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相続・遺言2020年10月14日 民事信託こぼれ話 第8話(後編) 信託借入について 民事信託特集 執筆者:澁井和夫

「信託財産の中における借入」について前編では総論を記述してまいりましたが、後編では各論として実務的な論点の検討をしていきます。

1.信託借入を可能とする前提条件

 信託借入とは、信託受託者が信託財産を裏付けにして金融機関から融資を受け、信託財産の中に新たに(当初信託財産にはなかった)借入債務を生じさせることです。
 民事信託、なかんずく、家族間の信託では、通常委託者である親が受益者です(すなわち委託者兼受益者)。信託契約は、委託者兼受益者である親と受託者である子との間で締結されます。今回のお話も、このパターンに絞って説明することとします。信託には、不動産の証券化のような不特定多数の受益者が市場を通じて絶えず流動するものから遺言による信託のように財産も関係者も極めて限定的なものまで、様々なスキーム、パターンがあり、それらをすべて包括的に取扱うのは困難です。したがって、親(委託者兼受益者)と子(受託者)との民事信託契約に限定して話を進めます。

 さて、この場合、実務的には当然のこととして、信託借入の前提として、「受託者が信託借入を行う事ができる」旨の信託契約が締結・調印されていなければなりません。という事は、委託者が信託契約を結ぶ前に、受託者となる子と話をして、信託した後、自分に代わって信託財産を裏付けにお金を借りて、その金を使って信託建物のリフォームをしてくれとか、信託した土地の上に新しい建物を建ててくれとか、新たに不動産を購入して信託財産に追加してくれとか、委託者の希望を述べ、この実現のために子が信託後の信託財産を運用管理することを約束し、両人が同意していることが前提になります。

 信託後の信託財産をどうしていくのかについて、ある程度のプランがあることが不可欠です。そのプラン実現に必要となる資金、費用を調達するために信託借入がなされるのでなければなりません。
 通例では、信託契約の条文の「信託目的」のところにこれが明示的に表現されます。そして、「受託は・・・のため信託不動産を担保として金銭の借入をすることができる。」と、はっきり書いておくことが良いでしょう。受託者が「借入」という行為ができることを明示しておくことが大切です。
 なぜかと言うと、委託者と受託者の間では、書面に明示しなくとも信託借入について同意していたと言われても、それが契約書に書かれていないと、お金を貸す側からすれば、貸してもいいのか迷うわけです。つまり、信託受託者の裁量で借金ができるのか、借金をする権限が受託者に認められるのか、疑問を抱かざるを得ないのです。

 さらに、金融機関は融資の前提となる信託契約書そのものが本当に委託者・受託者間で有効に作成されたものであるかも疑います。契約書は捏造されたものではないか?このため、信託契約書が公正証書で作成されていることを条件とする金融機関は少なくありません。
 世田谷信用金庫では、信託契約が公正証書であることを条件としませんが、その代わり信託契約の作成の過程でご相談をさせていただいています。外形的なことを判断基準にするのではなく、信託組成の過程で、関係者の合意形成を含め内実を見極めているのです。

2.分別管理の徹底

 今、無事信託契約が調印され、信託財産が委託者から受託者へ移転されたとします。信託された財産の名義は、親から子へ移り、受託者である子がこれから、一人二役をこなしていくことになります。すなわち、自分本人としての経済的、法的行為と信託受託者としての経済的、法的行為の双方を実践していくわけです。そうは言っても、体が二つに分割することはなく、いわば委託者の魂と本人固有の魂の二つの魂が、一つの体を使って経済的行為、法的行為の主体になるとも言えましょう。果たして、一つ一つの行為が、どちらの魂のもとに行われた行為と判別できるのでしょうか。受託者は二種類の名刺を持ち、ある時は自分固有の名前の名刺、ある時は「信託受託者」という肩書付きの名刺を出して、取引を行います。

 では、この差し出された名刺を信用して金融機関は融資してもよいのでしょうか?
 金融機関では、取引をするときには必ず「本人確認」をします。これは、「なりすまし」による虚偽の相手と取引をしてはならないからです。非対面取引であるインターネット取引における本人確認について、問題が指摘されているところです。しかし、信託借入人の本人確認はどうすればよいのでしょうか。人を見ても外形的に本人確認はできません。なぜなら、肩書ナシの本人も信託受託者の本人も同一人物で、氏名・住所・生年月日は同一です。信託受託者という肩書の付いた個人の印鑑証明書はありません。戸籍謄本もありません。それなのに、信託受託者に融資をして大丈夫でしょうか。貸した後の管理はできるのでしょうか。幽霊に融資して、債務者が消えてしまって融資残高だけ残るのでは困ります。

 そこで、思い出していただきたいのは、成年後見の後見人は「人」を後見するが、信託受託者は「物」を信託するという違いです。信託の場合は、「物」に着目して「分別管理」する手法があるのです。借入金は信託の負の財産(信託債務)ですが、信託財産と紐付けして管理すれば、外形的にも分別管理が可能です。例えば、融資を受けた借入金は、信託財産の中の信託口の預金通帳に入金記帳し、返済する元本も利息もこの預金の中から定時定額払いするようにすれば、借入金が信託財産であることが外形的に把握できます。借入れ手続きをしたのは、固有の本人と同一の信託受託者で、本人と分別できませんが、借入金そのものの動きは、本人固有の財産とは分別して記録・トレースできるのです。

