労働基準2025年09月29日 外国人労働相談の現場から 執筆者:冨田さとこ

5年前に、こちらのサイトに「外国人労働者の相談を受けて考えること」という記事を書きました。私は、いまも同じ外国人在留支援センターの中にある法テラス本部国際室に勤務し、毎日、仲間たちと一緒に、外国人やその支援者からの相談を受けています。同センターには、入管や労働局も入っていること及び、雇用契約に結び付いた在留資格を持つ外国人が増えていることなどから、相談種別の中で最も多いものは労働問題です。5年前の原稿では、コロナ禍での経営困難からの解雇(日本人相手にはできない態様での解雇)や、暴言・パワハラを取り上げました。春の風物詩のようになった退職代行のニュースからは、日本の中小企業の雇用現場のブラックさ(日本人労働者にも共通)は更に深刻化しているようにも感じます。
今回は、その後に私が目にした外国人労働相談の傾向について、お伝えします。
入管当局より与えられる「日本に適法に滞在する資格」(在留資格)は、大きく分けて2種類があります。1つは家族関係に基づくもの、もう1つは滞在の目的に基づくものです。後者の代表的なものには、勉強を目的とする「留学」、大学や専門学校を卒業して主に事務系の仕事をする者に与えられる「技術・人文知識・国際業務」、現業系の即戦力人材の確保のために使われる「特定技能」、国際的な技能移転を(少なくとも建前上は)目的とする「技能実習」などがあります。
すべての在留資格に共通しているのは、公租公課を支払っていなければ、在留資格の更新が難しいということです。海外からの旅行客が消費税を免除される「免税!Duty Free!」という街中の看板が誤解を招くのか、「外国人一般に納税義務がない」と誤解しているような言説を時々耳にしますが、これは誤りです。日本に暮らす外国人は、原則として、日本人と同様に所得税や地方税、消費税などを支払う義務があります。贈与税や相続税も同様です。少し話はそれますが、例えば、国内に住所がある外国人は、被相続人が海外で亡くなり、相続財産が海外にしかなくても、相続税が課されます(相続税法や国税庁のタックスアンサーにはっきりと書いてあるのですが…、私は「そんなまさか」と納得できず、税務署に問い合わせてしまいました)。国外で支払った相続税額については、後で調整できるそうですが(修正申告か更正の請求か…)、相続開始から10か月以内に申告する義務は国内の相続税と何ら変わりません。
労働相談に話を戻しましょう。仕事を目的とする在留資格を持つ方からのよくある相談に「『健康保険・厚生年金に加入させる』という約束だったのに、いつまで経っても加入させてくれません。在留資格の更新が心配です」という相談があります。事前に示された労働条件と異なるという点で、労働契約の即時解除(労基法15条2項)という考えが浮かびます。また、社会保険の加入義務が拡大された現在、多くの場合、事前の約束の有無にかかわらず被用者を社会保険に加入させる義務が発生しているはずです。そのため、法が予定している回答としては、「そんな約束を守らない事業所など辞めたらいい。その上で、しかるべき官署(年金機構または労働局?)に法律違反の情報提供をすればいい。健康保険法には罰則もあるし!」となる…はずです(実際の相談で伝えたことがないので確信なし。健康保険未加入の罰則は、どの程度悪質なときに適用されているのでしょうか…)。
それでも、雇用契約に依存する在留資格の場合、その期限など在留資格の状況によっては、約束と異なる就労条件でも、ひとまず仕事を続けた方が良い場合がよくあります。そして、在留資格更新の際には、入管に対し、公租公課を支払っていたことを示す必要があるため、安全策をとって国保・国民年金に加入して支払いをしておくことを勧めます(既にご自分で加入していることも多いです)。法律家なのに、約束違反・法律違反を肯定するかのようなアドバイスをしていることに、モヤモヤすることも少なくありません。なお、中には、「社会保険には加入していて、賃金から健康保険・厚生年金の自己負担分が控除されていた。それなのに、雇用主が厚生年金を納めていなかった!!どうしよう…」という相談もあります。こういった相談を受けた際に年金機構に問い合わせてみたところ、労働者の不利益には扱わず、年金は支払ったという扱いにすると言われました。「本当に?どうやって?」と思わなくもなかったのですが、相談者にはそのままを回答しました。受任事件ではないので、その後のことは分かりません。
