一般2026年01月14日 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその5 ─応用編⑵『コウラン伝 始皇帝の母』 (後半・39~62話)の紹介─(法苑WEB連載第22回)執筆者:坂和章平 法苑WEB

(1)私は小学生の頃から「偉人伝」が大好き。とりわけ「歴史モノの偉人伝」が大好きだった。そのため、「キュリー夫人」や「野口英雄」等々の偉人伝は小学生時代に図書館から借りてすべて読破した。2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は江戸時代の出版界、エンタメ界を代表する「蔦屋重三郎」の偉人伝だが、そこでは主役の蔦屋重三郎(横浜流星)の他、幼なじみで伝説の花魁・瀬川(小芝風花)、良き教師、先達となった平賀源内(安田顕)、そして出版社の絵画担当として天才的な能力を発揮した喜多川歌麿(染谷将太)、さらに江戸幕府の改革者・田沼意次(渡辺謙)等の準主役が数多く登場し、1年間40数話にわたって興味深い物語を展開している。
(2)同作は「歴史モノの偉人伝」だが、あくまで作りモノだ。ちなみに、源義経の偉人伝にはさまざまな解釈がある。例えば、源義経を主人公にしたNHK大河ドラマには1966年版と2005年版の2つがあるし、映画『源義経』(55年)もある。さらに史実として義経は兄の頼朝の手によって奥州平泉の地で部下の弁慶らと共に殺されたはずだが、実は義経は死んでおらず、中国大陸に脱出し「チンギス・ハン」になったという“珍説”まである。また、私は小学生時代の家族揃っての大阪旅行の際に宝塚大歌劇場で『椿説弓張月』を観たが、同作は琉球に渡った源為朝が琉球王国を再建し、彼の息子が国王として活躍するメチャ面白いスペクタクル劇だった。
(3)約2200年前に存在した秦の始皇帝は、兵馬俑や始皇帝陵の発見によって数々の貴重な史跡・史実が明らかにされてきたものの、なお不明な点も多い。だからこそ、中国の大型時代劇ドラマでは「歴史とロマンの始皇帝」がさまざまな姿で登場し、日本でも原泰久の漫画『キングダム』や近時の映画『キングダム』シリーズ、さらに60年代の勝新太郎主演の『秦の始皇帝』等が次々と登場するわけだ。
(4)「始皇帝モノ」は「春秋戦国七雄」興亡史のひとコマだから、当然本作で描かれる趙と秦が戦った「長平の戦い」や映画『キングダム』シリーズが描く「蛇甘平原の戦い」「馬陽の戦い」等々の血沸き肉躍る「大会戦」がメインになる。他方、秦の内部における政=始皇帝と異母弟・成蟜との対立や宦官・嫪毐との対立、さらには荊軻による始皇帝暗殺未遂事件等が重要な「史実」として興味深く描かれる。もっとも、その詳細な真実は不明。そうだからこそ、人間(作家)はそれをいろいろと想像し、さまざまな物語(小説)やドラマ(映像)を生み出しているわけだ。
(5)「コラム4」では全62話からなる『コウラン伝』前半(1~38話)にみる嬴異人と呂不韋の趙からの脱出の成功までを紹介したが、「コラム5」では『コウラン伝』後半(39~62話)、すなわち、政を連れた皓鑭の咸陽への帰国以降の成人した政による権力掌握ぶり、それに伴う三者三様の人間模様の変化とその結末を紹介したい。
(1)38話では安国君の息子で次期太子と目されている子傒が登場し、腹違いの弟である異人とご対面!さらに異人は呂不韋の努力によって新たな義母になった華陽夫人ともご対面!そこで“礼儀正しい好青年”との印象付けに成功した異人は、子楚の名前まで賜ることに。迎合嫌い、どちらかというと頑固者の異人がここまで華陽夫人に礼節を尽くすのは、もちろん趙に残してきた正妻・皓鑭と息子・政の秦への帰還を実現させるためだ。
(2)もう一つのご対面は、秦の丞相・范雎と母親亡き後、長く異国の地で祖母に育てられやっと咸陽に戻ろうとしていた范雎の娘とのご対面だが、何とそこには趙を追放された雅王女の姿が。咸陽への難民に落ちぶれた雅王女が偶然出会った范雎の娘を殺害し、同女になりすます物語は36話に登場するが、そのまま子傒の懐に入り込み気に入られた雅は子傒の妻に収まり、范雅として子まで授かるので、その異様な(?)サブストーリーにも注目!
