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一般2022年07月11日 スポーツ界におけるフェイクニュース・誹謗中傷 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:岡本健太

1 東京オリンピックでのフェイクニュース・誹謗中傷の発信・流通
  今から1年前の2021年夏には東京オリンピックが開催されました。コロナ禍によって、本来の開催予定から1年遅れての開催となりましたが、コロナ禍という想定外の試練を乗り越えて活躍するアスリートの姿に世界中の人々が感動し、勇気をもらいました。
  しかし、このような感動的な大会の陰で、インターネット上では活躍するアスリートに関するフェイクニュース(偽情報・誤情報)や誹謗中傷が発信されていました。
  このような情報の発信・流通は日々鍛錬を積んだアスリートのメンタルに影響し、本来のパフォーマンスを発揮できないといった事態を引き起こしますし、そのアスリートの人生を大きく変えてしまうこともあります。そこで本稿では、スポーツ界におけるフェイクニュース、誹謗中傷について考察したいと思います。
2 フェイクニュース・誹謗中傷とは
  一言でフェイクニュースといっても各国・地域や団体、研究者などにおいて様々に定義されており、確立された定義はありませんが、害を与えることを明確な目的として、意図的に捏造または操作された虚偽の情報を「偽情報」、害を与えることを意図していない誤った情報を「誤情報」という1ことが多く、この偽情報・誤情報を合わせてフェイクニュースとする例が多く見られます。スポーツ界においては、特定の選手の契約条件やチーム移籍、大規模なスポーツイベントに関するフェイクニュースが多く流通しているように思われます。また、日本においてはスポーツ・芸能・文化に関するフェイクニュースへの接触が多い点に特徴があるという調査結果2もあります。
  また、誹謗中傷とは、根拠のない悪口を言いふらして罵ったり、貶めたりすることをいいます。特定の選手に関してSNS等によって悪質なメッセージを送ったり、批判の程度を超えたコメントを発信したりする例が多く見受けられます。
  これらのフェイクニュースや誹謗中傷は内容によっては、アスリートに精神的な損害を生じさせ民事上の責任が発生することもありますし、さらに、名誉毀損罪(刑法230条)、侮辱罪(同法231条)、信用毀損罪や偽計業務妨害罪(同法233条)などの犯罪に該当し刑事上の責任が発生することもあります。
  これらのフェイクニュースや誹謗中傷は昔から存在しますが、ソーシャルメディアなどの普及により個人によるインターネット上での情報発信が容易になったことから、膨大な量のフェイクニュースや誹謗中傷が発信されています。インターネットは匿名性の高さから過激な発言につながりやすく、高度な伝播性を有していることからこのように多くの発信がなされているものと思われます。また、コロナ禍によって誹謗中傷・炎上が増えたとも言われています3
3 日本における状況・取組
  日本では、2022年に開催された北京冬季オリンピックに際しては、スポーツ庁長官がアスリートへのSNS等での誹謗中傷につながる書き込みや投稿をしないようにと呼び掛け4が行われたり、また、2022年3月に策定された第3期スポーツ基本計画5(スポーツ基本法9条1項)においても「アスリートに対する誹謗中傷・写真や動画による性的ハラスメントの防止」の項目が新たに設けられるなど、アスリートのメンタルヘルスへの意識が高まっていることが伺えます。
  アスリートがフェイクニュースや誹謗中傷の被害に遭った際には、以下の団体・機関に対して相談を行うこともできます。

・ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)6:普段からアスリートやコーチ等の心理サポートを実施
・違法・有害情報相談センター(総務省)7:インターネット上の違法・有害情報に対し適切な対応を促進する目的で、関係者等からの相談を受け付け、対応に関するアドバイスや関連の情報提供等を行う相談窓口
・人権相談(法務省)8:電話、インターネット、SNS(LINE)等による人権相談窓口
・誹謗中傷ホットライン(セーファーインターネット協会)9:ネット上の誹謗中傷に対して、掲載されているサイトに利用規約等に沿った削除等の対応を促す通知を行う

