相続・遺言2020年04月07日
審判による分割(相続税法32条1項1号) 編著:渡邉定義
著:平岡良 山野修敬
遺産分割審判手続中に相続分放棄証明書及び当該審判事件から脱退する旨の届出書を家庭裁判所に提出した納税者は、他の共同相続人間において遺産分割が確定したことを知った日の翌日から4か月以内に相続税法32条1項1号の規定に基づき更正の請求をすることができるとした事例
(国税不服審判所裁決平20・1・31裁事№75・624(全部取消し))
争 点
遺産分割事件から脱退した相続人の遺産分割が確定したことを知った日は、審判の確定日とすべきか否か。
【事案の概要】
本件は、遺産分割事件から脱退した審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該遺産分割事件が終了した旨を他の共同相続人から聞いて遺産分割が確定したことを知ったとして、相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)32条1号の規定に基づいて行った更正の請求について、原処分庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、請求人が同処分は違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。
【認定事実】
① 請求人の父(被相続人)は、平成10年6月〇日に死亡した。被相続人の法定相続人は、請求人、請求人の母(F)、請求人の兄(G)及び請求人の姉(H)の4名であり、Fは平成15年7月〇日に死亡した。
② Gは、平成12年〇月〇日、請求人、F及びHを相手方としてJ家庭裁判所に本件相続に係る遺産分割の調停の申立てを行った。
③ 上記②の遺産分割調停の申立てに係る事件は、平成14年〇月〇日、調停が不成立になったことから、審判事件(本件審判事件)に移行した。
④ 請求人は、平成16年2月9日付けで、本件相続に係る請求人の相続分全部を放棄する旨記載した相続分放棄証書を添付して、本件審判事件から脱退する旨の届(本件脱退届)をJ家庭裁判所へ提出した。
⑤ J家庭裁判所は、本件審判事件について、平成16年11月〇日付けで、預貯金等の金銭債権及び請求人が本件相続により取得したP市p町〇番の土地を除く本件相続に係る相続財産をG及びHに取得させる審判を行い、その旨を同月〇日にGに、同月〇日にHにそれぞれ告知した。
⑥ Hは、平成16年12月〇日、上記⑤の審判に対して、K高等裁判所に即時抗告(本件抗告)したが、K高等裁判所は、平成17年2月〇日付けで、本件抗告を棄却し、同月〇日にGに、同月〇日にHにそれぞれ告知した。
⑦ 本件審判事件は、K高等裁判所が、本件抗告の棄却決定をHに対して告知した平成17年2月〇日に確定した。
⑧ J家庭裁判所は、本件審判事件の結果は本件脱退届を提出した請求人には、通知しておらず、また、K高等裁判所は、本件抗告の結果は請求人には通知していない。
⑨ 請求人は当審判所に対して要旨次のとおり答述した。
㋐ Gとは、被相続人が亡くなる前からあまり仲がよくなかった。また、Hとも、仲がよくなく、電話をしても電話に出てくれなかったことから、平成18年8月29日に会うまで連絡がとれなかった。その日の前にHに会ったのは、その日の3年前くらいだと思うが、Hは、J家庭裁判所にも来なかったことから、とにかく長い間会っていない。
㋑ 私は、平成18年8月29日に、P市に所在する実家でHから本件審判事件が終わったことを聞いた。その日は、被相続人及びFの墓参りをするために、勤め先のスーパーを休み、実家に帰った。
㋒ その日はとにかく暑く、私が墓参りを終えて実家の庭先で休んでいたとき、Hとその夫に会った。Hは汚れてもいいような服装で実家の前にある浴室のシャワーを浴びに戻ってきたので、たぶん田の世話をしに実家に来たのだと思う。
㋓ 私はHに久しぶりに会ったことから、本件審判事件の結果について尋ねたところ、Hは、私を白い車に案内し、その車の中で本件審判事件の結果について、本件審判事件は終わったということと、本件審判事件の結果、実家についてはGがほとんどの部分を取得することとなった旨を私に話した。
◆納税者の主張
請求人は、本件審判事件から脱退したが、本件審判事件の結果は裁判所から連絡があると思っていたところ、裁判所からはその連絡がなかったため、平成18年8月29日にHから聞くまでは、本件審判事件が終わったことを知らなかった。
本件更正の請求は、請求人が本件相続に係る遺産分割が確定したことを初めて知った日の翌日から4か月以内の同年9月15日に行ったものであるから、相続税法32条に規定する更正の請求の期限内に行われたものである。
◆課税庁の主張
本件更正の請求においては、相続税法32条に規定する「当該事由が生じたことを知った日」は、遅くとも本件審判事件の審判がなされた平成16年11月〇日であり、更正の請求の期限は、その日の翌日から4か月を経過することとなる平成17年3月〇日となるから、本件更正の請求は、相続税法32条に規定する更正の請求の期限を徒過したものである。
