一般2026年05月13日 坂和的視点から見た、王童監督の『無言の丘』(92年)、『バナナパラダイス』(89年)の面白さと台湾の近代史(法苑WEB連載第25回)執筆者:坂和章平 法苑WEB

1 2002年6月の『SHOW-HEYシネマルームⅠ~二足のわらじをはきたくて~』の出版以降、私の弁護士兼映画評論家としての活動は精力的に続いている。そんな中、「台湾巨匠傑作選2024」で『無言の丘』(92年)を、「台湾巨匠傑作選2025」で『バナナパラダイス』(89年)を鑑賞した。
2 この両作は『村と爆弾』(97年)と共に王童監督の「台湾近代史三部作」として有名なものだ。『無言の丘』は台北の金瓜石鉱山を舞台に1927年前後の日本統治下の台湾の近代史を描いた名作。『バナナパラダイス』は1949年に大陸から台湾に逃れてきた2人の国民党の兵士の数奇な人生を通して台湾の近代史を描いた名作だ。とりわけ、『バナナパラダイス』は張婉婷監督の『宋の三姉妹』(97年)や張芸謀監督の『活きる』(94年)と対比すれば、その素晴らしさがより際立つだろう。
3 他方、2025年の日本は「昭和100年」の節目の年。そして、2026年1/26に私は喜寿(77歳)の誕生日を迎えた。そんなタイミングで『無言の丘』と『バナナパラダイス』を鑑賞できたことに感謝して、本コラムを提供したい。
(1)1949年1/26生まれの私は2026年に喜寿(77歳)の誕生日を迎えた。2001年4月に西天満コートビル(自社ビル)に事務所を移転すると同時に私はホームページを開設し2002年6月から『SHOW-HEYシネマルーム』の出版を始めたが、それから24年、「シネマ本」は58巻になった。その第21巻は写真1のとおり、還暦(60歳)を迎えた2009年の誕生日の姿だ。それとの対比で2026年7月出版予定の『シネマ59』の表紙は、写真2のとおり喜寿(77歳)の誕生日の姿とした。


(2)徳川時代265年間の太平の世が続いた日本は幕末の動乱期を経て明治の近代国家を建設したが、日清・日露戦争の勝利におごり、「先の大戦」の敗北によって大崩壊!ところが、アメリカに占領された日本は1951年に締結したサンフランシスコ講和条約と日米安保条約によって独立を回復した上、朝鮮戦争(52~53年)に伴う朝鮮特需の恩恵を受ける中で急速(奇跡的)に戦後復興と高度経済成長を成し遂げた。
(3)1945年3/13生まれの吉永小百合は戦前生まれだが、戦後の“ベビーブーム”の中で生まれた私たちは、堺屋太一氏によって「団塊世代」と名付けられている。そんな時代状況下、愛媛県松山市で生まれ育った私は1967年4月に大阪大学法学部に入学し、学生運動の洗礼を受けながらも1971年10月司法試験に合格。2年間の司法修習を経て1974年4月に弁護士登録。弁護士活動は52年間になった。
(1)激動が続いた昭和の時代は1989年の土地バブルの崩壊と共に終了し、以降、平成・令和と続いたが、令和7(2025)年は「昭和100年」の節目となったため、さまざまな企画が実施された。それに伴って私が始めたのが、Facebookと微博(Weibo)による「昭和は遠くなりにけり」の企画だ。これは昭和を代表する俳優や歌手の死亡を中心とするネタで書いた坂和的視点のミニ・コラムだが、その数は100件以上に上っている。
(2)戦後の日本政治は、①レッドパージの解除に伴う日本共産党の復活、②左右社会党の連合と保守連合、③東西冷戦構造に伴う自民党VS社会党の保守対立、④2度の政権交代、⑤安倍一強体制の構築、を経た後、菅義偉、岸田文雄、石破茂と自公連立政権が続いたが、高市早苗新自民党総裁誕生直後の2025年10月10日、突如公明党の連立離脱という危機を招いた。しかし、その直後の高市早苗と吉村洋文会談による電光石火の自・維「連立合意」が実現した後、突如2026年1/23の衆議院解散、2/8の衆議院議員総選挙が断行され、自民党が歴史的大勝利を収めた。昭和100年と私の77歳の誕生日を終えた後に展開されたこのような日本の政治状況は興味深い。
(1)本コラム執筆中の2026年2月、中国は春節だから例年は“民族大移動”の時期だ。すると、道頓堀界隈は中国から大阪への観光客であふれ返り、賑やかな中国語が飛び交っているはずだが、アレレ、アレレ。今や東京の上野からも和歌山の白浜からもパンダが消え、中国からの訪日観光客は半減状態になっている。これは言うまでもなく、2025年11/7の衆議院予算委員会における高市早苗総理による、いわゆる“台湾有事”発言の影響だが、今後の日中関係は如何に?
