一般2026年03月12日 スポーツ界におけるハラスメント事案発生時の内部調査の在り方 一般社団法人日本スポーツ法支援・研究センターからの便り 執筆者:越智貴大

1.はじめに
スポーツ界においても、パワー・ハラスメントやセクシュアル・ハラスメント等のハラスメント事案が発生することが度々あります。
比較的最近の事例でいえば、Jリーグ・FC町田ゼルビアの監督によるパワー・ハラスメントの有無が問題となった事例(以下「事例①」といいます。)1、Jリーグ・高知ユナイテッドSCの監督によるパワー・ハラスメントの有無が問題となった事例2、プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの選手によるパワー・ハラスメントの有無が問題となった事例3などがあり、その当事者及び内容においても様々なものが挙げられます。
通常、ハラスメント等の不祥事の発生が疑われる場合、当該事案にかかる事実関係を正確に確認すべく、内部調査が行われますが、その態様については、内部の人間のみで調査を完結させる場合や外部の者のみからなる第三者委員会による調査を行う場合など様々なものがあります4。
以下では、上記のうち、スポーツ団体における内部調査の在り方や内部統制の在り方が問われた事例①の概要を確認し、スポーツ界におけるハラスメント事案調査の在り方について検討します。
2.事例①の概要5
(1)事案の概要
令和7年12月23日、公益財団法人日本プロサッカーリーグ(以下「Jリーグ」といいます。)は、FC町田ゼルビアトップチームの監督(以下「本件監督」といいます。)について、「2023年頃からFC町田ゼルビアに所属する選手らの前で、自らの意向に沿わない選手がいれば、造反者といった表現を用いて排除する意図を持った発言や、練習中に選手およびチームスタッフの前で特定のコーチに対して大声で怒鳴る行為、懇親会の場でのスタッフに対する暴言等の不適切な発言があった」との事実を認定し、本件監督及びFC町田ゼルビア(以下「本件クラブ」といいます。)にけん責(始末書をとり、将来を戒める)の懲罰決定をしました。
しかしながら、Jリーグが認定した事実は、当初令和7年4月に本件クラブの特別調査委員会が作成した報告書の認定事実とは、異なる結果となりました。
特別調査委員会による調査の契機となった①出版社からの質問状に記載されていた事実と、②本件クラブの特別調査委員会が認定した事実、及び、③Jリーグが認定した事実を比較すると、その対応関係は、概ね以下のようになります(※「×」は認定しなかったこと、「―」はJリーグのプレスリリース6では特に触れられていないことを指します。)。
| ①質問状に記載の事実 | ②特別調査委員会 | ③Jリーグ |
| 本件監督がベテラン選手をチーム内で「あいつは造反者だ」などと呼び、「チームの雰囲気を悪くする存在だ」と、たびたび公言していた事実 | × | 「造反者」という表現を用いた発言を認定 |
| 現役引退後に本件クラブにスタッフとして復帰した者について、本件監督が「選手に悪影響を及ぼす可能性があるから選手と接触させるな」との考えのもと、選手の練習が終わった午後以降の出社を命じるなどの冷遇を強いた事実 | × | ― |
| 本件監督が練習中にコーチに対し、選手の前で「俺の言うことが聞けないなら、お前なんてもういらない」と怒鳴りつけ、その後、本件監督の指示で同コーチを試合中ベンチに入れず、遠征先でも前泊させないなどの処遇にした事実 | 「俺が言ったのと違うじゃないか」「俺の言うことを聞けないのか」という趣旨の発言を強い口調で言ったことを認定したが、パワー・ハラスメント該当性は否定 | 練習中に選手及びチームスタッフの前で特定のコーチに対して、大声で怒鳴る行為を認定 |
| ミーティングの際にマネージャーに対し、高圧的に怒鳴りつけ、1時間ほど沈黙が続いた事実 | × | ― |
| 本件監督がインフルエンザに罹った際に、一般的な隔離期間・チームの規約に違反し、スタッフらとともに会食に出かけた事実 | × | ― ※不適切な発言の存在を認定 |
(2)Jリーグが指摘した調査の過程における問題点及び内部統制上の不備
Jリーグは、上記(1)記載の事実認定及び処分の決定とともに、決定に際し参考とした事情として、以下の5点の調査の過程における問題点及び内部統制上の不備を指摘しました。
3.事例①を踏まえたスポーツ団体における内部調査の在り方や内部統制の在り方の検討
スポーツ団体ガバナンスコードは、スポーツ団体において、不祥事の発生が疑われた際には、事実調査、原因究明等のため、速やかに調査体制を構築すべきこと、また、外部調査委員会を設置する場合には、独立性・中立性・専門性を備えた外部有識者(弁護士、公認会計士、学識経験者等)を中心とすることを求めています7。スポーツ団体はこれらの原則に基づいて、ハラスメント事案の発生が疑われる場合には、事実を正確に把握し、適切な措置を講じるために、速やかに調査体制(内部の者のみで構成される場合もあれば、外部調査委員会による場合もあります。)を構築し、客観証拠や供述証拠(関係者のヒアリング)の収集を行い、事実関係を調査する必要があります。
事例①においても、事実関係の調査に向けて、外部調査委員会(特別調査委員会)8による調査が行われていますが、最終的にJリーグが認定した事実は、当初の特別調査委員会が認定した事実とは大きく異なっており、調査の方法等についてJリーグから様々な指摘もなされていることから、まさに事例①は、ハラスメント事案における調査・対応の在り方が問われた事案であると考えられます。
以降は筆者の私見ですが、Jリーグが指摘した調査の過程における問題点等は、大きく(1)調査の着手前の問題と、(2)調査の着手後の問題に分けることができると考えられます。
まず、(1)調査の着手前の問題としては、上記④及び⑤の問題点が挙げられます。このうち④において、メールによる相談窓口を設置していたものの、相談に係る事実の確認は本件クラブの経営陣が行うこととされており、経営陣が関与する事象について相談できる相談体制を構築していなかったことが指摘されています。この点は、メールによる相談窓口に加え、経営陣が事実の確認に関与しない通報窓口や、あるいは外部通報窓口を設ける必要性が示唆されているのではないかと思われます。