(3)昭襄王とのご対面も果たした子楚はたちまち子傒に対抗する有力な太子候補にのし上がったから、華陽夫人は大喜び。そこで、宣侯夫人が華陽夫人のいとこの娘・羋絲蘿を正室に推したところ、子楚は意外にもこれを承諾。困惑する呂不韋を尻目に2人は婚儀を上げ、絲蘿は、成蟜を産んだから、アレレ、アレレ。子楚は趙に残した最愛の妻・皓鑭と政を忘れてしまったの?
(1)安国君の27人の息子の一人である子楚と子傒の太子争いは、今や子傒の妻に収まりながらなお子楚への想いを断ち切れない范雅の思惑も絡んでメチャ面白いが、最後に勝ったのは子楚。そこには秦王、昭襄王(嬴稷)に安国君の太子を子傒ではなく子楚にするという「遺言書」を書かせた呂不韋の知恵と功績があった。
(2)その結果、41~42話ではやっと帰国が認められた皓鑭と政が子楚とご対面!趙に残された母子は小春の助けの中、丸8年の艱難辛苦をよくぞ辛抱したものだ。すると皓鑭も今後は太子夫人として自由と権力を!否、事態はそれほど甘くはない。正室争いでは、華陽夫人も宣侯夫人も羋絲蘿を支持するのは確実。この2人が皓鑭を「趙姫」と呼ぶことにしたのは、あくまで羋絲蘿を正室、皓鑭を側室に位置づけるためだ。さらに、秦王の座を狙っている子傒の力もなお健在。そんな状況下、亡き父の喪に服するしか能のない安国君の即位はいつ?どのように?
(1)あなたは「完璧」の言葉の由来となった「和氏の壁」の逸話を知ってる?それは『ミーユエ』にも登場するのでしっかり調べてもらいたい。44話では呂不韋が大商人らしく大枚をはたいて「和氏の壁」を入手し、安国君に奉納したところからとんだハプニングが!早速、それを持って華陽夫人のご機嫌取りに赴いた安国君は、夫人が楽師の檀奴と睦み合っている姿を見て激怒!夫人の首を絞めていた安国君は反撃に遭ってあえなく不慮の死を!44話のドタバタ劇はかなり見苦しいが、同時に人間らしくかつわかりやすい(?)のでその顛末をじっくりと!
(2)しかして、29代・嬴柱(孝文王)の治世はわずか3年で終了し、BC249年、子楚が30代・荘襄王に!
(1)子楚が早々と秦王に就けたのは、国王不在では国難を乗り切れないとの強力な呂不韋の推しによるものだから、子楚が呂不韋を「相邦」の職に就けたのは当然。しかし、子楚が産みの母親である夏姫を自分と同じ太后としたことに華陽夫人は不満だ。そんな中、羋絲蘿は皓鑭との面会を拒み続けている夏太后に急接近!秦の都・咸陽での権力闘争は熾烈!風雲急を告げてくることに。
(2)他方、「政は子楚ではなく呂不韋の子供だ」という噂に激怒した華陽夫人は皓鑭の排除を決意!49話では朝議で華陽夫人の弟・陽泉君が政の血筋を追及し、「呂不韋は王室の血筋を乱して王位を奪う気だ」と大攻勢をかけたからヤバい!これは事実上、子楚への謀反であり、その黒幕は子傒と范雅、そして宣侯夫人だから強力だ。もっとも、法治主義の秦では証拠が重要。朝議の席で子楚は殷医師による見事な血液鑑定(?)によって、提出された証拠のインチキ性を暴露したからすごい。
(3)謀反に失敗した子傒は命を落とし、謀反に加担した宣侯夫人は牢に。そして、子傒が書いた「免死令」によって死罪だけは免れた范雅は、夏太后によりその額に入れ墨刑が。いやはや、あの時代の秦の法治主義は何ともすごい!
