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民事2020年10月26日 特別対談企画 生活の知恵としての信託 ~不動産信託(中編)~ スターツ信託株式会社 取締役 鈴木真行 ✕ 信託ナビゲーター・税理士 石垣雄一郎 対談 生活の知恵としての信託 対談者:鈴木真行 石垣雄一郎

-金融機関に対し信託会社が無限責任を負い、受益権質権を活用し、受益者の負担を軽減する信託スキーム-

《はじめに》

 本年6月から不定期で始めました「生活の知恵としての信託」シリーズは、誰もが民事(家族)、商事を問わず、信託の使い方を知ることができる「信託の民主化」をめざした企画です(※1)。本シリーズに登場される方には、予めこの趣旨に対するご賛同をいただいております。

 今回はスターツ信託株式会社(※2)の取締役・鈴木真行様との対談です。この対談では、同社の信託契約の中心をなす「無限責任を負う受託者」と「受益権に対する質権設定」について、興味深いお話を伺いました。
 なお、本対談は、複数回のリモート・ワークによるものです。対談における法的見解、考え方は、対談当事者個人によるものであり、読者またはそのお客様方の個別案件に対応するものではなく、その責任を負うものではありません。また、商品等の勧誘を目的とするものでもありません。

※2 スターツ信託株式会社・HP
https://trust.starts.co.jp/

【信託メモ①】

土地信託
 本稿における「土地信託」とは、税務当局の昭和61年旧通達の「土地もしくは土地の上に存する権利(以下土地等)または土地等およびその上にある建物その他の不動産を信託財産とし、その管理、運用、または処分を主たる目的とする信託」に倣った言い方です(※3)。本稿で「不動産信託」というときは「土地信託」と同義です。

※3 拙著「問題解決のための民事信託活用法」(新日本法規刊)第2章・補足メモ3・P287参照

《信託業務の受注方法》
石垣 さて、信託業務の受注は、どのようにされているのですか?

鈴木 大切な財産をお預かりする仕事ですので、ほとんどの案件はご紹介で、現状はスターツのグループ会社からの紹介、金融機関、税理士・司法書士、コンサル会社等からのご紹介が全体の大半を占めています。その他は、信託不動産がお客さまの相続などによって売却される場合、受益権売買を仲介し、受益者変更のお手伝をすることがあります。信託受益権のままで購入すると流通税の軽減や不動産取得税の繰り延べなどのメリットがあるからです。なお、販売目的での受益権組成はしていません。

石垣 ありがとうございます。受注は、広報・研修・営業活動の成果かと思われますが、改めて、研修ご担当の鈴木さんは、どのような点に心がけて研修の場に臨まれているのですか?

鈴木 前にお話しましたように、受講者の立場で研修内容を考えるようしています。その方のお仕事が何であり、その中で信託をどう使えば成果が期待できるのかを常に心がけています。例えば、金融機関の例でいえば、融資機会を生むことです。また、金融機関の顧客の世代交代により、取引金融機関が変更されるリスク、つまり、顧客の資金流出リスクに対応する手段としての信託を提案し、実行しています。

石垣 そうした研修が金融機関の方々の不動産信託に対する認識の変化をもたらし、信託の普及に影響を与えていると思います。

《受託会議の開催》
石垣 信託会社の場合、信託を引き受けるかどうかは、信託法だけでなく、信託業法の適用を前提に考慮し、判断しなければならないでしょうから、当然、慎重に審議されることと思います。この点は、いかがですか?

鈴木 当社では、信託をお引き受けするかどうかを審議する受託会議を開いています。何よりもお預かりする不動産が信託契約期間中に問題なく管理運営できることを重視します。金融資産と異なり、建物には老朽化の問題があります。例えば、建築後30年を経過した建物を長期間お預かりすることは現実的ではありません。信託契約期間中に建替え等が必要になるからです。金融資産の信託では起こりえないことが不動産では当たり前に起こる、どのような問題が起きるのかを予測して受託の可否を判断しています。

石垣 では、信託を引き受けないことがはっきりしているのは、どういう場合ですか?

鈴木 不動産では借入をしていることが多々あります。債務超過となっている物件などはお引き受けできません。また、違反建築物件や旧耐震物件(昭和56年以前の建築)なども受託できません。

石垣 確かに、そうした場合は引き受けられませんね。

《受託会議は人財育成の場》
石垣 御社の「受託会議」のメンバー構成を教えていただけますか?

