一般2024年09月11日 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその1 ─『キングダム』シリーズ全4作を楽しもう!─(法苑WEB連載第9回)執筆者:坂和章平 法苑WEB
地球温暖化が進む中、2024年の夏は昨夏以上の猛暑になった。そんな中、7/12から全国一斉公開された『キングダム』シリーズの第4作にして完結編となる『キングダム 大将軍の帰還』が313万人動員、興行収入46億円突破の大ヒット!奴隷にして名もなき戦災孤児・信を演じた山﨑賢人は米国のニューヨーク・アジアン映画祭で日本人初の「The Best from the East Award」を受賞した。同作の公開に合わせて、①『キングダム』(19年)、②『キングダム2 遥かなる大地へ』(22年)、③『キングダム 運命の炎』(23年)が順次TV放映されたことも同作のヒットに大きく寄与したはずだ。「シリーズもの」でヒット作を連発させて興行収入を稼ぐ手法は、『スター・ウォーズ』『ロッキー』『ランボー』等のハリウッド映画で顕著だが、近時は軍事面・経済面だけでなく映画の面でも「米中対等」を目指している中国映画でも目立っている。もちろん、邦画だってそれに負けじと頑張っているが、シリーズ化は資金面で大変。かわぐちかいじの人気漫画を映画化した『沈黙の艦隊』(23年)もそれを目指したはずだが、その実現可能性は不透明だ。そんな邦画界において、『キングダム』のシリーズ化とその大成功はなぜ実現できたの?それ自体が面白いテーマだが、私はその点ではなく、嬴政(えいせい)(=後の秦の始皇帝)に焦点を当てて、「始皇帝モノは面白い」を統一テーマとした連載コラムを執筆したい。最終回のテーマは、BC227年に起きた「始皇帝暗殺未遂事件」を取り上げるが、「その1」では『キングダム』全4作の面白さを、坂和流の独断と偏見の下で論じたい。
『キングダム』シリーズの原作は、原泰久が2006年9月から『週刊ヤングジャンプ』(集英社)に連載を開始した漫画。2024年7月時点で既刊72巻を数える同作は、「紀元前3世紀、500年の争乱が続く古代中国の春秋戦国時代末期を舞台に、『中華統一』を目指す後の始皇帝・第31代秦王・嬴政と、その下で『天下の大将軍』を目指す信(後の大将軍・李信)の活躍を中心に描く」物語(大河ドラマ)だ。その構成は大きくは、「国内統一編」【1巻-40巻】と「六国征覇編」【41巻-】に分かれ、さらに細かく分類すると、次のとおりだ。
春秋戦国時代は一般的に、紀元前403年に晋が韓・魏・趙の三国に分裂するまでを春秋時代、それ以降を戦国時代に分けている。そして、BC259年生まれの嬴政が13歳にして秦王に即位したのがBC247年。そして中華を統一して始皇帝と名乗ったのはBC221年。彼の死亡はBC210年だ。
それを前提として原作が描く時代は、①嬴政即位以前(~BC247年)、②嬴政即位以降(BC247年~BC238年)、③嬴政、加冠以降(BC238年~)に時代区分されている。
全体を通した主人公は信と嬴政(吉沢亮)の2人だが、物語の前半では、信があこがれる「秦の六大将軍」の一人・王騎(大沢たかお)を含めた3人が主人公になる。そして、準主人公が、信や嬴政の側を固める漂(ひょう)、河了貂(かりょうてん)、羌瘣(きょうかい)、呂不韋(りょふい)たちだ。他方、秦以外の戦国六雄の大将軍たちも多数。さらに、異民族として、山の民や山の王・楊端和(ようたんわ)たちも登場する。
2001年の自社ビルへの移転を契機にホームページを開設した私は、「趣味のページ」に掲載するべく映画評論を始めたが、それがハマり、以降20年以上にわたる『SHOW-HEYシネマルーム』の出版は55冊に上った。そのうち5冊は「中国電影大観」だが、その第1巻たる『シネマ5』の「プロローグ①坂和的中国映画鑑賞の視点あれこれ」で私は①坂和的 中国映画のバイブル、②坂和的 中国旅行体験と中国映画、③坂和的 地図からみる中国映画、④坂和的 中国映画監督列伝、⑤坂和的 張藝謀VS陳凱歌比較、を提示した(14頁~40頁)。そして、「③坂和的 地図からみる中国映画」では、①中国全図、②北京映画マップ、③戦国七雄形勢図、④西安地区主要歴史都城位置図、を掲載した。その正確性や学問的真偽はともかく、一介の中国映画好きの弁護士がここまで真剣に中国映画と始皇帝モノの勉強をしている姿は評価していただきたい。原作漫画や『キングダム』シリーズ全4作を楽しむためには上記①②③④の地図を頭に叩き込むことが不可欠だから、興味のある人は『シネマ5』も必読!
