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一般2021年07月09日 少年の脆さと可能性 執筆者:冨田さとこ

「俺、刑事さんと男の約束したんだ。『お互いに本当のことだけを言う』って。だから大丈夫。やってないって絶対に信じてくれる」。暴走族に入り道路交通法違反を繰り返していた、大人から見れば「典型的な非行少年」であるA君が、いつもと違うことで逮捕された。私が彼の少年事件を担当するのは2回目で、最初とあまりに違う罪質での逮捕に驚いて警察署に会いに行くと、A君は被害者の言い分(被疑事実)と真っ向から異なる主張をしていた。

留置場の中から真っすぐな目で「取調官の男気」を伝えてくる18歳の少年を前に、盲目的な信頼の危険さをどう伝えたものか分からずに、「そっか。でも、話す内容には注意してね」とだけ伝えて帰ったような気がする。それから間もなく、また会いに行くとA君は「なんでだろう。『やっていない』と本当のことを言ってるのに、刑事さんは『男の約束だろ。本当のことを言え』と繰り返すんだ。俺は約束を守っているのに」と接見室で泣き崩れた。結局、被害者が警察との連絡を絶って事件は幕切れとなりA君は無事に釈放された。

「永山則夫 封印された鑑定記録」(堀川惠子著、講談社文庫)を読んでいる間、私は10年近く前に出会ったA君のことを思い出していた。また、別の少年で、問題行動を繰り返し保護観察となった直後、知的障害の検査に連れて行かれたことに反発するように、窃盗事件を起こして少年院に送られたB君のことも心に浮かんだ。2人とも、起こした事件だけを見れば、19歳で4人を射殺し、後に「永山基準」と呼ばれる最高裁判決の被告人となった永山則夫死刑囚とは比較もできない程に異なる。一方で共通しているのは、心の置きどころの危うさだ。A君は「男気」を見せ自分を対等に扱おうとする大人の男性を信頼したくて傷つき、B君は、自分に障害があると疑った大人が許せなくて、結果的に自分が不利益を被っている。

上記のノンフィクション作品は、永山則夫死刑囚の精神鑑定を担当した医師から託された、鑑定での面接内容を録音したテープと鑑定書に基づいている。著者は、永山さん自身の幼少期から犯行に至るまでの経緯、永山さんの母親の幼少期までを克明に描き出す。そこに見えるのは、ひどい虐待を受けながら育った寂しい子どもの姿である。

永山少年は15歳の時に集団就職で青森から東京に出て働き始める。兄たちが先に上京していたものの、基本的には1人で、東京で生き抜こうとする。19歳で事件を起こすまでのたった数年の間に、小さなトラブルや一方的な思い込みにより、まるで坂を転げ落ちるように先のない道へとひた走っていく。安定した道を敢えて捨てるかのような、彼の不合理な決断に繰り返し胸が痛くなる。その原因には幼少期の壮絶な虐待もあるのだろうが、少年事件で出会ったA君やB君のような、少年期特有の心の脆さを感じずにはいられなかった。

今年5月21日、国会で少年法の改正案が成立した。民法の成人年齢引き下げに合わせて、18、19歳を一部厳罰化する改正である。その少し前に、元家裁調査官の伊藤由紀夫さんの訃報に接した。伊藤さんは、調査官を退官後に、非行少年の支援活動などで知られていた。私は弁護士として駆け出しの時に、先輩弁護士に誘われて、伊藤さんも参加する少年事件の私的な勉強会に参加する機会に恵まれた。伊藤さんは当時まだ現役の家裁調査官だった。

伊藤さんは、数多くの少年に寄り添った経験に基づいて、少年が更生する可能性を信じ、厳罰化が進む少年法の改正に反対していた。永山さんの鑑定医は、永山少年の壮絶な被虐待の経験が脳に器質的な影響を及ぼした可能性に言及していた。そして、その可能性は、その後J・ハーマンらによるPTSDの発見により科学的に裏打ちされた。最近アメリカでは少年時代に終身刑を受けた服役囚の再審を行う動きが広がっているが、その過程で脳に器質的な傷があったこと等が見直されているようだ。現場の肌感覚が客観的な科学になるまでには時間がかかる。

私が1件目を担当した時、A君は、鑑別所で目をキラキラさせながら「俺、初めて勉強が楽しいって思ったよ。ここでは1人ずつに教えてくれるから、小学校でついて行けなくなったことが分かるんだ。外に出てからも勉強を続けたいな」と話してくれた。現場で出会う18歳、19歳の少年は、体格こそ大人と変わらない。でも、その脆さと可能性は、大人のそれとは全く別物であると思う。

(2021年7月執筆)

執筆者

冨田 さとことみた さとこ

弁護士

略歴・経歴

【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了

【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。

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