(1)子傒との跡目争い(謀反)に勝利した子楚は、30代・荘襄王として統治に励んだが、心配なのは健康。彼はもともと病弱だったうえ、人質生活を送った趙では時々血を吐いていたから、そんな症状のぶり返しが心配だ。国王は酒を酌み交わしながら他国の要人と接することも大切だが、メインの仕事は大臣や官僚から上がってきた膨大な書類(奉状)に目を通し、決済すること。根が真面目な子楚がそれに励んだのは当然だが、呂不韋からその仕事を教わった皓鑭も子楚の奉状処理の補助を果たしたからこちらも立派なもの。これなら、子楚が健康を害しても、政が成人に達するまでは皓鑭が事実上摂政の役割を?もちろん呂不韋も相邦として子楚への忠誠心を尽くすはずだ。
(2)子傒との跡目争いに勝利した後の子楚、呂不韋、皓鑭の三者三様の人間関係と力関係の推移は面白い。もっとも、52話では政の教育を巡って、文武共に厳しい方針を示す子楚と幼い政には母親の愛が必要だとする皓鑭との意見の対立が目立ってくる。他方、自分との結婚が政略だったことを思い知らされ、皓鑭への嫉妬と恨みを増長させる羋絲蘿は、華陽夫人のみならず、額の墨刑が目立つ范雅とも結託して、「わが子・成蟜を次期王に!」と対抗してくるので、その策動に注目!
(3)秦のため、子楚のため力を尽くす呂不韋だが、その敵は多い。51話では、朝議で「呂不韋が蝗害に苦しむ庶民に救いの手を差し伸べたのは自己の人気取りのためだ」と非難され、さまざまな罪状が暴露!ところが、そんな状況下でも子楚は、逆に呂不韋を文信侯に奉じ、洛陽に10万戸の領地を与えたから偉い!これを見れば、荘襄王による秦の統治は一見安泰!?ちなみに、クレオパトラと相思相愛の仲になり同盟を結んだローマの英雄・シーザーは息子のシーザリオンにも恵まれ絶好調だったが、BC44年にブルータスに暗殺されると?そこには元老院の支持を集めるシーザーの養子・オクタヴィアヌスとクレオパトラと組んだ将軍アントニーとの対決(=アクティウムの海戦)が待ち受けていたが、さて、子楚即位後の秦における三者三様の人間模様の展開とその後の波乱は?
(1)52話では時代が一気に3年進み、青年期に達した政が登場!白仲との弓矢勝負、宦官の趙高への対応等、生来の“負けん気の強さ”が目立つ政だが、その器量は如何に?なお、『ミーユエ』では羋月が権力を握るにつれて白起が軍神として大活躍する姿が描かれていたが、白仲はその息子だから要注目!他方、子楚からの厳しい文武の指導や呂不韋による法治の講義に対応しながらも、政は他方で母親の作った甘菓子を恋しがる姿も。
(2)子楚の人質時代、3人の結束は固かったが、子楚が国務に励み、呂不韋が臣下として尽くす中で政の成人が迫ると、“三者三様”の人間模様が再浮上!53話では、熱い想いを吐き出す呂不韋に対して、皓鑭が意外に冷たい反応を!そして、2人の逢引きを目撃した子楚は、これは范雅と羋絲蘿が仕組んだ罠と知りつつ、嫉妬心と猜疑心に苦しみ、皓鑭に冷たい態度を。逆に皓鑭は自分を信用しない子楚に対して怒りを爆発させたから、“三角関係”含みの人間関係は微妙だ。
(1)シリーズ第1作たる映画『キングダム』(19年)は、奴隷の身分に生まれた2人の少年、信と漂が武芸に励む姿から始まり、嬴政が登場すると、たちまち政と異母弟の成蟜との対決という物語に進んでいった。政を支援したのは、信の他は山の民だけだったが、咸陽の都に入り、見事に成蟜を打ち破った政に対して、王騎将軍が「この国の形は如何に?」と問いかけると・・・?皓鑭の子・政と、羋絲蘿の子・成蟜は共に子楚の息子、腹違いの兄弟。そして、その対決はすべての「始皇帝モノ」の定番だが、本作のそれは、自分の老い先短いことを悟った子楚が、太子を政ではなく成蟜に!と言い始めるところから展開するので、それに注目!