(1)「バシレウス」とは「ギリシア語の君主の称号」で、元は「王」を意味するギリシア語。中世東ローマ帝国では皇帝の称号となったそうだ。しかして、“諸王の王バシレウス”とは?他方、呂不韋は「始皇帝モノ」では不可欠な人物だが、なぜこの小説はこんなタイトルに?
ちなみに、同作の目次は「序章 金貨」、「第一章 韓の陽翟」、「第二章 イスカンダル」、「第三章 東方への旅」、「第四章 趙の邯鄲」、「第五章 秦の咸陽」、「終章 諸王の王」だが、これを見ただけではその内容はサッパリ・・・?
(2)さらに、同作に収録されている「中華戦国時代図」は、私の「③戦国七雄形勢図」とほぼ同じだが、次の「中央アジア~エジプト図」はかなりユニークなものだ。
さらに、嬴政の父親をめぐっては、嬴異人(荘襄王)説と呂不韋説があるところ、次の「人物関係図」にはダリウス三世、スタテイラ一世らが登場しているから、アレレ。ひょっとして嬴政も呂不韋も純粋の中国人ではないの?そんな疑問まで・・・。
(3)私と同じ1949年生まれの塚本靑史氏は、「原泰久さんの『キングダム』を読んだ時、これはすごいと思いました。はるか2200年前、中国の戦乱の時代をこれだけ臨場感をもって描ききり、始皇帝や武将たちを生き生きと描き出す……これはなんだと、圧倒される思いでした。われわれ歴史小説の作家たちも、あらたな時代の歴史のベルを生み出さなければならない。いつの時代にも不変の人間の物語を描いてゆくべきではないのか、と。」と語っている。1996年に文壇デビューした彼は『玄宗皇帝』をはじめ、中国春秋戦国時代を舞台にした作品を多数発表しているから、同作が「始皇帝モノ」であることは明らかだ。しかして、わずか6頁だけの「終章 諸王の王」(309頁~315頁)のラスト5行が、
ここまでの言葉に、兵士の中には涙ぐんでいる者さえあった。感激のあまり「王様」と、小声を発する者もいた。呂不韋は、それを聞き逃さない。そして「諸王の王」と、呟く。
「さあ、中華統一のため、孤もおまえたちも堅く決意しようではないか!」
秦王政が最後を締めくくったとき、期せずして兵士たちの間から喝采が湧き起こる。それはあたかも、撤退していく五国合従軍に追い討ちをかけるように響きわたっていた。
で終わっているところが興味深い。
(1)昭和を代表する映画スターの一人が勝新太郎。『座頭市』や『悪名』シリーズで有名な彼は、1962年に公開された映画『秦・始皇帝』に主役として登場!市川雷蔵、山本富士子ら当時の大映のスターを集め、大映創立20周年の記念作『釈迦』に続く2作目の70ミリ大作として「永田ラッパ」こと永田雅一がプロデュースした同作は、オーソドックスに始皇帝の生涯を描く超大作だった。始皇帝役はもちろん勝新太郎だが、太后(山田五十鈴)、呂不韋(河津清三郎)、嫪毐(及福生)ら始皇帝の身近な人々や、「始皇帝暗殺」で有名な荊軻(市川雷蔵)や太子丹(宇津井健)、さらに不老長生の術を心得た方士として有名な徐福(中村鴈治郎)等が登場する、壮大でドラマチックな物語は大反響を呼んだ。
(2)その基本ストーリーは史実に沿っているが、何を史実とみるのかは難しい。その点、同作は始皇帝に即位したBC221年より前のBC227年に発生した荊軻による始皇帝暗殺未遂事件を、始皇帝誕生後のエピソードとしていたからアレレ?また、政の母親は趙姫であることは間違いないが、父親は前王の荘襄王(子楚)だったの?それとも人質だった子楚を救い出すについて大きな功績のあった趙姫の愛人・呂不韋だったの?それについては両説がまことしやかに論じられているところ、同作は明白に「呂不韋説」に立って物語の面白さを強めていた。その他同作については突っ込み所も多いが、その壮大なスケールはとにかく素晴らしいものだった。私は毎週金曜日の夜8時からBSテレ東で放映している武田鉄矢司会の『昭和は輝いていた』を観ているが、元号が平成から令和に移り、「昭和は遠くなりにけり」の実感が強まる昨今、『キングダム』の面白さをより際立たせるべく、あえて勝新主演の古い映画と対比させるのも一興だ。
原泰久の原作はTVアニメ化され、5つのシリーズがNHKの各チャンネルで放送された。その最大の特徴は膨大なボリュームで、原作をほぼ忠実にドラマ化していることだ。私は実写VSアニメ、また映画VS TVドラマで制作費がどのくらい違うのか知らないが、2012年の第1シリーズから2024年の第5シリーズまで、①全38話、②全39話、③全26話、④全26話、⑤全13話でアニメ化したのは素晴らしい功績だ。映画と併せて鑑賞すれば面白さが倍増すること間違いなし!
