民事2020年02月20日 税理士業務の中の民事信託(第4回) 信託の目的と信託の終了事由の関係を考える 民事信託特集 執筆者:石垣雄一郎
あつものに懲りてなますを吹く?そうならないために
裁判年月日:平成30年9月12日
裁判所名:東京地裁 裁判区分 裁判
事件番号:平27(ワ)24934号
事件名:共有権確認等請求事件
裁判結果:一部認容 上訴等 控訴
Ⅹ 信託の目的と信託の終了事由の関係を考える
1 本件信託の当初信託財産とされた不動産
標記東京地裁判決は、民事信託契約(以下、本件信託ともいいます。)に定める信託財産に属する不動産について、これらの不動産(以下、信託不動産ともいいます。)が原告の主張する公序良俗違反を理由に無効であるかどうかを次のように判断しました(東京地裁の判断理由については第2回参照)。
(1) 甲山Bさんが居住していた居宅・物置とそれらの敷地(4筆・約538坪)/無効
(2) アパート(aアパート、bアパート)の土地・建物/有効
(3) 売却済不動産(cアパート)/有効(相続人(受益者)全員の合意により売却され、その資金が各受益者に分配され各自の相続税の納付に充てられている。)
(4) 葬儀社に無償で貸与している倉庫敷地とその付近の私道敷地(非課税)/無効
(5) 栃木県那須塩原市の山林/無効
2 問題意識(標記東京地裁判決により「信託の目的」を達成できなくなったのではないか?)
標記東京地裁判決は、本件信託に定められた信託不動産のうち、上記1(1)は不動産の価値に見合う収益を上げていないため、(4)および(5)は不動産の価値がないため、これらを信託不動産とすることは公序良俗違反であることを理由に信託の効力を無効と判断をしました。信託財産として無効とされたこれらの不動産は、長男(原告)、二男(被告)、二女、以上3名の共有とされたのです(第2回参照)。
このため、同判決により、委託者・Bさん(被相続人)が受託者・二男(被告)に託した「信託の目的」を達成できなくなったのではないかという疑問が生じます。
その理由は、信託の終了事由のうち、信託法163条1号の規定する「信託の目的を達成することができなくなったとき」に該当し、信託の終了事由が生じ、本件信託は終了しているとみることができるからです。
そこで、今回は、まず、信託法は「信託の目的」について、どう定めているか、次に、本件「信託の目的」を要約し、その目的達成のために本件信託はどのような定めを設けているかを改めてみていきます。
3 信託法における「信託の目的」
まず、信託法における「信託の目的」という文言について、同法の随所に登場しますが、最初は、「信託」を定義する信託法2条1項(下記条文参照)の中の「一定の目的」として登場し、その後の規定の文言は「信託の目的」となります。
同項を本件信託に置き換えると、「信託」とは、「信託契約により、受託者(二男)が信託の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該信託の目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。」となります。
本件信託において委託者・甲山Bさんが「信託の目的」を定め、受託者・二男がその「信託の目的」に従い「信託財産の管理または処分」およびその他の「信託の目的の達成のために必要な行為」をすべきことになります。「信託の目的」は、その信託の達成のため、受託者の行動の指針を定め、さらには、より具体的な内容を定めることがありますが、実務的には、必ずしも信託行為(※1)の「信託の目的」の項目に定めたことだけが「信託の目的」というわけではないと思われます。
ところで、法務省の信託法・英訳(同省HP参照)は「委託者」、すなわち「信託をする者」を“a person who creates a trust”と訳しています。信託契約は、委託者となるべき者と受託者となるべき者との間の契約によりその効力が生じます(信託法4条1項)。その契約内容は委託者が“create”するものであることを表しています。この点は他の契約とは異なり、信託契約書を作成するときに留意すべき点です。
「信託の目的」は、受託者が達成すべきことですから、委託者は「信託の目的」を“create”しなければならず、マニュアル本のテンプレートをコピーして簡単に作ってしまうものではありません。
