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一般2022年03月22日 アンチ・ドーピング規程における「要保護者」の特殊性 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:佐竹春香

1 ワリエワ選手のドーピング違反問題の経緯
 2022年2月7日、北京オリンピックのフィギュアスケート団体において、ロシア・オリンピック委員会(ROC)が金メダルを獲得した。その結果に多大なる貢献をしたのが、女子シングルで出場したカミラ・ワリエワ選手(15歳)である。
 ところが、その翌日、ワリエワ選手が以前提出した検体から、ドーピング違反物質である「トリメタジジン」の陽性反応が出たことが判明し、同選手はロシア反ドーピング機関(RUSADA)から暫定的資格停止処分を受けた。そして、予定されていたフィギュア団体のメダル授与式もとりやめとなった。
 これに対し、ワリエワ選手側がロシア・アンチ・ドーピング規律パネル(=Disciplinary Anti-Doping Committee/以下、「DADC」という)に対し不服申立てをし、同9日、DADCにより、ワリエワ選手に対する暫定的資格停止処分は解除された。
 そのため、同11日、この処分解除決定について、国際オリンピック委員会(IOC)、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)、国際スケート連盟(ISU)がスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴した。
 そして、同14日、CASは、DADCが下した暫定的資格停止処分解除決定を妥当とし、ワリエワ選手は引き続き同15、17日に行われたオリンピックのフィギュアスケート女子シングルに出場した。

2 ケースの特殊性
 本来であれば、ドーピング検査で禁止物質である「トリメタジジン」の陽性反応が出れば、その時点で強制的に暫定的資格停止処分となるのが原則である。
 このように、数日のうちにめまぐるしく状況が変化したのには、このケースの特殊性が関連している。すなわち、ワリエワ選手は15歳であり、ロシアのアンチ・ドーピング規程(以下、「ロシアADR」という)にある「16歳の年齢に達していないこと」という「要保護者(Protected Person)」の要件に当てはまるものであった。なお、このルールはロシアADRのみならず、世界アンチ・ドーピング規程(以下、「WADC」という)にも同様に規定されている。
 ロシアADRにも、WADCにも、「要保護者」については、資格停止期間の短縮についての定め(WADC第10.3.1条等)等、要保護者に対する処分を軽減する旨の規定があるものの、暫定的資格停止処分について直接定めたものはない。
 暫定的資格停止のルールについては、2021年のWADCにおいて改定があった。WADCを元にしているロシアADRにおいても、同様の改定があったものであるが、CASの決定によると、ここに直接「要保護者」についての規定はなかったが、「要保護者」の未熟さ等から処分の軽減等をするというその制度趣旨から規程を「解釈」する必要があり、その結果、「要保護者」に対する暫定的資格停止処分はそれ以外の者と同様に強制的であるべきではなく、任意的であるべきと判断したのである。
 そして、その任意的処分について検討するにあたり、①2021年12月に採取していた検体の結果がオリンピック期間中である2022年2月に判明したことは、ワリエワ選手の責任ではなく(この遅れはコロナによるストックホルムの研究所の人員不足に起因するものとされている)、②暫定的資格停止処分を下すことによる回復不能な損害(ワリエワ選手がオリンピックにおいて実質的な成功を収める可能性)があることを主な理由として、暫定的資格停止処分はされるべきではなかったとの判断の下、これを取り消したDADCの決定を妥当とした。

3 おわりに
 今回のCASの決定については、「要保護者」について禁止物質が出た場合の暫定的資格停止処分を任意的なものとすることにつき、最終的に規程にない判断をしていると言え、解釈を超えて法を書き換えているとの批判もあり、その是非については意見の分かれるところであろう。
 今回の決定については、たしかにかなり強引なようにも思えるが、ただ、このケースの特殊性である「要保護者」において、最終的処分が資格停止期間を伴わない「けん責」で終えることも十分にあり得ることを考慮すると、従来から批判のあった暫定的資格停止処分が最終的に課される処分よりも重いという「逆転現象」を生じさせないための画期的な決定であると見る余地もないではないのかもしれない。

(2022年3月執筆)

執筆者

佐竹 春香さたけ はるか

弁護士(太陽法律事務所)

略歴・経歴

日本スポーツ法学会会員
大阪弁護士会スポーツ・エンターテイメント法実務研究会世話役
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構仲裁人候補者
一般社団法人BLeSS所属

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