膨大な量の原作を映画化する場合、1本2~3時間という時間的制約があるため、原作のどの部分をどう切り取って脚本を書くかは難しい。本作の脚本を書き監督をしたのは佐藤信介だが、彼はどんな構想で膨大な原作漫画の映画化(シリーズ化)に挑んだの?
第1作は原作の1~5巻までをまとめたもので、影武者、替え玉、双子がキーワードだ。黒澤明監督の『影武者』(80年)は仲代達矢が演じたメチャ個性的な影武者が涙を誘った。また、替え玉をテーマにした『アラン・ドロンのゾロ』(75年)やレオナルド・ディカプリオ主演の『仮面の男』(98年)はメチャ面白かった。しかして、第1作冒頭は奴隷で戦災孤児の信が、同じ立場の漂と共に「天下の大将軍になる」という強い信念の下に武芸に励む姿が描かれる。中国の春秋戦国時代に存在していた奴隷はローマ帝国時代の奴隷と同じ概念ではないから要注意だが、冒頭に提示される2人の身分格差への悲痛な訴えは心に迫るものがある。そしてそれは、信が当時の「秦の六大将軍」だった王騎に憧れ、夢を実現していく原動力になるものだから、その訴えをしっかり受け止めたい。鍛錬する2人の姿を見た秦の大臣が漂(だけ)を王都に呼んだのは一体なぜ?『影武者』では、“お屋方様”に雇われた、武田信玄のそっくりさんに厳しい訓練が課せられていたが、嬴政の影武者として召し抱えられた漂の運命は?
第1作では王騎の姿にビックリなら、私の大好きな女優・長澤まさみ扮する山の王・楊端和の姿にもビックリ!他方、王都に召し抱えられたはずの漂が、息も絶え絶え状態で信の家に戻ってきたからアレレ?血まみれの手に握られていた地図と立派な剣は一体ナニ?さらに、信が死んだはずの漂(そっくりの男)に出会ったのは一体なぜ?そんなワクワク・ドキドキのストーリー展開の中、第1作では嬴政と異母弟である成蟜(せいきょう)との確執=権力闘争が描かれていく。なお、秦の都・咸陽は「坂和的地図④」のとおりの巨大さだが、私が咸陽の都に興味を持ったのは、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』(77~79年)を読んだ時。『キングダム』で描かれる咸陽の王宮における朝議の姿は興味深いので、当時の朝議の進め方と決定の仕方についてもしっかり勉強したい。なるほど、なるほど、この出来ならシリーズ化はきっと可能!そう思っていると、案の定・・・。
トルストイの名作『戦争と平和』(1986~89年)はハリウッド版(56年)もソ連版(65年)も大傑作だが、両作が描く「ボロジノの戦い」と「アウステルリッツの戦い」をナポレオンの視点ではなく、同作の主人公たるアンドレイとピエールの視点から対比するのも面白い。また、映画『ワーテルロー』(70年)も必見だ。他方、広大な中国大陸での陸軍同士の「会戦」といえば、司馬遼太郎の『坂の上の雲』が描く「黒溝台会戦」と「奉天会戦」が興味深いが、日本人なる誰でも知っているのが、東軍と西軍が1600年に撃突した天下分け目の「関ヶ原の戦い」だ。しかし、何を隠そう、中国の春秋戦国時代には、秦斉楚燕韓魏趙の戦国七雄の間でさまざまな合戦が行われていた他、西方から次第に勢力を拡大してくる秦に対抗するべく、六国による「合従連衡」が画策されていたのが大きなポイントだ。そのため、ほんの序章に過ぎなかった第1作に対して、第2作は「蛇甘平原の戦い」を描くものになる。『三国志』では、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」のことわざで有名な「五丈原の戦い」がハイライトとなり、多くの読者・鑑賞者の涙を誘ったが、さて「蛇甘平原の戦い」とは?
