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一般2026年05月13日 坂和的視点から見た、ワントン監督の『無言の丘』(92年)、『バナナパラダイス』(89年)の面白さと台湾の近代史(法苑WEB連載第25回)執筆者:坂和章平 法苑WEB  

<はじめに>

1 2002年6月の『SHOW-HEYシネマルームⅠ~二足のわらじをはきたくて~』の出版以降、私の弁護士兼映画評論家としての活動は精力的に続いている。そんな中、「台湾巨匠傑作選2024」で『無言の丘』(92年)を、「台湾巨匠傑作選2025」で『バナナパラダイス』(89年)を鑑賞した。

2 この両作は『村と爆弾』(97年)と共にワントン監督の「台湾近代史三部作」として有名なものだ。『無言の丘』は台北の金瓜石鉱山を舞台に1927年前後の日本統治下の台湾の近代史を描いた名作。『バナナパラダイス』は1949年に大陸から台湾に逃れてきた2人の国民党の兵士の数奇な人生を通して台湾の近代史を描いた名作だ。とりわけ、『バナナパラダイス』はメイベルチャン監督の『宋の三姉妹』(97年)やチャンイーモウ監督の『活きる』(94年)と対比すれば、その素晴らしさがより際立つだろう。

3 他方、2025年の日本は「昭和100年」の節目の年。そして、2026年1/26に私は喜寿(77歳)の誕生日を迎えた。そんなタイミングで『無言の丘』と『バナナパラダイス』を鑑賞できたことに感謝して、本コラムを提供したい。

第1 昭和100年と喜寿(77歳)の誕生日
1 2026年1/26に喜寿(77歳)の誕生日を!

(1)1949年1/26生まれの私は2026年に喜寿(77歳)の誕生日を迎えた。2001年4月に西天満コートビル(自社ビル)に事務所を移転すると同時に私はホームページを開設し2002年6月から『SHOW-HEYシネマルーム』の出版を始めたが、それから24年、「シネマ本」は58巻になった。その第21巻は写真1のとおり、還暦(60歳)を迎えた2009年の誕生日の姿だ。それとの対比で2026年7月出版予定の『シネマ59』の表紙は、写真2のとおり喜寿(77歳)の誕生日の姿とした。

写真1
写真2

(2)徳川時代265年間の太平の世が続いた日本は幕末の動乱期を経て明治の近代国家を建設したが、日清・日露戦争の勝利におごり、「先の大戦」の敗北によって大崩壊!ところが、アメリカに占領された日本は1951年に締結したサンフランシスコ講和条約と日米安保条約によって独立を回復した上、朝鮮戦争(52~53年)に伴う朝鮮特需の恩恵を受ける中で急速(奇跡的)に戦後復興と高度経済成長を成し遂げた。

(3)1945年3/13生まれの吉永小百合は戦前生まれだが、戦後の“ベビーブーム”の中で生まれた私たちは、堺屋太一氏によって「団塊世代」と名付けられている。そんな時代状況下、愛媛県松山市で生まれ育った私は1967年4月に大阪大学法学部に入学し、学生運動の洗礼を受けながらも1971年10月司法試験に合格。2年間の司法修習を経て1974年4月に弁護士登録。弁護士活動は52年間になった。

2 2025年は日本の昭和100年!

(1)激動が続いた昭和の時代は1989年の土地バブルの崩壊と共に終了し、以降、平成・令和と続いたが、令和7(2025)年は「昭和100年」の節目となったため、さまざまな企画が実施された。それに伴って私が始めたのが、Facebookと微博(Weibo)による「昭和は遠くなりにけり」の企画だ。これは昭和を代表する俳優や歌手の死亡を中心とするネタで書いた坂和的視点のミニ・コラムだが、その数は100件以上に上っている。