(2)他方、「トランプ2.0」が世界中を席巻する中でも、中国だけは「G2」と重要な位置付けにされているが、それは一体なぜ?2012年に成立した習近平体制は2022年に異例の3期目を迎えたが、2027年からの4期目は本当にあるの?そしてまた、2028年秋の大統領選挙を控えたトランプ氏の3期目の大統領就任はあり得るの?
(3)そんな大胆予想を私がしても無意味だが、王童監督の『無言の丘』と『バナナパラダイス』に見る台湾の近代史は、張婉婷監督の『宋家の三姉妹』、張芸謀監督の『活きる』に見る新生中国の近代史と対比させるとより興味深い。
(4)日本は1945年8/15の敗戦によって軍国主義から民主主義へと大転換し、平和国家に衣替えしたが、中国大陸では対日戦争の統一戦線として機能していた「国共合作」が崩壊したことによって、国民党と共産党による内戦(=国共内戦)が勃発した。そして、毛沢東率いる共産党軍が蒋介石率いる国民党軍に勝利したことによって1949年10/1、新生中国(中華人民共和国)が建国された。
(5)毛沢東主席をリーダーとする新生中国は、①大躍進時代(1958~60年)、②文化大革命(1966~76年)を経て、③鄧小平による改革開放政策の時代に突入した。そして、④世界中を驚愕させた1989年の「天安門事件」を経た後は、江沢民⇒胡錦涛⇒習近平と共産党政権が移行し、今日に至っている。
(1)中国の近代史を描く名作の筆頭は張婉婷監督の『宋家の三姉妹』(97年)。同作は①中国初の本格的な銀行家と結婚し、結果的に両親や2人の妹を支える役割を果たした、“富を愛した”長女・靄齢、②父チャーリーが同志として応援する孫文の独立運動を助けるためその秘書から妻となり、孫文死亡後は蒋介石と対立して国民党を脱退し、中国共産党を支援した、“国を愛した”次女・慶齢、③蒋介石に見初められて結婚し1936年の西安事件で監禁された蒋介石を救出し、抗日と国共合作への路線変更を決意させた、“権力を愛した”三女・美齢、の3人を軸として展開する、壮大な歴史教科書だ(その詳細は『シネマ5』170頁参照)。
(2)同作と同等もしくはそれ以上に面白いのが張芸謀監督の『活きる』(94年)だ。同作の一方の主人公は、飄々とした演技が光る名優、葛優演じる福貴。福貴は贅沢な家庭に育ち、サイコロ博打にうつつを抜かしたあげく家屋敷を取られ一文無しになってしまったが、その後の彼の運命は?他方の主人公は、サイコロ博打から逃げられない福貴に愛想を尽かして一旦は別れながら、真面目に働いていることを聞き再び福貴の元に戻った妻の家珍。家珍を演ずるのは張芸謀監督の『紅いコーリャン』(89年)でデビューした美人女優、鞏俐だ。
(3)新国家が建国された後も戦争時代の“総括”が続き、従来の上流階級や富裕地主は“反革命分子”というレッテルを貼られて糾弾され処刑されたから大変。本来なら福貴も総括の対象だが、サイクロ博打のせいで無一文になっていたからラッキー!?しかし、「中国1950年代」の大躍進政策下では?また、「中国1960年代」に入り文化大革命が始まると、「毛沢東語録」を手に街中を紅衛兵がのし歩く中、知識人が「壁新聞」で糾弾され、自己批判を余儀なくされたから大変だ。そんな姿を私は大学時代に何度もTVで見たが、それはあくまでニュースとしてだった。しかし、福貴と家珍の愛する一人娘が出産する時、産婦人科の主任医師は反動分子として糾弾されていたため、その代用として出産に立ち会った若い看護学生の処置能力は?そのために夫妻が受けた理不尽な結末とは?そのあまりに苛酷な現実の姿に私は唖然!
