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一般2024年09月11日 20年ぶりに「学問のすすめ」を再読して思うこと(法苑WEB連載第7回)執筆者:杉山直 法苑WEB  

 「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」で始まる、あまりに有名な福澤諭吉著「学問のすすめ」。慶應義塾の学生でありながら、全く読まずに卒業した私であった。社会人になり、30代を迎えたころ、知人から、セミナーや講演で、いわゆる掴みの話題として、「学問のすすめ」を引用している、と聞いて、今更ながら原文の書籍を入手したものの、内容が全く理解できず諦めていたところ、現代語訳(齋藤孝訳「現代語訳 学問のすすめ」筑摩書房。以下「本書」という。引用は本書による。)に出会い、読んで衝撃を受けたことを覚えている。
 おそらく多くの人がそうであったように、冒頭の文言から、自由平等を説く書籍だろう、くらいの認識しかなかった。実際には、実学の重要性を説き、演説を奨励し、人付き合いのテクニックまでがカバーされており、これらの内容が当時の人々に広く受け入れられていたことが驚きであった。
 今般、とあるきっかけもあり、おおよそ20年ぶりとなるが、本書を読み直してみたくなった。初めて本書を読んだのが30代、現在50代を迎えている。30代の当時はいわゆる勤務税理士であったが、その後独立して事務所を構えることになり、当然、仕事や人生に対するスタンスも変わっているので、どのような印象の変化があるのか、楽しみでもあった。
 実際、最初に読んだ時には印象に残っていなかった気づきが2つほどあった。

 1つめの気づきは、政治に関することであった。福澤は、「愚かな民の上には厳しい政府がある」という西洋のことわざを引用し、国民それぞれが学問を志し、正しい道を歩むことを説いている。現在の閉塞した政治と国民の関係を考えると、今においても共通する、重要な示唆ではないか。
 2024年、マスコミは連日、自民党の裏金問題を取り上げていたが、この裏金問題の本質が語られたことはなかったように思う。裏金問題の真実が結局なんであるのか、当事者が多くを語らないこともあり、理解することはできないが、政治家だけの問題ではなく、有権者側の問題でもあるのではないかと感じた次第である。
 東京の都心部に暮らしていると、政治とのつながりはあまり身近に感じないが、東京を一歩離れると、市議会議員選、県議会議員選、市長選、県知事選などの地方選挙運動が盛んであり、議員や首長と有権者の距離感が近いことに驚く(単に東京が特殊であるだけかもしれない)。政治に関心が高い、という点では素晴らしく、それ自体が問題ではないが、依然として、「昭和」の雰囲気が残っている感がある。というのも、政治に接近する目的の一つが、個人的な利益誘導にあると思われるためである。例えば、公共工事の入札制度の問題点が指摘され、談合などの問題点の改善は著しく進んでいるが、まだまだ、言えない事情が存在しているとの話を聞いている。
 福澤によれば、政府は「人民を代表して法律を整備する」のが役割である。これは、現在も同じと考えて問題ないだろう。法律による公正性の確保が重要であり、国民はその法律に従う義務がある。もし法律に齟齬があれば、国民は声を上げて、法律改正を政府に求めるべきである。有権者、すなわち国民は、法律の範囲内で自由競争をしていくべきであり、自身に有利な状況を政治との癒着によって作り出す、という考えをしてはならないわけである。
 そのように有権者側から、個人的な利益誘導を政治家に求めるからこそ、政治家も票のためにその要望に応えようとする。有権者側にも問題がある、という認識は個々に思うことはあったとしても、世間で共有されているかというと、非常に疑わしい。国民の役割や義務について、もっとマスコミが啓蒙すべきである。鶏が先か、卵が先か、の議論になってしまうが、現在の政治の状況は、国民が作り出したものである、と認識し、一人一人が責任持った行動をしなければならないと感じている。
 「学問のすすめ」がベストセラーとなった明治初期は、政府が新しく樹立されたばかりで、政府や国民という概念が世間一般に形成されていなかった頃なので、現在と時代背景はかなり異なるが、国民の自立を求める福澤の視点は、現在の我々に重要な示唆を与えているのではないか。

 2つめの気付きは、本書のなかで人生や仕事上のヒントが多くちりばめられている点であるが、30代の頃受けた印象とは異なるいくつかの点に興味を持った。

 1点目は、経営者と部下との関係についてのヒントである。いわゆるワンマン経営の弊害を指摘している。勿論、企業経営ではワンマン経営も一つの方法であり、猛烈な成長を遂げる企業は少なくない。したがって、ワンマン経営が間違いであるとはいえない。しかし結局、どの企業も、後継者の問題に悩まされている。福澤はこのような事態について「子供のように扱おうという旦那の考えが悪い」と指摘している。ワンマン経営の企業は、経営者が親、従業員が子となる親子関係であり、これの良い面は勿論あるが、大人と大人の関係にはなっていない。現在の事業承継問題について考えさせられるところである。

 2点目は「心の棚卸し」である。人生思うとおりにいかないので、振り返りが必要、ということであろうか。本書から引用すると「思いのほかに悪事をなし、思いのほかに愚かなことをやり、思いのほかに事をなさない」「時間の計算は甘すぎるし、物事を簡単に見すぎている」。まさに日々仕事をしているなかで実感していることである。経験が乏しい若手の時代、安易に考えて案件を後回しにし、期限ぎりぎりになって大慌てして上司に泣きつく、という失敗が多かったような気がする。部下に指導する立場になり、そのことを思い出して一言アドバイスするものの、その意味が全く伝わっておらず、結局同じことを繰り返している。経験のない人間に簡単な一言で伝わるわけもなく、指導者として、もう少し具体的・個別的なアドバイスができないものか、難しさを実感した次第である。
 そのほかこのような指摘もある。「『10年以内にこれを成す』という者は最も多い。『三年のうちに』『一年のうちに』という者はやや少なくなり、『一月のうちに』『今日計画して、いままさにやる』という者は、ほとんどいない」。痛切である。2013年の流行語大賞「今でしょ!」が思い出される。多くの自己啓発本で訴えられているテーマであるが、「学問のすすめ」ですでに提示されていたのである。

 3点目は判断力についてである。「信じることには偽りが多く、疑うことには真理が多い」と福澤はいう。つまり判断力の重要性を説いている。そのことは、税理士業務を通じて日々実感している。何ら疑問をもたずに処理を進めた結果、ミスを引き起こすことを多く経験した。多くの優秀な先輩税理士の仕事ぶりを観察すると、良くも悪くも「疑ってかかること」が徹底的に実践されていることに気づき、それができない自分を常に反省してきたところである。判断力は、経験と知識の積み重ねで誰でもある程度は鍛錬することができるものであると思うが、逆に、今日努力すれば、明日できるようになるものではないことは間違いない。後輩・部下には、まずは「疑ってかかること」の重要性を認識してもらい、日々、知識の習得とスキルアップに励んでもらえるような環境を作っていくことが重要であると認識している。

 以上、50代での気づきを記してきたが、また10年後、本書を読み返したときに、どのようなあらたな気づきが発生するのか、楽しみであり、ぜひまた記してみたいと思う。

(税理士)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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