なお、第2作のサブタイトルは映画ファンなら誰でも知っているトム・クルーズとニコール・キッドマン主演の『遥かなる大地へ』(92年)を想起させるもの。同作はかつてアメリカにあった、いくつかの区域に分けられた土地に誰よりも早く到着したものが旗を立てて自分の土地にできるという「ランドレース」と呼ばれる制度を夢見て、アイルランドからアメリカに渡った主人公の奮闘物語だから、その邦題がピッタリだったが、そのタイトル流用(?)の可否は?また、第1作では、山の王たる楊端和と戦闘服を着た河了貂(橋本環奈)が異民族の代表として登場した(?)が、第2作では、無口で陰気そして何を考えているのかサッパリわからない様相の羌瘣(清野菜名)が「伍」のチームの一人として登場するのでそれに注目!5人組は互いに助け合うべきだが、羌瘣はシャーシャーと「自分のためには戦うが、他人を助けるのは真っ平」と公言していたから嫌なヤツ?ところが、意外や意外、その腕は確かだし性格もグッド。その上、「悲しみの暗殺一族」蚩尤の一人で、姉同様の存在だった羌象の仇を討つために戦いに参加している彼女はものすごい“殺しのテクニック”を身につけた美女だから、それにも注目。そんな羌瘣を含む個性豊かな4人の男女を率いて強大な魏の軍団に臨む信の働きぶりは如何に?
副題を「運命の炎」とした第3作は、前半が「紫夏」編、後半が「馬陽の戦い」編に二分されている。しかし、“始皇帝モノ大好き人間”の大半は、イコール“始皇帝暗殺未遂事件大好き人間”だから、その両者とも知らない人が多いだろう。「馬陽の戦い」を知っている人は間違いなく原泰久の原作ファンだ。他方、紫夏(杏)は架空の人物だが、その物語は『バシレウス 呂不韋伝』と対比すれば、より興味深いし、より詳しく理解できる。また、NHKで放映されたTVドラマ『コウラン伝 始皇帝の母』(20年、1話60分、全34話)では、趙の人質とされていた秦の26番目の王子である嬴異人(嬴子楚、後の荘襄王、嬴政の父)が、呂不韋と李皓鑭(=趙姫)の尽力によって秦に連れ戻されるストーリーが前半のハイライトだった。それを前提として、趙姫と共になお趙の人質として残された嬴政を秦に連れ戻すという重要な役割を果たすのが紫夏だ。紫夏は第3作だけの出演で「お役御免!」となってしまうが、それは一体なぜ?また、第1作では信の無二の親友・漂が嬴政の替え玉として犠牲となり、第3作では嬴政を秦に送り届ける途中で紫夏が犠牲になるが、嬴政はそんな犠牲の上に如何にして秦の王になり、中華統一の夢を実現していくの?それは、あたかも現在の習近平国家主席が目指している“中国梦”と同じようにも思えるが、さてその実態は?
