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一般2026年05月11日 「祖国」の定義 執筆者:冨田さとこ

中学生の女の子が、制服のポケットからボンタン飴の箱を取り出して、自分の口に一粒放り込んだ後、隣に座る高校生の姉に無言で勧める。日本各地でありふれているはずの光景が、目に焼き付いて頭の中から離れず、悲しい気持ちになります。私がそれを見たのが、全く思いがけない場所だったからです。

それは、品川にある東京入管の窓口の前で、高校生と中学生の外国籍の姉妹が、日本に残れるように手続に付き添った日の出来事でした。2人の両親は、アジアのA国の出身です。父親は、20年にわたり日本で暮らし、会社を経営してきました。途中で妻を呼び寄せ、姉妹が生まれました。姉妹は、日本で地域の子ども達と一緒にすくすくと育ちました。コロナ禍は父親の会社に大きなダメージを与えました。父親は経営を軌道に戻せず、会社は不安定になっていきました。

そのような折、昨年の参院選辺りから色濃くなってきた外国人バッシングもあって、在留資格の審査が厳しくなったことも影響したのか、父親の在留資格「経営・管理」の更新が不許可とされました。それまでは1年ずつ、合計20年間更新していたのに、突然「30日以内に出国してください」と言われてしまったのです。母親と姉妹が持っていた「家族滞在」という在留資格は、父親の「経営・管理」に紐づけられていたため、姉妹は、両親とともにA国に帰国するように言われてしまいました。

3か月以上の在留資格がないと、住民登録は抹消されます。預金口座も凍結されます。父親の会社の口座はもちろん、姉がアルバイトの給料を入れていた口座も凍結されて使えなくなりました(突然30日の在留期間にするのではなく、せめて住民登録を維持できる4か月程度の期間を与えて、ソフトランディングさせられなかったのかと思います。父親の取引先も迷惑を被ったはずです)。姉妹はA国には行ったことすらなく、その言葉も両親が話している内容がなんとなく分かるくらいです。自分たちが両親に話しかける時は日本語です。それぞれ地域の公立学校に友達がいて、その友達と同じように将来の夢もあり、A国で生活して教育を受けることは想像もできませんでした。

両親は、自分たちはともかく、娘たちだけでも日本に残れないかと奔走しました。中高生であれば、在留資格を「留学」に変更すれば、親の在留資格の影響を受けないことが分かりました。ただ、身元保証人や、学校からの様々な文書が必要です。幸い2人には成人した兄がいて、兄は2人のためになんでもすると言いました。2人の通う学校も「それは大変だ。姉妹の将来のために、いまの教育環境を維持すべきだ」と協力を惜しまないと言います。でも、申請してくれる弁護士や行政書士が見つかりません。

私のところに来たのは、「30日」の限定で与えられた在留期限が、残り数日という状態になってからでした。見かねた自治体の職員がつないでくれました。なぜ、そんなギリギリになったのかと問うと、数十人の行政書士に電話をして断られたということでした。私は手いっぱいの仕事を抱えてへとへとでしたが、相手は未成年の子どもです。そんな理不尽な目に遭わせてはいけないと思い、何とか時間を作って一家と一緒に入管に行くことにしました。

品川にある入管に申請に行った日、ほとんどの書類は揃っていましたが、さらに書類を追加するように求められました。聞くと、海外から新規に留学してくる外国籍の子どもに求められる書類です。高校生の長女が中学校を卒業したことの証明や、中学生の二女の担任教師の在職証明書…。入管の職員は、「日本で生まれ育っていることは、こちらの記録でも分かるのですが…」と恐縮しながら、これらの書類をあげていきます(真に実態を問う審査なのであれば、中身のない書類をそろえることにどれほど意味があるのでしょうか。別の案件でも思い出すのは‥‥と、言い出すと長くなるので止めておきます)。

在留期間は残り3日。ここで言い争っても仕方ないので、2日後に持ってくると約束する他ありませんでした。書類を出してから追完の指示を待つまでの間、窓口の前の混み合った待合スペースで、中学生の二女は母親にぴったりと寄り添い、勉強の得意な長女は教科書に顔を埋めていました。

2日後、用意できた追完書類を持って、再び一家とともに入管の窓口に向かいました。姉妹は、入管宛に「私たちの母国は日本です。友達もいる日本に残りたいです」という内容の手紙を書いていました。悪筆の私よりも遥かにきれいな文字でつづられている日本語の手紙を見て、私は「私たち日本人は、誰を日本から追い出そうとしているのだろうか」と思わざるを得ませんでした。求められた書類を提出し、結果が出るのを待つ間、姉妹が並んで座っているのを見るとはなしに眺めていたら、冒頭の光景が目に入りました。「ボンタン飴が好きなんだ…。この子たちの祖国が日本じゃなかったら、私達は、誰を日本社会に帰属する人と呼ぶのだろう」と思いました。

結局、2人には半年間の猶予が与えられました。両親は、2人が日本に残れることを見届けた数日後にA国に帰国しました。半年後の審査のために、私は継続的に一家の様子を見守っています。姉妹の兄から、両親がいなくなり特に中学生の二女が落ち込んでいるという話を聞くたびに、思春期の不安定な時期に、親子を引き離すことの罪深さについて考えこんでしまいます。

最近、日本で生まれ育った外国人には、日本国籍がなくても、自由権規約12条4項により日本により在留する権利(「自国に帰る権利」)が保障されているという論考に触れました*。所属する場所がないことは、個人の人生を著しく不安定にします。日本で生まれ育った子どもたちに、「あなたの居場所はここだよ。いつでも帰っておいで」といえる社会でありたい、あって欲しいと強く思います。

*金哲敏弁護士「『外国人に人権があること』を当然の前提とした議論が必要」(「国際人流」2026年4月号)

(2026年4月執筆)

(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

冨田 さとことみた さとこ

弁護士

略歴・経歴

【学歴】
2002年(平成14年)11月 司法試験合格
2003年(平成15年)3月 東京都立大学法学部卒業
2013年(平成25年)9月 Suffolk大学大学院(社会学刑事政策修士課程(Master of Science Crime and Justice Studies))修了

【職歴】
2004年(平成16年)10月 弁護士登録(桜丘法律事務所(第二東京弁護士会))
2006年(平成18年)10月 法テラス佐渡法律事務所赴任
2010年(平成22年)3月 法テラス沖縄法律事務所赴任
2015年(平成27年)9月 国際協力機構(JICA)ネパール裁判所能力強化プロジェクト(カトマンズ、ネパール)チーフアドバイザー
2018年3月~現在 日本司法支援センター(法テラス)本部
2020年7月~現在 法テラス東京法律事務所(併任)
※掲載コラムは、著者個人の経験・活動に基づき綴っているもので、新旧いずれの所属先の意見も代表するものではありません。

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