一般2023年12月20日 オーバーユースの法的問題 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:宮祐平

他方で、②は、突発的・偶発的な外力によって、身体組織が傷害されたものを指し、外傷を伴うもののことをいいます。①と②を比較すると、①は、突発的・偶発的な外力が発生するという明確な事象を伴わずに、力学的ストレスが反復して特定の身体組織に作用する点が特徴です。
この特徴に起因して、オーバーユースの原因たる力学的ストレスが、㋐誰のいかなる行動にあるのか(※指導者の行動に限られず、競技者自身の過度使用が原因の一部をなすケースも想定されます。その場合には、過失相殺3も問題になり得ます。)、そして、㋑それが身体組織の特定の部位にいかなる作用を及ぼしたのか、㋒具体的に㋐によっていかなる損害(※逸失利益などの消極的損害を含みます。)が生じたのかをそれぞれ特定し、証明することの困難さが浮き彫りになります。
この過失(安全配慮義務)を細分化すると、指導者に対して法的責任を追及する競技者は、ⓐ予見可能性に基づく予見義務・ⓑ結果回避可能性に基づく結果回避義務及びその義務違反を立証する必要があります4。
上記ⓐの立証にあたっては、例えば、ⓐ当該競技自体が身体の特定の部位に対して有する危険性、当該競技においてオーバーユースの症例が存在するか、規則やガイドラインでオーバーユース防止のための指針があるか、指導者の競技者に対する認識(既往症・習熟度・身体的特徴など)、練習での指導及び試合での起用がオーバーユースを生じさせる危険性などを考慮して、指導者の設定した練習メニューの内容や指導方法、大会・試合での起用等がオーバーユースを生じさせる予見可能性・予見義務があったことを立証することになります。また、ⓑでは、上記の予見可能性を前提として、当該競技において指導者が練習メニューや指導方法、起用方法、オフ(休み)の取り方などの対策を講じて、オーバーユースを回避できたことを立証しなければなりません。
未だ裁判例の集積が不十分であり、上記ⓐ・ⓑの立証及び法的責任の追及可能性については、慎重に検討する必要があります。特にⓐ・ⓑを検討する際、そもそも指導者がどのような対策を講じるべきなのかを明らかにしなければ、オーバーユースを予見して回避することはできませんので、前提として競技団体の規則やガイドラインでオーバーユースの予防策を明確にする必要があるのではないでしょうか。
1 NEWSポストセブン記事(2023年8月6日)
https://www.news-postseven.com/archives/20230806_1894235.html?DETAIL
2 藤井亮輔著「オーバーユースのスポーツ傷害」2頁~5頁(エンタプライズ(株)・平成4年)
3 被害者(競技者)が年少者の場合に、被害者に責任能力がなくても事理弁識能力が存すれば、その過失を斟酌し過失相殺される可能性があります(最大判昭和39年6月24日)。
4 前田雅英ほか著「条解刑法 第4版」148頁(弘文堂・令和2年)
5 https://www.mlb.com/pitch-smart
6 投手の障害予防に関する有識者会議(第3回・令和元年9月20日開催)
https://www.jhbf.or.jp/topics/info/data/20191025_1.pdf
7 高校野球特別規則(附則)2023年版
https://www.jhbf.or.jp/rule/specialrule/specialrule_2023.pdf
8 https://jsbb.or.jp/uploads/e8b39c4fdecbd39a7a6c4675aa32b661.pdf
9 日本バレーボール協会 https://www.jva.or.jp/play/health_care/
(2023年12月執筆)
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執筆者

宮 祐平みや ゆうへい
弁護士(市民総合法律事務所)
略歴・経歴
中央大学法学部法律学科 卒業
早稲田大学大学院法務研究科 修了
日本プロ野球選手会公認代理人 登録
神奈川県弁護士会スポーツ法研究会
横浜マリナーズ(神奈川県弁護士会野球部)
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