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一般2023年09月08日 日本プロ野球界におけるパブリシティ権問題の概観 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:玉井伸弥

1 はじめに

令和5年7月6日,日本プロ野球選手会と日本野球機構の間で,選手の肖像権などに関する事務折衝が行われたとの報道iがあった。
当該報道によると,球団側が選手の肖像権(パブリシティ権)を独占的に管理しているものの,それを活用できていないのが現状であることなどが話し合われたとのことだ。
その後も継続的に事務折衝が行われている状況ⅱ iiiだが,どういった点が問題で,どういったことが話し合われているのかについて,本稿執筆時点での概観と今後の展望に関する私見をまとめた。

2 パブリシティ権概論

まず肖像権とは,他人にみだりに自己の容貌を撮影されない,公開されない権利ivだと捉えられており,元来プライバシーの領域で認められるに至った権利である。
他方,プロスポーツ選手や芸能人などの著名人は,その氏名や容貌などの情報を商品や広告宣伝活動に利用し,自らの知名度アップや商品の販売促進といった経済活動を行うが,著名人自らの情報を公開することが前提として必要となる。そのため,著名人による,自らの氏名や容貌などの情報を商業的に利用する利益や自由というのは,肖像権によって保護することが困難であると考えられてきた。もちろん,商標法,著作権法,不正競争防止法などの要件を満たす場合には,それらの法律によって保護することが可能であるものの,必ずしもこれらの法律によって保護を受けることができるわけではないため,この著名人による,自らの氏名や容貌などの情報を商業的に利用する利益や自由を保護する必要性が生じた。そこで登場したのが,「パブリシティ権」であるv
このパブリシティ権とは,プロスポーツ選手や芸能人などの「著名人が,その氏名,肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値を排他的に支配する権利vi」と言われている。
我が国では,マーク・レスター事件判決viiによって,「パブリシティ権」という表現は用いられなかったものの,著名人の有する経済的利益として認められ,その後,ピンク・レディー事件最高裁判決viiiにおいて,「パブリシティ権」という表現が用いられるに至り,現在では「パブリシティ権」が著名人の有する権利として認められている。
そして,このパブリシティ権は,その著名人そのひとに帰属する「人格権」に由来する権利ixだと考えられており,これを他人に譲渡することができるかどうか明確に判断した裁判例はないものの,本人から離れての譲渡は観念できないxと言われている。
もっとも,プロスポーツ選手は,競技団体に属して活動を行うことが多いため,選手のパブリシティ権の管理・利用を,その選手の所属する競技団体に委ね,それによって得られた利益を当該選手に還元するシステムを採っていることがあるxi

3 プロ野球界におけるパブリシティ権の問題点 ~統一契約書第16条~

日本のプロ野球も例外ではなく,プロ野球選手と所属球団の間で契約する際に使用する統一契約書第16条には,「球団が指示する場合,選手は写真,映画,テレビジョンに撮影されることを承諾する。なお,選手はこのような写真出演等にかんする肖像権,著作権等のすべてが球団に属し,また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても,異議を申し立てないことを承認する。なおこれによって球団が金銭の利益を受けるとき,選手は適当な分配金を受けることができる。さらに選手は球団の承諾なく,公衆の面前に出演し,ラジオ,テレビジョンのプログラムに参加し,写真の撮影を認め,新聞雑誌の記事を書き,これを後援し,また商品の広告に関与しないことを承諾する。」とあるxii

この統一契約書第16条に関しては,過去に,選手とその所属球団との間で最高裁xiiiまで争われている。
選手側は,所属球団には選手の氏名や肖像に関する使用許諾権はないと主張しxiv,他方で所属球団側は,統一契約書第16条を根拠に,選手のパブリシティ権が球団に譲渡又は独占的に使用することができる内容であると反論した。
裁判所は,所属球団にパブリシティ権が譲渡されている点については否定したものの,独占的使用許諾を認めていることについて認めたため,選手側の請求は棄却された。
ただし,第一審である東京地裁は,時代に即して統一契約書第16条を再検討する余地があると付言しxv,時代に沿わない契約書であることを浮き彫りにさせている。また,原審である知財高裁は、プロ野球選手の純然たる私人としての行動についての権利は選手個人に留保されていると述べてxvi,独占的使用許諾の範囲を限定解釈しており,この点からも統一契約書第16条の選手に対する制約が強いことが窺われる。

