一般2025年01月27日 SNS上のアスリートに対する誹謗中傷の具体的事案及び法的分析(誹謗中傷問題連載④) 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:手塚圭祐

第1 はじめに
  本稿では、SNS上のアスリートに対する誹謗中傷が裁判上問題となった具体的事案及び法的な問題について分析する。
第2 具体的な事案及び法的な問題点
1 まず、SNS上でアスリートに対し、誹謗中傷の投稿をすると、(1)刑事上の責任としては、侮辱罪や名誉棄損罪に抵触する可能性があり、(2)民事上の責任としては、名誉権侵害や名誉感情侵害を理由として不法行為に基づく損害賠償を請求される可能性がある。
2 刑事上の責任に関する最近の動向としては、FC町田ゼルビアが、実際に、SNSにおけるクラブへの誹謗中傷に対して、名誉棄損罪等の疑いで刑事告訴をしたといった動きがある1
  また、日本プロ野球選手会では、侮辱罪等での告訴受理に至った旨のリリースをしている2
  侮辱罪は、令和4年7月7日に施行された刑法改正により、法定刑の引上げがなされた3。当該改正は、令和2年5月に当時22歳であった女子プロレスラーがSNS上で誹謗中傷を受け自殺したことにより、厳罰化の声が高まったことを端緒とする4
3 民事上の責任に関しては、以下のような不法行為に基づく損害賠償請求の事案がニュースになった。
  当該事案は、被害選手のブログに匿名で「代表入りも無理なの気づきませんか?悪あがきもほどほどにした方がいい」「代表選手になりたいならルールを守るのが最低限のマナーです」などと書き込まれた事案である。被害選手側が投稿者の開示請求を行ったところ、ライバル選手が投稿者であることが発覚し、訴訟提起に至った。判決では、投稿は被害選手への攻撃が目的で、真実だとは言えないといった点を理由に、120万円余りの賠償が命じられた5
4 名誉権侵害6には、事実を摘示して他人の社会的評価を低下させる「事実摘示型」と意見論評により他人の社会的評価を低下させる「意見論評型」があり7、上記3の事案は、「意見論評型」に該当する。
  SNS上の誹謗中傷における民事上の責任追及に関しては、最初に立ちはだかる壁として、加害者の特定がある。加害者の特定については、誹謗中傷問題連載③のとおり、発信者情報開示請求を速やかに行い、発信者の氏名・住所の開示を求めることが必要になることが多い8
  そして、名誉感情侵害ではなく、名誉権侵害を前提とする場合、発信者情報開示請求においては、権利侵害の明白性として、①同定可能性、②社会的評価を低下させるおそれのある記載の流布、③違法性阻却事由をうかがわせる事情の不存在(ア:公共の利害に関する事実ではないこと、イ:公共を図る目的でなされたものではないこと、ウ:内容が真実ではないこと、エ:人身攻撃等論評としての域を逸脱したものであること(エについては意見論評型の場合))の主張立証が必要になる9
5 なお、アスリートに対する誹謗中傷においては、名誉権侵害ではなく名誉感情の侵害、いわゆる侮辱と評価される事案も多い。
  亡くなった女子プロレスラーの母親に対し、インターネット上の電子掲示板で、「Aの死を休業の言い訳にしているところがクズすぎる」などと投稿された事案で、裁判所は、「クズ」という侮辱的な表現を用いて、一方的に誹謗中傷し、揶揄しているものであり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であるなどとして、名誉感情の侵害を認めた10
  このように、名誉感情侵害の場合に権利侵害が認められるためには、単に自分が傷ついたといった事情のみでは足りず、「表現行為の違法性が強度で、社会通念上許容される限度を超えた」ことの主張立証が必要となる11
第3 まとめ
  匿名でなされる誹謗中傷に対して民事上の責任を追及するには、上記のとおり、多大な労力がかかるが、それに比して、裁判上の認容金額は必ずしも高額とはいえないことも多い。そのため、アスリートが競技に集中できる環境を守るためにも誹謗中傷を事前に抑止することが重要になる。
  次回の連載⑤では、アスリートに対する誹謗中傷の問題点と今後求められる取り組みについて取り上げる予定である。

1 https://www.zelvia.co.jp/news/news-280535/
2 https://jpbpa.net/2024/10/24/11887/
3 https://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00194.html
4 https://www.yomiuri.co.jp/national/20220614-OYT1T50017/
5 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240806/k10014538981000.html
6 外部的な社会的な評価を低下させたことを前提とする「名誉権侵害」と、外部的な社会的な評価を低下させず名誉感情を侵害したことを前提とする「名誉感情」に対する侵害(侮辱)とは区別される(中澤佑一「プロバイダ責任制限法と誹謗中傷の法律相談」(青林書院、2023年)203頁参照)。
7 違法性阻却事由の判断枠組みが異なるので、両者を区別して主張することが実務上求められている(前掲注6の210頁参照)。
8 https://www.sn-hoki.co.jp/articles/article3857911/
9 前掲注6の208頁参照(なお、保全手続による場合、保全の必要性として、記事がインターネット上で現に公開され続けており、損害が拡大していることが必要となる。)
10 東京地判令和3年8月24日(令和3年(ワ)第6482号)判例秘書掲載
11 名誉感情の侵害の成否にあたっては、厳密な同定可能性を基準に検討するのではなく、自分が被害者であるという合理的な説明が可能であればよいと考えられる(前掲注6の225頁参照)。

(2025年1月執筆)

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一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 全24記事

  1. アスリートに対する誹謗中傷の問題点と今後求められる取組み(誹謗中傷問題連載⑤)
  2. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷の具体的事案及び法的分析(誹謗中傷問題連載④)
  3. SNS上のアスリートに対する誹謗中傷への法的対応について(誹謗中傷問題連載③)
  4. 国内におけるアスリートに対する誹謗中傷問題への対応(誹謗中傷問題連載②)
  5. 国際大会におけるアスリートへの誹謗中傷とその対策(誹謗中傷問題連載①)
  6. 部活動の地域移行、地域連携に伴うスポーツ活動中の事故をめぐる法律問題
  7. スポーツにおけるセーフガーディング
  8. スポーツ仲裁における障害者に対する合理的配慮
  9. スポーツ施設・スポーツ用具の事故と法的責任
  10. オーバーユースの法的問題
  11. スポーツ事故の実効的な被害救済、補償等について
  12. 日本プロ野球界におけるパブリシティ権問題の概観
  13. パルクール等、若いスポーツの発展と社会規範との調和
  14. ロシア選手の国際大会出場に関する問題の概観
  15. スタッツデータを取り巻く法的議論
  16. スポーツ事故における刑事責任
  17. スポーツに関する通報手続及び懲罰手続に関する留意点
  18. スポーツ界におけるフェイクニュース・誹謗中傷
  19. スポーツと地域振興
  20. アンチ・ドーピング規程における「要保護者」の特殊性
  21. スポーツにおけるパワーハラスメントについて考える
  22. アスリート盗撮の実情とその課題
  23. アンチ・ドーピングについてJADA規程に準拠しない競技団体とその課題
  24. スポーツチームにおけるクラブトークンの発行と八百長規制の必要性

執筆者

手塚 圭祐てづか けいすけ

弁護士(永淵総合法律事務所)

略歴・経歴

千葉大学法経学部法学科卒業
早稲田大学法科大学院修了
日本スポーツ法学会会員
日本プロ野球選手会公認選手代理人
専門分野はスポーツ法務、企業法務、一般民事、刑事事件

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