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一般2024年08月28日 部活動の地域移行、地域連携に伴うスポーツ活動中の事故をめぐる法律問題 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:川原佑基

第1 部活動の地域移行、地域連携とは
現在、少子化により1運動部あたりの人数及び部活動設置数の減少が生じている。これにより子供たちのスポーツの機会を確保する必要が生じている。また、学校教員が部活動の顧問を務めることで長時間の労働時間を課される点が問題となっている。これらの問題を解消するために近年公立の中学校を中心に1部活動の地域移行、地域連携が推進されている。その手法は様々な形式があるが、2大きく部活動の地域移行と地域連携とに分けられる。部活動の地域移行(①)は、これまで学校が主体であった部活動を新たに地域が主体となって活動する地域クラブ活動等に移行する方式である。他方、部活動の地域連携(②)は、複数校でまとまって一つの部活動とする合同部活動の導入や、部活動指導員等の地域の人材を活用することにより、あくまで学校で運営・実施しつつも、生徒の活動機会を確保するものである。
例えば静岡県掛川市は、令和8年度に部活動を終了し、地域クラブへ完全移行することを表明しており、3これは上記で言うと①に位置づけられる。
他方、筆者の所属する神奈川県弁護士会内の横浜市は市立中学校の部活動において、部活動指導員4を活用している。部活動指導員は、横浜市では校長の監督のもとで技術的な指導のほか、顧問への就任、学校外での活動の引率等を週1~4日行うものとされている。5これは上記で言うと②に位置づけられる。もっとも、横浜市はそれと並行して民間企業への委託による地域移行も実験的に行っているようである。6
ちなみに部活動の地域移行により運営主体が地域のスポーツ団体等に移行しても公立学校の教職員が引き続きスポーツの指導にあたりたいという場合、公務員は原則兼職禁止であるものの、服務を監督する教育委員会の許可を得た場合には、同スポーツ団体での従事も可能となっている。7
部活動の地域移行・地域連携により事故に伴う様々な法的問題が生じ得ることから、第2以降ではこの点について述べていきたい。なお、その他の法的問題としては学校の監視外となることによりパワハラ指導等が横行しないかといった問題8や、教員がスポーツ団体との兼職をした場合の残業代等の問題9も考えられる。
第2 補償の問題
補償制度については、現状学校の部活動での事故においては、災害共済給付10を受け取ることができる。しかし、部活動の地域移行により部活動の運営主体が地域のスポーツ団体等に移行した場合、当該スポーツ団体は、災害共済給付に加入することはできないものとされている。11
そのため、部活動の運営主体が地域のスポーツ団体等に移行した場合、災害共済給付以外の別の補償が必要となる。この点については、スポーツ庁長官の要請を受けてスポーツ安全協会のスポーツ安全保険が2023年度より同保険の補償内容を災害共済給付制度と同程度の補償となるように変更した。具体的には、掛け金は据え置きのうえで死亡保険金額と後遺傷害保険金額(最高)を引き上げた。12災害共済給付は賠償金については、給付対象外であるが、スポーツ安全保険は賠償責任保険も存在することから、加害事故の賠償金も支払対象となる。
災害共済給付とスポーツ安全保険の補償対象は重複しない仕組みとなっているが、そこは学校の管理下での事故か否かによって区分されている。部活動の地域移行、地域連携の形式が複雑化していくことで学校の管理下か否かの判断が困難となるが、それにより補償を速やかに受けられなくなることだけは避けなければならない。
第3 活動中の事故等の損害賠償責任の所在
前述した災害共済給付とスポーツ安全保険の傷害保険は共に被害者に対して一定の給付を行うものの、損害のすべてを補填するものではないことから、13これらの給付を受けてもなお補填されない損害の賠償責任の所在が問題となり得る。
現状部活動中での事故であれば公立学校であれば国家賠償法の適用により国又は地方公共団体が損害賠償責任を負う。そして、顧問については、被害者に対する損害賠償責任は免除され、故意又は重過失のある場合に国や地方公共団体から一定の金銭を求償される可能性が残るに留まる(国賠法3条1項)。私立学校の場合は使用者責任や安全配慮義務違反により学校が損害賠償責任を負うと共に顧問も損害賠償責任を負い得る(ただし、私立学校の場合は保険に加入していることが多い)。
地域移行で運営主体が地域のスポーツ団体等に移行した場合は、学校ではなく外部団体の監督のもとで部活動が行われることになる。そのため、同団体の指導者の過失等による事故については、当該団体が損害賠償責任を負うのが原則で学校側は損害賠償責任を負わないこととなることも考えられる。14そうすると、国賠法の適用もなくなる可能性があり、その場合は指導者個人も不法行為に基づく損害賠償責任を負い得る。このような点を考えると、スポーツ安全保険等の賠償保険に加入するなど、指導者個人の保護が十分にされる体制を作らなければ指導者の引き受け手の人材確保にも支障が生じかねない。
他方、地域連携の場合、学校が主体となって部活動を実施する形式が原則であり、その場合は従来通りになるものと考えられる。具体的には、部活指導員の過失による事故については、公務員の不法行為である以上、従来通り国又は地方公共団体が損害賠償責任を負うこととなるものと考えられる。
ただ、前述のように、部活動の地域移行と地域連携は共に様々な形式があることから、それぞれの形式に応じて損害賠償責任の所在を考える必要が生じることとなりうるところである。特に地域移行については、外部団体への委託のレベルや学校側の関与の仕方等によっては学校等が責任を負う場面も考えられるかもしれない。この点は、今後の裁判例の集積を待つことになるものと考えられる。

