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民事2020年06月17日 集団的消費者被害回復手続活用事案の行方(2) 執筆者:井田雅貴

1 私が2月に執筆した「集団的消費者被害回復手続活用事案の行方(1)」では、集団的消費者被害回復制度を利用した訴訟手続の第1号事件の概要と、東京地方裁判所で、2020年3月16日に判決が出ることを紹介した(判決がでたのは3月6日でした。訂正いたします)。
 今回の原稿では、判決の概要をお伝えする。

2 結論からいえば、特定適格消費者団体側が勝訴した。主文が特殊であるため、まずは主文から紹介する。

1 被告(東京医科大学、以下同じ)が、別紙対象消費者目録記載1の対象消費者に対し、個々の消費者の事情によりその金銭の支払請求に理由がない場合を除いて、次の金銭支払義務を負うことを確認する。
(1)入学検定料、受験票送料、送金手数料及び出願書類郵送料、並びに対象消費者が特定適格消費者団体に支払うべき報酬及び費用に相当する額の不法行為に基づく損害賠償の支払義務
(2)(筆者注:本項は遅延損害金の支払義務であるために割愛)
2 原告のその余の請求に係る訴え(受験に要した旅費及び宿泊料に係る共通義務の確認を求める部分)を却下する。

 主文に面食らった方も多いと思う。
 集団的消費者被害回復制度は手続が2段階に分かれ、第1段階は共通義務確認訴訟(相当多数の消費者と事業者との間の共通義務の存否を裁判所が判断する訴訟)、共通義務の存在が認められたら、第2段階は対象債権の確定手続(個々の消費者が、簡易な手続によってそれぞれの債権の有無や金額を迅速に決定し、被害回復を図る手続)、が予定されている。
 上記主文は、相当多数の消費者と事業者との間で、共通義務が存在する部分と存在しない部分がある、ことを示したものである。共通義務が存在しないという部分は「受験に要した旅費及び宿泊料」であるが、これらの費用は消費者(受験者)の個別性が強く、共通義務に馴染まない部分であるためにその義務が認められなかったものである。
 なお、被告は上記判決に控訴していない。

3 では、東京地方裁判所が共通義務の存在を認めた理由は何か。
 私が2月に執筆した原稿では、被告の主張(共通義務を負わない)の根拠を3つに分けて説明した。下記に再掲する。

<学校法人の主張その1 受験契約の義務違反はない>
 憲法は私人間には直ちに適用されるものではなく、大学設置基準は行政上の規制に過ぎない。このため、これに従っていなくても違法ではない。
 また、採点方法の開示の必要はなく、アドミッションポリシーに沿った採点をする義務はないので、受験生に明示せずに得点調整を行っても不法行為には当たらない。さらに、得点調整をしていても、試験の実施と合否の判定自体は行っているので、債務不履行ではない。
<学校法人の主張その2 因果関係の不存在>
 受験生は、建学の精神や校風、所在地、学費など様々な要素を考慮して出願するかを決めること、他大学との試験日程の重なりはわずかであるので、知っていたら被告を受験せずに他大学を受験したとは言えないこと、志願者及び入学者の男女別、現役と浪人別の人数を明らかにしているので、属性ごとの入学のしやすさは十分判別可能であった、ことから、仮に、義務違反があったとしても、受験者の損害との間に因果関係はない。
<学校法人の主張その3 得点調整の背景>
 女性医師には、一般的な就業率が男性医師に比べて低い、勤務時間が短い、診療科の選択に偏りがある、という傾向がみられる。大学病院は、高度医療を提供するため多数の医師の確保が必要であるところ、医師の確保は卒業生に依拠するところが大きい、得点調整の背景には、係る実情がある。

 裁判所は、被告の主張をどう判断したのか。筆者なりに要約すると下記のとおりである。
(1)被告が行った性別等の属性による得点調整は、憲法14条1項や大学設置基準の趣旨等に反するものである。
(2)消費者(受験生、以下同じ)は、被告から事前に説明されない限り、性別等によって一律に不利益に扱われることがないとの期待を有しており、その期待は法的保護に値する。このため、被告は消費者に対し、入学試験の評価において考慮する旨を予め告知すべき信義則上の義務を負う。
(3)被告が、消費者に対し、属性に基づく得点調整により合否の判定に実質的な不利益を負わせることを事前に告知したなら、消費者が当該大学に出願しないと考えることは極めて自然であり、被告の違法行為と消費者が被った損害との間に因果関係がある。

 読者の皆様、いかがであろうか。
 筆者は、東京地方裁判所の判決理由が極めて妥当だと考える。
 消費者は、その一生を左右する大学受験において「公平な試験評価」を望んでいることは論を待たない。大多数の大学は、現在、受験評価に条件を付す際にこれを事前に開示している。被告は、本件で標記条件を事前に示すことは可能であったはずである(開示が憚られた試験評価であることは理解できるが)。

4 なお、上記判決を得た特定適格消費者団体は、これ以外にも集団的消費者被害回復制度を活用した訴訟をなしている。これからも、本制度に注目されたい。

(2020年6月執筆)

執筆者

井田 雅貴いだ まさき

弁護士(弁護士法人リブラ法律事務所)

略歴・経歴

出   身:和歌山県 田辺市
昭和63年:京都産業大学法学部法律学科入学
平成 4年:京都産業大学法学部卒業
平成 7年:司法試験合格
平成 8年:最高裁判所第50期司法修習生
平成10年:京都弁護士会 谷口法律会計事務所 所属
平成14年:大分県弁護士会登録変更 リブラ法律事務所 所属
平成16年:弁護士法人リブラ法律事務所に改組

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