(2)戦後の日本政治は、①レッドパージの解除に伴う日本共産党の復活、②左右社会党の連合と保守連合、③東西冷戦構造に伴う自民党VS社会党の保守対立、④2度の政権交代、⑤安倍一強体制の構築、を経た後、菅義偉、岸田文雄、石破茂と自公連立政権が続いたが、高市早苗新自民党総裁誕生直後の2025年10月10日、突如公明党の連立離脱という危機を招いた。しかし、その直後の高市早苗と吉村洋文会談による電光石火の自・維「連立合意」が実現した後、突如2026年1/23の衆議院解散、2/8の衆議院議員総選挙が断行され、自民党が歴史的大勝利を収めた。昭和100年と私の77歳の誕生日を終えた後に展開されたこのような日本の政治状況は興味深い。

第2 中国の近代史と『宋家の三姉妹』、『活きる』
1 中国の今と新生中国の近代史

(1)本コラム執筆中の2026年2月、中国は春節だから例年は“民族大移動”の時期だ。すると、道頓堀界隈は中国から大阪への観光客であふれ返り、賑やかな中国語が飛び交っているはずだが、アレレ、アレレ。今や東京の上野からも和歌山の白浜からもパンダが消え、中国からの訪日観光客は半減状態になっている。これは言うまでもなく、2025年11/7の衆議院予算委員会における高市早苗総理による、いわゆる“台湾有事”発言の影響だが、今後の日中関係は如何に?

(2)他方、「トランプ2.0」が世界中を席巻する中でも、中国だけは「G2」と重要な位置付けにされているが、それは一体なぜ?2012年に成立した習近平体制は2022年に異例の3期目を迎えたが、2027年からの4期目は本当にあるの?そしてまた、2028年秋の大統領選挙を控えたトランプ氏の3期目の大統領就任はあり得るの?

(3)そんな大胆予想を私がしても無意味だが、ワントン監督の『無言の丘』と『バナナパラダイス』に見る台湾の近代史は、メイベルチャン監督の『宋家の三姉妹』、チャンイーモウ監督の『活きる』に見る新生中国の近代史と対比させるとより興味深い。

(4)日本は1945年8/15の敗戦によって軍国主義から民主主義へと大転換し、平和国家に衣替えしたが、中国大陸では対日戦争の統一戦線として機能していた「国共合作」が崩壊したことによって、国民党と共産党による内戦(=国共内戦)が勃発した。そして、毛沢東率いる共産党軍が蒋介石率いる国民党軍に勝利したことによって1949年10/1、新生中国(中華人民共和国)が建国された。

(5)毛沢東主席をリーダーとする新生中国は、①大躍進時代(1958~60年)、②文化大革命(1966~76年)を経て、③鄧小平による改革開放政策の時代に突入した。そして、④世界中を驚愕させた1989年の「天安門事件」を経た後は、江沢民⇒胡錦涛⇒習近平と共産党政権が移行し、今日に至っている。

2 『宋家の三姉妹』(97年)と『活きる』(94年)の面白さ

(1)中国の近代史を描く名作の筆頭はメイベルチャン監督の『宋家の三姉妹』(97年)。同作は①中国初の本格的な銀行家と結婚し、結果的に両親や2人の妹を支える役割を果たした、“富を愛した”長女・アイレイ、②父チャーリーが同志として応援する孫文の独立運動を助けるためその秘書から妻となり、孫文死亡後は蒋介石と対立して国民党を脱退し、中国共産党を支援した、“国を愛した”次女・ケイレイ、③蒋介石に見初められて結婚し1936年の西安事件で監禁された蒋介石を救出し、抗日と国共合作への路線変更を決意させた、“権力を愛した”三女・レイ、の3人を軸として展開する、壮大な歴史教科書だ(その詳細は『シネマ5』170頁参照)。

(2)同作と同等もしくはそれ以上に面白いのがチャンイーモウ監督の『活きる』(94年)だ。同作の一方の主人公は、飄々とした演技が光る名優、グォヨウ演じるフークイフークイは贅沢な家庭に育ち、サイコロ博打にうつつを抜かしたあげく家屋敷を取られ一文無しになってしまったが、その後の彼の運命は?他方の主人公は、サイコロ博打から逃げられないフークイに愛想を尽かして一旦は別れながら、真面目に働いていることを聞き再びフークイの元に戻った妻のチァチェンチァチェンを演ずるのはチャンイーモウ監督の『紅いコーリャン』(89年)でデビューした美人女優、コンリーだ。

