民事2024年12月05日 都市計画を巡る訴訟の抱える問題 執筆者:日置雅晴
都市計画は、場合によっては望まない立ち退きや、都市施設による環境悪化、再開発への強制参加、など多くの人の生活に多大な影響を与えることがあり、これまでも多くの訴訟が起こされてきた。
しかし、裁判所が都市計画の中身に踏み込んで、行政の判断を違法とした事例はほとんどない。
なぜこれほど大きな影響を与える行政の判断について裁判所がほとんど判断することがないのか、この点を考えてみたい。
行政法的には、都市計画を巡る訴訟には、いくつも壁がある。処分性の壁、原告適格の壁、行政裁量の壁、時間の壁などを指摘することができる。
処分性の壁は、段階的に進む都市計画事業に対して、都市計画決定などの初期の段階では、処分性を認めず、取消訴訟の対象としないという問題である。
浜松区画整理大法廷判決(平成20年9月10日判決)などにより、多少は前倒しで処分性が認められるようになったものの、事業認可段階止まりであり、計画が決まった初期の段階では未だ処分性が認められず行政訴訟の対象とされていない。この点について、下級審では奈良地裁平成24年2月28日判決など都市計画決定に処分性を認めた事例もあるが、高裁で破棄されている。
原告適格の壁は、もともと都市計画法は公益保護を目的としており、個別住民の利益を保護するものではないとされ、都市計画事業の範囲内の者は別として、周辺住民らには原告適格が一切認められなかった。行政事件訴訟法改正や小田急大法廷判決(平成17年12月7日判決)を経て、事業の影響がかなり及ぶ可能性がある者には原告適格が認められるようになったものの、逆にこれを制約するサテライト大阪の最高裁判決(平成21年10月15日第1小法廷判決)などもあり、未だ限定された範囲の者にしか原告適格が認められていない。
処分性、原告適格の壁を乗り越えて、本案判断にたどり着いた事案は極めて限定的であるが、小田急小法廷判決(平成18年11月2日判決)などは、「都市施設の規模、配置等に関する事項を定めるに当たっては、当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で、政策的、技術的な見地から判断することが不可欠であり、このような判断は、これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられている」として、都市計画について極めて広範な行政裁量の余地を認めている。こう解するとほとんど行政の判断が違法とされる余地はなくなりかねない。
この点について、区画整理に関して、行政の計画が財政的に妥当性を欠くとして違法という判断を行ったのが東京地裁平成31年2月22日判決であるが、高裁で破棄されている。
さらに、裁判に立ち塞がるのが、時間の経過と事実が積み上げられているという時間の壁である。都市計画の中には戦前に定められたものもあり、半世紀以上が経過して、それを前提とした多くの既成事実が積み重ねられている。その上で道路などでは事業計画が細切れに進められることも多い。都市計画道路について、すでに左右両方では事業認可がなされ、工事も完成して都市計画に従った道路が完成共用されているときに、その中間が遅れて事業認可がされたとして、そこの部分だけ違法という判断が出たら多大な混乱を招くことは明らかである。場合によっては事情判決にもなるだろう。
こういった多くの壁があり、都市計画について本案判断で行政の判断が違法とされ、それが確定した事例は、過去に1件しかない。それは静岡の伊東市における都市計画道路を巡る訴訟(東京高裁平成17年10月20日判決、行政の上告棄却)である。この件は、判決確定により都市計画が変更された唯一の事例である。
このように都市計画を巡る訴訟は、数多く争われているものの、ほとんど行政勝訴で終了しているが、紹介したようにいくつかこれまでの壁を打ち破る下級審の判断も見ることができ、今後も結果を恐れずチャレンジしていくことで司法判断を変えるきっかけになることが望まれる。
(2024年11月執筆)
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執筆者
日置 雅晴ひおき まさはる
弁護士
略歴・経歴
略歴
1956年6月 三重県生まれ
1980年3月 東京大学法学部卒業
1982年4月 司法習修終了34期、弁護士登録
1992年5月 日置雅晴法律事務所開設
2002年4月 キーストーン法律事務所開設
2005年4月 立教大学法科大学院講師
2008年1月 神楽坂キーストーン法律事務所開設
2009年4月 早稲田大学大学院法務研究科教授
著書その他
借地・借家の裁判例(有斐閣)
臨床スポーツ医学(文光堂) 連載:スポーツ事故の法律問題
パドマガ(建築知識) 連載:パドマガ法律相談室
日経アーキテクチャー(日経BP社) 連載:法務
市民参加のまちづくり(学芸出版 共著)
インターネット護身術(毎日コミュニケーションズ 共著)
市民のためのまちづくりガイド(学芸出版 共著)
スポーツの法律相談(青林書院 共著)
ケースブック環境法(日本評論社 共著・2005年)
日本の風景計画(学芸出版社 共著・2003年)
自治体都市計画の最前線(学芸出版社 共著・2007年)
設計監理トラブル判例50選、契約敷地トラブル判例50選(日経BP社 共著・2007年)
新・環境法入門(法律文化社・2008年)
成熟社会における開発・建築規制のあり方(日本建築学会 共著・2013年)
建築生産と法制度(日本建築学会 共著・2018年)
行政不服審査法の実務と書式(日本弁護士連合会行政訴訟センター 共著・2020年)
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