労働基準2024年03月08日 解雇理由証明書の解雇事由の記載と紛争への影響 執筆者:大西隆司
1、解雇理由証明書の記載と裁判での追加主張
解雇理由に客観的な合理性と社会的相当性がなければ、解雇権を濫用したとして解雇は無効(労働契約法16条)となり、解雇をめぐる紛争においては、使用者が主張する解雇理由の当否が重要な争点となります。
解雇理由について、使用者は、労働者が証明書を請求した場合、遅滞なくこれを交付しなければならず(労基法22条1項)、退職証明書においては、解雇の理由を具体的に示す必要があり、就業規則の一定の条項に該当することを理由として解雇した場合には、就業規則の当該条項の内容及び当該条項に該当するに至った事実関係を証明書に記入しなければなりません(平成11年1月29日基発45号通達)。
そのため、解雇当初に記載した解雇理由について不備があった場合や、追加事情が判明した場合に、訴訟等で解雇理由の追加主張が争われることも少なくありません。以下、追加主張の可否を検討します。
2、懲戒解雇における追加主張の可否
判例は、休暇請求等を理由とした懲戒解雇がなされ、事後的に経歴(年齢)詐称が発覚した事案(最判H8.9.26)において、懲戒解雇の場合は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否はその理由とされた非違行為との関係において判断されるべきとして、懲戒事由は処分の時点で使用者が認識していたものに限られ、懲戒処分後に発覚、認識した事由をもって懲戒処分の有効性を基礎付けることはできないとしています。
また、会社に断りなく、営業協力費の拠出を依頼したこと、虚偽の報告をしたこと及び本件確認書の存在を隠していたことの事実について、使用者が解雇当時に認識していたが、いずれの事実も解雇事由として明示的に挙げていなかった事例(東京地判H26.7.4)でも、懲戒解雇当時、それら事由について、解雇事由とはしていなかったと認定し、本件懲戒解雇の理由として追加することもできないとしています。
また、同裁判例では、使用者は、懲戒解雇対象行為が一連のものであり実質的に記載した行為に包含される旨の主張もしましたが、記載した行為と記載のない行為との時点及びその性質を異にするものであり、実質的に包含されるものでない旨と判示して、解雇事由として主張することを認めませんでした。
以上のように、懲戒解雇においては、追加主張が許されず、記載事項の解釈も限定的に解釈されます。懲戒解雇を行う前に、十分な調査を行った上で、できる限り具体的かつ網羅的に解雇理由を記載しておくことが重要です。
3、普通解雇における追加主張
一方、普通解雇においては、解雇当時に存在した事由について、解雇事由を追加できるとするのが裁判例の傾向です。
普通解雇の場合には, 処分事由ごとに別個の解雇処分を構成するものではなく,全体として一個の解約申入れであるとして、客観的に解雇を相当とする事由が存在すれば、解雇権の行使は適法となるのであって、解雇の有効、無効の判断に当たっては客観的に存在した事由を全て考慮することができるとした裁判例があります(前橋地判H12.4.28)。
懲戒解雇では解雇事由の追加が認められないため、懲戒解雇と併わせて予備的に、普通解雇をしておくことも有効でしょう。
上記裁判例は、就業規則所定の懲戒事由に当たる事実がある場合において、使用者が、労働者を懲戒処分に処することなく、普通解雇に処することは、就業規則上、懲戒解雇事由をもって普通解雇をなしえないとされている場合を除きできると判断し、控訴審(東京高判H14.4.17)でも同様の判断がされています。
但し、同事例の第一審では、普通解雇事由の主張を認めたものの、処分の方法として解雇の合理性を欠き、解雇無効と判断されていました。
普通解雇事由の追加が許されるとしても、当初解雇理由として記載しなかった事由は使用者がこれを重視していなかったとして、解雇の有効性の判断に影響を与える可能性もあります。普通解雇においても、就業規則上の普通解雇事由を吟味した上で、判明している事由はできるだけ漏れなく記載しておくことが重要です。
(2024年2月執筆)
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執筆者
大西 隆司おおにし たかし
弁護士(なにわ法律事務所)
略歴・経歴
なにわ法律事務所URL:http://naniwa-law.com/
「大阪産業創造館 経営相談室「あきないえーど」 経営サポーター(2012年~2015年3月、2016年~2019年3月、2020年4月~)」、関西大学非常勤講師(2014年度〜2016年度)、関西大学会計専門職大学院非常勤講師(2017年度〜)、滋賀県商工会連合会 エキスパート登録(2013年~)、大阪弁護士会遺言相続センター登録弁護士、大阪弁護士会高齢者・障害者支援センター「ひまわり」支援弁護士。
著書
『特別縁故者をめぐる法律実務―類型別のポイントと書式―』(新日本法規出版、2014年)共著
『法務・税務からみた相続対策の効果とリスク』(新日本法規出版、2015年)相続対策実務研究会代表大西隆司(なにわ法律事務所)編著
『事例でみる事業承継の実務―士業間連携と対応のポイント―』(新日本法規出版、2017年)編著
『〔改訂版〕事例でみるスタンダード相続手続―士業間連携による対応方法―』(新日本法規出版、2018年)編著等
『事例でみる スタンダード債権回収手続―専門家の視点と実務対応―』(新日本法規出版、2019年)編著
『相続対策別法務文例作成マニュアル―遺言書・契約書・合意書・議事録―』(新日本法規出版、2020年)著等
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