(2)「兄弟は他人の始まり」とはよく言ったもの。幼い頃は仲の良かった兄弟が大人になると互いの地位への固執や妻の意向、さらに直属の家臣たちの意思によって少しずつ溝を深め、対立を強めていく姿は、世の東西を問わず登場する。日本では、平家を倒すために1180年に伊豆で兵を起こした兄・源頼朝を助けるべく奥州平泉から鎌倉に駆けつけ、平家滅亡のため獅子奮迅の働きをしながら数年後には頼朝から“追討令”を受けてしまった源義経がその典型だ。
(3)母親を同じ常盤御前とする、血を分けた実の兄弟ですらそうなのだから、異母兄弟たる政と成蟜が対立したのは仕方ない。もっとも、『大秦帝国』シリーズでは、あくまで控えめな成蟜の母親は秦の次期王は政だと認め、息子が王争いに絡むことを避けていた。ところが、本作ではタイトルとされている李皓鑭が趙の国に残っている間に子楚(異人)の妻となり成蟜を生んだ羋絲蘿が、母親同士で王位を巡って対立し、また子楚の愛を奪い合う形で対立していくので、それに注目!
(4)羋絲蘿は、『ミーユエ』の羋月と同じ羋家出身の華陽夫人とその姉・宣侯夫人が羋家の影響力を維持するために異人の妻として送り込んだ女性。そして、呂不韋の立案による、異人を華陽夫人の養子とし、次期太子の座を狙うという大構想に華陽夫人が乗ったのは、呂不韋が華陽夫人に対して、それに伴う羋家の繁栄を約束したためだ。したがって、呂不韋への嫉妬が原因で子楚と皓鑭の間に隙間風が吹いている今を絶好のチャンスとみた羋絲蘿が子楚の懐に入り込み、必死に成蟜を売り込んだのは当然だ。本作では、政と成蟜の直接対決以上に、政の母親・皓鑭と成蟜の母親・羋絲蘿間のドロドロした女同士の対決模様をしっかり楽しみたい。さあ、呂不韋の罪を暴き政の廃位と成蟜の立太子を求める朝議では、誰がどんな策動を?
(1)呂不韋はいかに富を築いても所詮、身分の低い商人。しかし、己の才覚を武器に人を騙すことも厭わず、策略を巡らすことに長けている人物だ。そのことは『バシレウス 呂不韋伝』を読めば一層よくわかる。他方、趙で長い人質時代を過ごした子楚(異人)も、策略家という面でも、したたかさの面でも呂不韋に負けていない。そのことが鮮明になるのは、それまでずっと「能ある鷹は爪を隠す」の生き方を貫いてきた彼が太子となり、さらに秦王となった後だ。
(2)子楚に対する羋絲蘿の策動の失敗後、病床に伏していた夏大太后の最期の願いは、羋絲蘿の子・成蟜を守ること。成蟜は15歳で韓へ使節として向かい、血を流すことなく100里の国を手に入れていたが、政の対抗勢力にのし上がってくると?そんな心配をした夏大太后は成蟜を咸陽から遠ざけ、安邑に移すよう提案したが、呂不韋は、「それでは王の度量が疑われる」と反対。そこで皓鑭は、「(近くの)鎬京にしたら」と提案したが・・・。
(3)映画『キングダム』(19年)は、信と山の民の支援を受けた政と、咸陽で権勢を振るう成蟜との武力対決がド派手に演出されていた。しかし、本作には「成蟜の乱」は映像的には登場せず、趙を攻めた後に、謀反を起こした総帥の成蟜を副主将の嫪毐が鎮圧し、成蟜は咸陽へ護送中に逃亡を図り殺された旨が政と呂不韋に報告されるだけだ。なるほど、皓鑭を主人公にした本作では、成蟜の乱はそんな構成にされたことに納得!
(1)57話では鴆酒を贈られた范雅が最期を迎えるので、その“死にザマ”に注目!他方、死期が近づいた子楚が呂不韋を呼び出すと、呂不韋は皓鑭を奪われた恨みを子楚にぶちまけたが、それに対する子楚の反応は?そして、BC247年に子楚が死去し、翌246年、政が31代秦王に即位!
(2)皓鑭は子楚の逝去に立ち会えなかったうえ、子楚の遺言には子楚からの贈り物を燃やすようにと書かれていたからアレレ、アレレ。呂不韋との確執だけでなく、どうやら子楚との間の確執もなお晴れていなかったようだ。そんな状況下、秦王の座に就いた政の最初の仕事は嫁選びだ。
1 『大秦帝国』シリーズとは大違い!まずそこに注目!