(4)文化大革命は1976年に毛沢東が死亡するまで続いたが、林彪を中心とした4人組が逮捕されたことによって新中国の「革命第一期の時代」は終わった。『活きる』はそんな中国近代史の中で福貴と家珍の2人が懸命に生きていく姿を感動的に描いた名作だ(その詳細は『シネマ5』111頁参照)。
(1)台湾ニューシネマの巨匠として私がよく知っているのは、侯孝賢監督と楊徳昌監督。私が侯孝賢監督の『非情城市』(89年)を観たのは2007年9月。同作には大きなショックを受けた(『シネマ17』350頁参照)。他方、楊徳昌監督の『牯嶺街少年殺人事件』(91年)を観たのは2017年4月。ハリウッドの名作『ウエスト・サイド物語』(61年)を彷彿させる(?)同作にも私は大きなショックを受けた(『シネマ44』185頁参照)。
(2)そんな中、「台湾巨匠傑作選2024」と「台湾巨匠傑作選2025」が開催された。
(1)あなたは王童監督を知ってる?また、彼の“台湾近代史三部作”を知ってる?私は侯孝賢、楊德昌という台湾の二大巨匠と蔡明亮はよく知っていたが、寡聞にして王童監督も「台湾近代史三部作」たる『バナナパラダイス』(89年)、『無言の丘』(92年)、『村と爆弾』(97年)も知らなかった。
(2)大阪の西区にある「シネ・ヌーヴォ」は、十三の「第七藝術劇場」と並ぶ、大阪名物のこだわりの映画館。そんな同館で「君はワン・トンを観たか!台湾巨匠傑作選2024」が開催され、上記の監督作品が連続上映されていることを知ってビックリ。私は「台湾巨匠傑作選2024」で2024年10/5に『無言の丘』を鑑賞。続いて「台湾巨匠傑作選2025」で2026年2/11に『バナナパラダイス』を鑑賞した。
「台湾巨匠傑作選2024」のパンフに収録されている「台湾巨匠傑作選2024開催に寄せて」によると、2014年に産声を上げて以来、好評裏に回を重ねてきた「台湾巨匠傑作選」は、侯孝賢、楊德昌ら台湾ニューシネマを代表する世界的巨匠たちから、それ以前の代表格、胡金銓、そしてポスト・ニューシネマ世代の魏徳聖らに至るまで、さまざまな世代の台湾の巨匠監督たちを多角的に紹介してきた、そうだ。そして、10周年を刻んだ2024年は、台湾ではニューシネマの旗手的存在として大きな名声を築きながら、日本を含む海外では侯孝賢、楊德昌らにくらべると極めて限定的にしか紹介されてこなかった王童監督に、画期的な焦点が当てられる、そうだ。そんな情報をもらえば、この企画への参加は絶対だ。
1 日本統治時代の台湾は?
1945年8/15の日本降伏後の、台湾における内省人と外省人との対立については、侯孝賢監督の『非情城市』(89年)(『シネマ17』350頁参照)が有名だが、日清戦争(1894~95年)の勝利と下関条約によって、清から台湾割譲後の日本統治時代の台湾の近代史についてはあまり知られていない。私が知っているのは、魏徳聖監督の『セデック・バレ』(11年)で描かれた「霧社事件」や、馬志翔監督の『KANO 1931海の向こうの甲子園』(14年)(『シネマ44』211頁参照)で描かれた第17回全国中等学校優勝野球大会で嘉義農林学校(KANO)が準優勝した物語くらいだ。しかして、『無言の丘』が描く日本統治時代の台湾の歴史とは?
