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一般2021年11月04日 アスリート盗撮の実情とその課題 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:伊東晃

東京オリンピック・パラリンピックの開催に先立ち、日本オリンピック委員会などの国内スポーツ統括団体がアスリートの盗撮やSNSへの投稿など性的ハラスメントに対する取組みを行うことを発表1したことも相俟って、とりわけ女性アスリートの盗撮などが社会問題と認知され、注目を浴びております。
そこで、今回はアスリートの盗撮などに関し、現行法における検挙の実情や盗撮罪の新設に関する議論の状況について見ていきたいと思います(関連するコラムとして、新日本法規WEBサイト記事安藤尚徳氏執筆「アスリートを盗撮やSNSへの写真・動画投稿によるハラスメントから守れ」参照)。
日本の刑法典には盗撮そのものを処罰の対象とした規定はありませんので、都道府県ごとに制定されている迷惑防止条例が検挙の根拠規定とされる例があります。東京都の迷惑防止条例2では、公共の場所において、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を撮影することを禁止していますが(第5条1項2号ロ)、その規定ぶりからはユニホーム姿のアスリートを撮影する行為に直ちに同条が適用されるとは言えないと思われます。より適用範囲が広いと考えられる「卑わいな言動」(同項3号)に該当すると考える余地はあるところ、本稿執筆時点において、同種の迷惑防止条例3を設けている京都府での陸上競技に関し、女子高生アスリートを盗撮したとして、同府の迷惑防止条例違反の疑いで撮影者が書類送検された事例4があります。ところで、北海道の迷惑防止条例での「卑わいな言動」の意義が問題になった事案において、最高裁判所はその意義を「社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作」と解釈しました5。この事案では女性を少なくとも5分間、40メートル余り付けねらい、背後約1ないし3メートルの距離から携帯電話のカメラで約11回撮影したことを指摘した上で「卑わいな言動」に該当すると判断されましたが、相当執拗な態様による隠し撮り行為であったことを考慮したと推察されるとの指摘も踏まえると6、同条項を適用してユニホーム姿のアスリートに対する盗撮行為を摘発するにはそれなりのハードルがあると言えます。
また、盗撮目的で試合会場に入ったことを理由に建造物侵入罪を問うことも理論的にはありえるところですが、いかなる目的で侵入したかの判断は外形上判別し難く、それもあってかこれを理由に検挙したとする報道は見当たりません。
一方、盗撮した写真や動画などをSNSなどにアップロードした場合には、名誉毀損罪や著作権法違反などが考えられ、本稿執筆時点において、女性アスリートの性的画像をアダルトサイトに無断で転載したとして逮捕者が出たとの報道があります7。この事案では著作権法違反を理由として逮捕され、その後名誉毀損罪でも送検されているようですが、著作権法違反との関係では被害者はアスリートではなく当該画像の著作権者であるテレビ局であること、名誉毀損罪については親告罪であるため被害を受けたアスリートの告訴が必要であることから、他の同種事案においても検挙ができるかは問題となります。
このように盗撮行為での検挙には悩ましい問題があるため、現在、法務省の性犯罪に関する刑事法検討会において、盗撮罪の制定が議論されております。同検討会の取りまとめ報告書においては、処罰の必要性は高いことを指摘する一方で、ユニホーム姿の撮影行為に関し、違法な行為と適法な行為を明確に切り分けることは困難であることもあり、目的犯とするべきか否かも含め処罰要件をどのように明確化するかについて意見が出されており8、盗撮罪の制定が容易ではないことがうかがえます。
上記のとおり、盗撮罪の議論は未だ十分な議論がされているとはいえない状況であり、現行法での検挙にも難点がある現状を踏まえると、NFや大会主催者による対応が不可欠です。
NFの中には撮影禁止エリアを設けたり、職員が会場を巡回したりするなどして一定の成果を挙げているところもあります9。また、一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センター主催で今年の5月23日に開催された「盗撮・性的画像被害からアスリートを守る~現状と課題~」と題するシンポジウムでは、盗撮をめぐる現状と課題が分析され、問題解決に向けた3つの提言がされました1011。この提言にもある安心してスポーツができる環境を作り上げていくためには、スポーツに関わるすべての人の間に盗撮を許さないという毅然とした態度を醸成していくことが重要であることが窺えます。今後のスポーツ関係者の動向に注目していきたいところです。

