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一般2022年07月07日 トランスジェンダー選手のスポーツをする権利と公平性 執筆者:堀田裕二

 2022年6月24日、国際オリンピック委員会(IOC)は、トランスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が異なる人)選手の競技参加に関して、各競技団体がそれぞれにルールを定めて判断するという見解を改めて示した 1

 IOCは2004年からトランスジェンダー選手の大会への参加を認めており、2015年に制定したトランスジェンダーやインターセックス選手の参加に関するガイドラインでは、トランスジェンダー選手の競技参加の是非は、男性ホルモンとも呼ばれるテストステロン値によって判断されるとしていた。

 しかし、テストステロン値の高さが必ずしも運動能力の指標となるわけではないこと、シスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が同じ人)であっても、テストステロン値が高い人がいるということが研究の結果判明してきたことから、2021年11月、IOCはトランスジェンダー選手やインターセックス選手の協議参加に関する新たなフレームワークを発表した2。そこでは、テストステロン値で参加の是非を一括で決めるのではなく、競技ごとに各連盟が規定を決め、IOCはあくまで拘束力のないガイダンスを提供するとされた。

 このフレームワークには、IOCがリーダーシップを欠いているなどの批判がなされていたが、IOCは改めてフレームワークの見解を追認する形となった。

 この間、各競技団体はトランスジェンダー選手に関するルールを発表してきていた。

 ラグビーの国際統括団体、ワールドラグビーは、2020年10月にプロ競技(エリートレベル)へのトランスジェンダー女性の参加を推奨しないというガイドラインを発表した。そして、2022年6月21日、国際ラグビーリーグ(IRL)は、トランスジェンダー選手について、女子の国際試合への出場を一時的に禁止すると発表した3。多様な選手の受入れについて調査・研究を進める間の暫定的措置だと説明している。

 国際水泳連盟(FINA)は2022年6月19日、ブダペストで臨時総会を開き、トランスジェンダー選手の女子部門の参加条件に「男性として思春期を経ていない」ことを挙げ、12歳までに女性に性別変更していることなどを求める指針を賛成多数で可決した4。FINA側は、12歳までに性を決めることを推奨する訳ではなく、科学的に思春期以降の性別変更は不公平をもたらすということを理由として説明した。しかし、このことにより、男性から女性へのトランスジェンダー選手が、オリンピックなどで女子の競技に出場することは事実上困難となった。

 これを受けて、世界陸連(ワールドアスレチックス)は、FINAに追随する形でトランスジェンダー選手に対するツールを見直す意向を示したと報じられている。ワールドアスレチックスでは、現在トランスジェンダー女性は12か月間テストステロンを5nmol/L以下に抑えれば女子カテゴリーで出場することができる。同様のルールはFINAも従前設けていたが、テストステロン値が減少してもなおトランスジェンダー女性が有利であるとの研究結果などもあり、FINAがルール変更を行ったという経緯がある。

 このように、IOCのフレームワーク発表以降、新たなルールを発表した競技団体はどちらかといえばこれまでのテストステロン値による規制に変わり、トランスジェンダー女性の出場を規制することで公平性を図ろうとする動きに変わりつつある。これは、一般的に身体的特徴から、シスジェンダーの女性より有利であるとされるトランスジェンダー女性の出場に対する公平性について、テストステロン値での規制では公平性が保てないという判断をしたものと考えられる。

 スポーツにおいては、男性と女性の身体的差から、従前から多くの競技や種目で男性と女性を分けることで公平性を保とうとしてきた。それが、トランスジェンダーやインターセックス選手の参加が認められることにより、トランスジェンダー選手のスポーツをする権利と競技の公平性というより難しい課題が突きつけられるようになり、これについて現在はまだ明確な結論が出ずに模索を続けている状態といえる。

 他方、FINAは、同じ臨時総会で、オープンカテゴリーの設置を検討し、公平性を保ちつつ、多様性を認めるためのワーキンググループの設置も可決した。

 2021年に開催された東京オリンピックでは、男女混合競技が増加するなど、競技種目にも多様性が認められるようになった。東京パラリンピックでも、障害の程度や男女も含めたさまざまな選手が出場できる車椅子ラグビーが話題となり、ルールによっては多様な選手が出場できることを示した。

 今後は、単純に男性や女性という二分化された競技という従前の考え方ではなく、多様な人々がスポーツをより楽しめるように、男女で分ける、身体的な特徴だけでカテゴライズするという従来の考え方を超えた新たなカテゴライズや競技が求められ、それが真にスポーツをする権利の実現や、本当の意味での公平性を生むことになるのかも知れない。

(2022年6月執筆)

執筆者

堀田 裕二ほった ゆうじ

弁護士/アスカ法律事務所パートナー

略歴・経歴

【経歴】
平成17年10月 大阪弁護士会登録 アスカ法律事務所入所
平成23年 1月 アスカ法律事務所 パートナー

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構 スポーツ仲裁人・調停人候補者
一般社団法人奈良県サッカー協会 常務理事
OCA大阪デザイン&IT専門学校eスポーツ学科 講師
日本スポーツ法学会理事・事務局長
大阪弁護士会スポーツ・エンターテインメント法実務研究会世話役
日本スポーツ協会スポーツ少年団協力弁護士等

【主な取扱い分野】
インターネット、コンピュータに関連する法律問題
スポーツ(eスポーツ含む)・ファッションビジネスに関連する法律問題

【書籍】
「eスポーツの法律問題Q&A」 (共著・eスポーツ問題研究会編)民事法研究会
「スポーツの法律相談」 (共著・菅原哲朗・森川貞夫・浦川道太郎・望月浩一郎 監修)青林書院
「発信者情報開示請求の手引」 (共著・電子商取引問題研究会編)民事法研究会
「スポーツガバナンス実践ガイドブック」 (共著・スポーツにおけるグッドガバナンス研究会編)民事法研究会
「スポーツ界の不思議 20問20問」 (共著・桂充弘編)かもがわ出版
「Q&A スポーツの法律問題(第4版)」 (共著・スポーツ問題研究会編)民事法研究会

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