1 高校については、令和4年6月6日の運動部活動の地域移行に関する検討会議提言において、「義務教育を修了し進路選択した高校生等が自らの意思で運動部活動への参加を選択している実態があるが、各学校の実情に応じて改善に取り組むことが望ましい。」とされており、地域移行等が望ましいとはしているものの、国として中学校ほどは推進しない考えが示されている。
2 以下のスポーツ庁のホームページに「事例集・全国の取組紹介」として各地域の取組内容が紹介されているが、地域ごとに様々な形式がみられる。https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop01/list/jsa_00016.html(スポーツ庁ホームページ)
3 https://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/gyosei/docs/136762.html(掛川市ホームページ)
4 部活動指導員は、学校教育法施行規則78条の2に根拠を置く学校におけるスポーツ、文化、科学等に関する教育活動(中学校の教育課程として行われるものを除く。)に係る技術的な指導に従事する者であり、通常会計年度任用職員の地位を有する。なお、会計年度任用職員は地方公務員法第22条の2第1項第1号の規定に基づき任用される非常勤の一般職公務員である。
5 https://www.city.yokohama.lg.jp/kosodate-kyoiku/kyoiku/sesaku/school/bukatsu.html(横浜市ホームページ)
6 https://www.mext.go.jp/sports/content/20230628-spt_oripara-000028769_5.pdf(スポーツ庁ホームページ)
7 令和3年2月17日付「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革について」を受けた公立学校の教師等の兼職兼業の取扱い等について(通知)
8 スポーツ界においては勝利至上主義等からパワハラ指導が横行しやすい土壌が存在しており、学校外の指導者を確保するにあたっては、専門性のみならず、パワハラ指導を実施せずに指導できる資質や能力も求められる。
9 この点については、令和3年2月17日付「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革について」を受けた公立学校の教師等の兼職兼業の取扱い等について(通知)に文部科学省の考え方が示されている。
10 学校(園)の管理下(通学(園)中も含む)に怪我や病気になったときに、医療費や見舞金を給付する制度。詳細は、日本スポーツ振興センターの災害共済給付WEBの以下のURL(令和6年8月11日)参照。なお、あくまでも医療費や見舞金が給付されるに留まり、慰謝料等の損害は支払われないことから、損害のすべてを補填するものではない。
https://www.jpnsport.go.jp/anzen/saigai/tabid/56/default.aspx
11 日本スポーツ振興センターWEBサイト(令和6年8月11日)
https://www.jpnsport.go.jp/anzen/Portals/0/anzen/kyufu_1/pdf/kyuujitsu-bukatsu_qa.pdf
12 公益財団法人スポーツ安全協会WEBサイト(令和6年8月11日)
https://www.sportsanzen.org/chiikiiko.html
なお、スポーツ安全保険は災害共済給付とは補償対象は重複しない仕組みとなっている。
13 スポーツ安全保険についても傷害保険は他覚所見を欠くむち打ちや腰痛は支給対象外である上に支給金額は実費に対応したものではなく、入通院日数に応じた定額の金額である。また、死亡したり、後遺障害が残存したりした場合は別途支給を受けられるが、これも裁判所の認定する金額ではなく、同保険の基準における金額の支払に留まる。
14 令和3年2月17日付「「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革について」を受けた公立学校の教師等の兼職兼業の取扱い等について(通知)」において、文部科学省は、部活動の地域移行により運営主体が地域のスポーツ団体等に移行した場合に公立学校の教員が同団体の指導員も兼職し、同団体内で事故が発生した場合につき「損害賠償等の民事上の責任等については、基本的に地域団体との雇用関係において対応がなされるものである」としている。

(2024年8月執筆)

(本コラムは執筆者個人の意見であり、所属団体等を代表するものではありません。)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)

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執筆者

川原 佑基かわはら ゆうき

弁護士(弁護士法人常磐法律事務所)

略歴・経歴

明治大学法学部法律学科 卒業
中央大学大学院法務研究科 修了

神奈川県弁護士会スポーツ法研究会
日本スポーツ法学会会員
横浜マリナーズ所属(神奈川県弁護士会野球部)

<取扱分野>
一般民事。特に交通事故・スポーツ事故等事故の分野に注力している。

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