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一般2026年09月07日 同じ「重大な反則プレー」、異なる処分 ― FIFAワールドカップ規則からみるバログン処分とクアンサー処分 ― 執筆者:大橋卓生

1 二つの退場処分が示した問題

2026年FIFAワールドカップでは、米国代表FWフォラリン・バログン選手と、イングランド代表DFジャレル・クアンサー選手が、いずれもVARによる確認を経て「重大な反則プレー(serious foul play)」として退場となりました。しかし、その後の処分は大きく異なりました。
バログン選手について、FIFA懲罰委員会は、退場に伴う1試合の出場停止を維持しながら、その執行を1年間猶予しました。そのため同選手は次戦のベルギー戦に出場しました。他方、クアンサー選手には2試合の出場停止が科され、準々決勝のノルウェー戦と準決勝のアルゼンチン戦に出場できません。
両事案は、反則の態様が完全に同一であるとは限りません。しかし、FIFAはいずれも「重大な反則プレー」と評価しています。元FIFA国際審判員からも、強度や攻撃性はおおむね同程度であり、異なる帰結を説明できないとの指摘が出ました。¹

2 まず確認すべきはワールドカップの大会規則です

この問題をFIFA懲罰規程だけで論じるのは十分ではありません。FIFA World Cup 26 Regulations(以下「W杯規則」といいます。)1.7条及び1.8条は、大会規則に加え、FIFA規程、指令、通達及び決定が参加協会や選手を拘束すると定めています。さらに7.1条は、懲戒違反をFIFA懲罰規程に従って処理するとしています。
したがって、W杯規則が大会固有の効果を定め、FIFA懲罰規程が違反類型、処分水準及び手続を補充するという重層的な構造になっています。²
その中核がW杯規則10.5条です。同条は、直接又は間接のレッドカードで退場となった選手は、チームの次の試合について自動的に出場停止となり、さらに追加制裁を科し得ると定めています。10.6条は、大会中に消化できない停止を代表チームの次の公式戦へ持ち越すとし、10.7条は、停止と退場の管理に関する詳細を通達で確認するとしています。
したがって、次戦出場停止はW杯の競技秩序を直接支える大会固有のルールです。FIFA懲罰規程27条による執行猶予の適用可能性が条文上直ちに排除されるわけではありませんが、ノックアウトステージで10.5条の効果を停止する以上、その例外性に見合う具体的な理由が必要です。なお、W杯規則7.2条及び10.7条は大会用の追加ルールや通達を予定しているため、最終的な評価には、関係通達の有無と内容の確認も必要です。

3 クアンサー選手の2試合停止は規程上の原則です

クアンサー選手には、まずW杯規則10.5条により次戦の自動的出場停止が生じました。さらに、FIFA懲罰規程14条1項(e)は、重大な反則プレーについて少なくとも2試合の出場停止を定めています。同規程66条4項も、退場による次戦の出場停止と追加の出場停止を定めています。
したがって、合計2試合の出場停止は、W杯規則による自動停止に追加の1試合を加え、FIFA懲罰規程上の最低水準を満たしたものと理解できます。また、同規程61条1項(c)は、2試合以内の出場停止について上訴を認めていません。イングランドサッカー協会が処分を争えないと説明したのは、この規定によるものです。³
もっとも、上訴できないことと、理由を説明しなくてよいことは別です。規程上の最低処分であっても、大会の最終局面に直接影響する以上、適用条項と認定理由は速やかに示されるべきです。

4 バログン選手には二重の例外が適用されました

バログン選手も、FIFAの公式声明上、重大な反則プレーで退場となり、懲罰委員会により違反が認定されました。それにもかかわらず、科された出場停止は1試合にとどまり、その1試合の出場停止の執行も1年間猶予されました。⁴
FIFA懲罰規程25条4項は、司法機関が裁量により制裁を減軽し、又は制裁を科さないことを認め、27条は懲罰措置の執行を全部又は一部停止できると定めています。W杯規則7.1条が同規程を取り込んでいるため、「最低2試合から1試合へ減軽し、残る1試合の執行を猶予する」という法的構成自体は説明可能です。
しかし、W杯規則10.5条が次戦の出場停止を明文で自動化している以上、今回の措置は単なる量刑上の調整ではなく、大会固有の即時的効果を停止する例外です。なぜバログン選手についてのみ二段階の例外が必要であったのか、クアンサー選手その他の退場事案と何が異なるのかが示されなければ、平等取扱いへの疑念は解消しません。