2 『無言の丘』の時代設定は?舞台は?主人公は?
(1)『無言の丘』の時代設定は日本統治下の大正末期から1927年前後。舞台は日本統治下の台湾東北部だ。今や台湾は日本人にとって大人気の観光名所。その中でも台北の九份は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(01年)の影響もあり、超人気スポットだ。私も二度訪れたが、狭く急な階段を登りながら、所狭しと並んだお店を見て歩くのはメチャ楽しかった。そんな1927年前後の台北、金瓜石ではゴールドラッシュが生まれ、日本人の厳格な管理下で金の採掘が行われていたらしい。
(2)本作冒頭、両親の葬儀費用のために地主と不当な長期労働契約を結ばされていた阿助と阿屘の小作人兄弟は、ある日、契約を一方的に破棄して村を逃げ出し、金爪石に向かうことに。そして未亡人のズーの家に間借りしながら、劣悪な環境の下、日本人が管理する鉱山で金採取に従事することになったが・・・。
(1)「台湾巨匠傑作選2024」と題するパンフには、「ワン・トン映画を彩る三人の女優」として、①楊貴媚、②文英、③陸弈靜が紹介されている。この3人は、本作のストーリー展開においてそれぞれ重要な役割を果たすので、それに注目!
(2)とりわけ、未亡人ズー役を演じた楊貴媚は2人の亭主と死に別れた後、3人の子供を育てながら男を自宅に招いて売春業を堂々と営んでいたから、当初は“嫌な女”だと思っていたが、後半からクライマックスにかけては、これがなかなかいい女!そのド迫力に感服しながら、その美貌にも・・・。
(3)また、九份の娼館のしっかり者“女将”媽媽桑役を演じた文英も、病魔に侵された娼婦役を演じた陸弈靜もそれなりの存在感を見せるが、私が注目したのは、娼館で下働きをする日本人娘(琉球生まれ)の富美子を演じた女優・陳仙梅だ。富美子は阿助と阿屘が金瓜石に到着した時に初めて出会った娘だが、そのワンシーンだけで彼女の存在感は際立っている。娼館では、赤目という日本人の少年も媽媽桑の支配下で下働きをしていたが、この2人は支配-被支配の関係では、一体どんな立場に?
(4)日本統治下の台湾で「国語運動」「改姓名運動」「志願兵制度」「宗教・社会風俗改革」を中心とする、いわゆる「皇民化政策」が進められたのは1937年以降だが、1927年前後の日本管理下に置かれた金の鉱山たる金瓜石での、支配-被支配の関係は如何に?パンフによる本作品の紹介では、「物語中、日本人と台湾人、地主と小作農、管理売春者と娼婦、買う者(男)と買われる者(女)という支配者-被支配者の立場を入れ変えながら幾重にも複雑に絡み合う。」と書かれていたが、まさにその点が本作のポイントだ。
(1)地主との契約を一方的に破棄して村を逃げ出した阿助と阿屘は、未亡人ズーの家に下宿しながら鉱山で働いていたが、ここで真面目に働いたらお金が貯まり、土地を買う資金やいい女と結婚する夢が実現するの?客観的にはとてもそうは思えないが、それでも2人の兄弟は毎日懸命に働いていた。
(2)本作は、今ドキの日本で大流行の青春純愛劇ではなく、身分的にも経済的にも苦しい時代状況下の物語だから、阿助と阿屘にはおよそ恋愛などありえない。せいぜいできることは、お金を貯めて媽媽桑が経営している娼館に行くことくらいだ。もっとも、意外に“その方面”に興味を示さない阿助は女嫌い?いやいや、本作中盤のストーリーを見ているとそうでもなく、阿助はズーに気があるらしい。他方、弟の阿屘の方も初めて富美子を見た時から彼女が気になっているらしく、仲間たちと共に娼館に行っても、富美子が無理だとわかると一人ですごすごと娼館を後にしていたからアレレ、アレレ・・・?
