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一般2024年05月08日 これからの交通事故訴訟(法苑WEB連載第4回)執筆者:大島眞一 法苑WEB  

 はじめに
 ええっと、この日は残業してるんやったかなあ、……原告の主張は計算が合わんかったから残業をしたか、……原告は午前3時までか、被告(パチンコ店)は午前1時までか、客観的な証拠は……なしか……、う~~ん、間を取って午前2時までにしとくか、2時間の残業と。次は、あっ、翌日も残業があったいう主張やなあ、原告は、Aが急に休みを取ったから残業をしたか、被告は、その日は残業をしていないか、……Aの出勤簿はどうなってたかなあ、ええっと……。

 残業代事件
 京都地裁の労働集中部に在籍して半年ほどして、残業代(時間外労働)の判決を書いた。パチンコ店の店員の事件で、勤務時間は8時間だが、5つの区分があった。午前9時(開店の1時間前)から午後6時まで(昼食休憩1時間)、午後3時から午前0時(閉店1時間後)まで(夕食休憩1時間)、ほかに、午前11時からの勤務や途中休憩3時間を挟む勤務など5種類あった。勤務に遅刻したり早退したという主張があってややこしいうえに、現金計算が合わない、従業員が足りないその他の理由で時間外勤務が多数にのぼる。1日、1日計算していくのを2年間繰り返す……。
 失敗したっ! 和解を強く勧めるんやったなあ。……後の祭りである。なんとか書き上げて判決を言い渡した。
 4年間労働集中部に在籍したが、その後は、懲りて残業代を計算しなければならない事件は和解に持っていった。
 和解として私が取っていたのは、サンプル方式である。2年間(当時は賃金の時効期間は2年間であった。現在は5年間だが、経過措置で3年間となっている。労基法115条、143条3項)の原告と被告の双方の月々の残業代の計算をみて、ちょうど中間あたりの月を選ぶ。原告、被告双方の意見を聞いた上で、中間あたりを決めることが大事。決めると、その月については、証拠を子細に検討し、○時間の残業であることを双方に示し、それを24倍して残業代を出すのである。これはうまくいき、3、4件和解した(中間月を決めるのに難航し、2か月分を見たこともあったが、それでも12分の1である)。
 一方の主張が確たる根拠に基づく場合や逆に明らかに虚偽が複数見つかった場合(会社の最後の人が鍵を掛けた時刻よりも遅い時刻まで残業していた等)には、一方当事者の主張を採用し、他方当事者の主張を採用できないと判断することになると思われるが、そのような事件はない。双方とも確たる裏付けがないあやふやな主張である。労働部で長く勤めていた裁判官に聞いても、「激しく争われている時間外労働の事件で、労働時間を計算するのは大変ですよ。和解に持っていかないと」とのこと。
 時間外労働事件は、とにかく懲りた。

 年少女子の逸失利益
 これに対し、交通事故による損害賠償請求事件は、時間外労働事件とは異なり、かなり大雑把である。
 一例を挙げると、数千万円を請求している死亡あるいは重度後遺障害事案で、事故による衣服の破損や眼鏡の損傷等の細かな損害を多数請求している事案については、原告(被害者)の同意を得て、慰謝料とみることをしていた(このため、判決では、慰謝料額を例えば2510万円と「10万円」が細かな損害の合計額であることを示した)。これは損害が細かなものであり、結論にほとんど影響しないのに、計算が煩雑であることに基づく。
 逸失利益は、これとは異なる観点からかなり大雑把なものである。例えば、10歳の女子が交通事故で死亡した場合の逸失利益は、18歳から67歳まで勤務し、男女を併せた全労働者の平均賃金を取得するとして計算するが、現実にはそのような可能性はほぼゼロであり、明らかにフィクションである。
 年少女子については、かつては、女性労働者の平均賃金を使うということで固まっていたが、男女を併せた全労働者の平均賃金を使うべきだとの主張が出され(渡邉和義「未就労年少者の逸失利益算定における男女間格差」判タ1024号24頁)、最高裁は、女性の平均賃金を使った高裁判決も男女を併せた平均賃金を使った高裁判決も、いずれも上告不受理の決定(最決平成14・7・9交通民集35巻4号917頁、最決平成14・7・9交通民集35巻4号921頁)をした。将来の予測の問題であり、いずれが正しいと判断できないからであろう。その後、男女を併せた全労働者の平均賃金を使うことで下級審は固まった。
 今後の課題は、女子について男女を併せた平均賃金を使っても、男子は男性の平均賃金を使っているので依然として差がある、という点である。生活費控除率で調整するというのは、死亡事案では使えるが、後遺障害事案では使えない。
 私は、年少女子についても男性の賃金センサスを使うのが相当ではないかと思う。女性労働者の賃金を男性労働者の賃金と比較すると、下図のとおりであり、2023年は格差が広がっているが、ここ15年余の間に10ポイント近く縮まっている。そして、2022年には女性活躍推進法による法改正が全面施行されるなど、男女の賃金の格差解消に向けた取組みもされているという昨今の情勢からすると、今後さらに格差は縮まるものと考えることができる。年少女子、例えば、0歳の女子とすると、将来的に18年後から67年後のことであり、その時には男性と同程度の賃金を取得すると考えることが不当とはいえないであろう。つまり、女性活躍のための諸政策が採られており、女性賃金が男性賃金に近づいていっているのであるから、年少女子について、男性賃金を使うのが相当といえるのではないかと思う。

