行政2025年04月03日 建物の区分所有という制度の行方 執筆者:日置雅晴

 政治情勢により先送りされていた区分所有法の改正が今国会で審議されようとしている。(資料はhttps://www.mlit.go.jp/report/press/house03_hh_000224.html
 政治的な対決法案でもなく、政府案通り改正される可能性が高いが、法案の正式名称「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律案」からもわかるように、主な改正点は、増加する高経年マンションの管理不全や建替え等の手続きを緩和して、維持・保全の便を図ろうとするもので、決議要件を一定緩和する、管理不全部分の管理人制度を設ける、敷地の一括売却や一棟リノベーション制度という新しい対応方法を多数決で認める、といった改正が予定されている。
 今回の改正自体は、これまで実務的に隘路となっていた管理や建替えの問題点を解消しようとするものであり、全体的な方向性としてはやむを得ない改正と言えよう。
 しかし、これはあくまでも小手先の対応策であり、集合住宅という多数が居住する住宅について躯体などは全体共有とし、個々の部屋は単独所有権を設定し、基本はその維持管理を所有者の自主性に任せ、その多数決で運用するという、建物の区分所有制度自体が今や曲がり角に来ていることに対しては、対症療法に過ぎない。
 管理や建替えなどの手続きが、法的に容易になったとしても、経済的、建築・都市計画的に実現が不可能であれば、社会的にはなんら問題は解決しない。
 多種多様な所有者からなる区分所有住宅の建替えが社会的・経済的に成立するためには、不動産価格の高騰と容積率の緩和などによる床面積の増加があり、既存区分所有者の経済的負担がないか相当低額であることが必要となるが、今ではそのような案件はほとんど残されていないと言われている。そこで地域の再開発と一体の計画として建替える事例なども出現しているが、過剰な容積率の利用は逆に周辺地域の環境悪化という問題を引き起こしかねない。
 逆にそのような地域ポテンシャルもない地方では、社会的に老朽マンションの解消は容易ではない。
 高経年マンションの住人には、建設当時から居住している高齢者が多いことなども考えると、マンションの建替えは、区分所有建物という枠を超えて、社会福祉や公共住宅政策、地域のまちづくりなど、社会的な問題と連携して取り組む必要がある。今回の改正で、自治体は危険なマンションに対する報告徴収、助言指導、勧告・あっせんなどの規定が設けられ、民間の支援団体の登録と連携強化もうたわれているが、個々の部屋に強い所有権が設定されている区分所有制度のもとでは、公的な関与はどこまで実効が挙げられるか疑問が残る。
 そもそも区分所有制度は、将来の集合住宅における生活のあるべき姿を考えて作られた制度ではなく、先に共同住宅が建設されるという事実が先行し、後追い的に民法の共有物規定を出発点として、管理組合などの概念を導入して昭和37年に区分所有法が作られ、その後も現場のトラブルや災害対応などの必要性に応じて改正に改正を重ねて現在に至っている。この間、日本の経済情勢や住宅事情、高齢者福祉、相続制度など多くの状況が大きく変わったが、個々の部屋の所有者に強い所有権を与えるという区分所有制度の本質は変わっていない。 
 この先も増え続ける集合住宅の維持保全がはかられ、居住者が安心して住まい続けられるためにも、このような歴史的経緯のうえに生み出された区分所有制度自体を根本的に見直し、未来への禍根を根本的になくすことこそが今求められているのではないだろうか。

(2025年3月執筆)

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執筆者

日置 雅晴ひおき まさはる

弁護士

略歴・経歴

略歴
1956年6月 三重県生まれ
1980年3月 東京大学法学部卒業
1982年4月 司法習修終了34期、弁護士登録
1992年5月 日置雅晴法律事務所開設
2002年4月 キーストーン法律事務所開設
2005年4月 立教大学法科大学院講師
2008年1月 神楽坂キーストーン法律事務所開設
2009年4月 早稲田大学大学院法務研究科教授

著書その他
借地・借家の裁判例(有斐閣)
臨床スポーツ医学(文光堂) 連載:スポーツ事故の法律問題
パドマガ(建築知識) 連載:パドマガ法律相談室
日経アーキテクチャー(日経BP社) 連載:法務
市民参加のまちづくり(学芸出版 共著)
インターネット護身術(毎日コミュニケーションズ 共著)
市民のためのまちづくりガイド(学芸出版 共著)
スポーツの法律相談(青林書院 共著)
ケースブック環境法(日本評論社 共著・2005年)
日本の風景計画(学芸出版社 共著・2003年)
自治体都市計画の最前線(学芸出版社 共著・2007年)
設計監理トラブル判例50選、契約敷地トラブル判例50選(日経BP社 共著・2007年)
新・環境法入門(法律文化社・2008年)
成熟社会における開発・建築規制のあり方(日本建築学会 共著・2013年)
建築生産と法制度(日本建築学会 共著・2018年)
行政不服審査法の実務と書式(日本弁護士連合会行政訴訟センター 共著・2020年)

執筆者の記事

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