教育2025年07月29日 学校給食を巡る損害賠償事案 執筆者:日置雅晴

学校給食を巡っては、いわゆる食育の一環として、また最近では貧困家庭における栄養補給の意味でも重要な存在である。その費用の無償化を巡ってもいろいろな議論がなされている。今回は、そのような学校給食において、担任教員が給食を完食するように強要した行為を巡り、児童から学校を設置していた地方自治体に対する国家賠償が認められた事案を紹介し、学校における給食の意味を考えてみたい。
紹介する裁判例はさいたま地裁令和5年10月25日判決(判例時報2621号65ページ)である。
事案概要は、通常の児童に比べ食事量が1割程度と極端に少なかった小学5年生の児童Xに対して、担任教員が通常児の6割程度の量の給食を完食するように指導を継続し、学校としてもそれを制止すること無く、結果としてXがストレス症状による腹痛や下痢症状などを呈していたという事案について、児童XとXの親権者が学校設置者の自治体を訴えたもので、裁判所は給食の指導状況がXに対して精神的苦痛を与えたことについて、慰謝料33万円の支払いを命じ、親権者からの請求は認めなかった。
裁判所は、担任の給食指導全般において嫌いなものでも一口は食べるという「一口ルール」に取り組んでいたこと、給食完食連続記録を掲示していたこと、食べ残しを下膳することを制止していたこと、等に加え、Xに対して親権者などからの給食減量の要望が何度もあったにも関わらず6割程度の量の提供を継続したこと等の事実を認定して、担任として許容される程度を超えた指導であり、Xの人格権を侵害する行為であったと判断した。親権者からの請求に対しては、Xに対する慰謝料が認められれば別途認める必要は無いと判断した。
裁判所は違法性の判断に際しては、文科省の「食に関する指導の手引」の内容との関係も検討しているが、その中に「残さず食べようとする心を育てる」という目標が記載されていることなどから、担任は「常に児童の食べたいもの、食べたい量を尊重すべきとはいえず、Xのすべての要望に常に応じる必要があるとまではいえない」としつつも、「食に関する健康課題を有する児童生徒に対しては、教員と保護者が連携して、個別の事情に応じた対応や相談指導を行うことが重要」という指摘があることを踏まえ、児童の個別の事情を把握し、指導する必要性があったのに対して、本件ではその点が欠けていたと判断している。
なお判決は担任教員について、給食指導だけでは無く、感情的になってボールペンを投げるなどの行動が見られ、普段から児童に対して感情にまかせて横暴な態度をとることがあったことを認めており、担任教員の性格に起因する問題が相当にあったことがうかがえる。他方でXについても、幼少期から家庭内で圧迫された生活を送っていた可能性や家族に対する愛着障害の可能性が有ったことを認めている。
そういう点からは、本件はかなり極端な担任と児童の関係が背景にあった不幸な事例と思われる事案であるが、ここまでの程度には至らないものの、似たような強制を伴う給食指導は全国で行われている可能性がある。教育における、指導の限界と児童生徒の意思に反する強制がどこまで許されるのかを考える上では、大変参考になる事例と思われる。
(2025年7月執筆)
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執筆者

日置 雅晴ひおき まさはる
弁護士
略歴・経歴
略歴
1956年6月 三重県生まれ
1980年3月 東京大学法学部卒業
1982年4月 司法習修終了34期、弁護士登録
1992年5月 日置雅晴法律事務所開設
2002年4月 キーストーン法律事務所開設
2005年4月 立教大学法科大学院講師
2008年1月 神楽坂キーストーン法律事務所開設
2009年4月 早稲田大学大学院法務研究科教授
著書その他
借地・借家の裁判例(有斐閣)
臨床スポーツ医学(文光堂) 連載:スポーツ事故の法律問題
パドマガ(建築知識) 連載:パドマガ法律相談室
日経アーキテクチャー(日経BP社) 連載:法務
市民参加のまちづくり(学芸出版 共著)
インターネット護身術(毎日コミュニケーションズ 共著)
市民のためのまちづくりガイド(学芸出版 共著)
スポーツの法律相談(青林書院 共著)
ケースブック環境法(日本評論社 共著・2005年)
日本の風景計画(学芸出版社 共著・2003年)
自治体都市計画の最前線(学芸出版社 共著・2007年)
設計監理トラブル判例50選、契約敷地トラブル判例50選(日経BP社 共著・2007年)
新・環境法入門(法律文化社・2008年)
成熟社会における開発・建築規制のあり方(日本建築学会 共著・2013年)
建築生産と法制度(日本建築学会 共著・2018年)
行政不服審査法の実務と書式(日本弁護士連合会行政訴訟センター 共著・2020年)
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