1 法令解釈
相続税法32条の規定に照らせば、本件のように相続税法55条の規定に基づく相続税の申告書の提出後に共同相続人の1人が相続分放棄証書を添付して脱退届出書を家庭裁判所に提出し、その後他の共同相続人に対して審判の告知がされた場合において、相続税法32条1号に規定する「その後当該財産の分割が行われ、共同相続人が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算されていた課税価格と異なることとなった」のがいつかを判断するに当たっては、上記の共同相続人の相続分放棄証書を添付した上での審判からの脱退届出書の家庭裁判所への提出行為の法的性質、法的効果のみならず、他の共同相続人についてはいつ最終的な遺産分割の合意が成立し、あるいはこれに代わる審判の効力が生じたか等を斟酌してなすのが相当であるところ、本件においては、請求人以外の共同相続人が複数であるとともに、審判の告知がなされるのは当該請求人以外の共同相続人に対してであること等を踏まえれば、たとえ共同相続人のうちの1人に相続分の放棄をした者があったとしても、他の共同相続人間で遺産分割が確定したときに、当該相続分の放棄をした者を含めて全体として最終的な遺産分割と同様の効果を生ずると判断するのが相当であり、本件において、当該効果を生ずる事実が発生したのは、他の共同相続人に対して本件抗告の棄却の決定がなされた時と解するのが相当である。
とするならば、相続税法32条の規定が更正の請求の特則であり、同条が、国税通則法23条2項1号のように「その事実が当該計算の基礎とした事実と異なることが確定したとき」と定めるのでなく「当該各号に規定する事由が生じたことを知った日」と定めていることに照らせば、上記相続分の放棄等をした者についての上記「知った日」とは、他の共同相続人間において遺産分割の審判が確定したことを知った日と解するのが相当である。
2 判断
(1) 請求人は、平成18年8月29日に実家の庭先で会ったHから本件審判事件が確定したことを聞いた旨及び自らJ家庭裁判所に本件審判事件の結果を確認していない旨答述する。
上記答述は、数年ぶりに実家に帰った経緯、実家に帰った日が平成18年8月29日であることの根拠、Hに再会した状況、Hの服装、Hから本件審判事件の結果を聞いた状況、G及びHの両名と不仲である状況、平成18年8月29日までの約3年間の間Hに会わなかった経緯などにつき、請求人の複雑な心境も交えながら具体的に述べたものであり、内容的にも不自然不合理な点は認められない。
また、請求人は、J家庭裁判所やK高等裁判所から本件審判事件及び本件抗告の結果の通知を受けておらず、Hら本件審判事件の関係者を通じる方法でしか、本件審判事件の結果を知り得なかったことから、請求人の上記答述は信用でき、請求人が平成18年8月29日に初めて本件審判が確定したことを知ったと推認するのは、合理的かつ自然というべきであり、他にこの認定を覆す証拠は認められない。
(2) そうすると、請求人が本件審判事件が確定したことを知った日は、平成18年8月29日であると認められるから、本件更正の請求は平成18年8月29日の翌日から4か月以内にされたものである。
なお、原処分庁は、本件更正の請求においては、相続税法32条に規定する「当該事由が生じたことを知った日」とは、遅くとも本件審判事件に係る審判がなされた日である旨主張するが、この点については、上記1の法令解釈のとおり、本件の場合、請求人が、他の共同相続人間において本件審判事件が確定したことを知った日となるから、原処分庁には理由がない。
1 家庭裁判所による遺産分割の審判に対して、高等裁判所に即時抗告を提起し、同裁判所が抗告を棄却する旨の決定をした場合の「遺産分割が行われたことを知った日」は、〔事例34〕のとおり、高等裁判所の決定の告知の日(当該決定書の正本が送達された日)ですが、本事例のように、遺産分割事件から脱退した相続人の遺産分割が確定したことを知った日は、他の共同相続人間において、遺産分割の審判が確定したことを知った日と判断されました。
2 なお、国税庁ホームページ質疑応答事例の「共同相続人の1人が遺産分割の調停において相続財産を取得しないことが確定した場合の相続税法第32条第1項の規定に基づく更正の請求」では、家庭裁判所の遺産分割の調停において、共同相続人のうちの1人である甲が、相続を事実上放棄し、その旨が調停調書に記載され、遺産分割の調停が係属される場合には、甲は調停により相続財産を取得しないことが確定していることから、相続税法32条1項1号の規定に該当し、更正の請求が認められています(〔Q&A7〕を参照してください。)。
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