『大秦帝国』シリーズ第4作たる『始皇帝 天下統一』(20年)では25話、26話で政の嫁選びが面白く描かれていた。そこでは、楚の娘・羋華を嫁にしたいと申し出る政に対し、母親が斉の公主・離秋との結婚を迫ったところ、政は「どちらも娶ればよい」という単純明快な答えを引き出すとともに、呂不韋が丹精込めて編纂した『呂氏春秋』を引用し、「今後王妃は置かない」と法を改めたから、彼の才覚は突出していた。本作でも59、60話で政の嫁選び風景が面白く描かれるが、その展開は上記とは大違いだから、しっかり両者を対比したい。
2 3人の王女、楚の雲夢、韓の弄玉、燕の姫冰に注目!
(1)権力の奪還を狙う華陽夫人は、故国・楚から、王妃が最も可愛がっている娘・雲夢王女を推薦。これに呂不韋が同調したのは当然。なぜなら、雲夢が秦王のもとに嫁げば、羋月の時代と同じように秦は大国・楚と仲良くなれるから、少なくとも六国の合従連衡は防止できる、その結果、楚以外の弱小国の各個撃破が可能になる、というわけだ。
(2)ところが、皓鑭はそれに同意せず、旧態然とした楚との政略結婚によって秦を強国にのし上げようとする呂不韋の戦略に大反発!「嫁は政に自由に選ばせる」と宣言したが、彼女の母親としての女ゴコロは如何に?
(3)他方、韓出身の夏大太后は、韓王の孫娘たる弄玉を推薦。瓊華の器量の良さは六国に知れ渡っていたから、瓊華の姪にあたる弄玉の美貌も十分だ。その上、弄玉は「瓊華おば様のお墓で会ったことがある」という、瓊華の弟・嫪毐に対して、「私は絶対に秦王の王妃にならねば!」と決意表明し後押しを要請したから、最弱国出身王女のド根性はすごい。
(4)さらに、燕から派遣されたのは公主の姫冰。姫冰はかつて趙で政と共に人質として少年時代を過ごした燕の王子・姫丹の妹だ。姫冰には侍女の驪歌が付き添っていたが、到着が遅れるトラブルの中、兎狩りに来た政と驪歌が‟鉢合わせ”し、運命の出会いが生まれるので、それに注目!そこではさらに、政が某国の暗殺団に襲撃されるというとんでもないハプニングも!
(1)六国からの花嫁候補が居並ぶ宴は何とも羨ましい風景だ。そこで雲夢は見事な舞を披露し、弄玉は琴で見事な腕前を見せたが、政が選んだ花嫁は燕の王女だと誤解した驪歌だったからビックリ!こんな仕打ちに雲夢王女は不満タラタラだが、それは想定内。驚くべきは、花嫁に選ばれなかった弄玉が用意してきた履物を贈ろうと政に近づく中で、またまたとんでもないハプニングが発生することだ。
(2)「始皇帝モノ」では、陳凱歌監督の『始皇帝暗殺』(98年)と張芸謀監督の『HERO(英雄)』(02年)で描かれた、荊軻による“始皇帝暗殺未遂事件”が一つのハイライト。燕王の使者である荊軻は司馬遷の『史記・刺客列伝』の中で「壮士ひとたび去ってふたたび還らず」とうたわれた人物だが、その真相は如何に?59話にみる弄玉の行動は、荊軻による暗殺未遂事件を彷彿させるものだから、本作のそんな展開にビックリ!政の暗殺を目指し失敗した弄玉の命がないのは当然だが、これは単独犯?それとも?他方、弄玉の剣を直前に阻止したのは嫪毐だったが、韓の瓊華の弟である嫪毐がなぜ弄玉の邪魔を?
(1)選りすぐりの花嫁候補を派遣するのなら、併せて暗殺団を派遣すればよい。誰でもそう思うはずだが、政と驪歌が運命の出会いをしている最中に某国が現実にそれを実行!大事に至らなかったから良かったものの、暗殺団の検挙は不可欠だ。そこで呂不韋が暗殺団の“黒幕”と断じたのは、姫冰や驪歌と共に、自分は人質となるために咸陽にやってきた燕の王子・姫丹だ。呂不韋の追及を知った驪歌は姫丹に「早く逃げよう」と勧めたが、その一部始終を呂不韋と政が目撃していたから万事休す。驪歌は政が抜いた剣を自らの胸に突き刺すことに。
(2)政の怒りが姫丹に向いたのは当然だが、自ら選んだ花嫁がいなくなった今、政は文武百官や諸国の使いが集まる婚礼の儀をどうするの?そこで政は「偉大な秦に王妃は存在しない」と宣言し、皓鑭は「その願いを叶える」と応じたが、その意味は?