5 単独判断の権限と説明責任

英紙タイムズは、バログン選手の決定が、18名で構成されるFIFA懲罰委員会のうち、モハンマド・アル・カマリ委員長1名によって行われ、他の委員は関与を求められなかったと報じました。⁵
もっとも、単独判断それ自体は直ちに手続違反とはいえません。FIFA懲罰規程57条1項は、委員長又はその指名者が、緊急案件や5試合以内の出場停止を単独で判断できると定めています。ノックアウトステージ中の緊急案件であることを踏まえれば、形式上は権限内と考えられます。
しかし、「一人で決められること」と「理由を示さず一人で決めてよいこと」は同じではありません。W杯規則10.5条の原則から外れ、最低処分の減軽と執行猶予を重ねるのであれば、通常以上に、考慮事情、先例との比較、外部接触の有無を可視化する必要があります。

6 理由開示と不服申立ての空白

FIFA懲罰規程54条は、原則として理由のない主文を通知し、決定の名宛人が10日以内に理由付き決定を請求する仕組みを採用しています。また、ベルギー協会がバログン選手の出場資格を争った申立ては、同協会が原手続の当事者ではなく、上訴適格を有しないとして不適法とされました。⁶
W杯規則8.3条は、FIFA内部の手続を尽くした後の法的救済をCASに限定しています。しかし、クアンサー選手側は2試合以内の処分であるため内部上訴ができず、バログン選手の対戦相手であるベルギー協会は当事者でないため争えません。CASに至る前の内部経路自体が閉じているという「手続の空白」があります。
さらに、バログン選手の件は、米国大統領がFIFA会長に処分の見直しを求めたことが公言された直後の決定でした。政治的接触が判断を左右したと断定することはできません。FIFA会長も関与を否定しています。しかし、実際の独立性だけでなく、外部から独立していると理解できる「独立性の外観」も不可欠です。⁷

7 日本の競技団体への実務的示唆

日本の競技団体でも、情状による処分の減軽や執行猶予を認める包括的な規定は珍しくありません。しかし、裁量条項だけでは、特定の選手やチームへの便宜供与との疑念を防げません。最低処分からの減軽要件、執行猶予の考慮要素、単独判断と合議判断の振分け、大会中の理由開示、外部者からの接触記録、利益相反時の忌避、直接影響を受ける者への情報提供と限定的な審査手続を、規程又は運用基準として整備すべきです。
また、一般的な懲戒規程だけでなく、大会要項・大会規則との関係を明示する必要があります。特に、退場による自動停止など大会の公正を確保する規定について例外を認める場合は、権限根拠、適用要件及び判断理由を大会前に定めておくことが重要です。

8 まとめ

クアンサー選手の2試合停止は、W杯規則10.5条による自動停止と、重大な反則プレーに対するFIFA懲罰規程上の最低処分を組み合わせた原則的な処理でした。これに対し、バログン選手には、最低処分からの減軽と、W杯規則10.5条により自動発生する次戦停止の執行猶予という二重の例外が適用されました。
スポーツ団体に求められるのは、権限の存在を示すことだけではありません。大会固有の規則から外れる例外的裁量を行使するほど、判断主体、適用基準、比較した先例、外部接触の有無及び審査可能性を可視化する必要があります。二つの処分結果の違いは、スポーツの懲罰手続における適法性、平等取扱い及び手続的正統性が一体として問われることを示しています。

本稿は、2026年7月13日までに公表・報道された情報に基づいています。FIFAが公表していない判断過程については、報道に基づく旨を明示しています。

・注
1 Reuters, “Former FIFA referees question different fates of Balogun, Quansah”, 9 July 2026; Reuters, “Konsa starts at right back for England against Norway”, 11 July 2026; Reuters, “Argentina strike late in extra time to sink 10-man Swiss and reach World Cup semis”, 12 July 2026.
2 FIFA, Regulations for the FIFA World Cup 26™, May 2026, arts. 1.7, 1.8, 7.1, 7.2 and 10.5–10.7.
3 FIFA, Regulations for the FIFA World Cup 26™, art. 10.5; FIFA Disciplinary Code (September 2025 edition), arts. 14.1(e), 61.1(c) and 66.4; Reuters, “England frustrated by Quansah’s two-game ban ahead of Norway quarter-final, says Saka”, 9 July 2026; The Guardian, “Jarell Quansah handed two-match ban by Fifa for sending off against Mexico”, 9 July 2026.
4 FIFA, “Statement from the Chairperson of the FIFA Disciplinary Committee”, 6 July 2026; FIFA, Regulations for the FIFA World Cup 26™, arts. 7.1 and 10.5; FIFA Disciplinary Code, arts. 25.4 and 27.
5 The Times, “Only one official involved in decision to waive Folarin Balogun ban”, 13 July 2026; FIFA, “Judicial bodies”; FIFA Disciplinary Code, art. 57.
6 FIFA, Regulations for the FIFA World Cup 26™, art. 8.3; FIFA Disciplinary Code, arts. 54, 61 and 62; FIFA, “FIFA Appeal Committee update”, 6 July 2026; Reuters, “FIFA rejects Belgium challenge over US striker Balogun’s eligibility for World Cup clash”, 6 July 2026.
7 Reuters, “Trump intervention sparks World Cup storm as FIFA clears Balogun to face Belgium”, 6 July 2026.

