一般2025年10月31日 「スポーツを観る権利」~ユニバーサルアクセス権から考える~ 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:佐竹勇祐

1、スポーツに関する権利
 「スポーツ基本法」は、スポーツの推進という目的から、スポーツをするプレイヤーのみならず、スポーツに関わる人(観る人や支える(育てる)人)も広く重視している。スポーツは、観客(観る人)により支えられている側面もあることから、「する」だけでなく、「観る」・「放送する」権利も重視するべきである。
 この「観る」・「放送する」権利については、各国で、背景や社会制度の違いにより、異なる権利概念が発展してきた。本稿では、大きく分けて、「観る」側の権利として発展した欧州と「放送する」側の権利として発展した米国を対比し(下記2、3)、日本での状況を概観していきたい(下記4、5、6)。
2、欧州におけるユニバーサル・アクセス権
 ユニバーサル・アクセス権(以下「UA権」という。)は、英国において、国民の誰もが一定の国民的行事をテレビで視聴することを保障する権利として議論されてきた。英国において、長らく公共放送BBCが単独でスポーツ放映を行っていたが、1950年代に開始した地上波商業放送や、1990年代に勢いを得た有料放送が、高額な放映権を獲得し独占放映の懸念が高まり、国民に人気のある競技でも見られない国民が出てくる可能性が出てきた。
 そこで、英国は、「1954年テレビジョン法(現在廃止)」、「1984年ケーブル放送法(現在廃止)」、「1996年放送法」に無料かつ地理的に普遍的なスポーツ放映を担保する条項を盛り込み、スポーツにおけるUA権を確立していった1。このような英国の議論はEUにも波及し、EUの放送法として位置づけられる「視聴覚メディアサービス指令(旧国境なきテレビジョン指令)」にも英国法に類似する規制枠組みが組み込まれた。
3、「放映権」という概念が生まれた米国
「放映権」とは、スポーツを放映する権利であり、純粋に私的な権利であることから、有料で視聴させることは元来自由な権利である。ラジオ時代の米国において、ラジオによるボクシング中継を行う放送事業者に対して、興行主側がラジオ中継による入場料と飲食売上の減収分を補填する支払契約を締結させたことが、「放映権」の概念が生まれた始まりだと言われている2。反対に、米国ではスポーツにおけるUA権を保障する法制度は存在しない。このように、スポーツ放映に対する考え方が、早期からスポーツの商業放送がスポーツビジネスとして成り立ってきた米国と、公共放送を中心に放送事業が発展していった欧州とでは大きく異なっていた。
4、日本における「スポーツ放映権」
 日本において、スポーツ競技(試合)のテレビ等の映像に関する放送権(以下「スポーツ放映権3」という。)は、これを利用し、その対価を受け取る権限が誰に帰属するかという問題と、第三者の無断放送に対して誰がどのような法的手段を取りうるかという問題を検討する上で、その法的根拠につき検討されてきた。
 スポーツ放映権の法的根拠に関する学説としては、競技会場の施設管理権を挙げる説(以下「施設管理権説」という。)、選手(競技者)の肖像権を挙げる説(以下「肖像権説」という。)、競技会の主催者に帰属するという説(以下「主催者権説」という。)が考えられているが、実務の取り扱いの例として、野球(NPB)の場合は、ホームゲームの主催球団に放送許可権があるとされ4、サッカー(Jリーグ)の場合は、リーグ組織に帰属するとされJリーグが一括管理する5等、スポーツ放映権の所在、帰属が規約等に明記されていることも多い。
5、日本における「スポーツを観る権利」
 一方で、歴史的に、日本におけるスポーツ放映権は、欧州とも米国とも異なる発展の仕方をしてきた。上述した欧州のスポーツにおけるUA権のような権利について、日本には実定法上の明確な規定がなく、法律上保障されていたわけではなかったが、地上波放送事業者が試合を無料中継してきたため、国民一般が試合を観ることができたのである。日本では難視聴地域が少なく地上波放送事業者が圧倒的な制作力を持っていたため、有料放送に対する需要が低く、国民の「スポーツを観る権利」(欧州のようなUA権等)が主張される事態が発生しにくかったと言える。
 しかしながら、昨今放映権料の上昇が進み、Jリーグ等の国内プロスポーツ中継でも、地上波放送から有料放送や有料動画配信サービスに移行しているものが見受けられる。国際サッカー連盟主催のFIFAワールドカップにおいて、2000年代以降、2014年ブラジル大会まではNHKと地上波商業事業者(民放)が共同で無料放映権を購入していたが、2018年ロシア大会ではテレビ東京が撤退し、さらに、2022年カタール大会では、TBSと日本テレビが撤退したことから、動画配信大手「ABEMA」が参入し、全試合を無料放映したことは記憶に新しい。
 他にも、日本が優勝した2023年の第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、WBCを組織する「WBCI」が東京開催試合の運営・興行を担う読売新聞社を窓口として国内の民放などに放送・配信権を付与し、TBSとテレビ朝日が生中継を行っていた。一方で、2026年3月に開催される第6回WBCの日本での独占放送権はアメリカ動画配信大手「Netflix」が獲得したことが大きなニュースになっている。有料動画配信サービスによる独占放送となれば、契約者以外は試合を観ることができないのではないかという議論を招いているのである。
6、今後の課題
 スポーツ放映権の高騰が原因となり、国民的に関心の高いスポーツ競技が広く視聴・観戦できない可能性があるという報道を目にするようになった。2011年に制定されたスポーツ基本法では、「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」(同法前文)とされ、スポーツ権は、する人のみならず、観る人・支える人にも実現されるべきものであることが確認されている。そうだとすれば、「スポーツを観る権利」も「スポーツ放映権」と表裏一体のものとなるはずである。
 スポーツを仕事とし報酬を得るプロスポーツとそうではないアマチュアスポーツの公共性をどう考えるか、メディア自身の公共性をどう認識するか等の社会の認識を踏まえながら、「スポーツ放映権」と「スポーツを観る権利」をどのように調整するか、日本においても、今後検討されるべき課題となるであろう。
1 1998年に、文化・メディア・スポーツ相が、一定の国民的行事を「特定指定行事」リストとして、Aグループ(オリンピック、サッカー(FIFAワールドカップ決勝、ヨーロッパ選手権決勝トーナメント、FAカップ決勝、スコットランドFAカップ決勝)、テニス(ウィンブルドン)、競馬(グランド・ナショナル、ダービー)、ラグビー(リーグ・チャレンジカップ決勝、IRFBワールドカップ決勝))、Bグループ(クリケット(イングランド国内のテストマッチ)、ゴルフ(ライダーカップ、全英オープン)など10イベント)、2つのグループに分けて発表した。Aグループは、地上波テレビ放送局に独占生放送権の獲得を保障し、Bグループは、地上波テレビ放送以外の有料放送事業者も独占生放送権を獲得できるが、その場合にもハイライト放送、時差放送などの二次的放送権が地上波放送局に提供されなければならないものとされた。
2 杉山茂.スポーツは誰のものか.慶應義塾大学出版会.2011
3  一般に、スポーツ競技自体は、著作物に該当しないと解されている。もっとも、放送局又は番組制作会社が制作するスポーツ中継番組が、創作性ある表現行為として「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当しうることは別論である。
4 日本プロフェッショナル野球協約2025第44条参照
5 公益社団法人日本プロフェッショナルサッカーリーグ(Jリーグ)規約119条1項参照
(2025年10月執筆)
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