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一般2025年06月23日 武道と法規範~合気道を例に 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:萩原彩

1 はじめに

  スポーツ法の分野において、武道に特化した議論は、その発祥の地である我が国において、より活発になされても良いのではないだろうか。武術・武道が古くから日本で発祥及び発展してきたものである一方、多くの法律は明治維新後に海外から継受したものである。スポーツ法の分野において、この歴史的経緯から生じる、武道特有の論点が生じ得るところ、筆者としては、各武道の実態に即した考察がなされていくべきであると感じている。
 筆者は、合気道を15年以上続け、現在も弁護士業務と並行して日々稽古に励んでいる。本コラムは、日本においてかけがえのない伝統と意義を有する武道が、その魅力を保持しつつ未来に渡って発展していくことを目的として、スポーツ法の分野において今後更に武道に関する議論が活発になされるための契機となることを期待し執筆するものである。

2 合気道における考察

⑴ 合気道とは
 合気道は、開祖・植芝盛平翁(1883~1969)が日本伝統武術の奥義を究め、さらに厳しい精神的修養を経て、創始した現代武道である。日々の稽古を積み重ね、相手と切磋琢磨し、心身の錬成を図るのを目的とする。すなわち、合気道においては、試合や競技を行わず、相手を尊重し、和合の精神に基づき、日常の稽古において鍛錬することに重きをおいている。合気道は、全国約2400ヵ所の道場団体が存在する程に国内で広く稽古が行われているとともに、海外140以上の国と地域に広がりを見せている国際的な武道でもある。毎年5月に日本武道館で行われる全日本合気道演武大会では、約8000人が演武をし、観客と合わせて約1万人が来場している1

⑵ 合気道における特殊性
 合気道について、他の武道やスポーツと比べた時に、その大きな特徴として、試合や競技をせず、優劣を競わない点が挙げられる。それ故に、所謂メジャースポーツで議論される代表選考に関する法的問題や、試合を行うスポーツにおいて生じ得る行き過ぎた勝利至上主義から生じるハラスメント等の法的問題も生じにくく、他の武道やスポーツと比べると法的紛争が起きにくい性質を有するといえよう。合気道が試合や競技をしないにもかかわらず、急速に国内外に広がりを見せているのは2、その稽古法と精神性に魅力を感じる人が多いからだと思われる。もっとも、合気道においても、武道であるが故に、以下で述べる武道一般に生じ得る法的論点が共通するものと思われる。

3 武道一般に関する法的論点

  以下では合気道に限らず、武道一般に共通する法的論点をいくつか例示したい。

⑴ 広い視点での考察
 武道の特徴の一つとして、段位(黒帯)制度があることが挙げられる。昨今では、ワールドテコンドーがウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領の名誉9段黒帯を剥奪したことが話題になった。国内においても、過去にある武道団体が、不祥事を起こした人物の黒帯を剥奪した例がある。このような実情が取られている中で、段位(黒帯)の剥奪については、あまり法的な議論がなされていないようである。この点、指導者登録や選手登録からの抹消の論点と同様の議論が妥当するのか、段位(黒帯)それ自体が、具体的な法的地位を位置づけるものではないとの理由で別の扱いがなされるのか。今後各々の武道における段位(黒帯)の位置づけを考慮しつつ、議論がなされてもよい論点であろう。
 また、武道においては、同じ武道内においても流派が分かれている場合が多い。流派については、歴史的な経緯から様々な問題が発生する場合がある。最近では、剣術の「小野派一刀流」の宗家であると主張する原告が、破門した人物が日本古武道振興会のウェブサイトや大会のパンフレットに「小野派一刀流剣術」の標章を使用していることにつき、商標法や不正競争防止法に基づき使用差止請求をした件に関する裁判例が出された3。同裁判では、当事者において武道の流派、演武、破門等に関する詳細な主張が行われる一方で、裁判所としてはあくまでも商標法や不正競争防止法の文言該当性を検討し、一審二審ともに原告の請求を棄却したものである。二審の理由文末では、原告が武道の現代的意義や伝統文化である剣道の普及に与える影響の大きさを訴えている点について、本件における判断が商標法及び不正競争防止法の目的の範囲を超える歴史的、文化的事情によって左右されるものとはいえないと否定しつつも、本件訴訟における判断が破門の効力に影響を与えるものでないことも当然である等と言及しており、あくまでも知的財産の観点からではあるが、司法の場において武道の流派に関する考察がなされた点で注目に値するものと思われる。

⑵ 身近な視点での考察
 武道と法規範につき身近な例としては、武道が、本来、戦法としての武技・武術から発祥したものであるから、程度の差こそあれ、危険性が内在している点が挙げられる。そのため、特に安全性には一層の意識掛けが必要である。また、武道が、本来厳しい側面を有するものであるから、指導が激化し、過去には試合を行う武道において行き過ぎた勝利至上主義の下でハラスメントが問題になったこともある。一方で、本来武道が、厳しい鍛錬の道であることからして、本来行われるべき指導まで失われてしまえば、武道としての意味が薄れる可能性がある。指導者においては、悩みが生じる場面だと思わるが、何が人権を侵害する言動なのか、その線引きを理解する必要がある。そのため、特に武道においては、稽古中の事故防止やハラスメント予防のため、指導者に向けて定期的な講習会を設けることが有意義であろう。
 更には、大きな道場だけでなく、身近な町道場においても、入退会の管理、規約の作成、会費未納者への対応、問題のある会員への対応、誹謗中傷への対応、安全配慮の実施方法、各ハラスメント防止策、適正な補助金の申請や金銭管理等は、日常的に問題になり得る。身近で武道に精通した弁護士等の専門家がおり、相談できる体制を整えて、予め問題や不正が起きない体制を整えることも重要である。

4 最後に

  先に述べたとおり、合気道においては日々の稽古をとおした心身の鍛錬を大切にしている。日常の稽古を大切にしているのは、他の武道でも同様である。日々の稽古を重視する武道においては、特に(問題が発生してから対応するのではなく)大きな問題を起こさないための予防的法務を推奨したい。
 武道は、歴史的に日本人の精神性を作り上げてきた要素があり、我が国において、かけがえのない意義を有する。武道と法規範に関する議論は、武道発祥の地である日本こそがより率先して行うべきではないか。今後、各々の武道が歩んできた伝統が守られ、各々の武道が大切にしている精神が尊重された形で、法的な整理が行われていくべきであろう。

1 公益財団法人合気会HPhttp://www.aikikai.or.jp/index.html
2 合気道本部道場の前身となる道場が完成したのが1931年のことであり、海外派遣が始まったのが1950年代であることからすると、比較的短期間のうちに国内外に合気道が広がっていったことが伺える(植芝守央「合気道 その歴史と技法」(公益財団法人 日本武道館・2022)参照)。
3 原審:東京地方裁判所令和3年12月17日判決。
控訴審:知的財産高等裁判所令和4年8月22日判決。

(2025年6月執筆)

(本コラムは執筆者個人の意見であり、所属団体等を代表するものではありません。)
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執筆者

萩原 彩はぎわら あや

弁護士

略歴・経歴

上智大学法学部法律学科卒業
中央大学法科大学院修了
司法試験合格
国家公務員総合職試験合格
都内法律事務所勤務

取扱分野
一般民事・家事事件、企業法務、労働事件、交通事故、スポーツ法務、子どもに関する法務、犯罪被害者支援、その他

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