(3)他方、台湾人労働者をこき使って金採掘を行っている支配者たる日本人にとっては、鉱山の管理が難しい。勝手に金を持ち出されては大変だから、鉱山で金を採掘している労働者を厳格に管理しなければならない。しかし、「上に政策あれば下に対策あり」という中国(台湾)のことわざどおり(?)、阿助と阿屘たち金鉱山で働く労働者たちは、発見した金を体の“ある部分”に隠して持ち出していたからビックリ!その持ち出し(盗み)の実態は、あなた自身の目でしっかりと。また娼館の女将・媽媽桑は労働者たちが持ち出した金を安く現金に換えていたから、こちらもしたたかだ。こんな姿を見ていると、たしかに1927年前後の日本統治下の台湾東北部の金瓜石や九份における支配-被支配の関係は顕著だが、そこで営まれる人間模様や男女の恋模様は、やはり人間らしいものだと実感!
(4)激しく咳き込む娼婦を“お相手”にするのは、私だって阿屘と同様に願い下げだが、それでも阿屘は「あんたの身体を見られたからそれで十分だ」と言って料金を支払っていたから偉い。また阿助も地主からの追っ手に捕まりそうになった時、スパッと左手の指二本を切り取り、「これで勘弁してくれ」と率直に謝罪していたから、これも偉い。私はそんな兄弟をはじめ、赤目も富美子も、そして今日も亭主の写真と子供たちの前で、客をとりながらたくましく売春業を営んでいるズーたちの幸せを願ったが・・・。
(1)『無言の丘』の監督は王童だが、脚本を書いたのは台湾ニューシネマを代表する映画人の一人である呉念真。王童監督は、「台湾近代史三部作」制作当初、『梅與櫻(梅と桜)』のタイトルで、日本人娼婦と台湾人工夫との恋愛物語を製作するつもりだったらしい。ところが、呉念真が九份の近く、現在では猫村として有名な旧炭鉱町・猴硐で生まれ育った経験と、一帯に伝わる「無縁の墓」の物語を盛り込み、脚本を仕上げたそうだ。本作の原題が『無言的山丘』、邦題が『無言の丘』とされているのは、そのためだ。
(2)私は2001年8月に西安旅行に行き、兵馬俑や華青池を観光したが、始皇帝陵は観光できなかった。台湾は小さな島だから、中国大陸の広さとは比べものにならないし、呉念真が脚本を完成させるについてこだわった、猴硐にある「無縁の墓」も西安の始皇帝陵の広大さとは比較にならないものだ。しかして、あなたは本作ラストに見る「無言の丘」をどう考える?
(3)ちなみに、デジタルリマスターされる前のオリジナルバージョンでは、最後にモノローグで富美子の死が伝えられるが、デジタルリマスター版ではそれがカットされているそうだ。日本人の私には台湾人俳優が演じている富美子や赤目の日本語には違和感があるが、それを差し引いても、本作にみる王童監督の力量の素晴らしさに感服!
(1)本作の主人公は国民党の兵士として国共内戦に従事している得勝と、幼馴染の得勝を頼って国民党に潜り込んだ弟分の門栓の2人。本作は私が同じ日に鑑賞した王童監督の自叙伝的名作『赤い柿』(95年)と同じく、1949年に得勝と門栓が華北エリアから台湾に移動(逃亡)する物語から始まる。
(2)日本が「満州国」を建国して支配した中国の華北エリアは寒いが、バナナという美味しい果物がどっさりある温かい台湾は夢のような島らしい。門栓が慰問団の一員として劇団の主演女優を世話する導入部の物語を見ていると、山田洋次監督ばりのユーモラスな面白さがよくわかる。しかし他方で、実在の人物の名を借りた柳金元という偽名が原因で「共産党のスパイだ」と疑われた得勝が厳しく拷問を受ける物語以降、事態はがぜん深刻に。それによって得勝が精神異常をきたしてしまうから、さらに深刻だ。
(3)他方、台湾に逃げていく途中で門栓は得勝とはぐれてしまったが、それまで何事も兄貴分の得勝に頼って生きてきた門栓は、これから台湾でどうやって生きていくの?