(3)新国家が建国された後も戦争時代の“総括”が続き、従来の上流階級や富裕地主は“反革命分子”というレッテルを貼られて糾弾され処刑されたから大変。本来ならフークイも総括の対象だが、サイクロ博打のせいで無一文になっていたからラッキー!?しかし、「中国1950年代」の大躍進政策下では?また、「中国1960年代」に入り文化大革命が始まると、「毛沢東語録」を手に街中を紅衛兵がのし歩く中、知識人が「壁新聞」で糾弾され、自己批判を余儀なくされたから大変だ。そんな姿を私は大学時代に何度もTVで見たが、それはあくまでニュースとしてだった。しかし、フークイチァチェンの愛する一人娘が出産する時、産婦人科の主任医師は反動分子として糾弾されていたため、その代用として出産に立ち会った若い看護学生の処置能力は?そのために夫妻が受けた理不尽な結末とは?そのあまりに苛酷な現実の姿に私は唖然!

(4)文化大革命は1976年に毛沢東が死亡するまで続いたが、リンピョウを中心とした4人組が逮捕されたことによって新中国の「革命第一期の時代」は終わった。『活きる』はそんな中国近代史の中でフークイチァチェンの2人が懸命に生きていく姿を感動的に描いた名作だ(その詳細は『シネマ5』111頁参照)。

第3 台湾ニューシネマの面白さと「台湾巨匠傑作選」
1 台湾ニューシネマの巨匠たち

(1)台湾ニューシネマの巨匠として私がよく知っているのは、ホウシャオシェン監督と楊徳昌エドワードヤン監督。私がホウシャオシェン監督の『非情城市』(89年)を観たのは2007年9月。同作には大きなショックを受けた(『シネマ17』350頁参照)。他方、楊徳昌エドワードヤン監督の『牯嶺街少年殺人事件』(91年)を観たのは2017年4月。ハリウッドの名作『ウエスト・サイド物語』(61年)を彷彿させる(?)同作にも私は大きなショックを受けた(『シネマ44』185頁参照)。

(2)そんな中、「台湾巨匠傑作選2024」と「台湾巨匠傑作選2025」が開催された。

2 ワントン監督とは?「台湾近代史三部作」とは?

(1)あなたはワントン監督を知ってる?また、彼の“台湾近代史三部作”を知ってる?私はホウシャオシェン楊德昌エドワードヤンという台湾の二大巨匠とツァイ明亮ミンリャンはよく知っていたが、寡聞にしてワントン監督も「台湾近代史三部作」たる『バナナパラダイス』(89年)、『無言の丘』(92年)、『村と爆弾』(97年)も知らなかった。

(2)大阪の西区にある「シネ・ヌーヴォ」は、十三の「第七藝術劇場」と並ぶ、大阪名物のこだわりの映画館。そんな同館で「君はワン・トンを観たか!台湾巨匠傑作選2024」が開催され、上記の監督作品が連続上映されていることを知ってビックリ。私は「台湾巨匠傑作選2024」で2024年10/5に『無言の丘』を鑑賞。続いて「台湾巨匠傑作選2025」で2026年2/11に『バナナパラダイス』を鑑賞した。

3 「台湾巨匠傑作選2024」のパンフに注目!

 「台湾巨匠傑作選2024」のパンフに収録されている「台湾巨匠傑作選2024開催に寄せて」によると、2014年に産声を上げて以来、好評裏に回を重ねてきた「台湾巨匠傑作選」は、ホウシャオシェン楊德エドワードヤンら台湾ニューシネマを代表する世界的巨匠たちから、それ以前の代表格、胡金銓キンフー、そしてポスト・ニューシネマ世代の魏徳聖ウェイダーションらに至るまで、さまざまな世代の台湾の巨匠監督たちを多角的に紹介してきた、そうだ。そして、10周年を刻んだ2024年は、台湾ではニューシネマの旗手的存在として大きな名声を築きながら、日本を含む海外ではホウシャオシェン楊德エドワードヤンらにくらべると極めて限定的にしか紹介されてこなかった王童ワントン監督に、画期的な焦点が当てられる、そうだ。そんな情報をもらえば、この企画への参加は絶対だ。

第4 ワントン監督の『無言の丘』(92年)の面白さ

1 日本統治時代の台湾は?