1 https://www.joc.or.jp/about/savesport/
2 「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」
  https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/about_mpd/keiyaku_horei_kohyo/horei_jorei/meiwaku_jorei.files/meibou.pdf
3 「京都府迷惑行為等防止条例」
  http://www.pref.kyoto.jp/reiki/reiki_honbun/a300RG00001388.html
4 https://news.biglobe.ne.jp/trend/0918/bdc_210918_8392053239.html)。
5 最決平成20年11月10日刑集第62巻10号2853頁
6 判例タイムズ1302号110頁、三浦透「時の判例」ジュリスト1433号114頁
7 https://www.asahi.com/articles/ASP6T428CP6TUTIL00B.html
8 https://www.moj.go.jp/content/001348762.pdf
9 第105回日本陸上競技選手権大会OSAKA2021「大会に関する注意事項」
  https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202106/21_144552.pdf
10 https://media.japan-sports.or.jp/column/61
11 提言の内容は、①アスリートの撮影被害・ネット被害を取り締まる立法措置が急務、②アスリートを侮辱する卑劣な行為を許さない、③誰もが安心してスポーツができる環境を、スポーツ組織、各競技団体、そしてスポーツを楽しむ私たちが作り上げていく、というものです。

(2021年10月執筆)

一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 全24記事

  1. アスリートに対する誹謗中傷の問題点と今後求められる取組み(誹謗中傷問題連載⑤)
  2. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷の具体的事案及び法的分析(誹謗中傷問題連載④)
  3. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷への法的対応について(誹謗中傷問題連載③)
  4. 国内におけるアスリートに対する誹謗中傷問題への対応(誹謗中傷問題連載②)
  5. 国際大会におけるアスリートへの誹謗中傷とその対策(誹謗中傷問題連載①)
  6. 部活動の地域移行、地域連携に伴うスポーツ活動中の事故をめぐる法律問題
  7. スポーツにおけるセーフガーディング
  8. スポーツ仲裁における障害者に対する合理的配慮
  9. スポーツ施設・スポーツ用具の事故と法的責任
  10. オーバーユースの法的問題
  11. スポーツ事故の実効的な被害救済、補償等について
  12. 日本プロ野球界におけるパブリシティ権問題の概観
  13. パルクール等、若いスポーツの発展と社会規範との調和
  14. ロシア選手の国際大会出場に関する問題の概観
  15. スタッツデータを取り巻く法的議論
  16. スポーツ事故における刑事責任
  17. スポーツに関する通報手続及び懲罰手続に関する留意点
  18. スポーツ界におけるフェイクニュース・誹謗中傷
  19. スポーツと地域振興
  20. アンチ・ドーピング規程における「要保護者」の特殊性
  21. スポーツにおけるパワーハラスメントについて考える
  22. アスリート盗撮の実情とその課題
  23. アンチ・ドーピングについてJADA規程に準拠しない競技団体とその課題
  24. スポーツチームにおけるクラブトークンの発行と八百長規制の必要性

執筆者

伊東 晃いとう ひかる

弁護士(弁護士法人一番町綜合法律事務所)

略歴・経歴

2012年 中央大学法学部卒業
2014年 慶應義塾大学法科大学院修了
日本スポーツ法学会会員
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者

主な取扱分野
スポーツ法務、企業法務、少年事件、訴訟その他紛争解決など

主な著書
『少年事件のしおり~初めて少年に会う前に~』(共著)第一東京弁護士会子ども法委員会(2018年2月)など

執筆者の記事

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