(1)2026年2月、大阪では司法書士が関与した地面師による不動産売却をめぐる大規模な詐欺事件が話題を呼んだ。それと同じように(?)本作中盤では、偶然、夫と赤ん坊連れの女、月香と知り合った門栓が、病気だった夫の李騏驎が死亡してしまったため李騏驎に成りすまし、月香と共に赤ん坊を連れた夫婦として、「米軍施設の就職先」に向かうストーリーが登場するので、その姿(面白さ)に注目!
(2)日本統治時代の台湾における原住民VS日本人の対立は魏徳聖監督の『セデック・バレ』(11年)を観ればよくわかるが、1949年以降、国民党の兵士や大陸からの避難民が大量に台湾に逃げ込む中、台湾で新たに発生したのが外省人VS内省人の対立だ。
(3)さらに本作では1951年のサンフランシスコ講和条約の締結によって独立国家になると共に、日米安保条約を締結し基地提供と引き換えに米軍による安全保障を求める体制を確立させた日本と同じように、台湾にも次第に米軍やアメリカ人が増えてきていたことがよくわかる。そんな日本敗戦後の国際情勢(アジア情勢、台湾情勢)を理解すれば、李騏驎に成りすました門栓が赤ん坊を連れた妻の月香と共に、本来、李騏驎の就職先とされていた米軍施設で働くようになる本作中盤のストーリーがスンナリ理解できるはずだ。もっとも、そこでの仕事は高学歴のエリートだった月香の亡夫、李騏驎に紹介されたものだったから、英語など全く読めない門栓には本来無理な仕事。ところが、そんな頼りない門栓に代わって、何事も前向きでたくましくかつ要領のよい月香が何とかごまかし、ごまかししながら仕事をこなしていたからすごい。また、門栓の方も月香のハッパを受けて英語の勉強を始めた上、その後はさらに公務員の試験を受けて見事合格してしまうからこれもすごい。
(4)侯孝賢監督の『非情城市』(89年)は、1949年5月に発令され1987年まで長期にわたって続いた「戒厳令」を軸とした、台湾の(暗い)歴史を直視した超名作だが、本作は同作とは全く違う視点から門栓と月香の“成りすまし人生”をユーモラスに描きながら、台湾の近代史を直視していくので、そのすばらしさに注目!
(1)米軍施設での、赤ん坊を連れた門栓と月香の李騏驎への“成りすまし人生”は長くは続かず、門栓一家はやむなくバナナ農園で働いている得勝のもとを訪れるが、そこでは何百本もある巨大なバナナ農園と食べたいだけ食べられる膨大な量のバナナに注目!私の小学生時代は、病気で寝込んだ時だけお見舞いにもらったバナナを1本食べることができたことを考えると、私にとっても、また得勝、門栓にとっても、台湾はまさにタイトルとおりのバナナパラダイス!
(2)それはともかく、本作前半に見る強くたくましい得勝と本作中盤のバナナ農園に見る精神異常をきたした得勝の姿をしっかり対比し、国共内戦という歴史に翻弄された得勝の悲劇をしっかり確認したい。
(1)『活きる』は新生中国の建設に伴う壮大な歴史と、それに翻弄された1組の夫婦の愛情と絆をテーマにした名作中の名作だった(『シネマ5』111頁参照)。それと同じように、本作も外省人の受け入れを中心とする戦後台湾の壮大な歴史と、それに翻弄された得勝も門栓を中心とする人物たちの悲喜こもごもの人生を描いた素晴らしい作品だ。
(2)そんな本作のラストには、李騏驎に成りすました上、公務員試験にも合格し、長期にわたる公務員生活を勤め上げ、今や定年を間近に控えている老・門栓が登場するから、それに注目!もちろん、あの月香も白髪混じりになっているが、さらに驚くべきは、月香の腕の中でおしめを取り替えられていた赤ん坊が今や成人し、結婚式を迎えるまでに時が経っていることだ。
(3)台湾への脱出は一時的なもので、近い将来きっと大陸に戻るはず。若き日の得勝も門栓もそう考えていたが、長い時を経た今、それは到底無理な話だ。すると、門栓の父親は今どうしているの?他方、月香が連れていた赤ん坊は門栓の子供ではなく李騏驎の子供だから、その子が成長した今、亡き父、李騏驎に代わって李騏驎の父親(自分の祖父)を探すことは可能だ。
(4)しかして、今、新婦と共に香港に新婚旅行に旅立った李騏驎と月香の息子は、何と李騏驎の父親を探し出し、今夜台湾に電話してくると伝えてきたから、さあ大変!もちろん、今は結婚するまでに成長したあの赤ん坊は、自分の父親が李騏驎だと信じているわけだが、李騏驎の成りすましに過ぎない門栓は、李騏驎の実の父親と電話がつながれば一体どんな話をすればいいの?