 1945年8/15の日本降伏後の、台湾における内省人と外省人との対立については、ホウシャオシェン監督の『非情城市』(89年)(『シネマ17』350頁参照)が有名だが、日清戦争(1894~95年)の勝利と下関条約によって、清から台湾割譲後の日本統治時代の台湾の近代史についてはあまり知られていない。私が知っているのは、ウェイダーション監督の『セデック・バレ』(11年)で描かれた「霧社事件」や、マージーシアン監督の『KANO 1931海の向こうの甲子園』(14年)(『シネマ44』211頁参照)で描かれた第17回全国中等学校優勝野球大会で嘉義農林学校(KANO)が準優勝した物語くらいだ。しかして、『無言の丘』が描く日本統治時代の台湾の歴史とは?

2 『無言の丘』の時代設定は?舞台は?主人公は?

(1)『無言の丘』の時代設定は日本統治下の大正末期から1927年前後。舞台は日本統治下の台湾東北部だ。今や台湾は日本人にとって大人気の観光名所。その中でも台北の九份ジョウフェンは、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(01年)の影響もあり、超人気スポットだ。私も二度訪れたが、狭く急な階段を登りながら、所狭しと並んだお店を見て歩くのはメチャ楽しかった。そんな1927年前後の台北、金瓜石ではゴールドラッシュが生まれ、日本人の厳格な管理下で金の採掘が行われていたらしい。

(2)本作冒頭、両親の葬儀費用のために地主と不当な長期労働契約を結ばされていた阿助チュウ阿屘ウェイの小作人兄弟は、ある日、契約を一方的に破棄して村を逃げ出し、金爪石に向かうことに。そして未亡人のズーの家に間借りしながら、劣悪な環境の下、日本人が管理する鉱山で金採取に従事することになったが・・・。

3 ワントンを彩る3人の女優ともう1人の女優に注目!

(1)「台湾巨匠傑作選2024」と題するパンフには、「ワン・トン映画を彩る三人の女優」として、①ヤンクイメイ、②ウェンイン、③陸弈靜ルーイーチンが紹介されている。この3人は、本作のストーリー展開においてそれぞれ重要な役割を果たすので、それに注目!

(2)とりわけ、未亡人ズー役を演じたヤンクイメイは2人の亭主と死に別れた後、3人の子供を育てながら男を自宅に招いて売春業を堂々と営んでいたから、当初は“嫌な女”だと思っていたが、後半からクライマックスにかけては、これがなかなかいい女!そのド迫力に感服しながら、その美貌にも・・・。

(3)また、九份ジョウフェンの娼館のしっかり者“女将”媽媽桑マーマーサン役を演じたウェンインも、病魔に侵された娼婦役を演じた陸弈靜ルーイーチンもそれなりの存在感を見せるが、私が注目したのは、娼館で下働きをする日本人娘(琉球生まれ)の富美子を演じた女優・陳仙チェンシェンメイだ。富美子は阿助チュウ阿屘ウェイが金瓜石に到着した時に初めて出会った娘だが、そのワンシーンだけで彼女の存在感は際立っている。娼館では、赤目という日本人の少年も媽媽桑マーマーサンの支配下で下働きをしていたが、この2人は支配-被支配の関係では、一体どんな立場に?