鈴木 当社では受託の可否を判断する際に役員および営業部門、運用部門、管理部門の責任者と担当者をメンバーとする「受託会議」を開催しています。会議のメンバーは、大手信託銀行で不動産信託業務を経験した者やグループの不動産部門で物件の募集や管理を担当した者など、その道のプロフェッショナルとしてキャリアを積んでいます。メンバーはそうした背景があるため、受託会議では色々な方向から受託に対する問題点の指摘、意見、アイデアが飛び交います。

石垣 一つの案件について、専門分野の違う方々が多面的に検討をされているようですが、それぞれに専門性がある分、意見の対立があるのではないですか?

鈴木 初期の頃は双方の考え方や意見が合わないことは多々ありました。信託銀行は平成初期に受託した土地信託がバブルの崩壊とともに一気に収益の悪化を招き、信託解除(終了)や売却清算となり、裁判の被告として数多くの訴訟を経験しました。そのような過去があるため、信託銀行出身者はどうしても運用に関しては安定的で慎重な姿勢です。これに対し、不動産畑が長く、賃貸不動産を管理運営してきたメンバーは、これまでの経験やお客さまのニーズなどを考えて攻めの姿勢が強くなりがちですから、会議では議論が紛糾することもありました。しかし、最終的には、受益者にとっては何が最善か、なぜ、信託を活用したいと思ったのか、また、受託者としての主たる責任はどこにあるのかにフォーカスして意見を交わし、各案件ごとに着地点を見つけるようにしてきました。

石垣 顧客目線でいえば、知見のある専門家同士の意見対立は、馴れ合いがない分、むしろ安心できます。強い組織を作りに欠かせない場となっているようですね。

鈴木 はい、そう思います。受託会議は当社独自の信託ノウハウ蓄積と人財育成の場になっています。

《信託前のデューディリジェンス(適正評価手続き)》
石垣 信託を引き受ける前にデューディリを実施されているかと思いますが、その点を教えていただけますか?

鈴木 受託前に建物の遵法性を調査します。費用はオーナー負担です。ただし、当社が受託する不動産信託は、上場リートのように不特定多数に対して販売する商品ではありませんので、調査内容は建築基準法や消防法、土壌汚染などの問題がないかに限定されます。デューディリの範囲次第ですが、費用は通常数万円から数十万円程度です。

石垣 不動産市場のデューディリは実施しないのですか?

鈴木 はい。当社は対象エリアを東京、名古屋、大阪に限定しています。そのため、賃料相場、市場の需給動向等は、信託前にスターツグループの情報を中心に把握できますので、コストをかけて不動産市場を調査することはしていません。

《受託した不動産の構成》
石垣 御社の不動産信託は、どのような不動産で構成されているのですか?

鈴木 受託不動産の構成割合は、ほとんどが賃貸マンションで、テナントビルはわずかです。

石垣 エリアだけでなく、物件に関しても経営資源の集中を図り、絞り込みがされているようですね。

《信託の目的》
石垣 ところで、信託の目的はどのように定めているのですか?

鈴木 当社が受託するのは賃貸用不動産ですので、信託の目的は、財産を管理、運用、処分する旨を表現したシンプルな内容としています。

石垣 やはり、そうですか。ありがとうございました(信託メモ➁参照)。

【信託メモ➁】

民事(家族)信託における信託の目的の重要性
 信託会社は、いつ、どの時期に、何をすべきかを心得た専門家ですから、専門家として信託契約に定められた「信託事務の処理」を適切に行えば、シンプルな内容の「信託の目的」であっても、委託者の思いを実現できると考えられます。
 一方、民事(家族)信託の受託者は一般的に信託のことにも、不動産のことも、それほど詳しい専門家ではありません。そのため、民事(家族)信託では、素案の段階で、「委託者となるべき者」の思い(※4)をできる限り「信託の目的」に反映させ、何のための信託であるかを「受託者となるべき者」に示し、事前に、「信託の目的」を達成するために負う忠実義務、善管注意義務、分別管理義務、利益相反取引義務などについて「心構え」をもってもらう必要があります。

※4 拙著「問題解決のための民事信託活用法」(新日本法規刊)第1章・ケース2・P72~P77参照

《信託事例の共通点・無限責任を負う信託内借入と受益権に設定する質権》
石垣 御社の信託活用事例には何か共通点はありますか?

