一般2024年01月10日 憧れのハカランダ(法苑WEB連載第2回)執筆者:佐藤孝史 法苑WEB
私は昭和46年に群馬県渋川市の公立高校に入学した。当時住んでいた町は人口約2万人で、渋川駅まで電車で30分かかり、駅から徒歩で10分のところに高校があった。地元では一応進学校と呼ばれ、大学進学率は80~90%くらいだったと思う。入学して間もない頃、体育館でオリエンテーションがあり、そこでクラブ活動の紹介があった。運動部や文化部の紹介があり、特に印象的だったのは空手部で、こぶしや額で瓦を10枚割ったのをリアルに見た時は本当に驚いた。しかも黒帯で2年生の何人もの部員がそれをできていた。
生物部、社会部、落語研究会、放送部、新聞部、演劇部、ブラスバンド部、JRCなどのいわゆる文化部と言われる紹介の中でギターマンドリンクラブの紹介があった。それまで音楽にあまり縁がなかった私は、初めて聞くクラシックギターの生演奏に心を奪われた。その時にあの有名な「禁じられた遊び」を2年生の部長が弾いた後に、彼はハッキリ言った。「半年でこの曲が弾けるようになります。」と。その一言で私は入部を決めた。
1年生の部員の中にギターもマンドリンもすでに弾ける者がいた。彼(Y.Iさん)は別格で1年生の時から定期演奏会でギターソロと1stマンドリンを弾いていた。私は、合奏では2ndマンドリンを担当し、ギターは合奏ではなく個人の趣味で弾いていた。
夏には合宿があった。校舎の裏にかまどがありそこで煮炊きし、寝るのは教室の机を並べたベッドに貸布団屋から借りた布団を敷いて皆で寝た。合宿では朝から夕方まで集中して楽器を弾くので1年生の部員も短期間で皆腕を上げた。合宿の夜月が出ている時に、校舎の屋上でスペインのソルという作曲家の「月光」という曲を、月の光の下で弾いている先輩を見て、私もそれができるようになればいいなと思った。
私は、2年生の後半になるとギターもマンドリンもそれなりに弾けるようになり、「禁じられた遊び」も人前で弾けるくらいの腕前になっていた。マンドリンはクラブ所有のものを弾き、ギターは当時8千円で購入した安ものを所有しており、家ではそれを趣味で弾いていた。学校にもギターが備えてあったので、放課後のクラブ活動でもギターを弾くことができた。演奏会は、定期演奏会のほか自校の文化祭や地域の文化祭、県内の高校のマンドリンクラブの合同演奏会など年に5回くらいは演奏の機会があった。2年生になるとギターもマンドリンも両方弾く部員は多く、私もその一人だった。曲はマンドリン合奏のオリジナルのほか、映画音楽やクラシック、ポピュラーなどを演奏した。部員の中に編曲できる者がいたので、自分たちの好きな曲も演奏できた。ギターの曲も何曲も弾けるようになり、それなりの腕前になった。2年生時の定期演奏会でタルレガ作曲の「アルハンブラの想い出」、3年生の時の定期演奏家でアルベニス作曲の「アストリアス」などを演奏した。
8千円で購入したギターは、多分弾きにくかったのだと思う。定期演奏会では、ギターはY.Iさんのギターを借りて演奏した。そのギターは弾きやすく音も大きく、音色も甘くいい音がした。確か5万円のものだと聞いていた。学校には音楽の授業用のギターが何十台とあり、クラブ活動で弾くときはその中から引きやすいものを選んで弾いていた。その時は、なぜ弾きやすいものと弾きにくいものがあるのかよくわからなかった。でも、指板(左手の指で弦を押さえる黒っぽい板)と弦の間隔が少ない方が弾きやすいということは、弾いている時の感覚で何となくわかった。
クラブ活動に熱心なあまり現役では進学できず、一浪して大学へ進学した。建築家になりたかったので大学は建築学科へ進学した。大学にはギターマンドリンクラブがあり、早速入部した。マンドリンが弾けたので、将来はコンマス(コンサートマスター)だとか言われた。しかし、大学に進学しこれまで疎遠だった政治や社会に関心を持つようになり、クラブ活動よりも政治を変えることが重要だと考え、注文していた手工品のマンドリンもキャンセルし、マンドリンクラブを退部した。大学時代は学業よりも学生運動や政治活動に明け暮れ、ギターもそれほど弾くこともなく過ごした。看護師の労働組合の集会でギター演奏したこともあったが、それも学生時代に数回だった。政治活動や学生運動をやりすぎて留年してしまったが、5年半かけて何とか大学を卒業し、自分の生まれた町に戻り役所へ就職した。役所で建築の仕事をしたかったが、町役場では建築の仕事は少なく、採用された職種は技術職ということであったので、町で新しく始まった下水道の仕事をすることになり、現在ではその専門家となった。