(1)香港への新婚旅行に旅立った息子の努力によって、(真の)李騏驎の父親を探し出したので今夜8時に台湾に電話がかかってくると聞いた門栓が驚き、「そんな電話対応は俺には無理だ」とその対応を月香に託そうとしたのは当然だ。そして、それまでの月香なら常に門栓をフォローしてきたが、なぜか今回の月香は断固それを拒否!それは一体なぜ?この夫婦の力関係は断然月香の方が上ではなかったの?
(2)そう思いながら2人の“掛け合い”を見ていると、そこで何と月香は「私も成りすましだ」と告白したからビックリ!それはつまり、ある時男たちに襲われた月香を助けてくれた男性が李騏驎だったということだ。ところが、そこで李騏驎の妻が赤ん坊を残したまま亡くなったため、急遽、月香が李騏驎の妻になりすまし、「必ず私がこの恩人、李騏驎の妻としてこの赤ん坊を育ててみせる」と決意し新たな人生をスタートさせていたわけだ。そんな告白を今になって初めて聞かされた老・門栓の対応は?
(3)そんなドタバタ劇(?)が展開される中で、香港からの電話が台湾の老・門栓の家につながったが、そこで老・門栓が見せる一世一代の名演技が本作のクライマックスだ。それは決して芝居ではないもの。つまり、そこで老・門栓が見せる涙と魂の叫びは、今、電話口にいる李騏驎の父親を、大陸に残してきたまま会うことができない自分の本当の父親だと思えたためのものなのだ。そのため、門栓は涙ながらに大声で自分の親不幸を詫びたが、その思いは本物の息子、李騏驎であろうが、成りすましの息子、門栓であろうがきっと同じはずだ。そんな本作ラストのクライマックスで私の目は大粒の涙でいっぱいに!
(1)2026年2月、日本のマスコミは、一方でイタリアで開催されているミラノ・コルティナ冬季五輪での日本勢のメダルラッシュを連日報道し、他方で2/18に発足した第2次高市内閣(「高市内閣2.0」)による憲法改正を含む、国論を二分するさまざまな論点についての政策遂行のあり方をさまざまな視点から報道している。
(2)「高市内閣2.0」の外交では、まず3/19に予定している日米首脳会談の行方に注目!首相就任直後の2025年10/28の日米首脳会談で、トランプ×高市の両首脳は“相性の良さ”を爆発させていたが、「政権基盤の弱い政権」は相手にしないのがトランプ流。それは、カナダのトルドー前首相やカーニー現首相への対応を見れば明らかだ。そんな中、次々と繰り出された「トランプ関税」の日本バージョン(?)を契機として急きょ合意され、現在その詰めの作業が進められている「米国への巨額投資」のテーマを含め、政権基盤が強化された「高市内閣2.0」がどこまで「トランプ2.0」と対峙できるのかに注目!
