民事2017年10月12日 相続人不存在と不在者の話 発刊によせて執筆者より 執筆者:仲隆
2011年3月11日に発生した東日本大震災は、今なお数々の傷跡を残しているが、相続の関係では、多数の死者・行方不明者が生じた結果、不動産や預貯金の権利関係の確定が困難となっているケースが多く出ている。東日本大震災に限らず、2016年4月の熊本地震をはじめ大災害においては同様のケースが多数生じていることと思われる。
また、昨今、マスコミなどで「空き家対策」という言葉をよく耳にする。色々なケースがあると思うが、放置されている不動産の名義人がかなり昔に死亡していて、戸籍を調べても誰が法定相続人だか分からない、相続人がいるかどうかも分からない、戸籍を調べると夥しい数の法定相続人が出てきて連絡も取れない、というような「所有者不明」という事態である。
人が死亡すると、遺言書があるときは遺言書に書かれた受益者に相続財産が移転し、遺言書がないときは法定相続人に承継されるのが原則である。これが相続である。前者を遺言相続といい、後者を法定相続ということができる。この相続制度により、財産は人から人に引き継がれることになっている。
しかし、スムースに財産が承継されない場合がある。そもそも法定相続人がいない場合はどうなるか、あるいは法定相続人の全員が相続放棄をしたらどうなるのか。相続する人がいなければ最後には国に財産が帰属するというのは自然のことと思われるが、法定相続人ではないけれども、故人と親しくしていた人(特別縁故者)がいればその人に財産を承継させるのも合理的であろう。また故人の債権者としても相続財産を清算してもらい、そこから弁済を受けたいであろう。
このような相続人が不在となるケースを「相続人の不存在」といって、家庭裁判所が選任した相続財産管理人が相続財産を管理したり換価したりして、故人の債権者に分配したり、債権者がなければ特別縁故者に分配したり、誰もいなければ国に帰属させる、という制度が民法で用意されているのである。
財産がスムースに承継されない場合がもう一つある。それは法定相続人はいるはずだけれども、その人が行方不明になっているような場合である。他の法定相続人としては遺産分割をして相続財産を承継したいけれども行方不明者がいるので遺産分割ができないというような事態である。このような場合には、認定死亡といって、水難・火災などの事変によって死亡の蓋然性が高い場合に死亡を推定する制度や、失踪宣告制度のように死亡を擬制できる制度もあるが、それぞれ要件があるし、抵抗感を持つ場合もあって解決手段として万全ではない。このようなときに、行方不明者の代わりに遺産分割をする人がいれば他の法定相続人にとっても有益であろうし、行方不明者としても帰還したときに財産を管理してくれていた人がいれば助かることになる。そこで、民法は「不在者」という概念をもうけて、家庭裁判所が不在者財産管理人を選任して、その者が不在者に代わって遺産分割をしたり、不在者の財産を管理したりするのである。
「相続人の不存在」や「不在者」に対して設けられたそれぞれの制度はその趣旨が大きく異なるし、場面も異なるが、財産管理という面では類似するところがあって、民法上も規定が準用されたりしている。そこで財産管理制度として併せて一冊の図書となることが多い。
弁護士など法律専門家は、相続財産管理人や不在者財産管理人の業務に携わることも少なくないが、そのような職務とは別に、相続人がいない場合や不在者がある場合、財産がどのような手続で、どのように処理されるのか、きちんと理解していなければ満足な法律相談をすることはできないだろう。どちらの制度も民法上の制度なのである。
(2017年9月執筆)
人気記事
人気商品
関連商品
発刊によせて執筆者より 全75記事
- この世には地獄がある
- 使い倒していただくことを願って
- 発刊によせて
- 最適な贈与契約のために
- 発刊によせて
- 税理士事務所経営のささやかな羅針盤となるように
- 相続問題に効く100の処方箋
- 相続土地国庫帰属制度の利活用促進の一助になれば
- 患者と医療従事者とのより望ましい関係の構築を願って
- 遺言・遺産分割による財産移転の多様化と課税問題
- 専門職後見人の後見業務
- 不動産の共有、社会問題化と民法改正による新しい仕組みの構築
- 登記手続の周知
- 育児・介護休業制度に対する職場の意識改革
- メンタルヘルスはベタなテーマかもしれないけれど
- 持続可能な雇用・SDGsな労使関係
- 自動車産業における100年に1度の大変革
- 中小企業の事業承継の現状と士業間の連携
- 消費税法に係る近年の改正について
- コーポレートガバナンスと2つのインセンティブ
- 労働者の健康を重視した企業経営
- 被害者の自殺と過失相殺
- <新型コロナウイルス>「株主総会運営に係るQ&A」と中小企業の株主総会
- 意外と使える限定承認
- 保育士・保育教諭が知っておきたい法改正~体罰禁止を明示した改正法について~
- 筆界と所有権界のミスマッチ
- 相続法改正と遺言
- 資格士業の幸せと矜持
- 労働基準法改正への対応等、ケアマネジャーに求められる対応は十分か
- 人身損害と物的損害の狭間
- <新債権法対応>契約実務における3つの失敗例
- 新債権法施行へのカウントダウン - 弁護士実務への影響 -
- 不動産売買における瑕疵担保責任から契約不適合責任への転換の影響
- 子を巡る紛争の解決基準について
- 所有者不明土地問題の現象の一側面
- 相続法の大改正で何が変わるのか
- 民法改正による交通事故損害賠償業務への影響
- 「相手が不快に思えばハラスメント」の大罪
- 身体拘束をしないこと
- 合同会社の設立時にご検討いただきたい点
- 社会福祉法人のガバナンスが機能不全している実態が社会問題に
- 借地に関する民法改正
- ただの同棲なのか保護すべき事実婚なのか
- 農地相談についての雑感
- 瑕疵か契約不適合か 品確法は、改正民法に用語を合わせるべきである
- 外国人受入れ要件としての日本語能力の重要性
- 相続法改正の追加試案について
- 民法(債権法)改正
- 相続人不存在と不在者の話
- 財産分与の『2分の1ルール』を修正する事情について
- 離婚を引き金とする貧困問題と事情変更による養育費の変更
- 建物漏水事故の増加と漏水事故に関する終局的責任の帰趨
- 働き方改革は売上を犠牲にする?
- 次期会社法改正に向けた議論状況
- 消費者契約法改正と「クロレラチラシ配布差止等請求事件最高裁判決(最判H29.1.24) 」の及ぼす影響
- 「買主、注意せよ」から「売主、注意せよ」へ
- 障害福祉法制の展望
- 評価単位について
- 止まない「バイトテロ」
- 新行政不服審査法の施行について
- JR東海認知症事件最高裁判決について
- 不動産業界を変容させる三本の矢
- 経営支配権をめぐる紛争について
- マンションにおける管理規約
- 相続法の改正
- 消防予防行政の執行体制の足腰を強化することが必要
- 最近の地方議会の取組み
- 空き家 どうする?
- 個人情報保護法、10年ぶりの改正!
- 最近の事業承継・傾向と対策
- ネーム・アンド・シェイムで過重労働は防止できるのか
- 離婚認容基準の変化と解決の視点
- 境界をめぐって
- 妻の不倫相手の子に対しても養育費の支払義務がある?
- 個別労働紛争解決のためのアドバイス
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.