・参考文献・資料
[1] FIFA, Regulations for the FIFA World Cup 26™, May 2026.
https://digitalhub.fifa.com/m/636f5c9c6f29771f/original/FWC2026_regulations_EN.pdf
[2] FIFA, FIFA Disciplinary Code, September 2025 edition.
https://digitalhub.fifa.com/m/6094262690de769/original/FIFA-Disciplinary-Code-2025.pdf
[3] FIFA, “Statement from the Chairperson of the FIFA Disciplinary Committee”, 6 July 2026.
https://media.fifa.com/en/tournaments/mens/fwc2026/news/statement-from-the-chairperson-of-the-fifa-disciplinary-committee-6-july-2026
[4] FIFA, “FIFA Appeal Committee update”, 6 July 2026.
https://media.fifa.com/en/tournaments/mens/fwc2026/news/fifa-appeal-committee-update-6-july-2026
[5] FIFA, “Judicial bodies” (Disciplinary Committee composition).
https://inside.fifa.com/legal/judicial-bodies
[6] Reuters, “Trump intervention sparks World Cup storm as FIFA clears Balogun to face Belgium”, 6 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/trump-intervention-sparks-world-cup-storm-fifa-clears-balogun-face-belgium-2026-07-06/
[7] Reuters, “FIFA rejects Belgium challenge over US striker Balogun’s eligibility for World Cup clash”, 6 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/belgium-says-fifa-rejected-balogun-challenge-after-treating-query-an-appeal-2026-07-06/
[8] Reuters, “England frustrated by Quansah’s two-game ban ahead of Norway quarter-final, says Saka”, 9 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/englands-quansah-banned-two-matches-after-red-card-against-mexico-2026-07-09/
[9] Reuters, “Former FIFA referees question different fates of Balogun, Quansah”, 9 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/former-fifa-referees-question-different-fates-balogun-quansah-2026-07-09/
[10] The Guardian, “Jarell Quansah handed two-match ban by Fifa for sending off against Mexico”, 9 July 2026.
https://www.theguardian.com/football/2026/jul/09/jarell-quansah-handed-two-match-ban-by-fifa-for-sending-off-against-mexico
[11] Reuters, “England get fitness boost ahead of World Cup quarter-final v Norway”, 11 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/england-get-fitness-boost-ahead-world-cup-quarter-final-v-norway-2026-07-11/
[12] Reuters, “Konsa starts at right back for England against Norway”, 11 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/konsa-starts-right-back-england-against-norway-2026-07-11/
[13] Reuters, “Argentina strike late in extra time to sink 10-man Swiss and reach World Cup semis”, 12 July 2026.
https://www.reuters.com/sports/soccer/argentina-beat-switzerland-3-1-after-extra-time-reach-world-cup-semi-finals-2026-07-12/
[14] The Times, “Only one official involved in decision to waive Folarin Balogun ban”, 13 July 2026.
https://www.thetimes.com/sport/football/world-cup/article/folarin-balogun-ban-world-cup-usa-25z8bfjg3
[15] 大橋卓生「FIFAバログン処分の執行猶予決定に見る、スポーツ懲罰手続の透明性」パークス法律事務所、2026年7月7日。
https://pax.law/topics/2397/

(2026年7月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

大橋 卓生おおはし たかお

弁護士

略歴・経歴

1991.03  北海道大学法学部卒業
1991.04~
 2003.01 株式会社東京ドーム勤務
2004.10〜 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2011.11~ 虎ノ門協同法律事務所
2012.01~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 准教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2018.04~ 金沢工業大学虎ノ門大学院 教授(メディア・エンタテインメントマネジメント領域)
2021.08~ パークス法律事務所

【著書】
「デジタルコンテンツ法の最前線」共著,商事法務研究会,2009
「詳解スポーツ基本法」共著,成文堂,2010
「スポーツ事故の法務 裁判例からみる安全配慮義務と責任論」創耕舎、2013
「スポーツ権と不祥事処分をめぐる法実務―スポーツ基本法時代の選手に対する適正処分のあり方」共著,第一東京弁護士会総合法律研究所研究叢書,清文社,2013
「スポーツにおける真の勝利-暴力に頼らない指導」共著,エイデル研究所,2013
「スポーツガバナンス 実践ガイドブック」共著,民事法研究会,2014
「スポーツにおける真の指導力ー部活動にスポーツ基本法を活かす」共著,エイデル研究所,2014
「スポーツ法務の最前線ービジネスと法の統合」共著,民事法研究会,2015
「標準テキスト スポーツ法学」共著,エイデル研究所,2016
「エンターテインメント法務Q&A」共著,民事法研究会,2017
「スポーツ事故対策マニュアル」共著,体育施設出版,2017

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