鈴木 当社HP(※2)には、現在、信託の活用事例5件、信託をしていただいたお客さまの声7件を掲載しています。信託に至った理由は、それぞれのご家庭で異なりますが、共通点は「今を大切にすると同時に次世代へ大きな負担を残さない。」という思いです。不動産という財産は、現金のように簡単に分割したり、手間をかけずに相続させることができません。そのため、どのような形で次世代へ引き継ぐかが大きなポイントです。例えば、相続対策として賃貸マンションを建築する方は多数いますが、銀行ローンを借りる場合には法定相続人(通常は子供)を「連帯保証人」にするのが一般的でした。しかし、実際には財産をまだ持っていない子どもにとって、「連帯保証人」になることはかなりの負担となっていました。そこで、当社では、一定の条件を満たす案件では「信託内借入」(後述)といって「当社(受託者)が債務者」となって資金調達を行います。このため委託者兼受益者は、金融機関との関係で、直接の債務者とならず、どの事例も連帯保証人不要で融資を受けています。当社が資金調達・返済と経営の根幹にかかわりますので、お客さまにとっては大きな安心材料になっています。また、金融機関からの借入にあたって、当社信託スキームでは、信託財産に抵当権設定登記をせず、信託受益権への質権設定(後述)だけで融資を受けますので、一般的な融資に比べて登記費用がかなり低額(※5)になります。

※5 抵当権設定登記の登録免許税は債権額×4/1000(登録免許税法・附則1条・別表一・一(五))ですが、スターツ信託のスキームではこのコストを要しません。質権設定に掛かる費用は確定日付の文書を取得するのに、現在、公証役場の手数料700円(確定日付の付与・公証人手数料令37条)がかかるのみです。

《受託者(信託会社)が無限責任を負う信託内借入》
石垣 御社の信託スキームには、「信託内借入」と「受益権に対する質権設定」と大きな特徴が2つあります。少し詳しく教えてください。まず、「信託内借入」からお願いします。確認ですが、これは御社の締結する信託契約書に、受託者は借入れをする権限がある旨の定め(信託法21条1項5号参照)を設けているという前提でよろしいですか?

鈴木 もちろんです。「当社が債務者」ですから、金融機関からの借り入れは、信託財産責任負担債務(信託法2条9項)となり、当社が無限責任を負います

石垣 御社はリスク回避のため、金融機関との間で、責任財産を信託財産に限定する責任財産限定特約(信託法21条2項4号)を締結してもおかしくありません。にもかかわらず、あえて無限責任を負い、リスクを取りに行くことで、保守的とならざるを得ない金融機関に対しては、リスク低減を図り、不動産融資に道筋をつけ、投資意欲をもつ不動産オーナーに対しては、連帯保証人を要することなく、投資機会を提供する信託スキームを提供していることがわかります。

鈴木 そういう意味で、当社独自の方法だと思います。繰り返しになりますが、「信託内借入」の融資スキームはノンリコース(非遡及)ローンではなく、当社へのリコース(遡及)ローンとなっています。金融機関との間ではリコース型を維持し、返済金に不足がある場合は、当社は受益者に請求できる旨を信託契約書に定めています(信託法48条5項参照)。

石垣 受益者に請求できるとはいえ、御社と金融機関との間では、借入金について、あくまで無限責任を負う旨を明確にしている点はユニークであり、他社が真似しにくい気がします。ところで、このスキームでは、委託者または受益者が死亡した時に信託が終了し、「信託内借入」は、債務者を変更する手続きをとるのですか?

鈴木 いいえ。当社が取扱う信託契約(特定贈与信託を除きます。)では、一般的には委託者や受益者の死亡を信託の終了事由とはしていません。そのため、信託内借入の場合には、信託財産である土地・建物・金銭を受益権で取得する新たな受益者は、その受益権を質権が設定されたまま取得し、信託内借入金(信託財産責任負担債務)については、その債務を当社が負い続けることになります。

《金銭消費貸借契約に関する追加の約定》
鈴木 さらに、当社は、金融機関に対して、無限責任を負いますので、各金融機関とは個別に約定書を取り交わし、債務を信託財産で支払いきれない場合は、スターツ信託の固有財産を引き当てる旨を明記しています。各金融機関はこれをプラス評価と捉えて融資の審査を行っていただいています。

石垣 無限責任を負う旨を、信託内部だけでなく、信託外部にも書面で明らかにしているわけですから、金融機関にとってはプラス評価以外ないと思います。

鈴木 現在取引のない金融機関の方にもそう思っていただけるとありがたいです。

《債務相続対策に有効な信託財産責任負担債務》
石垣 ところで、受益者死亡を信託の終了事由としない(信託法91条参照)となれば、御社の債務(信託財産責任負担債務、つまり、借入金)は、相続開始時に共同相続人がいても、重畳的債務引受となることはなく、金融機関と免責的債務引受の交渉をする必要がないということですか?