(4)日本統治下の台湾で「国語運動」「改姓名運動」「志願兵制度」「宗教・社会風俗改革」を中心とする、いわゆる「皇民化政策」が進められたのは1937年以降だが、1927年前後の日本管理下に置かれた金の鉱山たる金瓜石での、支配-被支配の関係は如何に?パンフによる本作品の紹介では、「物語中、日本人と台湾人、地主と小作農、管理売春者と娼婦、買う者(男)と買われる者(女)という支配者-被支配者の立場を入れ変えながら幾重にも複雑に絡み合う。」と書かれていたが、まさにその点が本作のポイントだ。

4 兄弟の恋模様は?鉱山の管理は?

(1)地主との契約を一方的に破棄して村を逃げ出した阿助チュウ阿屘ウェイは、未亡人ズーの家に下宿しながら鉱山で働いていたが、ここで真面目に働いたらお金が貯まり、土地を買う資金やいい女と結婚する夢が実現するの?客観的にはとてもそうは思えないが、それでも2人の兄弟は毎日懸命に働いていた。

(2)本作は、今ドキの日本で大流行の青春純愛劇ではなく、身分的にも経済的にも苦しい時代状況下の物語だから、阿助チュウ阿屘ウェイにはおよそ恋愛などありえない。せいぜいできることは、お金を貯めて媽媽桑マーマーサンが経営している娼館に行くことくらいだ。もっとも、意外に“その方面”に興味を示さない阿助チュウは女嫌い?いやいや、本作中盤のストーリーを見ているとそうでもなく、阿助チュウはズーに気があるらしい。他方、弟の阿屘ウェイの方も初めて富美子を見た時から彼女が気になっているらしく、仲間たちと共に娼館に行っても、富美子が無理だとわかると一人ですごすごと娼館を後にしていたからアレレ、アレレ・・・?

(3)他方、台湾人労働者をこき使って金採掘を行っている支配者たる日本人にとっては、鉱山の管理が難しい。勝手に金を持ち出されては大変だから、鉱山で金を採掘している労働者を厳格に管理しなければならない。しかし、「上に政策あれば下に対策あり」という中国(台湾)のことわざどおり(?)、阿助チュウ阿屘ウェイたち金鉱山で働く労働者たちは、発見した金を体の“ある部分”に隠して持ち出していたからビックリ!その持ち出し(盗み)の実態は、あなた自身の目でしっかりと。また娼館の女将・媽媽桑マーマーサンは労働者たちが持ち出した金を安く現金に換えていたから、こちらもしたたかだ。こんな姿を見ていると、たしかに1927年前後の日本統治下の台湾東北部の金瓜石や九份ジョウフェンにおける支配-被支配の関係は顕著だが、そこで営まれる人間模様や男女の恋模様は、やはり人間らしいものだと実感!

(4)激しく咳き込む娼婦を“お相手”にするのは、私だって阿屘ウェイと同様に願い下げだが、それでも阿屘ウェイは「あんたの身体を見られたからそれで十分だ」と言って料金を支払っていたから偉い。また阿助チュウも地主からの追っ手に捕まりそうになった時、スパッと左手の指二本を切り取り、「これで勘弁してくれ」と率直に謝罪していたから、これも偉い。私はそんな兄弟をはじめ、赤目も富美子も、そして今日も亭主の写真と子供たちの前で、客をとりながらたくましく売春業を営んでいるズーたちの幸せを願ったが・・・。

5 タイトルの意味は?脚本家・ウーニエンチェンの狙いは?

(1)『無言の丘』の監督はワントンだが、脚本を書いたのは台湾ニューシネマを代表する映画人の一人であるウーニエンチェンワントン監督は、「台湾近代史三部作」制作当初、『梅與櫻(梅と桜)』のタイトルで、日本人娼婦と台湾人工夫との恋愛物語を製作するつもりだったらしい。ところが、ウーニエンチェン九份ジョウフェンの近く、現在では猫村として有名な旧炭鉱町・猴硐ホウトンで生まれ育った経験と、一帯に伝わる「無縁の墓」の物語を盛り込み、脚本を仕上げたそうだ。本作の原題が『無言的山丘』、邦題が『無言の丘』とされているのは、そのためだ。

(2)私は2001年8月に西安シーアン旅行に行き、兵馬俑や華青池を観光したが、始皇帝陵は観光できなかった。台湾は小さな島だから、中国大陸の広さとは比べものにならないし、ウーニエンチェンが脚本を完成させるについてこだわった、猴硐ホウトンにある「無縁の墓」も西安シーアンの始皇帝陵の広大さとは比較にならないものだ。しかして、あなたは本作ラストに見る「無言の丘」をどう考える?