原作の第11~16巻で描かれる「馬陽の戦い」は、趙軍と秦軍15万ずつの大軍勢の激突。しかし「蛇甘平原の戦い」も「馬陽の戦い」もその史実性は?他方、王騎はともかく、趙軍を率いる総大将の趙荘や軍師の李牧は史実に即した人物だ。徳川家康率いる東軍9万VS石田三成率いる西軍8万が撃突した「関ヶ原の戦い」は、小早川秀秋の裏切りによって一気に西軍が崩壊してしまったが、「馬陽の戦い」は如何に?戦いの1日目、王騎が信を百人隊の隊長に任命したうえ、これを飛信隊と名付け、“ある特殊任務”を与えるところがミソ。第3作では、この飛信隊の活躍がハイライトとなり、信や羌瘣らの目覚ましい働きと王騎の軍略の素晴らしさが実証されていったが・・・。
「始皇帝モノは面白い」を統一テーマとした連載コラムでは、中国TVドラマとしてメチャ面白い①『ミーユエ 王朝を照らす月』(15年、全81話)、②『大秦帝国』(06年)(全51話)、③『キングダム 戦国の七雄』(19年、7回シリーズ)、④『始皇帝 天下統一』(20年、全78話)等を順次紹介していくが、第4作が描く2日間にわたる「馬陽の戦い」は、7月末にTV放映された、『始皇帝 天下統一』の第27話、第28話で、龐煖(ほうけん)が秦を倒すために六国の合従連衡を説いて回るストーリーと対比できたのでラッキー。龐煖も李牧も「趙の三大天」としてその名を轟かせていたが、第3作では、趙軍の総大将は龐煖ではなく趙荘だったし、李牧も表舞台には登場せず、飛信隊がギリギリの状況下で特殊任務を達成するところで「馬陽の戦い」は終わっていた。ところが、第4作が描く「馬陽の戦い」2日目は、趙の影の総大将たる龐煖が、突如信や羌瘣たち飛信隊の前に立ちはだかるのでそれに注目!龐煖は王騎に討たれて戦死したと思われていたが、さにあらず!一命をとりとめた龐煖は山中に籠って修業を続け、今や“武神”として、また影の総大将として趙軍を指揮していたわけだ。飛信隊が今まさに殲滅しようとする中、王騎が秦軍2万を率いてその支援に入ったため、互いに大鉾をぶつけ合う、龐煖VS王騎の“因縁の対決”が開始。それを遠く山上から眺めていた趙の軍師・李牧は、「時は今!」とばかりに主力軍をそこに投入したから、王騎軍は万事休すだ。もっとも、王騎がそこで一騎打ちを断念し、全将兵に退却を命じたのは、1570年5月に越前への朝倉義景攻めを敢行した際、浅井長政の裏切りを知った織田信長が、即座に決断した退却と同じくすばらしい英断だ。もっとも、既に龐煖の鉾を腹に受けていた王騎は、とっさに王騎の愛馬にまたがった信の奮闘によって趙軍から離脱できたが、“大将軍の帰還”は如何に?「帰還」とは、「遠方から帰ってくること。特に、戦場などから基地・故郷などに帰ること。」(出典:デジタル大辞泉)だから、戦地などから無事に帰ってくる時などによく使われる。その類語は、「生還」(危険な状態をきりぬけて生きて帰ること)、「帰郷」(故郷に帰ること)、「帰省」(郷里に帰ること)、「帰宅」(自分の家に帰ること)(すべて出典:デジタル大辞泉)等だから、遺体で家族の下に帰ってくることを、「帰還」と言わないはずだが、なぜ第4作のサブタイトルは「大将軍の帰還」に?
浮き沈みの激しい映画興行界にあって、『キングダム』シリーズ全4作が大成功の下に完結したことは喜ばしい。山﨑賢人をはじめとして、長い間同作に全力を傾注してきた俳優陣にも敬意を表したい。しかし、『スター・ウォーズ』『ロッキー』『ランボー』等を見れば、シリーズ化には様々な手法があることがわかる。つまり、映画化に値する豊富なネタさえあれば、如何ようにでもシリーズ化は可能ということだ。『キングダム』シリーズ全4作は信、嬴政、王騎の3人を主人公にしたから、「大将軍の帰還」で一区切りするのは収まりが良い。しかし、原作は壮大だから、王騎死すともそれに代わる登場人物はきら星のごとく多い。信も王騎から大鉾を受け継いだばかりだから、それを使いこなし、飛信隊の隊長から李信と名乗る将軍に駆け上がっていくのはまだまだ先だ。嬴政も大王とはいえ、今はまだ呂不韋の補佐がなければ秦国の運営は無理。異母弟・成蟜との権力闘争には勝利したが、秦が強国になるにつれて、嬴氏一族VS呂不韋ら他国からの“流入組”との対立は深まり、呂不韋VS李斯という知恵者対決も強まっていく。そして何よりの大問題は、始皇帝暗殺未遂事件の勃発だ。去る2024年7月13日に発生したトランプ前大統領の暗殺未遂事件には驚かされたが、米国における数々の大統領暗殺事件や2022年7月8日の安倍晋三元総理の銃撃事件は紛れもない現実だ。始皇帝時代の警備体制は民主主義時代の米日と違って厳重なはずだが、なぜ荊軻による始皇帝暗殺未遂事件が起きたの?『キングダム』シリーズがそこまで描こうとすれば、新シリーズの発足が不可欠だ。そんな期待を抱きつつ、「始皇帝モノは面白い」を統一テーマとした連載コラムその2をお楽しみに。
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
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