一般2025年05月14日 子どもの意見表明の支援は難しい(法苑WEB連載第15回)執筆者:角南和子 法苑WEB

弁護士になって20年、いわゆる町弁として民事事件や家事事件を扱う傍ら、子どもに関する事件を扱ってきた。弁護士会の子どもの権利の委員会に所属していることもあって、少年事件、児童福祉や学校に関わるケース、未成年後見人になるなど、色々とやってきた。専門領域は?と訊かれたら、堂々とではないが、子どもに関わる分野と何とか答えている。
弁護士会の子どもの権利に関する委員会に所属し、子どもの事件を扱う弁護士であると標榜するからには、「子どもの権利条約」について説明でき、そこに書かれた子どもの権利の保障を実践しているべきであろう。
「子どもの権利条約」は、1989年、国際連合総会において全会一致で採択された。子どもは大人の保護の客体ではなく、大人と同じく1人の人間として人権の享有主体であるという理念に基づく。54条の規定のうち、35条は子どもに保障されるべき権利を定めたものである。そこには表現の自由(第13条)、思想・良心・宗教の自由(第14条)、プライバシー・名誉の保護(第16条)など大人に保障されるのと同様の権利もあるが、子どもが子どもという存在であるがゆえに保障されるべき権利が規定されている。あらゆる暴力からの保護(第19条)、家庭を奪われた子どもが保護される権利(第20条)、教育を受ける権利(第28条)、休み、遊ぶ権利(第31条)、搾取からの保護(第36条)、戦争からの保護(第38条)など。
子どもは、成人した大人と異なり、生れた瞬間から間断なく成長し発達していく存在である。成長発達の途上では、大人に比べて未熟なので、その未熟で足りない部分を補われないと生きていけない。だからといって子どもの権利条約は、子どもを大人に劣り大人により守られ育てられるべき対象としては捉えない。子どもの権利条約にいう保護は、障害のある人への支援と同様、子どもが1人の人間として、足りない部分を補ってもらう、支援を受ける権利なのである。
などと、子どもの権利条約の根本理念を説明することまではできるものの、権利保障の実践となると途端に難しくなる。具体的ケースを扱う際に、最大の課題となるのが、子どもの意見表明権である。
子どもの権利条約第3条では、子どもに関するすべての措置を取る際には、「子どもの最善の利益」が主として考慮されなければならないとされ、第12条では、
と、子どもへの措置にあたって、子どもの意見が聴かれる機会の保障が求められている。
子どもの最善の利益は、保護する側の一方的な価値観、思い込みで判断されるのではなく、その子ども自身の意見・意思が確認され、可能な限り反映されたうえで導かれるものというのが、意見表明権保障の考え方である。
わかってはいるが、これを具体的なケースで目の前の子どもに対して実践するのはなかなか難しい。
ある時、子どものシェルターに入所した18歳の子の担当弁護士となったことがあった。親のいる家を必死で抜け出し、住み込みをして働いていたが保険証を使ったので居所がばれてしまい、連れ戻されそうになったので、シェルターを頼ったケースであった。シェルターに来た場合は、子どもに担当の弁護士がついて、児童相談所と連携しながら、親に安全なところにいるという連絡をしなければならない。初めてシェルターのケースを担当した私は、連絡を取る必要があることを理解してもらわなければならないと、時間をかけて説明した。彼女は私の話を静かに聞いていたようだったので、私はしっかりわかってもらえたと思っていた。だが、私がシェルターを出た途端、彼女は、あの人とはもう話したくないと職員に言ったのだった。私は、彼女と話す間に、なぜ親に連絡を取ってほしくないと思っているかという彼女の気持ちをしっかり聴いていなかった。彼女から見れば、私は、親と同じで彼女の意思を無視し、一方的に自分の意見を押し付けるだけの大人になっていたのである。
こんな経験をしてからは、子どもに相対するときは意識して、これはあなたの問題だからあなたの意見を聴かせてほしい、あなたはどう思っている?と本人の気持を聴くようになった。大人の依頼者であれば当然にしていた、本人の意向の確認をするようになった。
では、本人の意向を確認したうえでそれを代弁する場面では、どうだろうか。
少年院に行かずに在宅で生活を立て直したいと子どもが思っていて、付添人弁護士としてもこのケースでは少年院送致は回避すべきだと思うようなケースであれば、子どもの意向と自分の見立てが一致しているので、いかに丁寧に代弁するかに尽力すればよい。
悩ましいのは、子どもの意向は理解できるものの、そのケースでは確実に子どもの意向と異なる結論になることが見通せている場合で、自分もその結論の方がその子にとっては望ましいと思うときである。例えば、離婚調停中で親が別居しているケースで、子どもは父親を一人にできないと父親の家にとどまってはいるが、別居前まで子どもの養育を担っていたのは母親であり子どもとの関係も母親との方が深いという理由から、裁判所の調査官の調査結果も親権者は母親とすべきとの意見となっている場合などである。
こういう場合、手続代理人としては、子どもの意向を裁判所に伝えるのが仕事であるから、子どもが両親の間で葛藤していて決められないというのであれば、それをそのまま伝えるべきなのであるが、子どもが母親とも一緒にいたいと思う日もあるなどというのを聴くと、ついそこを拾ってしまい、見通せている結論の方へ、子どもの気持ちを誘導してしまうことがある。結論を受け止める時に、その結論に沿った思いになっていればショックが少しでも緩和できるのではないかと思ってしまうからだ。
子どもに関わる業界(児童福祉、学校など)の大人は、こういう働きかけは、日常的に行っているのではないか。皆、目の前のその子のためと考えて、大人の考える最善の利益を子どもが理解したり受け入れたりすることこそが、子どものためになると思って。
意見表明権保障を実践したいならば、子どもの代弁者としての役割を与えられた場合の弁護士は、子どもの意見を誘導するのではなく、私の意見はこうであるが、あなたの意見はあなたの意見として代弁すると代弁者に徹することが求められるのだろう。誘導をするのではなく、意見が交わらなくとも一緒に考える過程を共有することで、子どもが自分で新たな意見を形成できるように支援をするとよいのだろう。
文章に書くのは容易だが、実践の道のりは険しい。誘導をしているのに自分は丁寧に説明しているつもりでいることが、まだまだある。子どもの権利条約を傍らに置いて、意識するようにするしかあるまい。
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