信託法(定義)
2条 この法律において「信託」とは、次条各号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることをいう。
※1 信託行為とは、信託を設定するための法律行為をいい、信託法2条2項に定める信託契約、遺言信託、自己信託という3つをいいます。
4 本件「信託の目的」とその達成のための定め
標記東京地裁判決は、当初信託財産とした不動産のうち、上記1(1)、(4)および(5)を公序良俗に反するものとして、その信託の効力を無効としました。有効としたのは上記1(2)と(3)の各不動産であり、同判決時に信託不動産として残っているのは同(2)の各不動産(2つの賃貸アパート)だけです。この点を意識しながら、下記(1)を読んでみましょう。
(1)本件信託の目的(要約)
本件信託は、要約すると、「信託の目的」の背景とその内容を次のように定めています。
・Bさん(委託者兼当初受益者・被相続人)は、甲山家の後継ぎを二男(受託者・被告)とし、その直系に同家を承継させ、甲山家の墓と仏壇を守ってほしい。
・Bさんは、末永く甲山家が繁栄していくことを望む。
・相続税納付のためには一部の不動産(上記1(3)参照)を売却せざるを得ないので、Bさんは、相続人間で協議が調わないために売却できなくなることを危惧していたことから、信託によりその不動産の売却をできるようにした。なお、Bさん死亡後、相続人全員(長男(原告・受益者)、二男(被告・受益者・受託者)、二女(受益者))の合意により当該不動産を売却し、相続税を納付した。
・Bさんは、受益権割合の6分の1を長男(原告)に付与したのは、その遺留分を満たすため(※2)。なお、受託者・二男(被告)は、当初信託財産としたBが所有する全ての不動産のうち賃貸物件(上記1(3)の売却済み不動産の一部、同1(2)の各不動産、同1(1)の駐車場部分)の賃料を収受し、経費を控除した金額を、受益権割合に従い、原告(長男)、被告(二男)およびAさん(二女)に分配した。
・受託者・二男(被告)は裁判で「本件信託の目的は、①経済的価値に加え、甲山家の墓や仏壇を護っていくという観点からも重要な土地の一体的な保有、管理を実施し、もって将来の世代への当該不動産の承継を可能なものとする点、②相続対策の観点からその他の不動産につき処分を含む適切な管理を実現する点から、Bの所有していた不動産を全て信託対象とすることで一体的な不動産管理を実現すること」と主張した。なお、この信託の目的を達成するためにBさんが居宅とし二男が同居していた自宅の各土地については、甲山家が代々守ってきた土地であることから、これを売却したり賃貸したりする意思はない(認定事実より)。
※2 筆者は、委託者・Bさん(被相続人)と受託者・二男(被告)が民法の遺留分制度を潜脱することを意図したというよりも、D司法書士の助言により、Bさんと二男は、信託契約の締結時に、信託を活用すれば遺留分の問題を解決できると考えていたものと推測しています。
(2)上記(1)に記載した信託の目的達成のためにとられたと解される本件信託の定め(要約)(参考)
・受益者である長男(原告)には遺留分権利相当分を所有権ではなく、その生存中のみの受益権を持たせ、その死亡時にその受益権は消滅し、二男の子らが新たに受益権を取得することとし、長男(原告)には現物の不動産を承継させない。
・受益者が複数となった場合(最初はBさんの死亡時がこれに該当する。)は、受益者の1人は他の受益者に対して当該受益者の有する受益権持分の一部もしくは全部の取得を請求することができる。
・他の受益者が取得する受益権の価額は、最新の固定資産税評価額をもって計算した額とされる。
5 本件「信託の目的」を達成できるかどうかの審理
Bさんが上記4(1)「信託の目的」のうち、最も実現を望んだのは、Bさんが所有する全ての不動産(相続税の納税目的の不動産である上記1(3)を除きます。)を受託者二男(被告)の直系親族に承継させることです。それは本件信託の目的と被告(二男)の主張からわかります(上記4(1)参照)。そのために信託法91条の規定を活用したのです。後継ぎ遺贈型受益者連続信託とは、そもそもそういう信託だからです。