 これに対しては、将来女性賃金が男性賃金と同じになるとは考えられないという反論が考えられる。しかし、この問題は、年少女子の場合、今後半世紀余り後までの賃金を予測するというものである。かつては、7歳の女子が交通事故で死亡した事案につき、25歳で婚姻し以後は無職であるとする裁判例(東京高判昭和44・3・28民集28・5・889等)があったが、その当時の状況が以後も60年間続くと考えたものであり、将来の予測の問題であることを忘れていたのではなかろうか。
 現在、女性賃金は上昇しており、徐々にではあるが、男性賃金に近づいている状況にあり、男性労働者の平均賃金を使ってもおかしくないであろう(なお、女子に男性賃金を使うことに違和感を持つ人がいるかもしれないが、現在、主婦(主夫)業をしている男性について女性労働者の平均賃金を使っており、要はいかなる統計を使うかの問題である)。

 年少障害者の逸失利益
 近時大きな注目を集めているのは、年少障害者の逸失利益である。
 大阪地裁令和5年2月27日判決(判タ1516号198頁)は、11歳の難聴の女子につき全労働者の平均賃金の85%が相当であるとした。本判決は、被害者である聴力障害者の死亡時の平均賃金を基礎収入とするのではなく、被害者の能力や、障害者法制の整備による就労の機会、環境の整備、技術の発達等によって、被害者が将来就労する時点においては、聴覚障害者の収入が増加していると予測しており、逸失利益が将来の予測の問題であることを示している。他方、本判決は、現代のテクノロジーの発達と合理的配慮により障害による影響が小さくなるとみているが、どの程度の変化があるかを認定することは困難であることから85%が相当である、としたものである。
 今後半世紀の賃金の動きを予測することは正直無理であるが、年少障害者について、テクノロジーの発達や合理的配慮等により、健常者との就労可能性や労働能力の差が徐々にではあるがなくなっていくのは確かであり、職種によっては健常者と同額の給与を取得することも十分にあり得ることであろう。そうだとすると、年少障害者について全労働者の平均賃金を認めてもおかしくないと思う。

 まとめ
 年少女子や障害者の逸失利益の問題は、将来の予測の問題であり、何を述べても誤りということはない。そうであれば、男女平等の理念や障害者と健常者との平等の観点からして、男性や健常者と同じように考えるのがよいのではないかと思う。
 交通事故は、ほかにも、今の高齢化時代に就労可能年数を昭和40年の統計に基づいて決めた67歳までとするのでいいか、赤い本や青本で定めている「一家の支柱」、「母親、配偶者(一家の支柱に準ずる者)」、「その他」という区分は、「昭和」の時代を現わしており、共働き世帯が専業主婦世帯の約3倍多いという現状を踏まえて、見直す必要があるのではないか、など検討すべき課題は多い。

 おわりに
 残業代の細かな計算をするよりも、交通事故訴訟のほうが自分の性分に合っていると思った。
 交通事故事件に関する上記の課題のほか、現在の実務については、拙稿『改訂版 交通事故事件の実務-裁判官の視点-』(令5、新日本法規)を参照していただきたい。
 ふっ、最後はうまく宣伝できたかなあ。いやあ、無理やりやったかなあ……。

(元大阪高等裁判所部総括判事・弁護士)

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執筆者

大島 眞一おおしま しんいち

大阪高等裁判所部総括判事

略歴・経歴

1983年 旧司法試験合格
1984年 神戸大学法学部卒業・司法修習生
1986年 大阪地方裁判所判事補
1993年 旧郵政省電気通信局業務課課長補佐
1996年 京都地方裁判所判事
2004年 大阪地方裁判所判事・神戸大学法科大学院教授
2007年 大阪地方裁判所部総括判事
2017年 徳島地方・家庭裁判所長
2018年 奈良地方・家庭裁判所長
2020年 大阪高等裁判所部総括判事

〔主な論文・著書〕
「重度後遺障害事案における将来の介護費用―一時金賠償から定期金賠償へ」判例タイムズ1169号73頁(2005)
「交通損害賠償訴訟における虚構性と精緻性」判例タイムズ1197号27頁(2006)
「ライプニッツ方式とホフマン方式」判例タイムズ1228号53頁(2007)
「交通事故における損害賠償の算定基準をめぐる問題―算定基準の意義と限界」ジュリスト1403号10頁(2010)
『ロースクール修了生20人の物語』(民事法研究会、2011)
『完全講義 民事裁判実務の基礎〔第2版〕(下巻)』(民事法研究会、2013)
『Q&A医療訴訟』(判例タイムズ社、2015)
『新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[発展編]―要件事実・事実認定・演習問題―』(民事法研究会、2016)
『司法試験トップ合格者らが伝えておきたい勉強法と体験記』(新日本法規出版、2018)
『新版 完全講義 民事裁判実務の基礎[入門編]〔第2版〕―要件事実・事実認定・法曹倫理・保全執行―』(民事法研究会、2018)
『完全講義 民事裁判実務の基礎〔第3版〕(上巻)』(民事法研究会、2019)
『交通事故事件の実務―裁判官の視点―』著(新日本法規出版、2020年)
『続完全講義民事裁判実務の基礎―要件事実・事実認定・演習問題―』著(民事法研究会、2021年)
『完全講義法律実務基礎科目[民事]―司法試験予備試験過去問解説・参考答案―』著(民事法研究会、2021年)
『民法総則の基礎がため』著(新日本法規出版、2022年)
『完全講義民事裁判実務[基礎編]』(民事法研究会、2023)
『物権・担保物権の基礎がため』(新日本法規出版、2023)
「統計数値からみた民事裁判の概観」法律のひろば76巻5号53頁(2023)
「判決書の作成過程を考える」判例タイムズ1511号37頁(2023)

執筆者の記事

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