  これら以外にも、民間企業においても、誹謗中傷や攻撃的投稿についての対策チームを設置する動きなども見られます。
  また、近年、誹謗中傷に関する事件を受けて、総務省で検討が行われ、プロバイダ責任制限法の改正により、発信者情報開示請求に関して開示請求できる情報の範囲を拡大し、また、新たな裁判制度の創設を行うなど開示手続きも改良されています。さらに、誹謗中傷などを対象とする刑法の侮辱罪の法定刑が引き上げられました。このように、日本においても、人を傷つける情報発信に対する意識が高まってきており、様々な取組が進められています。
4 世界における取組
  今年行われた北京冬季オリンピックでは、国際オリンピック委員会(IOC)・国際パラリンピック委員会(IPC)が、北京冬季オリンピック・パラリンピック競技大会に参加する全てのアスリートやその家族、指導者等を対象とした24時間のメンタルヘルス支援を提供するヘルプラインを設置し、日本語でのサポートも提供していました。
  また、世界各国においても様々な取組が行われています。特に、欧州、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、韓国では取組が進んでいることから以下紹介します。
  欧州では、違法なコンテンツの流通に関してプラットフォーム事業者に責任を負わせるデジタルサービス法(DSA)という法案が制定作業中であり、プラットフォーム事業者に責任を負わせるという取組が行われています。ドイツでは2017年にネットワーク執行法という法律が制定され、違法なヘイトスピーチや偽情報について情報を流通させるプラットフォーム事業者に一定の削除義務を課すなどの取組がされています。また、イギリスにおいても、情報流通の基盤となるプラットフォーム事業者に一定の責任を課すオンライン安全法案の制定作業が進んでいます。このように欧州各国では、プラットフォーム事業者に責任を課す流れが主流となっています。
  フランスでは、2021年にViginumという組織が設立され、主に選挙に関する偽情報・誤情報を監視することをその使命としていますが、そのスコープにはスポーツイベントも含まれており、2024年のパリオリンピックにおける偽情報・誤情報についても監視されることが予想されます。フランスでは、このように国家機関による偽情報の監視が行われる体制が作られており、先進的な取組がなされているといえます。
  また、プラットフォーム事業者の自主的取組を尊重していた米国においても近年、情報流通についてプラットフォーム事業者の免責を規定している法律である通信品位法230条の改正法案が複数の議員から提出されるなどの動きがあり、プラットフォーム事業者に責任を負わせる取組が行われています。
  隣国である韓国では、インターネットの匿名化に対してインターネット実名制を導入(廃止済)したり、サイバー侮辱罪の導入に関する検討などの動きがみられます。
  このように、世界では、政府においてフェイクニュースや誹謗中傷に対してその流通を抑止する動きが活発に行われています。
5 おわりに
  日本においても、様々な取組が見受けられますが、世界の取組と比べるとまだまだ不足する部分も多く残っています。まずは、アスリートが身近に相談しやすい環境を整えることが必要であり、これを政府などの中央組織の動きだけに頼ることはできません。今後は、各国内競技団体(NF)レベルだけではなく、さらにその下の階層の競技団体、組織、クラブ等においても暴力問題だけではなく、アスリートに関するフェイクニュース・誹謗中傷対策に取組、アスリートが競技に集中できる環境を整備していくことが必要であると考えられます。

(2022年6月執筆)

執筆者

岡本 健太おかもと けんた

弁護士(光和総合法律事務所)

略歴・経歴

2016年 弁護士登録
2019年~2021年 総務省 情報流通行政局
2019年~2021年 内閣官房 デジタル市場競争本部
日本スポーツ法学会会員
情報法制学会(ALIS)

著書
『Q&Aでわかる アンチ・ドーピングの基本』(共著)(同文舘出版:2018年11月)
「スポーツ仲裁評釈JSAA-AP-2018-002(パワーリフティング)仲裁判断について」『日本スポーツ法学会年報 第26号』(エイデル研究所:2019年12月)
『オンラインビジネスにおける個人情報&データ活用の法律実務』(共著)(ぎょうせい:2020年11月)
『デジタルプラットフォームの法律問題と実務』(共著)(青林書院:2021年8月)ほか

講演
『デジタルプラットフォームを活用するための法律実務』((一社)企業研究会:2022年1月)

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