しかし、実際は、標記東京地裁判決で、上記1(1)、(4)および(5)の不動産に関する信託の効力は、公序良俗違反で無効と判断され、全ての不動産を一体で管理することができなくなってしまいました。
標記東京地裁判決により、最も不動産価値が高く、甲山家の象徴的存在であり、同家を継ぐ人が居住する自宅とその敷地が信託財産とならずに、相続人3名の共有となりましたので、もはや「信託の目的」を達成することは不可能になったとみるべきです。前述のように「信託の目的を達成することができなくなったとき」は、信託の終了事由(信託法163条1号)に該当します。この点について、信託法163条1号が「信託の目的を達成すること、または、達成することができなくなること」が「信託の終了事由」と密接に結びついていることを明確に示しているにもかかわらず、この点の審理がされていません。
また、判決においては不動産に関する信託の効力に判断の重点が置かれ、達成されるべき「信託の目的」が何であるかを明らかにしながらも、その目的と信託の終了事由とを関連付けて審理されることなく第一審が結審していることは、信託の社会への浸透を図るという点からすると、少し残念な気持ちです。本件は控訴されていますので、控訴審に期待したいと思います。
Ⅺ むすびに代えて
今回まで4回にわたり、標記東京地裁判決の民事信託契約に関する部分に焦点を絞り、検討してきました。この中で使われた後継ぎ遺贈型受益者連続信託(信託法91条(受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例))は、受益権評価(時価)方法について現状では客観的基準がありません。不動産鑑定士の間でも、この点について、目立った動きがを確認することはできません(機会を見つけて不動産鑑定士の方の見解を伺ってみたいと思います。)。
私見ですが、本件信託の問題は、最終的には、評価方法の確立していない、受益者の死亡により消滅する受益権を適切に取り扱わなかった点に集約されると考えています。このような状況下であっても、使い方を工夫することによって信託法91条の規定は、有用性のある信託となることを最後に確認しておきたいと思います(拙著「問題解決のための民事信託活用法-不動産有効活用、相続対策、後継者育成・事業承継対策、空き家対策等の視点から-」の(ケース6)参照(新日本法規出版))。
【信託メモ】 標記東京地裁判決を受け注意すべき株式信託
標記東京地裁判決は、信託法91条の規定を使った株式信託に影響を及ぼすと考えられます。事業承継などを目的に、現経営者が同族会社の株式を信託財産(以下、信託株式といいます。)とする信託をすることがあります。受益者(委託者)は、配当を受ける権利を有し、受託者は議決権を行使します。このような信託株式の中には、経済的な価値はあっても無配当(または会社の利益に対し著しく低い配当)のものがあります。本件判決の結果を踏まえますと、このような信託(民事信託、商事(または営業信託)の両方です。信託銀行は、これを商品化しているところもあります。)の中には、標記東京地裁判決のいう公序良俗に反する状態になっている株式の存在が推測されます。もし信託株式として無効であるとなれば、株式の議決権割合に変化が生じ、会社運営に支障を生む可能性がありますので注意を要します。
※この記載内容は、著者の個人的見解によるものであり、その内容について読者の皆様方に対し、責任を負うものではありませんので、あらかじめご了承ください。
(2020年2月執筆)
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執筆者
石垣 雄一郎いしがき ゆういちろう
税理士、信託ナビゲーター
略歴・経歴
税理士資格取得後、不動産会社で17年間上場企業の新規開拓や中小企業、個人不動産オーナー向けの営業や新規プロジェクトの立ち上げ支援業務を担当。ダンコンサルティング(株)の取締役を経て、現在は、不動産や株式を主とした民事信託等の浸透に関するコンサルティング業務に従事しながら全国各地からの依頼で信託の実践や活用に関する講演活動も行っている。民事信託のスキームの提案を実施し、不動産会社等にも顧問として信託の活用法を具体化する支援を行っている。
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