また、⑤においては、要するに、調査の着手が遅れたことが指摘されており、やはり問題となり得る事案を察知してから早やかに調査・対応をする必要性が問われていると考えられます。スポーツ界における事案か否かにかかわらず、ハラスメント事案において、調査・対応への着手が遅れることは、証拠の散逸(ヒアリング対象者の記憶の変遷、退職による不協力など)及び問題とされる行為の継続・エスカレート等による就業環境の悪化を招きかねないという二重の意味で、避けるべき対応といえます。
次に、(2)調査の着手後の問題としては、上記の①、②及び③の問題点が挙げられます。これらの指摘は、ヒアリング対象者が真実を語ることができる状況が確保されていなかったという点が問題視されているものと考えられ、顧問弁護士も含め、団体内部の者がヒアリングに同席することは、ヒアリング対象者からすれば、日ごろから本件クラブの業務等に携わっている者に自身の供述内容が知られることとなり、チームとの関係悪化等が想起され、真実を語ることを躊躇させることに繋がるという意味で、可能な限り避けるべきであったと考えられます9。
また、本件は、「監督対コーチ」、「監督対選手」、「監督対スタッフ」というスポーツ特有の人的関係(例えば、スポーツチームにおける、監督によるハラスメント事案の調査について、コーチや選手が監督に対し、監督に不利な供述をし、それが監督に知られれば、監督との関係が悪化し、試合に出られない、その結果減俸となる、チームとの次年以降の契約を締結できない、といった多大な不利益が生じる可能性を想起させます。)にも配慮が必要であった事案であり、本件監督と関係者との連絡は、特に規制の必要性が高かったと考えられます。
以上を踏まえますと、スポーツ団体においては、ハラスメント事案について速やかに察知し、調査に着手できるように、通常のメール相談窓口に加え(内部か外部かは別として、)経営陣が関与する事案についての通報窓口を設けるなどの体制を整え、(可能な限り外部通報窓口が望ましいと考えられます。)早期に調査に着手すること、実際の調査、特に関係者のヒアリングの場面では、できる限り関係者間の連絡は遮断する、ヒアリングの場においても、(第三者委員会を設置するか否かは別として)独立性のある外部の弁護士等がヒアリングを行うなど、ヒアリング対象者が真実を語ることができる状況を整えたうえで調査を行うことが必要であったと考えられます。
1 調査報告書 | お知らせ | FC町田ゼルビア
2 秋田豊監督におけるパワーハラスメント疑惑の調査結果と再発防止策について | 高知ユナイテッドSC
3 安樂智大選手の報道について - 東北楽天ゴールデンイーグルス、楽天イーグルスからファンの皆さまへ - 東北楽天ゴールデンイーグルス
4 具体的には、①既存部署で調査を行う場合や役職員で構成される調査委員会を特別に設置して調査を行う場合など社内での内部調査を行う場合、②外部の弁護士を中心とした高い独立性と中立性を有する第三者員会による調査を行う場合、③(第三者委員会ではないものの、)独立性のある外部の弁護士等に依頼して調査を行う場合などが挙げられます(山内洋嗣、山田徹 他「類型別 不正・不祥事への初期対応」9頁~11頁参照)。
5 懲罰決定について | お知らせ | FC町田ゼルビア
6 懲罰決定について | プレスリリース | 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
7 スポーツ庁「スポーツ団体ガバナンスコード(中央競技団体向け)」53頁(原則12)
8 日本弁護士会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」によれば、「第三者委員会」とは、企業等において不祥事が発生した場合及び発生が疑われる場合において、企業等から独立した委員のみをもって構成され、徹底した調査を実施した上で、専門家としての知見と経験に基づいて原因を分析し、必要に応じて具体的な再発防止策等を提言するものをいい、その調査対象も不祥事を構成する事実関係に止まらず、不祥事の経緯、背景や内部統制、コンプライアンス、ガバナンス上の問題点、企業風土等にまで及びますが、本件クラブの特別調査委員会は、出版社からの質問状記載の質問内容に関する事実関係の究明、把握、調査、認定及び評価を行うことを目的としているところ、①調査対象が不祥事を構成する事実関係の確認にとどまっており、内部統制やコンプライアンス、ガバナンス上の問題点等まで調査が及んでいないこと、②再発防止策等の提言がされていないことから、同ガイドラインにいう「第三者委員会」ではないと考えられます(同リリースにおいても、ガイドラインの「趣旨に則りつつ」とするにとどまり、「第三者委員会」であることは明言していません。)。
9 顧問弁護士は、日ごろから、チームの役員等と連絡を取るなどし、日常の法律相談等に対応していることが想定されることから、同様の理由で、ヒアリングに同席させることは、必ずしも適切でないといえます。なお、前掲日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」でも顧問弁護士は、「利害関係を有する者」に該当し、第三者委員会の委員に就任することができないことになっています。
(2026年2月執筆)
(本コラムは執筆者個人の意見であり、所属団体等を代表するものではありません。)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
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執筆者

越智 貴大おち たかひろ
弁護士(東京八丁堀法律事務所)
略歴・経歴
中央大学法学部法律学科卒業
中央大学法科大学院修了
弁護士知財ネット 会員
日本スポーツ法学会 会員
日本プロ野球選手会公認代理人
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