一般2022年04月20日 健やかな弁護士生活を送るために 執筆者:冨田さとこ

新人弁護士として東京で働いていた頃、事務所に向かう歩道橋の上で突然前に進めなくなり、ボロボロと泣けてきたことがあります。悲しそうな依頼者と話していると、こちらも辛くなる。頑張って結果を出しているのに、感謝してもらえないどころか怒られた。どう手をつけていいか分からない書面がある。頭の中で、依頼者や相手方の顔がぐるぐると回っていました。
最近2~3年で新規登録した弁護士と話していると、新型コロナウイルスの影響で飲み会がないため、先達の経験談を聞く機会が極端に少ないことが窺われます。弁護士はストレスの多い仕事で、落とし穴も多いのに、同業者同士で愚痴を言いあい、先輩の失敗談からヒヤリハットを学ぶ機会がないなんて…。私は新人の頃、周囲の先輩弁護士に甘えまくり、先輩のお金でお酒を飲んでは、先輩の武勇伝を聴いてモチベーションを上げ、自分の弱さを吐き出して楽にしてもらっていました。「Pay forward」ということで、今回は、私のストレス対処法や、山ほどしでかした失敗からの学びを少しお伝えします。
さて、私が冒頭の状態に陥ってしまったとき、少し落ち着くと、ストレスが限界に達していることが原因だと冷静に考えることができました。そこで、事務所に行くのを遅らせて、デパートでウィンドウショッピングを楽しんでから、「よし、ストレス対処方法を考えよう!」と気持ちを切り替えたら、事務所に向かうことができました。幸い事務所のボスや先輩達のことは大好きだったので、事件や仕事との向き合い方を考え始めました。
まず始めたことは、自宅に仕事を持ち込まないことです。どんなに遅くなっても、仕事は事務所でする。それでも事件のことは心配になってしまう。そこで、寝る前に必ず、最低30分間は、読書をしたり、雑誌を眺めたり、全く別のことに頭を使うようにしました。仕事から自分を取り戻す作業です。これにより、自分の人生が依頼者の人生に侵食されていくような感覚が薄れ、夢の中にまで依頼者が現れることが減りました。
その後、数年を経て、私の仕事は、「(人を幸せにすることではなく)人生で一番辛い状態にある人が、ゼロの状態に戻るのを手伝うこと」と割り切れるようになりました。それまでは、事件が良い方向に進んでいるのに、依頼者に笑顔が戻らないことが辛かった。感謝されないことも辛かった。でも、依頼者の多くは、弁護士に相談する前に、「ひどい目にあった」「なぜ自分の言い分が通らないんだ」と怒り、悲しみ、深く悩んでいます。たとえば賠償金を受け取っても、失ったものは戻らない。彼らが平穏な生活を取り戻すために、専門家として精一杯頑張って結果を出したら、その後の癒しは、依頼者自身が、周囲の人の力を借りながら模索する他ない。そう実感できたときに、憑き物が落ちたように楽になりました。
メンタルヘルスを良好に保つために意識しているもう1つのことは、ボールの持ち時間を短くして、相手にボールがある間は、そのタスクのことは忘れるということです。事件処理は、刑事も民事も、常にキャッチボールのような「やり取り」です。その相手は、依頼者のこともあれば、相手方や裁判所のこともある。ボール(タスク)を受け取ったら、期限までに投げ返し、「いまボールはあちらにある」と意識して自分の気持ちを引きはがし、そのタスクのことは考えない。心配事すなわちストレス要因が一つ減ります。限られた脳のメモリを、その心配事に使わないことで、他の事件のことを集中して考える余裕も生まれます。
依頼者に報酬の説明をすると、不服そうな顔をされることがあります。そういう事件では、たいてい小まめな報告を怠っている。報告しなければ、こちらの仕事量を分かってもらえないのは当たり前。気持ちよく仕事をするために、折を見つけては、報告書を出します。訴訟も中盤で依頼者にしてもらうことは何もなくても、とにかく出す。たくさんの事件を同時進行で抱えていた頃は、訴訟期日の報告書は、必ず当日のうちに作成していました(どんな書面も記憶が新鮮なうちに書いた方が、かかる時間は少ない)。内容は、期日でのやり取りや、次回までの宿題をごく簡単にまとめたものです。これにより、自分のタスクもクリアーになります(弁論準備で出された宿題は、手元で簡単なメモにしか残さないため、あとで分からなくなりがち)。事務作業を減らすため、左上が透明なフィルムになっている封筒を用意して、報告書を3つ折りにすれば、送付状不要で、宛先も書かずに送れるようにしていました。
最後に法律相談の顧客満足度をあげるコツを1つ。同じような相談をたくさん受けていると、最初の数分で事件の筋が見えてくることがあります。すると、「お金や時間を使って相談に来てくれているのだから、残り20分は、できる限りのアドバイスを伝えよう」と考えてしまう。そう、サービス精神。でも、実はこれは相談者の満足度が高くありません。なぜなら、弁護士にとっては「よくある話」でも、依頼者にとっては「私だけの話」だからです。時間をかけて聴かないと、「この弁護士は私のことを知らないでアドバイスしている」と思われてしまいます。
加えて、たくさんの情報を相談者に一気に伝えても消化しきれないことが多いのです。こちらが親切心から予想し得る先々の対処方法を全て伝えても、「色々言っていたけど、難しくてよく分からなかった。さて、まず何をすればいいんだろう」と思われてしまっては、30分間の法律相談からは何も成果が生まれないことになります。それより、「次の一手」を確実に理解してもらうことのほうが有益です。「次の一手を打って、困ったらまた法律相談に来ればいい」と伝えます。まず20分話を聴いて、5分で対処方法(次の一手)を伝え、それに対する疑問に最後の5分で答える。
結論が見えてしまったあとも、話を聴く時間は決して無駄ではありません。「話すは放す」というそうです。第三者であり、守秘義務のある弁護士相手だからこそ、安心して話せることもある。頷きながら集中して自分の話を聴いてくれる「安全な人」を身近に持つのは、実はそう簡単ではありません。「話(放)して楽になるために」お金や時間を使ってもらっている。相談者の個性や、過去の相談回数によって当てはまらない場合もありますが、初回相談はこのようにイメージしておくとよいと思います。
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執筆者

冨田 さとことみた さとこ
弁護士
略歴・経歴
【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了
【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。
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