鈴木 はい。その通りです。

石垣 なるほど。債務相続対策という点から見ても、信託の特徴をうまく生かした信託スキームです。専門家の間にこの点の理解が広がれば、顧客に対して提供する相続対策の選択肢が増え、従来の遺産分割策が変化して(※6)、相続トラブルのリスク減少につながります。また、相続税法の点からは、同法9条の2・2項、6項、9条の3(受益者連続型信託の特例)の規定により、受益権を取得した新たな受益者が「信託財産に属する資産と負債」について、相続税法(相続税法41条2項を除きます。)の適用を受けますから、このスキームでは同法の適用関係も整理されていることがわかります(※7)(※8)。ところで、受益者死亡を信託の終了事由としないということは、借入れの返済が終わるまで信託の終了はないということですか?

鈴木 はい。原則として借入れの返済終了まで信託は終了しません。もちろん、状況に応じた繰り上げ返済や、売却して一括返済することはあります。

石垣 それは借金を返し終わるまで責任をもって信託を続けます、という姿勢を予め示しているように映ります。言い換えると、受託者は、借入れの返済を済ませ信託が終了するまで「今を大切にすると同時に次世代へ大きな負担を残さない。」という委託者と受託者共通の「思い」の実現に向かって責任を持って取り組みます、という姿勢の顕と見て取ることができます。この思いこそ受託者が達成すべき「信託の目的」ともいえますが、御社の信託契約書にその定めはありませんし、一律そう定めることもできないでしょうから、この「思い」「信託の本旨」(信託法29条1項)と受け止めることができます。

※6 拙著「問題解決のための民事信託活用法」(新日本法規刊)第1章・ケース2・P92参照
※7 拙著「問題解決のための民事信託活用法」(新日本法規刊)第2章信託税制・Q&A46・47等・P321~参照
※8 信託財産責任負担債務は、その債務に係る受益権について相続税法9条の3第1項本文の規定の適用がある場合は、同項本文に規定する制約が付されていないものとみなされた受益者連続型信託に関する受益権に帰属します(相続税法基本通達9の3-3(1))。
   拙著「問題解決のための民事信託活用法」(新日本法規刊)第2章・信託税制Q&A52・P343参照

《借入金付きの既存賃貸不動産を信託するケース》
石垣 不動産オーナーが既に借入金付きで賃貸不動産を所有する場合、そのオーナーと御社が信託契約を締結する時の借入金の債務者はどなたですか?

鈴木 既存の借入金があるケースでは委託者名義のまま信託する場合と受託者である当社が「信託内借入」で借り換えする場合があります。後者の場合の債務者は当社です。当社でいう「不動産管理信託」のことで、既存融資を借り換えますので既存融資の連帯保証人は不要となり、連帯保証人だった方はその重圧から解放されます。併せて抵当権は抹消されます。抹消時に少額ですが登録免許税はかかります(登録免許税法・附則1条・別表一・一(十五))。また、当社の不動産信託では抵当権設定をせずに、受益権に対して質権を設定する方法(下記参照)をとるため、通常の借換えで必要になる登記費用や保証料はかかりません。

《受益権に対する質権設定》
石垣 次に、もう一つの特徴である借入時に実施する「受益権に対する質権設定」のご説明をお願いします。当初からこの方法を採られていたのですか?

鈴木 はい。このスキームはバブル期の信託銀行が行った土地信託で使われていたもので、当社の土地信託第1号案件(2010年完成)から適用しています。10年前、信託銀行以外では初めての土地信託でしたが、信託銀行が築いてきた過去の実績がありましたので、実現できたものと思っています。

石垣 信託法は「受益者は、その有する受益権に質権を設定することができる」(信託法96条1項本文)と規定し、これにかかわらず、信託契約に「質入制限の定め」を設けることができると規定しています(信託法96条2項)。そこで、一応、確認ですが、御社の信託契約書には、受益者が受益権を「質入」するときは、受託者の承諾を必要とする旨の定めがあるということですか?

鈴木 はい。当社が受益者に質権設定の承諾をした上で、受益者が質権設定者として受益権に対して質権を設定しますと、もう一方の当事者である金融機関(質権者)は、受益権について他の債権者に先立って自己の債権(受益権)の弁済を受ける権利を有する(民法342条)ことになります。ですから、金融機関は抵当権を設定する必要がありません。

《受益権質権設定の手順》
石垣 そういうことですか。では、質権設定の手順を教えていただけますか?

鈴木 受益者が受益権に対して質権を設定するのは、当社が債務者となって金融機関から「信託内借入」をする時です。このとき、質権設定をするために信託受益権質権設定契約書を取り交わします。質権設定者(不動産オーナー・受益者)、受託者(金消契約の債務者・当社)、そして、質権者(金消契約の債権者・金融機関)がその書面のそれぞれ必要な箇所に署名捺印し、受益権に対し質権を設定します。なお、第三者への対抗要件を備えるため、この書面は、公証役場で確定日付を取得します(民法364条)。つまり、金融機関は、「信託内借入」で当社に債務の無限責任を負わせるだけでなく、受益権質権について確定日付のある書面の取得より、優先的に債務の弁済を受けることができるようになります。

石垣 そうすると、金融機関は、受益権質権によって債権を保全し、それで不足するときは御社に無限責任を負ってもらいますから、万全の体制をとってもらっていますね。それから、これも念のための確認ですが、受益権質権の被担保債権(債権者・金融機関、債務者・受託者)の期限の利益喪失事由が生じるまで、受益者(質権設定者)は、収益を受領できる旨の定めが受益権質権設定契約書に設けられている(※9)と考えてよろしいですか?

鈴木 はい、その通りです。

※9 金融法委員会は、「信託受益権に対して設定された質権の効力」(平成16年9 月15 日)において、次の例をあげています。 「例えば不動産流動化取引においては、一般に質権者である金融機関が、受益権を保有するSPCに対する貸付債権の期限の利益が喪失されるまでの間は、質権設定契約上、質権設定者が収益を受領することを許容する旨が規定される。」

《信託により担保の範囲を広くとれる金融機関》
石垣 鈴木さんは、金融機関向け研修で、御社の信託スキームをご存じない金融機関の方に対して、これまでのご説明に加え、その安全性をどのようにお伝えになりますか?

鈴木 まず、信託をしてない場合と当社が信託をする場合とに分けてご説明します。信託をしてない場合、通常のアパートローンで担保になっているのは抵当権を設定した土地と建物のみです。これに対し、信託をする場合、受益権質権の範囲は、信託財産である土地建物はもちろんですが、信託口座(後述)の金銭や毎月の受取家賃にも及びます。信託口座には敷金や大規模修繕積立金も金銭としてストックされており、通常は数百万円から数千万円が口座内にプールされます。信託をしてない場合、アパートローンを延滞するような債務者は、銀行口座が差し押さえられることがわかっているため、家賃の振込先を別口座や別名義に変更して家賃の差し押えを逃れようとすることがあります。しかし、当社が信託をしている場合、受託者である当社が信託口座を管理しますので、その管理下にある金銭について、その口座に融資している金融機関は、確実に回収できるようになっています。

石垣 金融法委員会「信託受益権に対して設定された質権の効力」(平成16年9月15日)は、受益権に対する質権の効力が及ぶ範囲として、収益請求権、すなわち、信託財産の運用から得られる収益を受領する権利と、元本請求権、すなわち、元本である信託財産の交付を受ける権利を示しています(※10)。今のご説明の後にこれを見ますと、質権の及ぶ範囲が具体的にイメージしやすくなります(信託法97条参照)。

※10 http://www.flb.gr.jp/jdoc/publication21-j.pdf (3(1)(a)参照)

《受益権質権の実行》
石垣 受益権質権を実行するときは、「質権者は、質権の目的である債権を直接に取り立てることができる。」とする民法366条1項の規定を根拠に、裁判所の執行手続きを経ずに、債権の回収を図るわけですか?

鈴木 はい、その通りです。裁判所の執行手続きは、時間とコストがかかりますので、裁判外の手続きで、債権を直接取り立てることを優先させています。当社では、金融機関(銀行、信用金庫)の取引約定書に定める期限の利益喪失事由(※11)に該当した時に備え、信託受益権質権設定契約書に、質権実行について、次の4つ(概要抜粋)の方法を設けています(民法349条、商法515条参照)。いずれも裁判所に執行手続を求めない方法です(民法366条1項参照)。なお、質権者金融機関質権設定者受益者債権者金融機関債務者当社のことです。

1.質権実行①(流質・売却)=質権者が売主となって受益権を第三者に売却

● 失期事由に該当した場合は、質権を実行して受益者を質権者に変更して売却します。

2.質権実行②(任意売却)=質権設定者に受益権を第三者に売却させる

● 質権者は、質権設定者に担保受益権を処分させ、その売却金から債務の全部又は一部の弁済を受けます。

3.質権実行③(流質・取得)=質権者が受益権を取得

● 質権者が質権を実行して、担保にしている受益権を取得します。

4.質権実行④(直接取立て=配当金の受領)

● 質権者が受益権に係る元本償還金や収益配当金を受領します。

上記4は、例えば、期限の利益の喪失事由(失期事由)は生じていないものの、そうなりそうなときに、信託不動産を売却し、その代金(元本請求権)と売却するまでに稼いだ家賃等(収益請求権)を任意に返済してもらう場合、または、そうした任意の返済をめざしていたものの、その途中で失期事由が生じ、信託不動産の売却代金、家賃等に対して質権を実行して債権を回収する場合などを想定しています。
ちなみに、以上の質権実行の方法の選択は、金融機関の裁量に委ねられており、質権設定者は異議を唱えないことになっています。したがって、金融機関は融資にあたり、質権を設定すれば、抵当権の設定をしなくても、質権の実行により、裁判所の執行手続きを経ることなく、債権回収の手立てが用意されることがおわかりいただけたのではないでしょうか。

石垣 はい。かつて信託銀行が信託契約で採用した債権回収方法であることが頷けます。場所(エリア)と用途(賃貸用建物)を絞り込み、そこに「経営資源」を集中し、この方法の良さを再生させていることがわかります。ありがとうございました。

※11 期限の利益の喪失があって、債務者が期限の利益を主張することができない場合について、民法137条は下記のように定めています。
一 債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
二 債務者が担保を滅失させ、損傷させ、又は減少させたとき。
三 債務者が担保を供する義務を負う場合において、これを供しないとき。
 この民法の規定に加え、金融機関(銀行、信用金庫)は、それぞれの取引約定書に期限の利益喪失事項を定めています(各金融機関のHP等参照)。

《裁判所の執行手続きを経て行う質権実行》
石垣 受益権質権の実行について、裁判所の執行手続きを経て質権を実行する方法も簡単にご説明いただけますか?

鈴木 はい。これは、担保権(本編では質権)の存在を証する文書を裁判所に提出し、執行裁判所に質物である受益権の差押え、取立を行ってもらう方法です(民事執行法193条1項)。実務上、民事執行法による強制執行の例は少なく、民事執行法によらない担保権実行または任意売却の利用が大多数です。

《信託口座開設が可能な金融機関》
石垣 御社は「信託口座」に「信託内借入」の融資を受け、信託金銭を分別管理(信託法34条)し、その口座を信託財産として固有財産(信託法2条8項)と分別管理(信託法34条)している金融機関を教えていただけますか?

鈴木 不動産信託の取り扱いにあたって、金融機関は、固有財産と分別管理をするため、「信託口座取扱規定」の作成が必要で、現在当社の信託契約代理店である金融機関と当社グループと連携関係にある一部の金融機関に限られています。都銀は、三井住友銀行、りそな銀行、地銀は、千葉銀行、武蔵野銀行、信金は、朝日信金、西武信金、城南信金、横浜信金、岡崎信金です。ようやくこうした金融機関のご協力をいただけるまでになりました。

石垣 最近、信託契約代理店となる金融機関等が徐々に増える傾向にありますが、こうした動きは、信託の社会的普及の前提になるように思います(信託メモ③参照)。

【信託メモ③】

民事(家族)信託と信託口座
 民事(家族)信託における信託口座について、現状では、一般的に金融機関が開設を認める体制になっているわけではなく、信託の当事者が信託口座の開設にこだわるべきではないことも少なくありません。必要なことは信託口座を開設しなくても、信託財産を適切に管理・運用・処分できる体制を築くことです。なお、信託口座の開設は、信託の効力発生要件(信託法4条)ではないことに留意する必要があります。

《各金融機関に開設している信託口座等》
石垣 御社が受ける融資(信託財産責任負担債務)が入金される、信託口座について、名義の表示をどうされているのか教えていただけますか?

鈴木 信託口座の名義は、例えば、「○駅前賃貸マンション 不動産信託受託者スターツ信託株式会社」、あるいは、「受益者スズキイチロー ●駅前賃貸マンション 不動産信託受託者スターツ信託株式会社」とします。信託口座は、形式的にはスターツ信託名義ですが、それぞれの信託財産は当社の固有財産、他の信託財産から独立した財産であり、当社の固有財産とは切り離されています。したがって、万が一、スターツ信託が破綻しても、信託勘定(融資)への直接的な影響はありません。

《金融機関と取り交わす取引約定書》
石垣 金融機関が融資の判断をするときは、どのようなスタンスですか?

鈴木 金融機関は個別の信託口融資を最終的には全て受益者に帰属すると解し、多くの金融機関は融資の可否は受益者を見て判断することが多いです。信用金庫では融資に必要となる出資金は、全て受益者が出資しています。さらに、銀行との間では、当社は、初回融資時のみ銀行取引約定書を取り交わしていますが、信用金庫との間では、信用金庫は受益者への融資と考えているため、信託口毎に信用金庫取引約定書を取り交わしています。そのため、各支店で信託口座を開設できるようになっています。口座開設における本人確認書類(受託者の会社謄本・担当者の本人確認)は本部で事前承認を取っており、支店毎で毎回行う手間を省いています。

石垣 その状態に至るまで、結構大変な道のりだったと推測されますが、一般的に銀行は、商事信託の信託口融資にどのような対応をしているのでしょうか?

鈴木 一般的には銀行によって取扱い事務に多少の違いがあり、全件取引約定書がほしいという銀行もあります。信託口座への融資は実績自体がまだ非常に少ないため、各金融機関が手探りで行っているのが現状かと思います。

石垣 そうですか。まだまだ信託について十分でない社会環境の中で、専業で信託業務に携わる方々は、私たちの知らないところで、日々、今できるベストを尽くしながら、お仕事をされている様子が想像されます。

鈴木 信託口座への融資については、従来の融資とは異なる部分が多いため、引き続き、金融機関では、予め融資スキーム・業務フローを整備していただき、各支店でもマニュアル等に沿って対応できる体制作りをしていただきたいと考えています。

《本稿(中編)信託スキームのポイント》

● 受託者(スターツ信託)は、金消契約の債務者として、債権者たる金融機関に対し、当該契約の債務(信託財産責任負担債務)について、無限責任を負う。
● そのため本信託スキームは、連帯保証人が不要。
● 委託者または受益者の死亡を原則として信託終了事由とせず、借入金の返済終了まで、原則として信託を終了させない。
● 抵当権設定は行わず、信託受益権への質権設定で融資が実行され、委託者兼受益者の費用負担を軽減。
● 金融機関が受益権質権を実行するときは、裁判外の手続きで直接債権を回収できる設定となっている。

 以上の信託スキームは、日常業務の中で不動産市場の需給動向や相場を継続的に把握することができ、不動産経営を遂行できる人財と組織体制が整っていることによって有効に機能し、展開できるものと思われます。これは計画的な人財育成なしにできることではありません。前編(※12)で役員お二人のキャリアを取り上げた理由はここにあります。

 少し長くなりましたが、読者の皆様方におかれましては、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

(2020年10月 対談)

執筆者

石垣 雄一郎いしがき ゆういちろう

税理士、信託ナビゲーター

略歴・経歴

税理士資格取得後、不動産会社で17年間上場企業の新規開拓や中小企業、個人不動産オーナー向けの営業や新規プロジェクトの立ち上げ支援業務を担当。ダンコンサルティング(株)の取締役を経て、現在は、不動産や株式を主とした民事信託等の浸透に関するコンサルティング業務に従事しながら全国各地からの依頼で信託の実践や活用に関する講演活動も行っている。民事信託のスキームの提案を実施し、不動産会社等にも顧問として信託の活用法を具体化する支援を行っている。

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