一般2022年11月21日 問われるスポーツ仲裁の存在意義 執筆者:堀田裕二
2022年10月27日、日本バドミントン協会は、臨時理事会を開催し、元職員による横領と、日韓交流事業における国庫補助金の申請における管理監督責任をとって、同年11月30日付で会長と専務理事が辞任することを発表した。日本バドミントン協会については、元職員による横領について、日本オリンピック協会(JOC)が求めた第三者委員会による調査によって、協会幹部が隠ぺいを主導したと認定されていた。ガバナンスの欠如が指摘されていた同協会について、これにより改善が進んでいくかが注目されている。
この日本バドミントン協会については、他にもガバナンスの欠如が疑われる事象がある。すなわち、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構によるスポーツ仲裁において、2018年度に2名の会員に対する無期登録抹消処分が取り消されるという判断がされており1、2021年度には、申立人のS/Jリーグ加盟を認めないとの決定が取り消されるという判断がなされていた2。これに対し、日本バドミントン協会は、その後の理事会においてS/Jリーグ運営規程の改正を決議し、日本スポーツ仲裁機構に対して、スポーツ仲裁に当然に応じるという自動応諾条項の離脱を通知するに至った。このことにより、その後申立てがなされた2021年度の決定と同日申立人のスポーツ仲裁申立ては、仲裁合意がないとして終了決定がなされるに至った3。
この自動応諾条項の離脱については、競技団体内部で解決する仕組みを作ったということが理由とされたが、事実上自己に不利益な判断が出たことに対しての対抗措置としてなされたものであるとされ、多くの批判を受けることとなった4。
そればかりか、日本バドミントン協会は、2021年度に決定がなされた仲裁判断に対して、東京地方裁判所に仲裁判断の取消しを求める申立てを行った(この申立ては2022年10月6日に棄却決定がなされたと報じられている5)。
仲裁手続は、仲裁法(平成15年法律第138号)に基づく紛争解決手続きであり、仲裁判断は、確定判決と同一の効力を有する(仲裁法第45条第1項)。それ故、仲裁手続においては、仲裁人の選任手続の要件が定められ、当事者の平等が確保される中で審理が行われるなど、その手続きについて厳格な定めがある。そして何より、仲裁は、当事者間の「仲裁合意」に基づかなければ行うことはできない。反対に、仲裁合意に基づいて行われた仲裁判断については、仲裁判断にかかる基礎的要件を欠くといえるような場合以外、取消しが認められない(仲裁法第44条1項)。すなわち、①当事者の行為能力の制限による仲裁合意の無効、②当事者の行為能力の制限以外の事由による仲裁合意の無効、③申立人が、仲裁人の選任手続又は仲裁手続において、必要な通知を受けなかった場合、④申立人が、仲裁手続において防御不可能であった場合、⑤仲裁判断が、仲裁合意又は仲裁手続における申立ての範囲を超える事項に関する判断を含む場合、⑥仲裁廷の構成又は仲裁手続が、日本の法令等に違反する場合、⑦仲裁申立てが、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するものであった場合、⑧仲裁判断の内容が、公序良俗に反する場合という8つに限られる。
今回の訴訟がこのうちどの要件を理由として争われたのかは明らかでないが、前述のとおり仲裁法によれば仲裁手続等に明らかな手続きの欠缺などがない限り取消しは難しいため、今回の訴訟の判断も無理からぬものがあると思われる。
スポーツ仲裁手続は、裁判手続きでは解決できない代表選考の問題など、スポーツ特有の問題を解決できる重要な手続きであり、それ故スポーツ団体ガバナンスコードもスポーツ団体に自動応諾条項を求めている。そのような中、スポーツ団体が、自動応諾条項を設けて合意をしておきながら、自己に不利益な判断がでるや自動応諾条項から離脱するだけでなく、既に合意がなされた仲裁判断についても訴訟によって争うというようなことがあれば、スポーツ仲裁制度の意義を否定するようなものであり、スポーツ団体のガバナンス上極めて問題であると言わざるを得ない(なお、日本バドミントン協会は公益財団法人である。)。
他方、スポーツ仲裁もこのような団体が出ないよう、手続的にも内容的にも納得感、信頼感のある仲裁判断を繰り返す必要があり、そのためには仲裁人候補者のスキルアップや仲裁手続の信頼性確保のための研修等の取り組みの継続が求められる。本稿執筆時点(2022年10月)において、2022年度は過去最高の12件の仲裁が申し立てられており、スポーツ仲裁に対する期待度は高い。スポーツ仲裁が信頼感ある手続き及び判断ができるよう、スポーツ仲裁機構に対する理解をより広げると共に、リソース不足を防止するため、予算措置等でも配慮が必要である。
1 JSAA-AP-2018-008,011号事案(https://www.jsaa.jp/award/pdf/AP-2018-008,011.pdf)
2 JSAA-AP-2020-005号事案(https://www.jsaa.jp/award/pdf/AP-2020-005.pdf)
3 JSAA-AP-2021-001号事案(https://www.jsaa.jp/award/pdf/AP-2021-001.pdf)
4 菅原哲朗「日本スポーツ仲裁機構へ競技団体側の対抗措置」(2021年8月17日、https://www.sn-hoki.co.jp/articles/article1630191/)
5 丸杉バドミントン部ホームページ「仲裁判断取消申立事件勝訴のご報告」(2022年10月20日、https://www.marusugibluvic.com/news/news2022.10.20.html)
(2022年11月執筆)
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執筆者
堀田 裕二ほった ゆうじ
弁護士/アスカ法律事務所パートナー
略歴・経歴
【経歴】
平成17年10月 大阪弁護士会登録 アスカ法律事務所入所
平成23年 1月 アスカ法律事務所 パートナー
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構 スポーツ仲裁人・調停人候補者
一般社団法人奈良県サッカー協会 常務理事
OCA大阪デザイン&IT専門学校eスポーツ学科 講師
日本スポーツ法学会理事・事務局長
大阪弁護士会スポーツ・エンターテインメント法実務研究会世話役
日本スポーツ協会スポーツ少年団協力弁護士等
【主な取扱い分野】
インターネット、コンピュータに関連する法律問題
スポーツ(eスポーツ含む)・ファッションビジネスに関連する法律問題
【書籍】
「eスポーツの法律問題Q&A」 (共著・eスポーツ問題研究会編)民事法研究会
「スポーツの法律相談」 (共著・菅原哲朗・森川貞夫・浦川道太郎・望月浩一郎 監修)青林書院
「発信者情報開示請求の手引」 (共著・電子商取引問題研究会編)民事法研究会
「スポーツガバナンス実践ガイドブック」 (共著・スポーツにおけるグッドガバナンス研究会編)民事法研究会
「スポーツ界の不思議 20問20問」 (共著・桂充弘編)かもがわ出版
「Q&A スポーツの法律問題(第4版)」 (共著・スポーツ問題研究会編)民事法研究会
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