(3)ちなみに、デジタルリマスターされる前のオリジナルバージョンでは、最後にモノローグで富美子の死が伝えられるが、デジタルリマスター版ではそれがカットされているそうだ。日本人の私には台湾人俳優が演じている富美子や赤目の日本語には違和感があるが、それを差し引いても、本作にみるワントン監督の力量の素晴らしさに感服!

第5 ワントン監督の『バナナパラダイス』の面白さ
1 主人公は?彼らはなぜ台湾へ?

(1)本作の主人公は国民党の兵士として国共内戦に従事しているダーションと、幼馴染のダーションを頼って国民党に潜り込んだ弟分のメンシュアンの2人。本作は私が同じ日に鑑賞したワントン監督の自叙伝的名作『赤い柿』(95年)と同じく、1949年にダーションメンシュアンが華北エリアから台湾に移動(逃亡)する物語から始まる。

(2)日本が「満州国」を建国して支配した中国の華北エリアは寒いが、バナナという美味しい果物がどっさりある温かい台湾は夢のような島らしい。メンシュアンが慰問団の一員として劇団の主演女優を世話する導入部の物語を見ていると、山田洋次監督ばりのユーモラスな面白さがよくわかる。しかし他方で、実在の人物の名を借りたリュウ金元ジンユエンという偽名が原因で「共産党のスパイだ」と疑われたダーションが厳しく拷問を受ける物語以降、事態はがぜん深刻に。それによってダーションが精神異常をきたしてしまうから、さらに深刻だ。

(3)他方、台湾に逃げていく途中でメンシュアンダーションとはぐれてしまったが、それまで何事も兄貴分のダーションに頼って生きてきたメンシュアンは、これから台湾でどうやって生きていくの?

2 あっと驚く“成りすまし”にビックリ!

(1)2026年2月、大阪では司法書士が関与した地面師による不動産売却をめぐる大規模な詐欺事件が話題を呼んだ。それと同じように(?)本作中盤では、偶然、夫と赤ん坊連れの女、ユエシャンと知り合ったメンシュアンが、病気だった夫の李騏驎リーチーリンが死亡してしまったため李騏驎リーチーリンに成りすまし、ユエシャンと共に赤ん坊を連れた夫婦として、「米軍施設の就職先」に向かうストーリーが登場するので、その姿(面白さ)に注目!

(2)日本統治時代の台湾における原住民VS日本人の対立は魏徳聖ウェイダーション監督の『セデック・バレ』(11年)を観ればよくわかるが、1949年以降、国民党の兵士や大陸からの避難民が大量に台湾に逃げ込む中、台湾で新たに発生したのが外省人VS内省人の対立だ。

(3)さらに本作では1951年のサンフランシスコ講和条約の締結によって独立国家になると共に、日米安保条約を締結し基地提供と引き換えに米軍による安全保障を求める体制を確立させた日本と同じように、台湾にも次第に米軍やアメリカ人が増えてきていたことがよくわかる。そんな日本敗戦後の国際情勢(アジア情勢、台湾情勢)を理解すれば、李騏驎リーチーリンに成りすましたメンシュアンが赤ん坊を連れた妻のユエシャンと共に、本来、李騏驎リーチーリンの就職先とされていた米軍施設で働くようになる本作中盤のストーリーがスンナリ理解できるはずだ。もっとも、そこでの仕事は高学歴のエリートだったユエシャンの亡夫、李騏驎リーチーリンに紹介されたものだったから、英語など全く読めないメンシュアンには本来無理な仕事。ところが、そんな頼りないメンシュアンに代わって、何事も前向きでたくましくかつ要領のよいユエシャンが何とかごまかし、ごまかししながら仕事をこなしていたからすごい。また、メンシュアンの方もユエシャンのハッパを受けて英語の勉強を始めた上、その後はさらに公務員の試験を受けて見事合格してしまうからこれもすごい。

