一般2022年08月22日 続 健やかな弁護士生活を送るために 執筆者:冨田さとこ
前回の原稿は珍しく反響があったので、2匹目のドジョウを狙います(「珍しい」のは、もっぱら私がランダムに書き散らかしているせい)。
佐渡に赴任して2回目の冬、弁護士として4年目のある日、体中に蕁麻疹が出たことがあります。覚えている限り蕁麻疹なんて経験したことがなかったため、妙にはしゃいだ気分になり、事務員2人(女性)に「見てみて!赤い!かゆい!!」とお腹を見せたところ、「先生、すぐに病院に言ってください」と静かに諭されたのを覚えています。
蕁麻疹の原因はストレスでした。毎日事件処理に追われ、冬の波の荒さに島外に遊びに行く予定が中止になり、無自覚のまま(蕁麻疹にはしゃぐほど無自覚でも)、心身の疲労を溜め込んでいたのです。この蕁麻疹のあと、数年に1回、質量ともに重い仕事を抱えている時に、蕁麻疹や帯状疱疹に見舞われるようになりました(帯状疱疹は、パソコンを使えなくしようとするのか、右手の親指つけ根にできる。痛くてタイピングが止まる。なんて賢い体)。
ストレスや疲れが心身に与えるダメージを実感しました。では、どう解消するか。何がストレス解消になるかは人によって異なりますが、私の場合は、のんびり家にいるよりも、外に出かけて、いつもと違う景色を眺め、体を動かしていたほうが、すっきりします。中でも一番好きなのはスキューバダイビング。海の中でボーっとしていると、体中の毛穴からストレスが抜けていくような気がします。
そこで、4年目の蕁麻疹以降、意識して長めの休みをとって、思い切り遊ぶようになりました。弁護士の良いところは、医者と違って、「1週間待って!!」と言っても依頼者の生命に関わる事態には(ほぼ)ならないということです。主観的に急いでいる方も、客観的には時間的な余裕があることがほとんどで、具体的な日時を決めて面談日を約束すれば、我慢してもらうことができます。大切なのは、自分を犠牲にしてまで依頼者の希望に沿ったスケジュールで仕事をこなすことではなく、合理的なスケジュールを提案し、そこで設定した期限を守ることだと思います。
さて、思い切って出かけてみると、弁護士の不在は、事務員のストレス解消にも役立つことが分かりました。会社のように組織で下から何かを作り上げていくのと異なり、多くの弁護士事務は、トップダウンで処理すべき事務が下りてきます。そのため、事務職員は、常に「自分の意思に関わらず、次から次へと下りてくる大小のタスク」にさらされています。「常に何かに追われる」状態は、誰にとっても大きなストレスになります。弁護士の不在は、溜まった事務の山を片付けたり、考える暇もなくこなしていた処理の意味を考える時間を生み、事務員のストレスを軽減することができました(なお、下からアイディアをあげて作り上げていくような仕事の場合、上席の不在は、方向性や進め方について相談できないストレスフルな時間になる可能性があるので、たぶん別の考え方が必要)。
事務員に気持ちよく仕事をしてもらうことは、延いては自分の仕事がうまく回り、ストレスの軽減につながります。法律事務に習熟した事務員は、法律事務所の宝。老舗の法律事務所には、若手の弁護士など足元にも及ばない知識と経験を持つ事務局長が、どんと構えていたりします。そんな事務局長が話す、「ボス弁と一緒にくぐった修羅場の話」は、冒険活劇のようで面白く、学びに溢れています。
でも、多くの場合、法律事務所の事務員という仕事は、黒子であるが故に目立たず、検察事務官のように体系的なトレーニングを受ける機会にも恵まれず、やりがいや自分の成長を見いだせずにつらい思いをしている方もいます。これを解決するために、日弁連は、法律事務職員向けの研修や、スキル検定を行っていますが、彼らの思いを理解し、仕事に前向きに取り組んでもらうには、弁護士が、パートナーとしての職員と向き合うときの対応が、一番重要。
私が個人的に気を付けているのは、①与える裁量の範囲を明確に区切った上で、その中で事務員が工夫していたら、それを評価すること(例えば、定型的な裁判所提出書類のエクセルフォーマットを工夫して事務が早く片付くようになった)。②余裕があるときは事務処理の指示だけでなく、その根拠や違いを伝えること(例えば、23条照会と職務上請求書の違い)。③定期的に棚卸しをして、事件処理にデッドロックがないか確認すること(双方が、相手にボールがあると思い込んで滞留するのが一番怖い)などです。
そして、事件処理の全責任は弁護士にあるというのを、心に命じること。全責任が自分にあるからこそ、小さなことでも判断を繰り返すこと自体がストレスになる。それが蓄積すると、私が倒れる。私が倒れると、私の名前で仕事をしている事務員も困る。依頼者も困る。だから、ストレスが心身に深刻な影響を与えないうちに、積極的に遊ぶことが、とっても大事!!そう思って、今日も仕事の合間に、次のダイビングの計画を考えています。
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執筆者
冨田 さとことみた さとこ
弁護士
略歴・経歴
【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了
【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。
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