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一般2024年01月10日 家庭裁判所とデジタル化(法苑WEB連載第1回)執筆者:永井尚子 法苑WEB  

1 はじめに
 任官して30余年のうち3分の2ほどを家庭裁判所で勤務し、少年事件も担当しましたが、家事事件や人事訴訟事件を担当した期間の方が長くなりました。平成12年には成年後見制度が始まり、平成16年には人事訴訟が家庭裁判所に移管し、平成25年には家事事件手続法(以下「家事法」といいます。)が施行されたほか、少年事件を含む重要な法改正が続いています。
 ご承知のとおり、現在、各分野の裁判手続についてデジタル化が検討され、段階的に実施されている分野もあり、家庭裁判所における手続についても同様です。本稿では、家事調停における電話会議システムが進化したともいえるウェブ会議による調停(以下「ウェブ調停」といいます。)の様子を紹介させていただくとともに、手続のデジタル化に向けた個人的な感想をお伝えしたいと思います。
2 電話会議システム
 平成25年1月1日に施行された家事法により、家事審判・家事調停に関する事件(以下「家事事件」といいます。)の手続について全面的な法的整備が行われましたが、その際、家事事件の手続に初めて電話会議システムが導入されました(同法54条、258条1項)。それまで、当事者は、指定された期日に裁判所に出頭しなければならず、遠隔地居住、あるいは体調や家庭等の事情により裁判所に出頭することが大きな負担を伴うことがあったため、当事者の利便性を向上させる電話会議の導入は、画期的なものでした。
 もっとも、家事事件は、家庭内の紛争や課題を扱い(相続放棄をはじめとする多くの別表第一事件には、対立する当事者がいないため、ここでは「課題」と表現しています。)、デリケートな事柄が含まれることから、紛争や課題の実情を理解するには、表情やしぐさなどが分かりやすい、対面での聴取が適している場合が少なくありません。特に、家事調停は、当事者の心情に配慮した傾聴を通じて紛争の実情を理解するとともに、調停委員会への信頼を得た上で、納得性の高い、適時適切な紛争解決を目指して合意の斡旋を行うのが本質ですから、対面で行うのに適しているといえます。
 そこで、このような調停の本質を維持しつつ、当事者のニーズに応えるためには、事案の内容や争点、手続の進行段階、期日の目的、出頭に伴う負担の程度、手続代理人の有無、当事者の意向等を考慮して、電話会議をどの期日に活用するのかを検討してきました。例えば、調停の初期は、できるだけ出頭していただき、対面で、調停についての説明、紛争の実情についての聴取、解決すべき課題の整理等をしておくと、その後の期日を電話会議で行ったとしても、互いに顔や声が分かり、より安心して調停に参加していただけると考えています。また、合意に向けて細部を詰めるときなどに、対面での調整が効率的な場合もあります。他方、期日間に課題について検討した結果を電話で聴取し、それに基づく調整を電話ですることができる場合には、電話会議を活用するのに適しています。出頭できる日程を調整して期日が遅くなるよりも、検討に必要な期間を確保した上で早い期日を電話会議で行う方が、適時適切な紛争解決につながると考えています。
 ところで、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、令和2年4月に緊急事態宣言が発出された際、様々な社会活動が一時停止し、感染状況によっては、調停期日を一時開けない事態となりました。調停室の消毒やパーテーションの設置、待合スペースの整備等の様々な感染対策をした上で、程なくして調停期日を再開することができたのですが、健康不安のある当事者から出頭の不安を訴えられることが増え、電話会議の利用が増えました。このような経緯で、私たちは、電話会議により事情をお聴きして調整を行うことに習熟するとともに、通話先が代理人弁護士のいないご本人だけの場合のご本人確認や非公開の空間が保たれていることの確認にも慣れてきました。
3 ウェブ調停の導入
 令和3年12月に、東京、大阪、名古屋及び福岡の各家庭裁判所でウェブ調停の運用が始まりました。ウェブ調停は、裁判手続のデジタル化の一環として導入されたものであり、新型コロナウイルス感染症の対策として導入されたのではありませんが、前記のとおり、同感染症の感染拡大に伴い電話会議による調停に慣れてきたこともあって、自然な流れとして導入に取り組むことができたように感じています。
 ウェブ調停は、電話会議による調停と同じ法的根拠(家事法54条、258条1項)に基づき、法改正することなく実施できた新たな調停の方式です(なお、同法54条1項にいう「音声の送受信により同時に通話をすることができる方法」には、電話会議のほかにテレビ会議を含むと解されていますが、テレビ会議を利用するためには、最寄りの裁判所に出頭してその庁のテレビ会議システムを利用する必要があり、各庁のテレビ会議システムの設備が限られていて、日程調整が容易ではないことから、電話会議ほど利用は進みませんでした。)。
