訴訟・登記2022年10月24日 登記請求権の当事者 編著 影浦直人(千葉地裁松戸支部判事)
各種の登記請求において当事者となるのは誰ですか。
一般的には,不動産登記法上の登記権利者と登記義務者が登記請求訴訟の当事者となることが多いものと思われますが,類型ごとに異なります。
1 不動産登記法における登記の当事者(登記手続上の当事者)
不動産登記法では,権利に関する登記の手続に関与する当事者として,「登記権利者」及び「登記義務者」という概念を定めています。
「登記権利者」とは,権利に関する登記をすることにより,登記上,直接に利益を受ける者をいい(不登2十二),「登記義務者」は,反対に,権利に関する登記をすることにより,登記上,直接に不利益を受ける者をいいます(不登2十三)。
権利に関する登記の手続を行う際には,原則として,登記権利者及び登記義務者が共同して申請をしなければなりません(不登60)。いかなる者が登記権利者・義務者となるかは,申請する登記の内容によって異なりますが,その概要は以下のとおりです。
(1) 設定の登記
権利者が登記権利者,設定者が登記義務者となります。
(2) 移転の登記
新権利者が登記権利者,旧権利者が登記義務者となります。
(3) 抹消の登記
移転登記を抹消する場合には,従前の登記名義人が登記権利者,現在の登記名義人が登記義務者となります。
設定登記を抹消する場合には,所有権の登記名義人が登記権利者,設定された権利の登記名義人が登記義務者となります。
2 登記請求権の当事者(実体法上の当事者)
これに対し,訴訟手続で登記請求権を行使する場面では,その当事者(登記請求権を行使できる者と,その行使の相手方となるべき者)は,登記請求権の根拠となる実体法上の解釈によって決まります。
例えば,売買によって土地の所有権を取得した買主は,売買契約に基づき,売主に対して,土地の所有権移転登記請求権を行使することができます(債権的登記請求権)。当然ながら,買主(請求権者)と売主(被請求者)が登記請求権の当事者ということになります。
ところで,この事例において,上述した手続上の当事者について考えてみると,不動産登記法上の登記権利者は新権利者たる買主,登記義務者は旧権利者たる売主です。したがって,この事例では,実体法上も,また登記手続上も,当事者は同じということになります。
このような典型的場面では,実体法上の当事者と登記手続上の当事者とは一致することが多く,あえてその差異を意識すべき必要性も低いといえます。
3 留意すべきケース
しかしながら,実体法上の当事者(登記請求権者・被請求者)と,手続上の当事者(登記権利者・義務者)とは,必ずしも一致するとは限りません。
例えば,以下のようなケースが考えられます。
(1) 相続が発生した場合
例えば,抵当権設定登記が経由された土地について,抵当権の被担保債権が既に消滅したものの,抵当権者が抵当権設定登記の抹消登記手続に応じないまま,土地の所有者(抵当権設定者)が死亡して相続が開始した場合(相続登記は未了)を考えます。
相続人が抵当権者に対して訴訟で抹消登記の登記請求権を行使する場合には,その訴訟物は,土地所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権設定登記抹消登記請求権であり,死亡した所有者(抵当権設定者)からこの請求権を相続した相続人自身が自ら請求権を行使することとなります。すなわち,登記請求権の権利者(請求権者)は相続人,義務者(相手方)は抵当権者となります。
他方,抵当権設定登記の抹消登記手続を行う場合,その登記権利者は死亡した所有者(抵当権設定者),登記義務者は抵当権者となります。注意すべきは,不動産登記法上の登記権利者たる地位は相続人に承継されない(不動産登記法62条に基づいて一般承継人が登記の申請権者となり得るにすぎない)点です。
したがって,この場合,実体法上の登記請求権者は相続人ですが,登記手続上の登記権利者は被相続人となります。仮に,相続人の登記請求権が判決で認容されれば,相続人は単独で抹消登記手続を行うことができますが(不登63①),その際,相続人自身を登記権利者として申請をするのは誤りです。
(2) 詐害行為取消権の場合
例えば,詐害行為に当たる売買によって土地の所有権が移転した場合,詐害行為を主張する債権者が,詐害行為に基づく抹消登記請求権(又は買主(受益者)から売主(債務者)への移転登記請求権)を行使することができます。
その結果,登記を命じる判決を得た債権者は,登記権利者を売主(債務者),登記義務者を買主(受益者)として,売主に代わって代位申請によって(不登59七),かつ単独で(不登63),登記手続を行うことができます。
(3) 登記引取請求権
典型例とは逆に,実体法上の権利者が登記に応じないケースにおいても,判例では,登記義務者が登記権利者に対して登記手続に協力することを求める請求権(登記引取請求権と呼ばれます。)が認められています(最判昭36・11・24民集15・10・2573)。この場合,実体法上の権利者・義務者と,登記手続上の登記権利者・義務者が逆転していることになります。
このように,実体法上と手続法上で当事者が異なるケースでは,訴訟物や請求の趣旨について,より慎重に検討する必要があります。その場合,「誰が誰に対して登記請求権を行使することができるのか」という実体法上の問題と,「誰を登記権利者として,誰を登記義務者とする登記手続が命じられるべきか」という登記手続上の問題を区別して考えなければなりません。両者を混同してしまうと,ともすれば,本来実現しようとした登記内容とは異なる主文の判決が下されたり,判決に基づく登記申請の場面で登記官に無用の誤解を与えたりするおそれもあります。
4 特殊なケース
このほか,当事者の選択が問題となるケースとして,以下の例があります。
① Aが所有する不動産について,Bに対し抵当権を設定し,その旨の登記を経由したのち,BからCに抵当権が譲渡され,権利移転の付記登記がなされた場合に,Aがこれらの抹消を請求する場合には,Aが,Cのみを相手方として,AB間の主登記及びBC間の付記登記の抹消を請求すべきとされています(最判昭44・4・22判時558・48)。
② 共有不動産について,共有者以外の第三者が不実の登記を有している場合,共有者の一人は,単独で同登記の全部抹消登記手続をすることができ,共同訴訟による必要はありません(大判大7・4・19民録24・731など)。一方,他の共有者が不実の登記を有している場合は,自己の共有持分の範囲内で抹消ないし更正登記を請求することができるとされています(最判昭59・4・24判時1120・38など)。
なお,最高裁平成15年7月11日判決(判時1833・114)は,他の共有者から第三者への不実の持分移転登記が経由されている場合であっても(自らの持分権が侵害されていない場合であっても),単独で同登記の抹消登記をなし得ると判示しました。もっとも,この判旨に従って勝訴判決を得たとしても,当該共有者は,不動産登記法上の登記権利者ではないため,いかなる方法で判決に基づく登記を行うことができるかという問題が残されています。
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