(3)他方、「台湾有事発言」以降、強烈な言葉で批判を続けてきた高市政権が衆議院議員総選挙で圧勝したことに誰よりも戸惑っているのが中国だ。アメリカでは2026年11月に下院の中間選挙を迎えるトランプ大統領が、いかなるスタンスで2028年11月の大統領選挙に臨むのかが最大の焦点なら、中国では2027年10月の中国共産党大会での習近平主席の4期目の登板があるか否かが最大の焦点だ。
(4)習近平主席が「中国の夢」(中国梦)として掲げているのが「中華民族の統一」だが、そのココロは、習近平体制3期目が終了する2027年10月までに台湾を統一することにあることは周知のことだ。『バナナパラダイス』で見たとおり、台湾に渡った得勝と門栓が胸の中に抱いていた「いつかは中国(大陸)へ戻りたい」との夢は実現できなかったが、『無言の丘』や『バナナパラダイス』を観て台湾の近代史を学ぶことは、現在進行中の台湾問題を考える上で有益なはずだ。そんな視点から王童監督の『無言の丘』と『バナナパラダイス』を鑑賞して本コラムを読み、現在の台湾問題を考えるきっかけにしてもらえれば幸いだ。
-以上(2026年2/20記)-
(弁護士・映画評論家)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
人気記事
人気商品
法苑WEB 全25記事
- 坂和的視点から見た、王童監督の『無言の丘』(92年)、『バナナパラダイス』(89年)の面白さと台湾の近代史(法苑WEB連載第25回)執筆者:坂和章平
- 最後の晩餐(法苑WEB連載第24回)執筆者:相場中行
- 契約に関わる文豪書簡(4)―お金の交渉に生真面目だった佐藤春夫と不真面目だった石川啄木―(法苑WEB連載第23回)執筆者:中川越
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその5 ─応用編⑵『コウラン伝 始皇帝の母』 (後半・39~62話)の紹介─(法苑WEB連載第22回)執筆者:坂和章平
- 私たちが負担した消費税は国に納められているか ~インボイス制度からみる消費税のしくみ(後編)(法苑WEB連載第21回)執筆者:深作智行
- 契約に関わる文豪書簡(3)―転職に際して条件闘争に勝利し、借金苦から脱出した漱石―(法苑WEB連載第20回)執筆者:中川越
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその4 ─応用編⑵『コウラン伝 始皇帝の母』 (前半・1~38話)の紹介─(法苑WEB連載第19回)執筆者:坂和章平
- 私たちが負担した消費税は国に納められているか~インボイス制度からみる消費税のしくみ(前編)(法苑WEB連載第18回)執筆者:深作智行
- 契約に関わる文豪書簡(2)―離縁状できれいに婚姻関係を解消した永井荷風とその妻―(法苑WEB連載第17回)執筆者:中川越
- 契約に関わる文豪書簡(1)―法律の条文のような諭吉・らいてふの書簡―(法苑WEB連載第16回)執筆者:中川越
- 子どもの意見表明の支援は難しい(法苑WEB連載第15回)執筆者:角南和子
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその3 ─応用編⑴『大秦帝国』シリーズ全4作の紹介─(法苑WEB連載第14回)執筆者:坂和章平
- コンダクト・リスクの考え方~他律から自律への転換点~(法苑WEB連載第13回)執筆者:吉森大輔
- 消防法の遡及制度(法苑WEB連載第12回)執筆者:鈴木和男
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその2 ─入門編は『キングダム~戦国の七雄』から─(法苑WEB連載第11回)執筆者:坂和章平
- 株分けもの(法苑WEB連載第10回)執筆者:村上晴彦
- 「始皇帝モノ」は面白い。連載コラムその1 ─『キングダム』シリーズ全4作を楽しもう!─(法苑WEB連載第9回)執筆者:坂和章平
- 小文字の世界(法苑WEB連載第8回)執筆者:田中義幸
- 20年ぶりに「学問のすすめ」を再読して思うこと(法苑WEB連載第7回)執筆者:杉山直
- 今年の賃上げで、実質賃金マイナスを脱却できるか(令和6年の春季労使交渉を振り返る)(法苑WEB連載第6回)執筆者:佐藤純
- ESG法務(法苑WEB連載第5回)執筆者:枝吉経
- これからの交通事故訴訟(法苑WEB連載第4回)執筆者:大島眞一
- 第三の沈黙(法苑WEB連載第3回)執筆者:相場中行
- 憧れのハカランダ(法苑WEB連載第2回)執筆者:佐藤孝史
- 家庭裁判所とデジタル化(法苑WEB連載第1回)執筆者:永井尚子
関連カテゴリから探す
-

-

団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -















