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訴訟手続2022年04月06日 原発賠償事件に関する最高裁の判断と原発賠償制度再検討の必要性 執筆者:日置雅晴

 東日本大震災に伴う福島第1原子力発電所からの放射能放出に伴う、原発被災者の損害賠償を巡っては、全国各地で多数の集団訴訟が提起されてきました。
 事故から11年を経過した2022年3月に入りいわゆる生業訴訟(仙台高裁)、群馬訴訟(東京高裁)、千葉訴訟(東京高裁)の3つの高裁判決については、国と東電、原告(被災者)ら双方が上告手続きを申し立てていましたが、最高裁は3月2日に東電に関する請求について上告を退ける判断がなされました。他方で原告側からの上告も認められませんでした。
 国の責任については、高裁の判断が分かれていましたが、4月25日に弁論が開かれることとなりました。これをふまえて年内にも判決により最高裁の判断が示される見込みです。
 また3月7日には、いわき訴訟など東電だけを相手にしていた3件の上告審についても、上告を退ける判断がなされました。
 原発事故被害を巡っては、被害者が大量に出ることから、事故後に、原子力損害賠償紛争審査会において、賠償の指針(中間指針)が示され、これを踏まえて被災者と東電の間で賠償交渉が行われることとされました。避難などに伴う慰謝料に関しては、原則避難指示の対象となった被災に対しては一律月額10万円の慰謝料を基準としました。
 原発事故被害については、原子力損害賠償法で原子力事業者の無過失責任が定められており、原則として東電との間では損害額だけが問題となることとされていたのです。
 当事者間で合意に至らない場合には、原子力損害賠償紛争審査会の元に原子力損害賠償紛争解決センターというADRが設置され、その中のパネルにおいて賠償責任を巡って仲介による解決ができることとされ、相当数の紛争はここで解決されてきました。
 このような仕組みは、多数の被害者が出た原発事故に関して、早期に迅速な解決を目指すという視点から一定の効果は上げたものと言うことはできます。
 特に、この種の地域全体が長期避難を強いられるといった事態は過去に例を見ないものであり、その様な事態に対する精神的な慰謝料をどう考えるべきかについては様々な考え方がありましたが、中間指針で一定の基準が示されたことから、その範囲内での決着であれば早期迅速に可能となりました。
 しかし、中間指針という賠償の指針が行政から示されたことから、例外的なケースを除いては、東電は指針を超える損害賠償(特に慰謝料に関するもの)を否定するという対応をとるようになります。
 また被災者の多くは、危険性を内在した原発に対する十分な対応をとってこなかった国の責任も問題としましたが、国は損害賠償責任を否定してきました。結局は指針の基準で納得できない、あるいは国の責任を認めさせたい被害者は裁判所に紛争を持ち込むこととなり、多数の集団訴訟が全国各地で提起されるに至りました。(全国各地で提起されたのは、被害者が全国各地に避難し、居住地で訴訟を起こしたことが背景にあります)
 これまでの判決においては、国の責任については認めるもの、否定するものが分かれる結果となっていました。他方で、損害賠償については、個別事情に基づく判断はありますが、概ねふるさと喪失に対する慰謝料を認めるなどして中間指針が認めた慰謝料額を超える慰謝料を認める一方、その慰謝料の金額については中間指針を大きく超える額は認めない判断が出ていました。
 今回の最高裁の判断は、こういった集団訴訟で問題となっていた論点のうち、損害論について最高裁が下級審の考え方を相当と判断したものです。
 この結果、これまで多くの集団訴訟で争点となっていた、①中間指針を超える賠償がみとめられるかどうか、②個別の詳細な立証ではなく代表立証により共通損害の賠償を認めることができるか、③中間指針には示されていないふるさと喪失に対する慰謝料を認めることができるか、といった点について、いずれもこれを認めた下級審の判断を維持したものです。
 他方で、慰謝料としての賠償額全体について、下級審の認容額が不十分であるとの被災者らの主張も認められなかったことから、これまでの下級審の認容水準での賠償額を拡張することは出来ませんでした。
 今後は4月の弁論を経て、国の責任の有無に関する判断が示されることとなります。
 今後は、国の責任もさておき、普通の損害賠償とは異なり、中間指針として示された行政的な賠償基準を見直すべきか否かが問われることとなります。もとより「中間」指針と称しているように、この基準はまだ避難生活などが完全に終わらない段階で出されたものであり、裁判事例の積み重ねなども踏まえて賠償水準を再検討して、「最終」指針を制定し、訴訟をすることが困難であった多くの被災者にも適切な救済が受けられるような社会的対応が求められる段階に来ています。
 さらには、これだけ大規模な被害が発生し、多数の被害者が出た事件について、事故後11年を経過するまで、最終的な解決方針を社会的に提示できなかったことを踏まえ、早期迅速な解決を目指した原子力賠償制度の仕組み自体も再検討の必要があるかもしれません。
 そもそも今後も危険を内包した原子力発電を継続していくのか否かも含め、法制度だけではなく多面的な国民的議論が望まれます。

(2022年3月執筆)

執筆者

日置 雅晴ひおき まさはる

弁護士

略歴・経歴

略歴
1956年6月 三重県生まれ
1980年3月 東京大学法学部卒業
1982年4月 司法習修終了34期、弁護士登録
1992年5月 日置雅晴法律事務所開設
2002年4月 キーストーン法律事務所開設
2005年4月 立教大学法科大学院講師
2008年1月 神楽坂キーストーン法律事務所開設
2009年4月 早稲田大学大学院法務研究科教授

著書その他
借地・借家の裁判例(有斐閣)
臨床スポーツ医学(文光堂) 連載:スポーツ事故の法律問題
パドマガ(建築知識) 連載:パドマガ法律相談室
日経アーキテクチャー(日経BP社) 連載:法務
市民参加のまちづくり(学芸出版 共著)
インターネット護身術(毎日コミュニケーションズ 共著)
市民のためのまちづくりガイド(学芸出版 共著)
スポーツの法律相談(青林書院 共著)
ケースブック環境法(日本評論社 共著・2005年)
日本の風景計画(学芸出版社 共著・2003年)
自治体都市計画の最前線(学芸出版社 共著・2007年)
設計監理トラブル判例50選、契約敷地トラブル判例50選(日経BP社 共著・2007年)
新・環境法入門(法律文化社・2008年)
成熟社会における開発・建築規制のあり方(日本建築学会 共著・2013年)
建築生産と法制度(日本建築学会 共著・2018年)
行政不服審査法の実務と書式(日本弁護士連合会行政訴訟センター 共著・2020年)

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