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一般2023年02月22日 スタッツデータを取り巻く法的議論 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:フェルナンデス中島 マリサ

かつてオークランド・アスレチックスが、野球のプレーデータを統計学的に分析して選手の評価や戦略を考える手法を用いて強豪チームへと成長する姿を描いた「マネー・ボール」が話題となりました。スポーツ界におけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進とともに、チームや選手の成績等を統計的にまとめたスポーツデータ(スタッツデータ)はビジネス分野としての地位も確立しています。しかし、急速に成長するスタッツデータビジネスをとりまく法整備は遅れているのが現状です。本稿では、スタッツデータをとりまく法的議論について検討します。

スタッツデータは様々な場面で利用されております。その典型的なものは指導者、選手等のパフォーマンスの向上や戦術分析のための活用や、放送局やOTT事業者が試合を放送・配信する際に視聴者向けにスタッツデータを視覚化し表示したりする活用方法です。また、スタッツデータは、実在のチームや選手を用いてプレーができるゲームの制作やファンタジースポーツ1にとっては不可欠な存在となっております。さらには、スポーツベッティングにおいて活用される重要なデータとしても捉えられています。スタッツデータを用いた代表的な商流は、リーグから許諾を得たデータ事業者が、リーグからスタッツデータの提供を受けて又は収集して、スタッツデータを利用したい事業者に提供し、事業者はデータ事業者やリーグ側に利用料を支払うというものです。

このように利用されるスタッツデータですが、そもそも誰に権利帰属するのか、どのように権利が保護されているのかは法律上明確ではありません。現状として、第三者が試合会場において勝手にスタッツデータを取得し、利益を得ても、リーグ側は対抗する手段がないことが課題となっております2
現行法を念頭に置くと不正競争防止法における「営業秘密」(同法2条6項)としての保護、同法における「限定提供データ」(同法2条7項)としての保護、及び著作権法における「著作物」(同法2条1項1号)に基づいてスタッツデータの保護を図ることがまず考えられます。もっとも、競技の主催者がその公式ホームページ上などにおいてスタッツデータを公開した場合には不正競争防止法の保護を受けないことになりますし、スタッツデータを選択又は体系的な構成によって創作性を有する形でデータベース化したなどの事情がなければ、スタッツデータそのものは著作物に当たらない3と考えられる可能性も高いです。とすると、現状スタッツデータを保護するには、各リーグ・チームが、チケット約款や観戦約款において観客が無断でスタッツデータを取得し商業的に利用する行為を禁止する4ことが考えられます。海外でもスタッツデータに関する法整備が進んでいる訳ではなく、このようにして課題に取り組んでいるところが多いように窺えます。

そのような中、注目を浴びたスタッツデータ事業者であるGenius Sports(Genius)とSportradar間の英国での紛争が2022年10月に終結しました。イングランドプレミアリーグ、イングランドフットボールリーグ及びスコットランドフットボールリーグのデータ権利保有者であるFootball DataCo (FDC)とGeniusは、2019年5月に、GeniusがFDCが権利を保有する各試合のライブスタッツデータを取得し、世界中のブックメーカーにこれを提供できるとする5年間の独占契約を締結しました。当該契約の独占性を守るために、FDCとGeniusは試合会場でデータを収集する他のデータ事業者に対してゼロ・トレランス・アプローチを取ることとし、各クラブのチケット約款にてデータ事業者の観戦・来場を禁止して、ライセンスを受けていないデータ事業者が来場した際には、クラブが約款違反及び不法侵入を根拠にスタジアムから追い出すなどの策を講じることを求めていました5
Geniusの競合者であるSportradarは、当該独占契約は競争法違反であるとして英国のCompetition Appeal Tribunalに訴えを提起しました。他方、Sportradarは、権利がないにも関わらず、スタッツデータを収集する目的で試合会場で観戦するデータスカウトのネットワークを運営し、収集したデータをブックメーカーに提供していたと報じられ、FDC及びGeniusはSportradarを提訴しました6。約3年に及ぶ紛争は、当事者の和解で終結しました。和解内容の詳細は公開されていないものの、当事者の発表によればSportradarは試合会場にデータスカウトを派遣しないことに合意し、GeniusはSportradarにスタッツデータの二次フィードに対するサブライセンスを与えております7。また、和解したことで、競争法違反については判断されることがありませんでした。