 ウェブ調停は、調停に出頭する様々な負担を軽減し、当事者の利便性を向上させるとともに、当事者と調停委員会が互いに表情やしぐさ等の非言語的な情報を共有しながら意思疎通することになるのですから、対面に近い傾聴や調整が可能になるという大きな利点があります。そうすると、遠隔地居住というだけでなく、育児・介護・仕事等により出頭の時間をとりづらい場合、出頭が困難な体調にある場合、DV等の高葛藤事案で安心・安全な手続を進める必要がある場合等にウェブ調停の活用が考えられます。
 私が当時勤務していた大阪家庭裁判所では、他の3庁と情報交換しながら、裁判官・裁判所書記官・家庭裁判所調査官が連携してウェブ調停の導入に関する課題を抽出し、ウェブ調停を実施する手順を検討し、当事者用の説明書面(パソコン用・スマートフォン用)を作成し、調停委員による機器やアプリケーションの操作練習を繰り返すなどして準備を進め、令和3年12月に運用が始まりました。
 ウェブ調停の運用開始後、しばらくの間、ウェブ調停を経験した調停委員に対し、期日終了時、機器の操作上の課題、当事者や手続代理人の感想を含む使用感についてアンケート調査をしたところ、機器の操作に問題はなく、電話会議に比べて互いの様子がよく分かり、聴取や調整が進めやすかったとの感想が多く聞かれました。私も、ウェブ調停に立ち会った際、画面越しであるものの、当事者や手続代理人の様子がよく分かり、同様に、調停室の様子も分かっていただけていると感じ、ウェブ調停の利点を実感することができました。
 他方、ウェブ調停を行う場合には、電話会議の場合と同様、いくつかの留意点があります。一つ目は、ご本人確認の方法です。手続代理人のいないご本人の自宅に接続する場合は、なりすましを防止するため、顔写真付きの身分証明書をカメラに向けて提示してもらったり、通常はご本人しか知らない人定事項を質問したりしています。手続代理人のいないご本人の場合、できるだけ調停の初期段階に出頭していただけると、ご本人確認もスムーズに行えます。二つ目は、非公開性の確認の方法です。家事事件は非公開の手続ですから、手続代理人以外の第三者が同席できないこと、調停でのやり取りを他人に見聞きされない場所であることを確認する必要があります。自宅であれば、部屋の状況や同室者がいないことを確認し、カメラを回して室内の様子を写していただく場合もあります。職場であれば、個室で非公開性が確保されていることを確認しています。これらに加え、ウェブ調停を実施する前に、録音・録画・配信が禁止されていることなどの遵守事項を口頭で説明したり、説明書面をご本人に渡すなどしているほか、実際のウェブ調停を開始する時点で、遵守事項について重ねて確認しています。
 その後、令和4年10月から、家庭裁判所19庁(横浜、さいたま、千葉、水戸、宇都宮、前橋、静岡、京都、神戸、大津、岐阜、広島、岡山、大分、熊本、那覇、仙台、札幌、高松)でウェブ調停が始まり、今後、支部・出張所を含む全ての家庭裁判所でウェブ調停が始まる予定です。また、現在、ウェブ会議を利用して①離婚・離縁の調停を成立させることができないこと(家事法268条3項)、②家事法277条の合意に相当する審判の前提となる合意をすることができないこと(同条2項)について、令和4年5月18日に成立した民事訴訟法等の一部を改正する法律により、ウェブ会議を利用して、①離婚・離縁の調停の成立(人事訴訟での和解も同様です。)、②合意に相当する審判の前提となる合意を可能とする仕組みが創設されました。この法改正は、公布(同月25日)後3年以内に施行されることになっています。
4 おわりに
 以上、ウェブ調停の導入についてご紹介しましたが、既に運用を開始している庁では、運用が定着してきています。どのような方法を選択したとしても、紛争の実情に応じた適時適切な解決を図るという調停の本質は変わらないのですから、調停の運営をより充実させる取組みを続ける必要があります。
 そして、令和5年6月6日に成立した(同月14日公布)民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律によると、民事訴訟以外の民事裁判手続もデジタル化されることとなり、具体的には、①インターネットを利用した申立て等、②期日におけるウェブ会議等の活用(遠隔地要件の削除等)、③事件記録の電子化、④判決の電子化対応(正本等の提出省略)等が定められました(法務省民事局のホームページ参照)。
 施行日は事項により異なりますが、②及び④は前記3でご紹介した民訴法等改正法の施行日(令和4年5月25日から4年以内)とされ、全面施行は公布後5年以内とされています。
 このように、家事事件手続のデジタル化によって手続利用の利便性が更に向上することになります。デジタル化の具体的な内容については、現在検討が進められているところですが、当事者にとって利用のためのアクセスが容易となる上、手続が進めやすくなるとともに、裁判所にとっても紛争や課題の解決により集中できる仕組みとなることを期待しています。
(岡山家庭裁判所長)
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