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一般2021年11月25日 司法への「心理の壁」を破るもの 執筆者:冨田さとこ

司法制度改革の際、司法と市民の間には4つの壁があると言われていました。どこに相談に行けば良いか分からないという「情報の壁」、弁護士が近くにいない「距離の壁」、弁護士に支払うお金がないという「費用の壁」、そして「心理の壁」。
今でこそ、法律事務所の広告をよく目にするようになりましたが、20年前頃まで弁護士は広告を出すことを禁止されていました。私が弁護士登録した2004年当時も、弁護士の広告を見かける機会はごく限られていました。司法修習生の時、ある大先輩が「俺が広告禁止を止めさせたんだ。おかしいだろ?そんなお高くとまることないよな?」と話していたのを思い出します(「俺が」の真偽は不明)。

法テラスが設立され、情報の壁をなくすために情報提供業務が始まり、費用の壁をなくすために法律扶助協会から民事法律扶助業務を引き継ぎ、距離の壁をなくすために、ひまわり公設と同様に弁護士を司法過疎地に派遣することになりました(私はこれで佐渡に赴任しました。ひまわり公設との違いを説明するときに、スナックのオーナーママと雇われママにたとえて周囲を引かせていたのも良い思い出。雇われママ(=私)は固定給ですが、どんなお酒を出すかはプロとして自分で判断します)。
そんな業務説明をしながら、いつも「心理の壁」をどう克服するのかはっきりと説明できず、また究極的には我々法曹の一人一人の心の持ちようしかないと思っていました。それは私が、「心理の壁」の意味を、せいぜい「私は『歯磨きの仕方が悪い』と怒られるのが嫌だから、歯医者に行きたくない。それと同じことだな、きっと」くらいに考えていたためです。

司法への心理の壁は、私が考えるより遙かに高いものでした。

ある外国籍の家族の例をあげます。その一家は、小さな子どもを抱えて貧困にあえいでいました。その生活状態が近隣の人たちから自治体の知るところになり、行政が支援に入ろうとしましたが、なかなか心を開いてもらえません。NPOが間に入ってやっと少しずつ態度が軟化していきました。問題が少しずつ整理され、その根っこに法律問題があると分かりました。支援者から連絡が入り、法的支援が入った場合の見込みを確認して持ち帰り、励まし、やっと当事者夫妻が私の目の前に現れました。
話を聴いていくと、そもそも問題を公的機関に伝えるという発想がなかったこと、逆に自分たちの状況を知られてしまったら子どもを奪われてしまうかもしれないと怯えていたことなどが分かって来ました。その生い立ちまで遡って行くと、子どもの頃から虐待を受け、大人達に拒絶され続けた経験を持っていました。

アメリカで社会学を学んだとき、「虐げられた人は権力や権威を信じていない。だから公的支援に繋がりにくい」ということを学びました。形を変えながら奴隷制から続く差別に苦しんできた黒人の人々にとって、権威は常に恐れの対象でした。様々な社会保障制度ができても、自分がその対象だなんて思いもつかない。うっかり信じて心を許したら、あっさり裏切られて、ひどい目に遭うかもしれない。ネイティブアメリカンの人々にとっても同じです。
この理論を学んだときに、市民にとっては法律家も「権威」であるということに気づかされました。社会の主流から片隅に追いやられ、忘れられてきた人たちにとって、弁護士個々人の個性がどうあれ、階層的社会の上層部にいる我々は遙かに遠い権威であり、権力の一部にすら見えるのだろうと思います。「怖くないよ」というキャラクターを作っても、それで解決されることは多くはない。

では、どうすれば心理の壁を打ち破ることができるのか。先ほど例に挙げた家族の場合、NPOの職員が大きな役割を果たしてくれました。そこで彼らがしたことは、法律相談のメリットを伝え、権威の前に足がすくむ当事者に付き添うということです。付き添うまでは難しくても、法的支援を受けてトラブル解決のイメージを持つだけでも、心理的な抵抗が少なくなることは期待できます。
自分が誰かに支援してもらえるなんて思わない人たちが、かろうじて「困りごと」を打ち明けたときに、その悩みから法的支援に着想してくれる「権威の臭いのしない人」こそが、法律家と市民の「心理の壁」を壊してくれるのかもしれません。そういうオーダーメイドの支援は、インターネット上に法律事務所の広告が多数掲載され、法律問題に関する情報が溢れていても必要性は変わらないはず・・と、司法修習生だった頃とは隔世の感がある、巷間に溢れる情報を眺めつつ思うのでした。

(2021年11月執筆)

執筆者

冨田 さとことみた さとこ

弁護士

略歴・経歴

【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了

【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。

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