就職したので収入もそこそこあり、それまで欲しかったオーディオや新しいギターを買った。ギターは5万円の楽器だったが、値段の割に音がよく弾きやすいと言われたメーカーの楽器だった。また、LPレコードもそれなりに買えるようになり、様々なアーチストの演奏を聴いた。高校の時から有名な演奏家のLPを少し購入しており、擦り切れるほど聴いた。当時はアンドレス・セゴビア、ナルシソ・イエペス、ジュリアン・ブリームが3大巨匠だった。日本人のギタリストも世界コンクールで優勝したりして世界で認められるようになってきていた。また、日本のギター製作家も楽器の国際コンクールで優勝するなど、1970年代は日本のクラシックギター界の全盛と呼べる時代になっていた。
そのころからギターの演奏のほか楽器についても興味を持つようになった。演奏家によって使用する楽器が異なるため音色も違うことがわかるようになっていた。演奏方法や曲の表現だけではなく、楽器により音が違っていた。乾いた音、甘い音、太い音、細い音、音の立ち上がりがいい、楽器の鳴りがいい、音のバランスがいい、音の伝達性がいい、弾きやすい楽器構造など、楽器自体に興味を持つようになっていた。特にCDの誕生により、演奏を聴いて誰が制作した楽器がわかるくらい音がリアルになり、音色の微妙なニュアンスがわかるようになっていた。
クラシックギターの部位の名称は、弦の張ってある方を表面板、横の部分を側面板、裏の部分を裏面板と言う。さらに、ボディの中心に開いている穴をサウンドホールと言う。表面板に使うのはドイツ松(スプルース)か米スギ(べいすぎ)である。 ドイツ松の板は白っぽく、米杉の板は赤みを帯びて見える。 ドイツ松は粘りがあってクリアな、張りのある音がし、米杉は甘い音色で、低音に丸みがあるのが特長だ。
指で押さえる部分は指板と言い黒っぽい色をしているが、この部分は指の押さえる圧力で摩耗してくるので、硬い材料である紫檀や黒檀を使用する。指板が貼ってある長い棒の部分をネックと言い、弦をくるくる巻いている部分をヘッドと言う。
ギターの裏面板や側面板に使われる主な材料にローズウッドがある。ローズウッドはマメ科の植物でバラの香りがすることからこう呼ばれている。ローズウッドの中でもブラジル産のものを、ハカランダ(ジャカランダ)と言う。特に日本ではハカランダは高級ギターの代名詞ともいわれ、ハカランダが使われているだけで価格が大幅に上がる傾向にある。ハカランダはアメリカ大陸発見後、インド産ローズウッド(インディアン・ローズウッド)の代替材として北米を中心に家具などに使われはじめ、1960年以降ブラジル政府が国内の木材加工産業の発展と保護のため原木の輸出を規制したことにより価格が高騰した。さらに1992年にワシントン条約の絶滅危惧種(レッドリストI)に登録されたために、その希少性が高まり最も高価な木材の一つになった。特に日本のギター業界では、ハカランダを使っていれば、高価=音が良いと広く認識されている。
高校に時に買った8千円のギターは友人にあげてしまって今は手元にはないが、現在、私はギターを3本所有している。一つは日本製で、現在国内で一番人気のギター製作家のもので、オークションにより購入。もう一つも日本製で、クラシックギターのエレアコギター(アンプを利用し音を大きくすることができる)で、エレアコでは世界でも有名なギタリストが使用しているもので、新品を購入。さらにもう一つはスペイン製のものをオークションにより購入。一番のお買い得はスペイン製のもので、出品者が最低落札価格を一桁間違って出品し、それを私が落札した。一番音がいいのはこのスペイン製のものである。
しかし、ハカランダを使用したものは所有していない。世界のギター製作家も、これまでに入手したハカランダの在庫で今後どのように楽器を製作していくか、これが現在課題となっている。ハカランダを楽器として使用できる材料になるまでには200年の歳月を要すると言われている。これまで多くのハカランダを伐採したために、これを使用した良い楽器ができなくなっているのが現状である。アマチュアには高価で買えないのがハカランダのクラシックギターで、価格は100万円をかるく超えると考えられる。
現在では、在庫として存在するハカランダを使い切ってしまったら、200年経たないと手に入らない材料となっている。いい音楽は人生を楽しくし、安らぎを与え、心を満たしてくれる。人間は音楽を通じても自然の恩恵を受け生きている。いつまでもこの関係を保つためには、何百年もの単位で人類と地球環境の関係を考えることが必要である。これからの楽器作りは、材料を大切に使用すると同時に、伐採方法やそこに働く作業員の労働条件なども考慮した、いわゆるSDGsの取り組みのもとに作られた楽器が店頭に並ぶようになるだろう。
私にとっては、ハカランダは永遠に手に入らない憧れのままの方がいいのかもしれない。200歳のハカランダを使用した楽器が手に入ったら罪悪感が湧くだろうか?いやそんなことはない。やっぱり欲しがるのは人間のわがままだろうか?
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