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一般2023年12月20日 オーバーユースの法的問題 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:宮祐平

1  近年、スポーツによる障害の中で、いわゆる「オーバーユース」が取り沙汰されています。とりわけ、甲子園1大会で700球以上投げた投手はプロ野球で活躍しにくいといった文脈でオーバーユースが問題視されています1。身体が未発達な高校生以下、未来の明るい大学生など、若年層の競技者のプレーヤー人生や日常生活に支障をきたす事態は予防すべきであり、野球に限らず全ての競技において、指導者や競技者がオーバーユースの予防策を講じる必要があります。もっとも、今後競技者が指導者に対して損害賠償請求を行い、オーバーユースが争われる可能性もありますので、そこで想定される法的問題を考えていきます。

2  スポーツによる障害は、大きく分けて①スポーツ障害(内因性傷害)と②スポーツ外傷(外因性傷害)の2つに分類できます2。①は、スポーツ活動に伴う力学的なストレスが身体組織の特定の部位に反復して作用することで発生する過度使用性の症候群(overuse syndrome)のことであり、正にこれがオーバーユースです。オーバーユースの例としては、上肢では、野球肩・水泳肩・ゴルフ肘・ドケルバン病(母指の腱鞘炎)・バネ指(屈筋腱の腱鞘炎)、スキーサム(スキーによる母指痛)・ボウラーズサム(ボーリングによる母指痛)などがあるのに対して、下肢では、シンスプリント(ランナーの下腿前・内面の痛み)・ジャンパー膝(バレーボール選手などの膝全面の痛み)・アキレス腱周囲炎などがあり、幅広いスポーツで症例が存在します。
 他方で、②は、突発的・偶発的な外力によって、身体組織が傷害されたものを指し、外傷を伴うもののことをいいます。①と②を比較すると、①は、突発的・偶発的な外力が発生するという明確な事象を伴わずに、力学的ストレスが反復して特定の身体組織に作用する点が特徴です。
 この特徴に起因して、オーバーユースの原因たる力学的ストレスが、㋐誰のいかなる行動にあるのか(※指導者の行動に限られず、競技者自身の過度使用が原因の一部をなすケースも想定されます。その場合には、過失相殺3も問題になり得ます。)、そして、㋑それが身体組織の特定の部位にいかなる作用を及ぼしたのか、㋒具体的に㋐によっていかなる損害(※逸失利益などの消極的損害を含みます。)が生じたのかをそれぞれ特定し、証明することの困難さが浮き彫りになります。

3  競技者のオーバーユースに対する指導者の法的責任は、不法行為責任、債務不履行責任、国家賠償責任の中で議論されます。とりわけ、不法行為責任における過失、債務不履行責任における安全配慮義務違反、損害の発生及び数額、因果関係が争点になりますが、まずもって過失及び安全配慮義務違反の立証が第一関門、かつ最大の争点になります。
 この過失(安全配慮義務)を細分化すると、指導者に対して法的責任を追及する競技者は、ⓐ予見可能性に基づく予見義務・ⓑ結果回避可能性に基づく結果回避義務及びその義務違反を立証する必要があります4
 上記ⓐの立証にあたっては、例えば、ⓐ当該競技自体が身体の特定の部位に対して有する危険性、当該競技においてオーバーユースの症例が存在するか、規則やガイドラインでオーバーユース防止のための指針があるか、指導者の競技者に対する認識(既往症・習熟度・身体的特徴など)、練習での指導及び試合での起用がオーバーユースを生じさせる危険性などを考慮して、指導者の設定した練習メニューの内容や指導方法、大会・試合での起用等がオーバーユースを生じさせる予見可能性・予見義務があったことを立証することになります。また、ⓑでは、上記の予見可能性を前提として、当該競技において指導者が練習メニューや指導方法、起用方法、オフ(休み)の取り方などの対策を講じて、オーバーユースを回避できたことを立証しなければなりません。
 未だ裁判例の集積が不十分であり、上記ⓐ・ⓑの立証及び法的責任の追及可能性については、慎重に検討する必要があります。特にⓐ・ⓑを検討する際、そもそも指導者がどのような対策を講じるべきなのかを明らかにしなければ、オーバーユースを予見して回避することはできませんので、前提として競技団体の規則やガイドラインでオーバーユースの予防策を明確にする必要があるのではないでしょうか。