日本ではマイナースポーツの普及やリーグの盛り上げ、ファン層の拡大といった観点からファンタジースポーツが少しずつ拡大しており、スポーツベッティングが解禁されていないものの、スポーツ振興くじも昨年の法改正により単一試合投票及び順位予想投票できるものが導入されるといった形で、スポーツビジネスが変化をしてきています。そういった中で、スタッツデータの価値は今後高まることが予想されるため、日本でデータ提供事業を始める動きが活性化したときに備えて、スタッツデータを巡る法的議論に注目し続ける必要があると考えます。



1 プレーヤーが実在するプロチームに所属する選手から成る架空のチームを組成し、実際の試合における選手のパフォーマンスをスコア化するなどして、オンラインで他の利用者とスコアを競い合うゲーム。
2 経済産業省がスポーツ庁と共同で立ち上げた「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会」の2022年12月7日付け報告書「スポーツDXレポート-スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会-2022 年」では、国内の試合会場で無断でインカムを付け小声でスコア等の試合結果を実況する者や、試合中タブレットを操作して試合経過を入力している者などがスタッツデータを取得し、海外のスポーツベッティングに活用している状況がある旨紹介されています。
3 もっとも、上野達弘「スポーツコンテンツ・データビジネスの拡大に向けた権利の在り方研究会(2021年12月20日) スタッツデータの法的保護」1-3頁には、著作権法の起草者は将棋の棋譜が対局者の『共同著作物』にあたると指摘していることを踏まえて、スタッツデータについても、選手による選択と決定と評価でき、かつ創作性が肯定された場合には、立場によっては、著作物性が肯定されるものが含まれるかも知れない旨述べられています。
4 例えば公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(Bリーグ)は「Bリーグにおけるチケット販売及び観戦約款」において観戦中の禁止事項として「試合の進行状況、プレー又はその他のあらゆる側面に関するあらゆる情報(各チームの得点、ファール数及びタイムアウトの回数、並びに、各選手の得点、ファール数、出場・退場、フリースローの回数・成否、マッチアップの状況及びプレーの内容等を含みますがこれらに限りません。)を商業的に利用する目的(スポーツベッティングの用に供する場合を含みますがこれに限りません。)で方法の如何を問わず(携帯電話、スマートフォン等の電子機器を含みますがこれらに限りません。)記録し又は第三者に対し提供する行為(当該情報を第三者が閲覧しうる状態にすることを含みます。)及びその疑いのある行為。」を定めています。
5 Andy Danson, Elizabeth Dunn, Toby Bond, Andrew Cox “Sports data rights in 2021: the outlook” Media Writes 2021年1月26日
6 Bird & Bird LLP “Sports Data Rights: Genius v Sportradar settles - what does this mean for sports data rights holders and the industries they supply?” LEXOLOGY
7 Sportradar “STATUS OF SPORTRADAR LITIGATION WITH GENIUS SPORTS AND FDC”

(2023年2月執筆)

執筆者

フェルナンデス中島 マリサふぇるなんですなかじま まりさ

弁護士(フェルナンデス中島法律事務所)

略歴・経歴

2015年 慶應義塾大学卒業
2017年 慶應義塾大学法科大学院修了
2018年-2022年 長島・大野・常松法律事務所所属
2022年7月~ スポーツ・エンターテインメント企業において企業内弁護士を務めながら、フェルナンデス中島法律事務所を開設。

専門分野は、ライセンス、スポンサー、NFT、放映権を含むスポーツ・エンタメビジネス全般、スポーツガバナンスやコンプライアンスを含むスポーツ法務、企業法務、ファッション及びアート・ロー

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