(3)驪歌の死を知った雲夢は政の妻になれる!と早合点したが、それは無理。他方、「私の命運もここまで」と悟った華陽夫人は雲夢に帰国を命じた後、自ら毒を煽ったが、政は「余の許しもなく死ぬことなど許さない!」と幽閉してしまったから末路は哀れだ。六国の注目を浴びた秦王・政の華やかなはずの婚礼がこんな悲劇的な結末で終わるとは!
(1)政の異母弟という成蟜の出自は明確だが、嫪毐のそれは明確ではない。「『史記』呂不韋列伝によると、「嫪毐は巨根で知られ、宴会の余興として自らの一物を軸に馬車の車輪を回して見せたという。その特長ゆえに、秦の宰相呂不韋に見出された。」そうだ。Wikipediaには、次のとおり書かれている。
呂不韋は秦王政の母の趙姫(太后)と長年不倫関係を続けていたが、淫乱な太后を老年に差し掛かった彼が満足させることは難しくなり、同時にその関係は非常に危険なことであった。そこで関係を清算したがっていた呂不韋は、自身の身代わりとして彼を後宮に送り込んだ。王以外の男性で後宮に出入りできるのは、男性器を切除した宦官のみであり、巨根が売り物の嫪毐が性器を切除しないまま後宮に入れるにあたり、髭を抜き取るなどして宦官のような容貌に変えさせ、さらに宮刑を執行されたという記録をでっちあげるなどの裏工作をした。
呂不韋の思惑通り、嫪毐は後宮に入って太后の寵愛を受け、2人の息子を儲けた。やがて、太后の後ろ盾をもとに次第に権勢を握り、紀元前239年に嫪毐は山陽を封土として長信侯に封じられた。また、多くの食客を擁するようになり、呂不韋に次ぐ権勢を誇った。また、河西および太原も領した。
だが、房事での出世は周囲の評判が悪く、密告により政に知られることになって、内偵により太后との密通が露見した。そこで嫪毐は御璽および太后の印璽を盗み出して、兵を集めて反乱を起こそうとした。
しかし、既にそれに備えていた秦王政の命を受けた楚の公子である昌平君と昌文君の叔甥によって、咸陽で返り討ちに遭った。嫪毐は逃亡したものの、捕らえられて車裂きの刑に処され、その一族や太后との間のふたりの息子もことごとく処刑された。
(2)なるほど、秦の時代からこれほどの“男と女のドラマ”が存在していたわけだ。『大秦帝国』シリーズはほぼこれに沿っていた物語だったが、本作の嫪毐は韓の王女・瓊華の弟という設定だからビックリ!
(3)使用人の子として父親に放逐され異国でさまよった嫪毐はうまく皓鑭の懐に入り込み媚びを売る中で衛尉に抜擢。皓鑭の「情人」を気取っていた。そんな嫪毐には韓王に対する忠誠心が全くなかったから、花嫁候補の弄玉が命を懸けた任務を果たそうとした時はそれを阻止!一層、皓鑭のお気に入りに。
(1)そんな嫪毐を「手柄も立てず 魏醜夫をまね 女子に取り入る」と非難し、誰よりも毛嫌いしたのは呂不韋だ。ところが、排斥しようとすればするほど逆に皓鑭は嫪毐を重用したから、この男はやっぱり宦官ではなく皓鑭の情人?
(2)嫪毐は成蟜の乱を鎮圧した功績で皓鑭から長信侯として、洛陽の地まで。さらに、かつての呂不韋と同じように、皓鑭を後ろ盾に咸陽で多くの食客を抱えて勢力を拡大!すると近い将来には呂不韋と拮抗?更には呂不韋を凌駕?
