はこれら3つをいかにして実現するのかを問うものである。企業に関わりがあるのは2番目の柱である企業の責任であって、具体的には、自社内において人権を尊重するのは言うまでもなく、国内・国外におけるサプライチェーンの人権重視と人権デュー・ディリジェンスの促進である。日本の行動計画においても、企業の責任としてこの両者が挙げられている。

 これらは人権リスクと呼ばれることもある。これは企業が事業活動を行う際に、取引先から消費者までを含めたサプライチェーン全般において、人権に対して「負の影響」がないかどうかを洗い出すことであると理解されている。人権侵害が行われている場合には、企業は市場から淘汰される可能性があるため、それを人権リスクと呼んでいるのである。リスクとは、危険とか損失の可能性のことである。しかし人権リスクといった表現は受け身の響きがする、と感じるのは私だけであろうか。人権は誰かから強制されて尊重するものではないだろう。企業経営者は人権をより積極的なものとして企業経営の中に位置づける努力が必要である。

 その一つとして、人権を企業の競争力強化の源泉とする考え方があってもよいのではないか。企業の競争力には価格競争力と非価格競争力の二つがあることが知られている。非価格競争力の一つとして人権尊重の経営を行うのである。中小企業家同友会は、1975年に「中小企業における労使関係の見解」を発表して以来、人間尊重の経営を標榜してきたが、本質的にはこの考えと同じである。

 指導原則の策定に大きな役割を果たしたジョン・ジェラルド・ラギーは、彼の著書『正しいビジネス』(岩波書店2014年)の中で、指導原則は規範であって、規範の誕生、伝播、内面化の三つの段階があると言っている(223-224頁)。規範というのは、『広辞苑』によれば、則るべき規則であり、判断、評価または行為などが拠るべき基準である。従って人権尊重の経営は高い倫理性が求められるのである。企業の目的は最大限の利潤を追求することであるといわれる。利潤追求は必ずしも否定されるわけではないが、利潤を獲得するためには手段を問わないというわけではないだろう。一定の規範が必要である。渋沢栄一が、日本の資本主義の生みの親としてだけでなく、彼の考えが経営倫理を語ったものとして再評価されている理由はここにある。

 現在の日本では、指導原則に言われている規範は伝播の段階にあるのは間違いない。規範の内面化は、経営者の思考に関わることであるから、それを一朝一夕に実現することは困難かもしれない。しかし日本経済の長期停滞が言われ、その原因の一つとして、非正規雇用の拡大と低賃金労働の蔓延があることを考えると、一日も早い規範の内面化が要請される。労働者が生き生きとした人間らしい生活を送り、労働に生きがいを見出すような環境を作り出すことが経営者の責務である。

 人材育成が重視され、その手段としてOJT、Off-JTが言われるが、これらは手段である。人材は経営者が育成するものではない。経営者の役割は人材が育つ環境を整えることである。ここに人権尊重の経営の根幹がある。したがって人権尊重の経営は巷間言われるようなリスクではなく、経営者にとって企業成長実現のためのチャレンジであると考えるべきである。

 本稿に関してより詳しくは、渡辺俊三「ビジネスと人権に関する国別行動計画の策定と中小企業の課題」(大阪経済大学中小企業・経営研究所編『深化する中小企業研究』所収 同友館2022年3月)を参照されたい。

(2022年3月執筆)

執筆者

渡辺 俊三わたなべ としみつ

名城大学名誉教授・博士(経済学)

略歴・経歴

主要著書・編著:
渡辺俊三『戦後再建期の中小企業政策の形成と展開』(同友館2003年)
渡辺俊三『イギリスの中小企業政策』(同友館2010年)
愛知中小企業家同友会50年史編集委員会編『道なきみちを-愛知中小企業家同友会50年史-』(中日新聞社2012年)1~216頁担当

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