(4)ホウシャオシェン監督の『非情城市』(89年)は、1949年5月に発令され1987年まで長期にわたって続いた「戒厳令」を軸とした、台湾の(暗い)歴史を直視した超名作だが、本作は同作とは全く違う視点からメンシュアンユエシャンの“成りすまし人生”をユーモラスに描きながら、台湾の近代史を直視していくので、そのすばらしさに注目!

3 ダーションの精神異常ぶりにも注目!こりゃ哀れ!

(1)米軍施設での、赤ん坊を連れたメンシュアンユエシャン李騏驎リーチーリンへの“成りすまし人生”は長くは続かず、メンシュアン一家はやむなくバナナ農園で働いているダーションのもとを訪れるが、そこでは何百本もある巨大なバナナ農園と食べたいだけ食べられる膨大な量のバナナに注目!私の小学生時代は、病気で寝込んだ時だけお見舞いにもらったバナナを1本食べることができたことを考えると、私にとっても、またダーションメンシュアンにとっても、台湾はまさにタイトルとおりのバナナパラダイス!

(2)それはともかく、本作前半に見る強くたくましいダーションと本作中盤のバナナ農園に見る精神異常をきたしたダーションの姿をしっかり対比し、国共内戦という歴史に翻弄されたダーションの悲劇をしっかり確認したい。

4 時を経て定年を控えたメンシュアンに大事件が勃発!

(1)『活きる』は新生中国の建設に伴う壮大な歴史と、それに翻弄された1組の夫婦の愛情と絆をテーマにした名作中の名作だった(『シネマ5』111頁参照)。それと同じように、本作も外省人の受け入れを中心とする戦後台湾の壮大な歴史と、それに翻弄されたダーションメンシュアンを中心とする人物たちの悲喜こもごもの人生を描いた素晴らしい作品だ。

(2)そんな本作のラストには、李騏驎リーチーリンに成りすました上、公務員試験にも合格し、長期にわたる公務員生活を勤め上げ、今や定年を間近に控えている老・メンシュアンが登場するから、それに注目!もちろん、あのユエシャンも白髪混じりになっているが、さらに驚くべきは、ユエシャンの腕の中でおしめを取り替えられていた赤ん坊が今や成人し、結婚式を迎えるまでに時が経っていることだ。

(3)台湾への脱出は一時的なもので、近い将来きっと大陸に戻るはず。若き日のダーションメンシュアンもそう考えていたが、長い時を経た今、それは到底無理な話だ。すると、メンシュアンの父親は今どうしているの?他方、ユエシャンが連れていた赤ん坊はメンシュアンの子供ではなく李騏驎リーチーリンの子供だから、その子が成長した今、亡き父、李騏驎リーチーリンに代わって李騏驎リーチーリンの父親(自分の祖父)を探すことは可能だ。

(4)しかして、今、新婦と共に香港に新婚旅行に旅立った李騏驎リーチーリンユエシャンの息子は、何と李騏驎リーチーリンの父親を探し出し、今夜台湾に電話してくると伝えてきたから、さあ大変!もちろん、今は結婚するまでに成長したあの赤ん坊は、自分の父親が李騏驎リーチーリンだと信じているわけだが、李騏驎リーチーリンの成りすましに過ぎないメンシュアンは、李騏驎リーチーリンの実の父親と電話がつながれば一体どんな話をすればいいの?

5 さらにビックリ!何とユエシャンも成りすまし!

(1)香港への新婚旅行に旅立った息子の努力によって、(真の)李騏驎リーチーリンの父親を探し出したので今夜8時に台湾に電話がかかってくると聞いたメンシュアンが驚き、「そんな電話対応は俺には無理だ」とその対応をユエシャンに託そうとしたのは当然だ。そして、それまでのユエシャンなら常にメンシュアンをフォローしてきたが、なぜか今回のユエシャンは断固それを拒否!それは一体なぜ?この夫婦の力関係は断然ユエシャンの方が上ではなかったの?