4 話し合いと今後について

上記訴訟の後も,球団側は,パブリシティ権を一元管理することで選手を保護することができるとのメリットを強調し,選手のパブリシティ権を独占的に使用許諾してきた。
しかし,昨今では,例えば,ダルビッシュ有選手(サンディエゴ・パドレス)や前田健太選手(ミネソタ・ツインズ)といった日本人メジャーリーガーや,横浜DeNAベイスターズに所属するトレバー・バウアー選手といった外国人選手は,各自のSNSやYouTubeを利用して,自由に情報発信を行うなどしており,これに触発されるように,日本のプロ野球球団に所属する日本人選手が,自らもSNSやYouTubeなどを利用して自由に情報発信を行いたいと考えることは自然のことである。
報道xviiによると,選手会としても,パブリシティ権の活用状況や利益分配率,SNSやYouTubeの出演などについて,所属球団や選手ごとにばらつきがあるため,所属球団が選手のパブリシティ権を独占的に管理利用するのではなく,例えば選手個人や選手会に管理利用を行わせるなどの選択式とすることなどを要望しているとのことである。また選手会は,選手個人がパブリシティ権を管理する場合に,当該選手とその所属球団との間でライセンス契約を締結することで,選手と球団の協力体制を築いて,プロ野球界のさらなる発展を目指したいとしているxviii
パブリシティ権が,「人格権」として本来選手個人に帰属する権利であること,選手個人が,所属球団に依存することなく,自らをプロデュースできるよう選択的に認められて然るべきであることを考えれば,選手個人にパブリシティ権の行使を委ねていくよう,統一契約書の規定を改善していくことが望ましいと考える。

i「肖像権問題 プロ野球選手会の森事務局長「話にならない」NPBとの事務折衝は平行線」
https://www.nikkansports.com/baseball/news/202307060000631.html)。
ii「令和5年理事会・臨時総会および運営委員会・臨時大会が行われました」日本プロ野球選手会オフィシャルサイト
https://jpbpa.net/2023/07/20/11297/)。
iii「どうなる肖像権問題?球団は“選手を守る”肖像権保有 選手会は「選択肢を」と要望」
https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2023/08/04/kiji/20230803s00001173327000c.html)。
ivいわゆる京都府学連事件判決(最大判昭和44年12月24日・刑集23巻12号1625頁)。
vパブリシティ権が登場した背景から,本稿では,原文をそのまま引用する場合を除き、各報道や統一契約書第16条における「肖像権」を「パブリシティ権」に言い換えている(ただし,パブリシティ権は,肖像権や名誉権と隣接する権利ではある。水野謙「パブリシティ権の侵害」窪田充見編『新注釈民法(15)債権(8)事務管理・不当利得・不法行為(1)』(有斐閣,2017年)552頁)。
vi宮田義晃「スポーツ選手の肖像権・パブリシティ権」Sportsmedicine(スポーツメディスン)114号38頁。
vii東京地判昭和51年6月29日・判タ339号136頁。
viii最判平成24年2月2日・民集66巻2号89頁。
ix前掲ピンク・レディー事件最高裁判決及びその原審判決(知財高判平成21年8月27日・判タ1311号210頁)。
菊地浩明「パブリシティ権についての裁判例の分析(上)」判タ1346号32頁~33頁。
xi飯島俊「Q35肖像権・パブリシティ権の管理規程」菅原哲朗ほか監修「スポーツの法律相談」(青林書院,2017年)123頁。
xii「野球規約・統一契約書」日本プロ野球選手会オフィシャルサイト
https://jpbpa.net/contract/)。
xiii最判平成22年6月15日(平成20年オ第792号)。
xiv「肖像権問題」日本プロ野球選手会オフィシャルサイト
https://jpbpa.net/reform/portrait/)。
xv東京地判平成18年8月1日・判時1957号116頁。また,前掲宮田40頁参照。
xvi知財高判平成20年2月25日(平成18年ネ第10072号)
https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/891/035891_hanrei.pdf)。
xvii前掲脚注ⅰ及びⅲ。
xviii前掲脚注xiv。

(2023年8月執筆)

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執筆者

玉井 伸弥たまい しんや

弁護士(弁護士法人プロテクトスタンス)

略歴・経歴

龍谷大学法学部卒業
同志社大学法科大学院修了
日本スポーツ法学会会員
日本プロ野球選手会公認代理人

専門分野
スポーツ法務,企業法務,家事事件・一般民事,刑事事件

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