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企業法務2026年11月02日 育休復帰時の配転と「原職復帰原則」 ~パナソニックリビング事件(東京地判令和8年2月18日労判1354号74頁)を題材に~ 執筆者:大川恒星

1 はじめに

男性を含め育児休業の取得が広がり、令和7年改正育児・介護休業法の施行も相まって、休業を終えた社員をどの職務に就けるかは、多くの企業にとって身近な課題となっています。本稿では、育休復帰時の配置転換を権利濫用として無効とした裁判例を取り上げ、実務上の留意点を考察します。なお、本件では、外勤手当が固定残業代に当たるか否かや、就業規則の不利益変更の効力なども争われましたが、本稿では配置転換の有効性に絞って検討します。

2 事件の概要

支店で外勤営業職に従事していた原告は、令和4年10月10日から翌年1月9日までの3か月間、育児休業を取得しました。被告会社は、原告が職場に復帰した同月10日付で、担当職務を内勤職へ変更する配置転換を行いました(以下「本件配転」といいます。)。これにより、それまで毎月支給されていた外勤手当(月5万3220円)が支払われなくなりました。なお、原告は、その約3か月後の年度初めの同年4月1日に、新設部署の営業職へ改めて配置転換されています。

3 判決のポイント

(1) 判断枠組みの加重

裁判所は、東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14)の枠組みを出発点としました。この枠組みでは、配転命令が権利濫用となるのは、業務上の必要性がない場合のほか、業務上の必要性があっても不当な動機・目的による場合や、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合など、特段の事情があるときです。そのうえで、裁判所は、次の事情を考慮しました。
・ 本件配転が育休明けのタイミングで行われ、外勤手当の不支給を伴うこと
・ 育児休業等を理由とする労働者への不利益取扱いを禁じる育児・介護休業法10条の趣旨
・ 被告会社の育児休業規程(7条1項)と、労働組合との間の育児休業協定(8条1項)が、復職時の職場・職務を原則として休業直前のものと定めていること
これらを踏まえ、裁判所は「業務上の必要性と労働者の不利益を比較衡量するに当たっては、前者が後者を相当程度上回るものである必要がある」と判示しました。

(2) あてはめ

裁判所は、会社が次の点などを考慮して配転を行ったと認定しました。
・ 育休期間が延びる可能性
・ 年度末に向けた繁忙期に担当者が替わることで生じうる連絡ミス・発注ミスの防止
・ 休業中に業務を引き継いだ社員の負担を踏まえたバックアップの必要性
そのうえで、業務上の必要性がないとまではいえず、目的も不当なものであるとはいえないと認めました。一方で、次の3点を指摘しました。
・ ①外勤営業職として復帰させた場合に連絡や発注のミスが生じる具体的なおそれは認められず、業務上の必要性は「やや抽象的」なものにとどまること
・ ②育休延長の可能性も「一般的な可能性をいうものにすぎ」ず、予定どおりの復帰を前提に復帰後の職務を検討することに支障があったとはうかがわれないこと
・ ③上長が外勤営業職として処遇する途を提案していたのに、会社がその具体的な支障の有無を検討した形跡がないこと
そして、裁判所は、本件配転に係る業務上の必要性は、外勤手当(月5万3220円)の不支給という不利益を正当化するに足りるものとはいい難く、その期間が3か月弱であることや勤務地の変更を伴わないことを考慮しても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして、本件配転を無効と判断しました。そのうえで、不支給期間の外勤手当に加え、慰謝料20万円の支払いを命じました。
他方、年度初めの定期異動の一環として行われた2度目の配置転換は有効とされています。

4 行政解釈・判例との関係

育児休業後の職場復帰は、原職又は原職相当職への復帰が原則とされています(両立指針1第2の7(1))。
また、広島中央保健生協事件(最一小判平26.10.23)は、妊娠中の軽易業務転換を契機とする降格について、男女雇用機会均等法9条3項に原則として違反するとしました。そのうえで、例外的に許容されるのは次のいずれかの場合に限られるとの枠組みを示しています。
・ 労働者が自由な意思に基づいて承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合
・ 業務上の必要性から支障があり、かつ法の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在する場合
この枠組みは、その後の裁判例でも育休等をめぐる不利益取扱いの判断に用いられる傾向にあります(両立指針第2の11(1)及び施行通達2第2の39)。本判決はこの枠組みによらず、従来の配転法理である権利濫用法理の中に「育児休業等を理由とする労働者への不利益取扱いを禁じる育児・介護休業法10条の趣旨」を比較衡量の加重要素として組み込んだ点に特色があります。