(2)そう思いながら2人の“掛け合い”を見ていると、そこで何とユエシャンは「私も成りすましだ」と告白したからビックリ!それはつまり、ある時男たちに襲われたユエシャンを助けてくれた男性が李騏驎リーチーリンだったということだ。ところが、そこで李騏驎リーチーリンの妻が赤ん坊を残したまま亡くなったため、急遽、ユエシャン李騏驎リーチーリンの妻になりすまし、「必ず私がこの恩人、李騏驎リーチーリンの妻としてこの赤ん坊を育ててみせる」と決意し新たな人生をスタートさせていたわけだ。そんな告白を今になって初めて聞かされた老・メンシュアンの対応は?

(3)そんなドタバタ劇(?)が展開される中で、香港からの電話が台湾の老・メンシュアンの家につながったが、そこで老・メンシュアンが見せる一世一代の名演技が本作のクライマックスだ。それは決して芝居ではないもの。つまり、そこで老・メンシュアンが見せる涙と魂の叫びは、今、電話口にいる李騏驎リーチーリンの父親を、大陸に残してきたまま会うことができない自分の本当の父親だと思えたためのものなのだ。そのため、メンシュアンは涙ながらに大声で自分の親不幸を詫びたが、その思いは本物の息子、李騏驎リーチーリンであろうが、成りすましの息子、メンシュアンであろうがきっと同じはずだ。そんな本作ラストのクライマックスで私の目は大粒の涙でいっぱいに!

<おわりに>

(1)2026年2月、日本のマスコミは、一方でイタリアで開催されているミラノ・コルティナ冬季五輪での日本勢のメダルラッシュを連日報道し、他方で2/18に発足した第2次高市内閣(「高市内閣2.0」)による憲法改正を含む、国論を二分するさまざまな論点についての政策遂行のあり方をさまざまな視点から報道している。

(2)「高市内閣2.0」の外交では、まず3/19に予定している日米首脳会談の行方に注目!首相就任直後の2025年10/28の日米首脳会談で、トランプ×高市の両首脳は“相性の良さ”を爆発させていたが、「政権基盤の弱い政権」は相手にしないのがトランプ流。それは、カナダのトルドー前首相やカーニー現首相への対応を見れば明らかだ。そんな中、次々と繰り出された「トランプ関税」の日本バージョン(?)を契機として急きょ合意され、現在その詰めの作業が進められている「米国への巨額投資」のテーマを含め、政権基盤が強化された「高市内閣2.0」がどこまで「トランプ2.0」と対峙できるのかに注目!

(3)他方、「台湾有事発言」以降、強烈な言葉で批判を続けてきた高市政権が衆議院議員総選挙で圧勝したことに誰よりも戸惑っているのが中国だ。アメリカでは2026年11月に下院の中間選挙を迎えるトランプ大統領が、いかなるスタンスで2028年11月の大統領選挙に臨むのかが最大の焦点なら、中国では2027年10月の中国共産党大会での習近平主席の4期目の登板があるか否かが最大の焦点だ。

(4)習近平主席が「中国の夢」(中国梦)として掲げているのが「中華民族の統一」だが、そのココロは、習近平体制3期目が終了する2027年10月までに台湾を統一することにあることは周知のことだ。『バナナパラダイス』で見たとおり、台湾に渡ったダーションメンシュアンが胸の中に抱いていた「いつかは中国(大陸)へ戻りたい」との夢は実現できなかったが、『無言の丘』や『バナナパラダイス』を観て台湾の近代史を学ぶことは、現在進行中の台湾問題を考える上で有益なはずだ。そんな視点からワントン監督の『無言の丘』と『バナナパラダイス』を鑑賞して本コラムを読み、現在の台湾問題を考えるきっかけにしてもらえれば幸いだ。

-以上(2026年2/20記)-

(弁護士・映画評論家)

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