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一般2022年12月08日 スポーツ事故における刑事責任 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:五十嵐幸輝

1  スポーツは身体活動をその本質としているため、スポーツをする者が外傷や障害を負ったり、他人に負わせたりしてしまうような危険を伴います。このようなスポーツ事故が発生した場合には、競技者、指導者、施設管理者といったスポーツ関係者が法的責任を負うことがあります。
 一口にスポーツといっても、ゴルフや水泳などの個人競技から、サッカーやラグビーなどの身体接触を伴う団体競技、ボクシングや柔道などの相手競技者の身体を直接攻撃する格闘技に至るまで各種目の性質は様々です。その上、各種目には初心者からプロまで幅広い属性の競技者や多様な関係者が存在しています。そのため、当然スポーツ事故の原因・態様や責任主体も多種多様なものとなります。
 本稿では、スポーツ事故が発生した場合に問題となる責任のうち刑事上の責任について取り上げたいと思います。


2  スポーツ事故において刑事責任が問題となる場面としては、競技者が試合や練習中に他の競技者に対して怪我をさせてしまう場面がまず浮かぶと思います。
 例えば、競技者がボクシングで相手を殴打したり、ラグビーで相手にタックルしたりすれば、暴行罪(刑法208条)や傷害罪(刑法204条)が成立しそうにも思います。
 しかし、通常これらの行為が処罰されることはありません。それは、スポーツ中の行為が正当な業務による行為(刑法35条)であるとして違法性が阻却(否定)されると考えられているからです。
 ただし、スポーツ中の行為であれば全ての行為の違法性が阻却されるというわけではありません。あくまでも具体的な事実関係のもとで社会的に正当なものと評価される行為に限り違法性が阻却されるのです。
 したがって、スポーツ中の行為が、不当な目的(例えば、制裁を加える目的)で行われた場合や競技のルールに違反して(例えば、本来着用すべき防具を着用しないで)行われた場合などには、社会的に正当なものとは評価されず、違法性が阻却されないで処罰の対象となる可能性があります。


3  競技者の他に、スポーツの指導者が刑事責任を問われる場面もあります。
 例えば、最近では、都立高校において水泳の授業が実施されていた際に、教員が飛び込みスタートに当たって不適切な指導を行い、これに従って飛び込んだ高校3年生が頸髄損傷等の怪我を負った事件について、東京地裁が、当該教員に業務上過失傷害罪が成立すると判断したことは記憶に新しいと思います。
 このように、指導者の不注意(注意義務違反)によって競技者が外傷や障害を負った場合には、指導者に業務上過失傷害罪(刑法211条前段)が成立することがあります。
 指導者の注意義務の内容は、競技・当事者の性質や事故態様などの具体的な事情に応じて決まります。上記の飛び込みの事案では、教員には「飛び込み時に高く飛び上がる危険性のある指導は差し控えるべき業務上の注意義務」があったと認定されています。
 また、高校の山岳部の活動中に部員が転落死した事案の裁判例は、引率の教員に「先づ事前にコース、気象状態、岩質、地形等について充分な調査を遂げた上、これらの諸条件に相応する装備、食糧その他の携行品を整える等周到な登山準備をし、登攀を開始した後であっても岩壁等の難所に遭遇した場合は、直ちに登攀することなく予め岩壁の全容を観察して前後の措置を判断し、仮りに登攀可能と判断しても途中において危険を予知する場合は潔く引き返す等、緩急に応じて応急の措置を執り、以て事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」があったと認定した上で、業務上過失致死罪が成立するとしています。
 指導者の注意義務違反(過失)の有無が争われた場合にこれを判断することは一般的に難しく、詳細な事実認定のもとで慎重な判断が必要となります。実際に、高校ラグビー部の合宿練習中に部員が日射病で死亡した事案の裁判例は、結論としては部の顧問に業務上過失致死罪が成立するとしていますが、(指導者が厳しい訓練を課す)「過程においてたまたま不幸な事故が発生したからといって、その結果からさかのぼって引率教師に刑事上の責任を負わせることにはもとより十分に慎重であるべき」と判示しています。


4  最近でも、福岡県大川市の公立小学校で体育の授業としてサッカーが実施されていた際に、フットサルゴールが転倒して小学校4年生の児童が下敷きとなり死亡した事件の判決が出たことが報道されました。この事案では、学校長や教員ら6人が業務上過失致死罪で書類送検(結果としては不起訴)されていますが、同じようなスポーツ事故は今もなお繰り返されています。
 本稿では、スポーツ事故の刑事責任が問われる場面を概観しました。スポーツには事故が発生する危険が内在している以上、スポーツ活動中の事故をゼロにすることはできません。しかし、スポーツに関わる多くの人が過去のスポーツ事故事例に関する知見を持ち、繰り返されるスポーツ事故が少しでも減少することを心から願います。


 民事責任に関する記載ですが、日本スポーツ法学会事故判例研究専門委員会編『スポーツ事故の法的責任と予防-競技者間事故の判例分析と補償の在り方』63頁(道和書院、2022年)は、「当事者の特性、競技経験、年齢等、競技の性質、格闘技かどうか、コンタクト・スポーツで危険を伴うものかどうか、競技ルールの遵守、加害行為の目的・態様、被害者の蒙った損害の内容・程度、従前の問題行動、コーチ監督等の指導者の監視・監督の有無、大会主催者の安全対策・事故防止策など関係者の取り組みなども、事故責任を問ううえで重要な考慮要素となろう。」としており、これらは刑事責任を検討するうえでも参考になる考慮要素と考えます。
 業務とは、社会生活上反復・継続して行われる性格の事務であれば足り、必ずしも経済的な対価を追求する「職務」である必要はありません(高橋則夫著『刑法総論(第5版)』282頁(成文堂、2022年))。
 他に「被害者の承諾」や「危険の引き受け」を違法性阻却の根拠とする見解もあります(千葉地方裁判所平成7年12月13日判決(判例時報1565号144頁))。
 大阪地方裁判所平成4年7月20日判決(判例時報1456号159頁)は、①スポーツを行う目的で、②ルールを守って行われ、③相手方の同意の範囲内で行われることを違法性阻却の要件としています。類似事案(相撲)として名古屋高等裁判所平成22年4月5日判決(高等裁判所刑事裁判速報集平成22年117頁)があります。
 体罰は、指導者の刑事責任(暴行罪等)が問われる場面の一つですが、学校教育法11条但書で禁止されている行為を故意に行うものですので、本稿ではスポーツ「事故」に含めていません。
 東京地方裁判所令和3年11月22日判決(WLJ2021WLJPCA11226007)
 札幌地方裁判所昭和30年7月4日判決(判例時報55号3頁)
 東京高等裁判所昭和51年3月25日判決(判例タイムズ335号344頁)
 福岡地方裁判所久留米支部令和4年6月24日判決(判例秘書登載・L07750479)は民事責任に関する判決ですが、学校側の過失を認めました。なお、書類送検後の不起訴は報道による情報です。

(2022年11月執筆)

執筆者

五十嵐 幸輝いがらし こうき

弁護士(西村敦法律事務所)

略歴・経歴

2016年 上智大学法学部法律学科卒業
2018年 首都大学東京法科大学院(現東京都立大学法科大学院)修了

取扱分野
企業法務、一般民事・家事事件、刑事・少年事件

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