3.金銭消費貸借契約書等必要書類の債務者欄の記載方法

 人ベースでは、固有の本人と信託受託者とを分けることはできません。二重人格のようなもので、一人の人がある時は固有の本人に、ある時は信託受託者として取引当事者になります。その時はわかっていたつもりでも、10年もたってみると、取引時のその当事者はどちらだったのか見分けがつかなくなってしまうかもしれません。ですから、少しでも外形的に見分けがつくように、当金庫では、融資に関して必要となる金銭消費貸借契約書等の書類の署名には、信託受託者が債務者である場合は、「委託者〇〇信託受託者△△」と「信託受託者の肩書付き」で署名をしていただいています。勿論、肩書なしでも書類は有効です。しかし、「本人固有の資産・債務」と「信託財産・債務」とを分別管理する便法としては、「肩書付き」にする方がよいに決まっています、法律的な意味はないかもしれませんが。

 前回の総論で述べたとおり、信託受託者は「限定責任信託」でない限り、信託債権者である金融機関に対して無限責任を負うので、信託財産だけでは債務が弁済できず、委託者や受益者から追加信託も得られない場合には、最終的に信託債務を引受けて受託者本人固有の財産から弁済しなければなりません。とどのつまり、一人二役は本人一人に集約されることになります。信託受託者はこの点で、信託債務の連帯保証人のような役割を担うことになります。

 ところで、登記についても、信託財産の名義人に信託受託者の肩書を付けることは技術的にできません。不動産の登記名義を見ただけでは、その不動産が信託財産なのか信託受託者本人固有の財産なのか、識別できません。ただ、登記原因が信託で所有権移転の登記をすると、売買や相続では、新たな名義人の頭書きが「所有者」〇〇とされるのに対して「受託者」〇〇と表示されるので、登記原因とこの表示で、対象不動産が信託財産であることがわかります。しかし、抵当権の表示ではこのような記載もない点に留意しなければなりません。抵当権の設定が、信託受託者としてなされたのかそうではなく本人個人でなされたのかは、ここの箇所の記載だけではわかりません。これも慎重な取扱いが求められます。

4.受益者と信託債務の関係

 委託者が受益者である親子間の民事信託の場合、信託契約書に受託者の行為として借入ができる旨の明示があれば、借入金額や借入期間、借入の時期などは受託者の裁量に任されていると考えられます。信託借入をめぐる金融機関との折衝事務は、まさに信託受託者に委託者から委ねられた信託行為です。信託契約の取決め内容を逸脱するような特段の事情がない限り、その内容についていちいち委託者兼受益者に承諾を求める必要はありません。また、仮に委託者兼受益者が信託契約後に認知症になって意思能力・判断能力が著しく劣る状態になってしまっていても、受託者は独自の裁量で信託目的を達成するため、新たに信託借入を行うことができます。と言って、信託目的に沿わないような資金使途で借入を行うことはできません。

 さて、税務上はこの信託債務は受益者の債務とみなされることは過去に説明したとおりです。税務では、名義上受託者である子の所有財産・債務となっているが、それは仮の姿であって、信託財産の実質的な保有者は受益者とみなします。親の財産であることは信託前と同じと判定します。信託して名義が子に代わっても相変わらず親の財産としてカウントします。信託後、信託財産がいろいろ変動しても、それはすべて親に帰属します。信託借入をすると信託財産の総額はその分だけマイナスの計算となりますが、これは親の財産が減ったことになります。これが信託借入の相続財産縮減効果です。
 また、信託借入の利息を支払うのは、税務上は親です。親の確定申告の中に合算して不動産所得の経費として計算されます。信託借入は、存命中の親に代わって親の負担で親のために行う子の借入ということができます。次回からはそのような実際の信託借入の活用事例をご紹介いたします。

(2020年10月執筆)

執筆者

澁井 和夫しぶい かずお

世田谷信用金庫顧問

略歴・経歴

三井信託銀行(株)(現・三井住友信託銀行(株))入社後、不動産開発部長兼不動産鑑定部長を最後に退社、その後㈱鑑定法人エイ・スクエアを設立し、取締役副社長を務め、(社)日本不動産鑑定協会(現公益法人日本不動産鑑定士協会連合会)主任研究員を経て、世田谷信用金庫顧問に至る。 世田谷信用金庫では、2007年6月のコンサルティング・プラザ玉川(最寄駅:東急田園都市線「二子玉川駅」)開設を機に、信託・不動産に精通するスタッフを投入して、高齢者の不動産を主とした資産の管理に、信託スキームを提案するコンサルティング業務を手がけるなど、金融界における民事信託の先駆者でもある。
不動産鑑定士、資産評価政策学会理事。

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