4  これら議論を前提として、アメリカではピッチスマート5という投球制限の指針が存在します。日本では、高野連が有識者会議6を開催して、1週間500球までの投球制限7を設け、軟野連(中学生)も1日100球・1週間350球の制限8を設けています。他の競技でも、競技団体HPでオーバーユースが取り上げられています9。こういった取り組みの1つ1つが、指導者・競技者のオーバーユースに対する予防策を明確にする点で、当該法的問題において非常に大きな意義を有すると考えます。

1 NEWSポストセブン記事(2023年8月6日)
  https://www.news-postseven.com/archives/20230806_1894235.html?DETAIL
2 藤井亮輔著「オーバーユースのスポーツ傷害」2頁~5頁(エンタプライズ(株)・平成4年)
3 被害者(競技者)が年少者の場合に、被害者に責任能力がなくても事理弁識能力が存すれば、その過失を斟酌し過失相殺される可能性があります(最大判昭和39年6月24日)。
4 前田雅英ほか著「条解刑法 第4版」148頁(弘文堂・令和2年)
5 https://www.mlb.com/pitch-smart
6 投手の障害予防に関する有識者会議(第3回・令和元年9月20日開催)
  https://www.jhbf.or.jp/topics/info/data/20191025_1.pdf
7 高校野球特別規則(附則)2023年版
  https://www.jhbf.or.jp/rule/specialrule/specialrule_2023.pdf
8 https://jsbb.or.jp/uploads/e8b39c4fdecbd39a7a6c4675aa32b661.pdf
9 日本バレーボール協会 https://www.jva.or.jp/play/health_care/

(2023年12月執筆)

一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 全23記事

  1. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷の具体的事案及び法的分析(誹謗中傷問題連載④)
  2. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷への法的対応について(誹謗中傷問題連載③)
  3. 国内におけるアスリートに対する誹謗中傷問題への対応(誹謗中傷問題連載②)
  4. 国際大会におけるアスリートへの誹謗中傷とその対策(誹謗中傷問題連載①)
  5. 部活動の地域移行、地域連携に伴うスポーツ活動中の事故をめぐる法律問題
  6. スポーツにおけるセーフガーディング
  7. スポーツ仲裁における障害者に対する合理的配慮
  8. スポーツ施設・スポーツ用具の事故と法的責任
  9. オーバーユースの法的問題
  10. スポーツ事故の実効的な被害救済、補償等について
  11. 日本プロ野球界におけるパブリシティ権問題の概観
  12. パルクール等、若いスポーツの発展と社会規範との調和
  13. ロシア選手の国際大会出場に関する問題の概観
  14. スタッツデータを取り巻く法的議論
  15. スポーツ事故における刑事責任
  16. スポーツに関する通報手続及び懲罰手続に関する留意点
  17. スポーツ界におけるフェイクニュース・誹謗中傷
  18. スポーツと地域振興
  19. アンチ・ドーピング規程における「要保護者」の特殊性
  20. スポーツにおけるパワーハラスメントについて考える
  21. アスリート盗撮の実情とその課題
  22. アンチ・ドーピングについてJADA規程に準拠しない競技団体とその課題
  23. スポーツチームにおけるクラブトークンの発行と八百長規制の必要性

執筆者

宮 祐平みや ゆうへい

弁護士(市民総合法律事務所)

略歴・経歴

中央大学法学部法律学科 卒業
早稲田大学大学院法務研究科 修了
日本プロ野球選手会公認代理人 登録
神奈川県弁護士会スポーツ法研究会
横浜マリナーズ(神奈川県弁護士会野球部)

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