(3)嫪毐を苦々しく思っていたのは政も同じ。そこで今や政の衛寥として重要な役割を担っている白仲は、“上の策”として、「嫪毐の処分に呂不韋を使うこと」を提案、政はそれを採用したうえ、宦官の趙高をスパイ役として準備を整えることに。しかして、62話では「雍城で行われる冠礼の儀で呂不韋を殺す」と宣言し、太后の印璽を盗んで軍を動かした嫪毐の謀反が勃発!
(1)側近たちのおだてに乗って決起した嫪毐の戦略と政権構想は、①政を殺し王位に就こうとする呂不韋を嫪毐が討伐②成蟜の子・子嬰に王位を承継③皓鑭を摂政に④嫪毐は皓鑭の情人に!というものだ。
(2)準備は万端!皓鑭の印璽のお陰で兵力も十分だ。ところが、咸陽内には白仲軍が突入してきたから、アレレ。皓鑭に剣を突きつけ盾にした嫪毐の胸は政が放った矢で射抜かれ、身体は政の剣で何度も貫かれることに。映画『スパルタカス』(60年)で見たローマ帝国に対する奴隷たちの反乱は正々堂々と戦い抜いた挙句の敗北だったが、嫪毐の謀反はあっけなく鎮圧された上、彼の最後はみじめなもの。そのみじめさは、「本能寺の変」で主君・織田信長の殺害に成功しながらも「中国大返し(備中大返し)」の奇跡を演じた羽柴秀吉との「山崎の戦い」で敗れ殺された明智光秀以上だ。
(3)「謀反に加われば褒美を与える」と書かれた皓鑭の密書や皓鑭の印璽が果たした役割は大きい。呂不韋は「密書は偽物」「印璽は盗用された」と弁明したが、「赤の他人と結託して自分の息子を殺そうとするとは!」と怒った政は皓鑭を幽閉し、「皓鑭のために許しを乞う者は首と手足を切り落とす」と厳命したからすごい。
(4)コトの一部始終を見定めた皓鑭は政に対して、「あなたが秦王だ。しっかりおやり!」と言い残して雍城へ。2025年7月20日の参議院選挙の結果、①自公の過半数割れ②国民民主党及び参政党の大躍進という新たな政治局面を迎えた日本の近未来は混沌としているが、嫪毐の謀反を鎮圧した後の混沌情勢下、政の親政の行方は?
嫪毐の謀反に伴う呂不韋の処分も免れない。62話冒頭は呂不韋が咸陽を離れ洛陽に赴く姿が描かれるが、これは呂不韋の赦免を求める大臣たちの意見を受け入れた政が相邦の職を免じて洛陽へ赴くよう命じた結果だ。皓鑭の幽閉と同じく厳しい処分だが、命が助かっただけ、まだマシ!?
62話では次に呂不韋の命令により皓鑭の許しを請うため28人目の犠牲覚悟で意見具申にやってきた茅焦が登場!こりゃ頑固で癇癪持ちの政の怒りに触れ、彼の首と手足は即アウト!そう思ったが、意外にも政は雍城に幽閉した皓鑭を迎えに行くことに。これは皓鑭の命令で政を守っていた白仲が「私が策を練り嫪毐を殺し呂不韋を追放した。太后は政が戦いの終結の誓いを忘れず、一日も早く六国を統一し天下の民のために太平の世を築け」と言い残したことを伝えたためだ。なるほど、母親としての皓鑭の政に対する愛情の深さにビックリ!それを知った政の反省する姿も立派だ。
3 李斯の登場は?
なお、『大秦帝国』シリーズでは、政が秦王に就任した後、李斯が頭角を表す中で、李斯と呂不韋との対立が新たな焦点になっていたが、李皓鑭を中心に据えた本作には李斯は登場しないので、その相違点もしっかりと!
本作ラストには、次の字幕が流れるのでそれに注目!