年金・社会保険の相談でもう1つあるのが、「学生の時に国民年金保険料の免除申請をしていなかったら、仕事のための在留資格が取れませんでした」というものです。外国人も、日本人と同様に、学生のうちは国民年金の保険料については猶予してもらうことができます(学生納付特例制度/年金が減ることを甘受するなら、その間の保険料は実質的には免除となる)。そのことを知らず、さらに公的年金の存在自体も知らずに保険料を納めていなかった結果、せっかく日本語学校や専門学校等を卒業して、日本で就職が決まっても、在留資格を変更できずに仕事を始められないという相談です。学生の時の猶予申請なんて、日本人の学生のどの程度がやっているのか…(私は生真面目にやっていましたが、なんて自慢してみる)。でも、この猶予の有無が、日本で働くことを夢見て学校に通っていた外国籍の若者の未来を変えてしまうことがあります。急いで年金事務所に行って、過去の分を猶予申請できるかどうかを確認するように伝え、猶予されない部分は保険料を一部でも納めて、その結果の書面に反省文を添えて、入管に再度申請するように伝えます(在留期限が残り少なくて間に合わないことも…)。なお、「国民年金は住所登録をした時点で当然に連絡があるだろう…そんな、猶予申請の機会もないなんて…」と思っていたのですが、転居のタイミングのせいなのか、2年間、一度も年金の案内がなかったという方にも出くわしたことがあります(不思議なことに国民健康保険には加入して保険料も納めていました。年金については遡及して猶予の申請をさせてもらい、何とか解決)。
さいごに、在留資格と就労先が結びついている場合、労働問題の前提として、在留資格も検討する必要があります。「技術・人文知識・国際業務」という在留資格の場合、転職(転籍)は自由で、ご本人の経歴・専門性と就職先の業務がマッチしているのであれば、基本的に、当該在留資格のまま転籍することが可能です。入管に対しては、2週間以内に所属先が変わったことを届け出れば足ります。
一方、「特定技能」の場合、同職種での転籍は可能ですが、転籍に当たっては、在留資格変更許可を受ける必要があります(変更前後で、全く同じ「特定技能」という在留資格でも!)。それは、「特定技能」という在留資格が、特定の企業等での具体的な仕事内容まで考慮に入れて許可されているためです。そうすると、転籍の際には入管の許可を受ける必要があり、更に同時に2つの雇用主の下で働くことは予定していないため、前の所属先を辞めたことの証明も必要になります。在留資格変更許可を受けるまでにかかる時間はその時々によって異なりますが、イレギュラーな転籍ほど時間がかかるので注意が必要です。私が対応したものでは、入国後に「レストランの開業が間に合わず、仕事がないから」と仕事・賃金を与えられず、生活ができずに困りきって、転籍先からの内定をもらってから退職したところ、そこから在留資格変更許可をもらうのに4か月もかかったケースがあります。失業保険もないので、当事者の生活は困窮を極めました。
さらにこれが「技能実習」となると、転籍先での技能実習計画の認可まで必要になります。加えて、雇用主に問題がある場合でも、技能実習の途中で転籍をしようとすると、入管の窓口では「働くために来日したのではありませんよね。研修を受けられないのであれば帰国したらどうですか?」などと言われてしまいます。昨年11月1日から、転籍に「やむを得ない事情」がある場合の運用は緩和されましたが1、相変わらず、技能実習は「働くための資格」ではなく、「母国に技術を持ち帰るための技能移転のための在留資格」であるという建前は、雇用主及び技能実習生双方の思惑が雇用を目的としている場合にも、不意に顔を出して当事者を驚かせます(育成就労制度になれば、この点は変わると期待しています)。
特定技能外国人や技能実習生の事件を担当すると、ひどいケースの場合にはメディアに掲載されることもあります。これらのニュースには「現代の奴隷制度だから」「人手不足だからと言って軽々に外国人を入れるからこうなる」などと、頭から制度全般を否定したり、外国人労働者受入れ自体を批判したりするコメントが数多く見られます。でも、「一事が万事」と否定できるほど、その背景は簡単ではありません。技能実習は、労働法の適用のない状態から始まりましたが、技能実習法・技能実習機構ができて、監理団体が許可制になってから制度としては改善されています。人手不足解消の手段として、特定技能外国人を受け入れるために、各省庁は受入れに当たっての様々な対応策を提示します。でも、実際に審査をするのは入管や労働局で、彼らの人手不足も相まって、入口の審査は労使双方の経済活動に合わせたスピードで行われているようには思えませんし、問題が起きた時の迅速な解決にも結び付いていません。日本社会全体で、外国人労働者受入れの在り方について議論を深める必要があります。
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執筆者

冨田 さとことみた さとこ
弁護士
略歴・経歴
【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了
【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。
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