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民事2023年12月08日 消費者法のゆくえ(1) 執筆者:井田雅貴

1 はじめに

 消費者庁では、令和4年8月30日から同5年6月30日まで「消費者法の現状を検証し将来の在り方を考える有識者懇談会(以下「懇談会」という。)が実施され、議論の整理状況が公表されている(以下「議論」という)。
 以下では、整理状況のうち、筆者が気になった点について雑感を述べる。

2 消費者法で何を実現するか

 議論では、これまで、消費者法によって消費者の支援・保護を図ることが正当化された根拠は「消費者・事業者間の情報の質・量、交渉力の格差」であったところ、これでは不十分になっている。 これからの消費者法においては、消費者と事業者間の格差のみならず、「消費者の脆弱性」を正面から捉えていくべき、という考えが示されている。係る考え方の背景には、デジタル化やAI等の技術の進展により、人間の限定合理性や認知バイアス 等が容易に攻撃され消費者に不利益で不公正な取引が広範に生じやすい状況が生じているという発想がある。確かに、誰でもインターネットを利用する現代社会で、広告や宣伝の内容は、個別消費者の購買履歴や閲覧履歴の蓄積により、当該消費者に対し、個別に、より効果的に訴求するものとなっており、情報の質・量というよりは当該消費者の心理的脆弱性 をつくものとなっている。
 また、高齢化の進展により認知機能が不十分な消費者の割合が拡大しているという現代社会の特性も見逃せない。認知機能が不十分な高齢者、という状況を利用して不適切な契約を締結する事業者も存在し(例えば高齢者が所有する不動産を終活と称して廉価 で取引して高値で転売する事例)、「情報格差」に依拠した取引とはいえない消費者被害事例も存在する。
 もっとも、議論では、消費者に脆弱性が存在することのみをもって各種規制を導入することを消費者法の役割とすることは困難であり、消費者法は、消費者の脆弱性を事業者が意図的に利用する場合や、事業者が意図的に操作して消費者の脆弱性を引き出す場合にこれを規制する、との考えが示されている。
 確かに、人の限定合理性や認知バイアスは取引の場面のみならず生活上のあらゆる場面で生じ得る以上、脆弱性のみを根拠とするのでは弱いであろうし、脆弱性はいわば人ごとに異なり、事業者としても当該人と交渉をしなければ脆弱性の程度を感じ取ることはできないことから、そのことのみで例えば契約を取り消せるとすれば取引の安全にも支障が生じるばかりか、却って特定の属性の人を取引から排除することにもなりかねない。
 このことから、事業者側が消費者の脆弱性を不当に利用したような場合にのみ規制するという態度は相当であろう。

3 消費者法の対象主体とその考え方について

 議論では、現在の消費者法が前提としている「一般的・平均的・合理的」消費者概念は、情報や判断の機会等が与えられれば適切かつ合理的な決定ができる古典的な「強い消費者」像を想定しているところ、現実の消費者は、情報等が与えられてもなお不合理な行動をしてしまう脆弱性を有しているのであるから、そのような現実の消費者像を正面から捉え、例えば、消費者の脆弱性には、大別して、限定合理性等の誰もが常に有する脆弱性、一定の状況から生じる状況的脆弱性、若年・高齢・貧困等の一定の属性から導かれる類型的・属性的脆弱性があることから、それぞれに必要な対応を考えるべき、との考えが示されている。
この点は、基本的発想として是認 できるものの、例えば一定の属性から導かれる類型的・属性的脆弱性には、民法の「制限行為能力制度」が既に対応しているとも評価できるものであり、消費者法特有の規制としては一定の状況から生じる状況的脆弱性に関して規制することとなろう。
その場合でも、状況的脆弱性のみを根拠として規制をすることができないのは上記のとおりである。
 また、議論では、消費者法の設計に当たり、事業者の性質に応じてグラデーションのある規律 とすることが必要である、との考えが示されている。具体的には、法令を遵守 しないことに経済的メリットを見出して行動するような悪質性が認められる事業者は、民事ルールや事前規制といった法制度には反応しないため、係る事業者に対しては行政規制だけではなく刑事規制も視野に入れた対応が必要である、とされている。この点も、総論としては賛成である。ただし、行政規制も刑事規制も「現実に規制されること」が最大の抑止力であるところ、例えば行政規制については地方公共団体で十分な執行力を有しているとは言い難い状況にある。法の抜け穴を闊歩するかのような事業者に対しては強力な規制・執行が必要であろう。
 更に、議論では、消費者法の対象の広がりとして、例えば、取引当事者に依拠して生活する者にも一定の利益の実現を消費者法で考慮すべきであるとする。この点は、特定の宗教団体加入者の子どもの利益保護 の必要性が意識されたことを契機としていると思慮されるところ、具体的な被害事案を離れてどこまで考慮できるかは一考の余地があろう。
 議論では、このほか、取引の場を提供するプラットフォーム や、取引を可能にする決済手段を提供する者、取引の判断材料となる情報や広告を提供する者など、特に消費者の意思決定に強い影響力を有する者を中心に、健全な取引を促進する形で消費者法での対応を検討していく必要がある、としている。
とりわけ、プラットフォーマーや決済手段を提供する者と事業者との合意による自主規制は消費者被害事案の予防に一定の成果があると目されており(事業者はこれらの者との取引を排除されることを嫌う)、これらの者との協議の場を継続することは取引実態を知るうえで不可欠であろう。
 このほか、議論では、国と民間団体との役割に着目しているところ、とりわけ、適格消費者団体 (制度)が新たな役割を担う可能性を検討する必要がある、すなわち、同団体の活動が、契約に関する勧誘行為や契約条項に対するチェック機能と同様に、プラットフォームの格付けやデザインの監視・評価の役割を担うことが考えられる、とされている。適格消費者団体が行う差止め請求は、正に係る役割を果たしているといえ、今後も増大するインターネット上の取引でみられる不当表示に対する抑制手段として、いわば行政規制を補完しているものである。係る役割を担う同団体への支援を求めるものである。

次回に続く

(2023年11月執筆)

執筆者

井田 雅貴いだ まさき

弁護士(弁護士法人リブラ法律事務所)

略歴・経歴

出   身:和歌山県 田辺市
昭和63年:京都産業大学法学部法律学科入学
平成 4年:京都産業大学法学部卒業
平成 7年:司法試験合格
平成 8年:最高裁判所第50期司法修習生
平成10年:京都弁護士会 谷口法律会計事務所 所属
平成14年:大分県弁護士会登録変更 リブラ法律事務所 所属
平成16年:弁護士法人リブラ法律事務所に改組

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