史書によると、始皇9年。秦王は嫪毐の反乱を鎮圧し、皓鑭を雍城に移し、翌年、呂不韋を罷免。斉の者である茅焦が秦王に説くと、王は太后のもとに赴き、咸陽に連れ戻った。一方、洛陽に赴いた呂不韋は1年余り後、殺されると悟り、鴆毒を煽って自害した。始皇19年、太后が逝去。送り名は帝太后。荘襄王(=嬴子楚)と共に芷陽に葬られた。
なるほど、なるほど。
殷小春はコラム4の「第4 趙を舞台としたさまざまな人間模様とサブキャラに注目!」の「2 女医・殷小春に注目!準主役として重要な役割を!」で紹介したが、本作後半のクライマックスにかけて白起将軍の息子・白仲の役割が大きくなるにつれて、白仲と小春との恋模様(?)も微妙な形で展開していくので、その展開に注目。
趙の人質・嬴異人に惚れ込んだ雅王女の、長期に渡る異人へのストーカーぶりはすごいし、范雎の娘に成りすまして子傒の妻に収まった後の范雅の企みもすごい。本作ではその波乱万丈の人生にも注目!他方、最後まで皓鑭の大いなる信頼を得た韓瓊華は絶世の美女としての魅力の他、人間的な魅力も大きい。弟の嫪毐をどう評価するかは難しいが、本作ではこの姉弟の生きザマにも注目!
秦が強国になったのは六国から広く人材を取り込んだためだが、同時に王室内での政略結婚も常態だった。『ミーユエ』の導入部は若き日の26代王・嬴駟が楚へ嫁取りに赴く物語から始まるが、楚から嬴駟の側室になったのが羋月、正室になったのが異母姉の羋姝だ。そして羋姝の息子が27代・嬴蕩、羋月の息子が28代・嬴稷だ。羋月が嬴駟亡き後「宣太后」として弟の穣侯(魏冄)や天才的な大将軍・白起らと共に王室内で絶大なる権力を奮ったことは本作でも再三語られるので、本作では羋一族の血を引く華陽夫人や宣侯夫人の悲しい最期を見届けつつ「歴史の継続性」もしっかり学習したい。
本文では全然触れなかったが、白仲の妹・白霊児はなぜか皓鑭一筋の呂不韋に惚れ込み、さまざまなサブストーリーを展開するので、それにも注目!呂不韋が「まだ子供だ!」とハナから相手にせず、女として見てくれないのは彼女にとって最大の屈辱だったが、時に暴走することこそあれ、よくぞ最後には自分の命を犠牲にしてまで呂不韋に尽くしたものだ。白霊児の悲しい最期が兄・白仲の呂不韋に対する恨みに直結したのかどうかは知らないが、人間関係の複雑さを痛感!
(1)『コーラン伝』(全62話)の本コラムでの紹介は大変だった。録画を何度再生し、セリフを何度スマホで撮影したものか!それは個性豊かな登場人物が多い上、史実とフィクションが綯い交ぜになった状態で3人の主人公の激動の人生が描かれていくためだ。皓鑭と嬴異人、呂不韋の関係を「三角関係」と言ってしまえばそれまでだが、今から2200年前の中国では身分制度が強固だから、性差だけでなく身分差の大きい3人の男女が「秦を強くするため」「嬴異人を、そして嬴政を秦王にするため」という大目標に向かって心を合わせる姿は珍しい。
(2)激動する時代の中では1つの目標を持って生きる人間も激動の人生になるのは当然。それは日本の幕末・明治維新でも同様だが、そこで生き残る人間と死んでいく人間に分かれるのは仕方ない。吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬らが初期の死に組。大久保利通、伊藤博文らが生き残り組だが、明治時代に入ってからも西郷隆盛は西南の役で、大久保利通は暗殺で死んでしまったから、天寿を全うした人間は数えるほどしかいない。
(3)そう考えると、嬴異人は若くして死亡したが、もともと病弱だったのだから、成すべきことを成し遂げたという納得感を伴っての死亡だ。それに対して、政の親政に伴って追放され自害してしまった呂不韋の無念さは如何ばかり?
(4)そんな2人の男に比べれば、タイトルとされたヒロイン李皓鑭は雍城に移り、権力闘争に無縁な悠々自適状態で老後を過ごした上、帝太后の送り名をもらい夫と共に葬られたのだから、これ以上の女の一生はないはずだ。
(5)次の「コラム6」で紹介する『ミーユエ』のヒロイン羋月は「宣太后」として絶大な権力を握った後はさまざまな浮き名を流したそうだから、それに比べても李皓鑭の生きザマは立派。本作のヒロインについてそんなこんなの感想を語り合いながらコラム4と5を読んでいただき、ミーユエ(羋月)を紹介するコラム6への期待を語り合っていただければ幸いだ。
(弁護士・映画評論家)
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