一般2022年12月14日 司法アクセスの問題~いくつかの借金整理の事例から考える~ 執筆者:冨田さとこ

「先生、オレ、若い頃からずっと借金があって、毎月給料が出るとサラ金のT社に3万円、A社に5万円、P社に4万円…と返済するんだ。で、その返済でできた枠から借りるから借金は減らない 。年金生活になって、これが辛くてさ、自己破産しよう と思って裁判所に行ったんだ。そしたら、裁判所の人は、『自己破産はできない』って言うんだ。情けなかった。オレは自己破産すらできないのかと思ってさ、首を括るしかないのか…と思っていたところに、『弁護士が島に来ます』と市報に書いてあるのを見たんだ。法テラスというのができるって。だから死ぬ前に相談に来てみたんだ」
法テラス佐渡を開設して間もないころに相談に来た高齢の男性が、堪えきれずに泣きながら話してくれたものです。2006年10月に法テラス佐渡が開業するまで 、島内には弁護士が1人しかおらず、開業と同時に山のような債務整理の相談が持ち込まれました。初めての月は56件の法律相談を受けて、40件超の受任をしたことを覚えています。私は弁護士3年目で 、1人しかいなかった法律事務未経験の事務員と2人で、相談予約は2か月先まで埋まっていました。
当時、東京でこそ「過払い金知ってる?」という法律事務所の広告が出始めていましたが 、地方にはまだその波はきておらず(必ずしも望ましくない形ですぐに到達するのだけど )、佐渡島は貸金業者から「(法律家による債務整理が行われない)おいしい島」と言われていました。消費者金融への返済に困っている人が島外に出るために、往復最低でも5,000円はかかるフェリー代を 支払うのは難しく、事務所ができて債務整理の相談に溢れたのも当然のことでした(今は島内に4つの法律事務所があります )。
もともと担保などを要求しない消費者金融を利用する層は、資産や預貯金がないため、29.2%(当時)と いう金利で一度借りてしまうと、早晩支払いに詰まり、あっと言う間に借入先と借入金額が増えていきます。「子供の学費のために銀行系のローンを利用したんだけど、お金が足りないときにサラ金を借りてしまって、そこからあっという間に借金が増えて…」「二十歳になるとに親に借金をさせられました。30代はずっと支払いだけだった。苦しかった。」こんな話を毎日のように聞いていました。
さて、冒頭の男性の話をよく考えてみると、「島に弁護士が少ない」というだけの問題ではないことが分かります。男性は裁判所に相談した上で、自分の借金がどうにもならないと思い込み、命まで絶とうとしていたのです。おそらく裁判所の職員は、「自己破産できない」とは言っていません。借入期間からは当然に過払いになっていることが予想できるため、「自己破産をする必要はない」と伝えているはずです。立場上、「お金が返ってきますよ」と伝えることは難しいでしょうが、もしかすると、「弁護士に相談してみてください」くらいは言っていたかもしれません(だからこそ市報を見てきて来てくれたのかも )。
でも、法律家に相談に行く術を持たない男性は、「オレは自己破産すらできない」と思い込んでしまいました。法的な手続を正しく伝えることの難しさを痛感します。過払いがあろうがなかろうが、多くの場合債務整理の処理は難しいものではありません。相談を受けた弁護士が「任せて!」と言って引き受けて職業倫理に基づいて誠実に処理をすればいい。受任通知を送った直後から、依頼者は、返済に追われる生活から解放されて枕を高くして眠れます (佐渡にいる間、毎年12月は、そのために多少の無理をして受任していました。借金の支払の心配がない新年は気持ちいいはずだから)。
もっとも、職業倫理に基づかずに処理をすると、生活の立て直しには向かわない。たとえば、「(効率のいい)消費者金融だけ受任する」という弁護士の例に複数触れたことがあります。もっとも酷かったケースでは、弁護士が消費者金融だけ受けた結果、ヤミ金の支払いに困った挙句に会社のお金に手を付けてしまい、逃げ続けた挙句に、遠く佐渡まで来て逮捕・有罪となったという方です。他の弁護士を知らないその方は、「ヤミ金はやってくれないのか。まぁそんなものなのかな」と思っていたそうです。ヤミ金なんて、ものによっては消費者金融の任意整理より遥かに簡単に終わるのに 、依頼者の生活に思いを致さずに、マニュアルで処理できる消費者金融だけ処理をしていた弁護士に心底腹が立ちました。
何を書きたいのかよく分からなくなってきました。最近外国人の相談ばかり受けていて、法的な処理の見込みを、言葉・文化・社会背景を超えて説明しつくすことの難しさを感じます。依頼者としても、同じ時間で面談するなら、弁護士から退屈な法律論を聞くより、自分の話をしたり、安心して「任せた」と言いたいのかもしれません。一方で、外国人相手だからと言って、相手方依頼者の言うままに、法的に通らない請求を弁護士が行っている事例に定期的に出くわします。こういったケースの根底には、十数年前に佐渡で出会ったケースと共通する問題が横たわっているのだろうと考えている次第です(もっとちゃんと言語化しなければいけませんね。結論はどこにいった)。
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執筆者

冨田 さとことみた さとこ
弁護士
略歴・経歴
【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了
【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。
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