5 実務上の留意点

本判決から読み取れるのは、育休復帰時の配転、とりわけ賃金の減少を伴うものは、通常の配転よりも一段厳しく審査されるという点です。
第一に、業務上の必要性は具体的に説明できなければなりません。本判決では、目的自体は不当でなく必要性もないとはいえないとされながらも、一般論・抽象的な可能性の域を出ないとして、賃金面の不利益を正当化できないと判断されました。どの担当者のどの業務に、どのような支障が現実に生じるのかを事前に洗い出し、記録化しておくことが求められます。
第二に、自社の規程や労働組合との協定に原職復帰の定めがある場合、それは形式的な努力目標にとどまらず、配転の有効性判断に直結する要素となります。本件でも、会社の規程・労働組合との協定が、審査基準を厳格化する根拠の一つとされました。
第三に、代替案を検討した経過を記録に残すことが重要です。本件では、上長による原職復帰の提案について具体的な支障の有無が検討された形跡がないことが、会社に不利な事情として評価されています。
育休取得者の復職に当たっては、休業中の早い段階から本人と復帰後の処遇を協議し、原職復帰が困難であればその理由を具体的に説明できるよう準備しておくことを推奨いたします。

(2026年10月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

大川 恒星おおかわ こうじ

弁護士・ニューヨーク州弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同)

略歴・経歴

大阪府出身
私立灘高校、京都大学法学部・法科大学院卒業

2014年12月   司法修習修了(第67期)、弁護士登録(大阪弁護士会)
2015年1月   弁護士法人淀屋橋・山上合同にて執務開始
2020年5月  UCLA School of Law LL.M.卒業
2020年11月~  AKHH法律事務所(ジャカルタ)にて研修(~同年7月)
2021年7月   ニューヨーク州弁護士登録
2022年4月   龍谷大学法学部 非常勤講師(裁判と人権)
2024年4月   アジア・太平洋労働法制研究会委員
        (法務省法務総合研究所・公益財団法人国際民商事法センター)

<主な著作>
「Q&A 感染症リスクと企業労務対応」(共編著)ぎょうせい(2020年)
「インドネシア雇用創出オムニバス法の概要と日本企業への影響」旬刊経理情報(2021年4月)
「中小事業者もこれだけは押さえたい!! ハラスメント対策のポイント解説」税理士のための税務特化情報誌「旬刊速報税理」ぎょうせい(2022年7月1日号)
「若手弁護士のための弁護実務入門2」(共著)成文堂(2023年)
「中小事業者のためのフリーランス新法対応ハンドブック」税理士のための税務特化情報誌「旬刊速報税理」ぎょうせい(2024年10月21日号)
「インバウンドビジネス法務Q&A」(共編著)中央経済社(2024年)
「テーマ別『インバウンド法務』の勘どころ 第5回 人事・労務」(共著)「ビジネス法務」中央経済社(2025年10月号)


<主な講演>

・2025年10月 法務省法務総合研究所・公益財団法人国際民商事法センター 主催 「アジア・太平洋法制研究会 第12回国際民商事法シンポジウム 東南アジア4か国の労働法制と実務対応」
・2022年10月 株式会社ぎょうせい 主催 「あなたの会社は大丈夫?!事例で学ぶハラスメント防止~ハラスメントをしない・させないために」
・2021年7月 在大阪インドネシア共和国総領事館主催・ジェトロ大阪本部共催 ウェビナー「インドネシアへの関西企業投資誘致フォーラム ―コロナ禍におけるインドネシアの現状と投資の可能性について」
・2019年2月 全国社会保険労務士会連合会近畿地域協議会・2018年度労務管理研修会「働き方改革関連法の実務的対応」

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